第三節 それぞれのスタートライン
中学校生活が、本格的に始まった。
さちは、朝の登校からすでに少し緊張していた。クラスメイトの顔ぶれにも、授業の進み方にも、まだ完全には慣れていない。教科ごとの教室移動、分厚い教科書、スピードの速い授業。ノートを取る手が追いつかないこともしばしばだった。
「……なんか、難しくない?」
昼休み。中庭に面したベンチに、いつもの4人が集まる。
「うん、理科のスピード、倍くらいじゃない?」と、さちがため息まじりに言うと、
「社会もすごいよ〜。年表とか、全然頭に入らないし」と、ハルが苦笑する。
「私は数学が意外と難しかった。式を立てるだけじゃダメな問題が増えたね」ユキが冷静にノートをめくる。
「I’m okay with English… but kokugo…」とリンが唇を尖らせる。「漢字、どうして一つの言葉に三通りもあるの? Crazy…!」
3人は思わず笑いながらも頷いた。
「でも、英語はリンが頼りだね」とユキが微笑む。
「うん、じゃあ、わからないところはみんなで教え合いしよう!」とハルが声を弾ませる。
「うん! チーム・トレノ、勉強も協力!」さちが笑い、場に和やかな空気が広がった。
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放課後、担任の西園寺先生が入部届を配る。
「今日の放課後は、各部の教室でミーティングがあるぞー。この入部届に書いて、行ってねー。質問は部長にどうぞ〜。俺? これから資料印刷、行ってきまーす」
白衣をひるがえし、いつも通りのゆるい口調で去っていった。
さちは迷いなく「女子水泳部」と記入する。ハルもユキもリンも、同じように自信を込めて書いていた。その筆跡に、さちは自分たちの歩みを重ねていた。
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放課後、4人は水泳部のミーティング教室へと向かう。
ドアを開けた瞬間、明るい声が出迎えた。
「こんにちはー! 新入部員かな? よし、始めよう!」
声の主は、中学3年生の女子部長、小野寺瑞希。短く整った髪に、引き締まった身体。すでに貫禄すら感じさせる笑顔だった。
「私は女子水泳部の部長、小野寺瑞希です。よろしくね!」
「よろしくお願いします!」
4人は入部届を差し出し、瑞希はそれを受け取って目を細める。
「“チーム・トレノ”かあ。いい名前だね。あとで詳しく教えて?」
4人がうなずいたそのとき、教室のドアがバタリと開いた。
「先生、来た!」
瑞希が肩をすくめる。
「先生、またギリギリ〜。時計ちゃんと見てた? ほら、西園寺先生!」
白衣姿の西園寺先生が、息を弾ませながら入ってきた。
「すまん、印刷機が詰まってさ。瑞希、進めてくれてありがとう」
抜けた感じではあるが、生徒から信頼されている様子だった。
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ミーティングでは、練習スケジュールや大会情報が共有された。
•平日は週5回、放課後に2時間
•夏は合宿あり
•大会は5月末からスタート、秋には新人戦
「自分たちの目標を持って、挑戦してね。合宿は体力も絆も深まるから、楽しみにしてて!」と瑞希がにっこり笑った。
さちは、自分の胸にわき上がる決意を、そっと確認していた。
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最後に水着の注文票が配られたとき、さちは手を挙げた。
「あの……部長、ひとつお願いがあって」
瑞希が目を向ける。
「わたしたち、これまでずっと4人でトレーニングしてて。“チーム・トレノ”って名前もあるんです。部活後に少し残って、4人で筋トレとか、やってもいいですか?」
瑞希は驚いたように目を丸くしたあと、やわらかく頷いた。
「もちろん、大歓迎。そういう積み重ねって、大事だと思う」
その一言に、4人は顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。
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すべてが新しい中学生活の中で、ひとつだけ確かなものがある。
──それは、仲間とともに歩む意志だった。
春の風が少しずつ、初夏の匂いを運び始めていた。




