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元貧乏伯爵令嬢は『氷の人形令嬢』と呼ばれていることをまだ知らない  作者: 目黒市


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05

 とかなんとかしていると侯爵夫人として二カ月が経過した。

 その間に私のしていたことと言えば、朝ゆっくりと起きて侯爵邸の図書室(蔵書がすごいの)で読書。午後は天気が良ければ庭園で読書。広い食堂で一人夕食を食べて、軽く読書して就寝。

 今日も庭園の東屋で初夏の日差しを浴びつつ読書。

 本当にこれでいいのかしらね。

 かといって他にすることもないのだから、仕方がないわ。

 それにこの生活は旦那様も了承しているものなのだし、もう少し自信をもって過ごしていいのよ、ね?


 あら、気づけば本を読み終えてしまっていたようね。

 新しい本を持ってきてもらおうからしら。

 侍女のイナを探せば。


「……あら?」


 イナの姿がない。

 日中はいつもそばに控えていてくれるのに。


「どうなさいました?」


 イナの代わりに控えていた侍女だろうか。彼女が傍によってくれた。それで気づいたが彼女も異国民のようね。イナの同郷かしら。


「いえ、なんでもないわ。本を読み終えたから続きを持ってきてもらおうと思ったのだけれど」

「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」

「あぁ、ありがとう。ところで、あなたもイナと同郷なのかしら?」


 あまりに暇だったから、少しこの侍女に話し相手になってもらおう、と思ったの。けれど話しかけられて彼女は少し固まってしまったわ。

 そういえば世間には異国民に対して差別的な態度をとる人がいる、と聞いたこともあるわ。もしかして私のことをそういう人だと思っているのかしら? えっ、イナには優しく接しているつもりだったのだけれど。


「違うのよ。別に異国民だからどうこうではないの。ただイナに少し似ているから同郷なのかしら、と気になっただけよ」


 私の慌てっぷりに侍女は少し微笑んだ。


「お初にお目にかかります奥様。イナの妹、ロカでございます」

「まぁ姉妹なのね! 確かに言われてみれば目元とか少し似ているわね」

「そ、そうでございますか。あまり言われることがないのでそうなのでしょうか」


 少し照れたようにロカははにかんで応える。


「姉妹なんていいわね。私にはお兄様しかいなかったから姉妹に憧れていたの」


 本当よ。

 あんな人を揶揄うことに全力を注ぐ減らず口の絶えないお兄様よりも、一緒に読書したりお菓子を食べて花を愛でるようなそんな姉妹が欲しいわ。

 尊敬できる姉、愛らしい妹。


「そのようないいものではありませんよ。もう一人、ハナ」


 ロカが背後に声をかける。

 するとどこにいたのか、まるで手品のようにハナと呼ばれた侍女が姿を見せた。


「いいの? ロカ姉」

「こら、奥様の前です。妹のハナです。長姉イナとともに奥様付きの侍女としてこれからは控えさせていただきます」

「よろしく、です」


 まぁ、三姉妹。いいわねいいわね。



 と、こんな感じで私の侯爵夫人生活は不安になるぐらい何もなく過ぎていたの。

 しかし平穏とはいつだって破られるもの。

 

 世の事象は正と負の間を常に行き来している、平穏とはその行き来の刹那に過ぎない。


 いつだったか魔導士リィンさまの本で読んだわ。

 確かにその通りだったようね。


「王宮で夜会が開かれる」


 珍しく、いえ初めて夕餉の席に同席した旦那様が前置きもなく告げた。

 王宮で夜会。さそがし豪勢なのでしょうね。社交の場に出たことのない引きこもりである私には想像もできない世界だわ。


「君にも参加してもらう」


 続いた旦那様の言葉に思わず固まってしまう。

 社交に出ないとですか? 私は邸で読書していたいのですが。


「話が違う、といいたいのだろうが。君の役目を忘れてもらっては困る」

「人避け、ですね」

「あぁ、煩い羽虫を邪険に扱うわけにもいかないのでな」


 わぁお。

 夜会の蝶たるご令嬢たちを羽虫扱いですか。

 そうですか。

 二カ月前、旦那様の婚約の言葉で破られた私の平穏。侯爵夫人として得た新たな平穏は再び旦那様の言葉で破られることになった。

 

 

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