03
侯爵様をお見送りした後、お父様には説明を要求したわ。
突然の婚約もそうですけれど、なによりも借金。
大問題よね。
両親は別に浪費家というわけではない。一度着たドレスはもう着ないなんてこともない。むしろ着られなくなるまで着まわして、ダメになってもリメイクしてさらなる命を与えるほど。
それ以外でもここ数カ月は大きな催しや、事件も起きていない。そんな借金を、しかも娘の婚約をしてまで肩代わりしてもらうような借金などどうして背負ってしまったのか。
理由はしっかりと聞いたけれど呆れて言葉がでなかった。
それはさる貴族家の取り潰しから始まった。
理由までは知らないけれど、それなりに後ろめたいことをしていたらしく、当主は死罪、一族は国外追放となったらしい。そこそこのゴタゴタの後、当該貴族の領地をどうするか、という問題になった。
死罪になるような人が治めていた領地だ。内情は悲惨そのものだったらしく、当初は第五王子の領地として献上予定だったがそれを断念するほどの荒れっぷり。
そこでひとまず領地経営を安定させてから、王家への献上という形をとることになった。
その領地改革を誰が行うかで、擦り付け合いが始まった。
王家派と貴族派。第二王子派と第四王子派。内政派と外政派。古い貴族家と新興の貴族家。
様々な派閥をまたいでの擦り付け合い。その結果、どの派閥にも属していないミークリヤ伯爵家が落としどころに選ばれてしまった。
そんな荒れた領地の改革など任されても、お父様に経営の才覚があるわけない。
しかし任されてダメでした、というわけにもいかずなんとか目処をつけたのが先月。
その代償として聞くだけで心臓が止まってしまいそうな多額の借金を背負った。
本当に身から出た錆、というのよね。
中立とは名ばかりのどちらつかずの日和見をつづけた結果だもの。
「……こんな額を、侯爵様は」
「あぁ、感謝しても感謝しきれんな」
本当に感謝しているのか疑いたくなるようないつも通りの軽薄な笑み。
いくら体面のための婚約と言えど、私との婚約にこの額の借金を肩代わりするのは対価として釣り合わないのではないかしら。
と、疑問を抱けば王宮警備の仕事を終えて帰宅していたお兄様が口を開く。
「まぁこんな愚妹だが僕の可愛い妹。安いくらいじゃないかな」
などと思ってもいなさそうなことを口にする。
本当のところは絶対そんなこと思っていないわ。
「本当は? そりゃ僕らからすればびっくりするような額だけれど、侯爵からすればはした金なんだよ」
うっ。
こうやってお兄様はすぐに私の考えていることを先回りする。
「お前が顔に出過ぎるんだよ。ね、お父様、お母様」
「あぁ、そうだな」
「そうですね」
お父様が苦笑して応え、途中から同席したお母様も無表情に応じる。
それにしても、よ。
いくら借金が侯爵様からしたら少額と言えど、よ。わざわざ私である意味って?
もしかして侯爵様は私にどこかで出会って一目惚れしていたのかしら?
それで借金のことを知ってこれ幸い、と手を差し伸べて。
……えぇ、そんなわけないわね。
「はははっ、よくわかっているね愚妹。お前に一目惚れなんてないから。そもそも社交界に出ていないお前のことをどこで知るんだい?」
もう、本当にこちらの考えを読まないで。
「読まないでも何もないさ。考えたことをすぐ口に出すんだからね」
むっ。
また口に出てしまっていたのね。
恐る恐るお母様を盗み見れば、窘めるように私を見ている。ううぅ、反省。淑女らしい所作を心がけます。
「レッドメイン侯爵は男の僕から見ても見目麗しい方だ」
まさかお兄様っ! 侯爵様に恋を……。
「していないから変な妄想しないようにね。侯爵は今年で二十五」
意外と年齢が上だったのね。お兄様が二十一よね、たしか。
殆どの貴族が二十前後では大体結婚しているのを考えると、侯爵様は良縁に恵まれなかったのかしら。
「地位、見た目が揃った優良物件。社交界で常に獲物を狙う狩人たちが見逃すはずもなく、いつだって夜会に咲く花の中心には侯爵が険しい顔をして立っているよ」
なんとなく想像ができる。先ほど執務室で会った時と同じ、眉間に皺を寄せて不機嫌な顔をしていたのでしょうね。
「いい加減うんざりしていた侯爵にとってニアの存在は渡りに船さ。まずミークリヤ伯爵家はどの派閥にも属していないから、政治的配慮を考えなくていい。さらに実家の借金を肩代わりしてもらっているニアはレッドメイン侯爵の意見に従わざるを得ない。お飾りの人避け婚約者としてはなるほど」
こちらを見てお兄様は意地悪く笑う。
「間違いなく優良物件だね」
3話目です。明日も同じ時間に更新します。




