第二節 見学という名の挑戦
中学校から歩いて数分。市民温水プールに到着した4人は、建物の前で足を止めた。学校の授業でも利用される公共の施設だが、今日は水泳部の活動見学日だった。
「ここが、あたしたちの新しいフィールドかぁ」
ハルが感慨深そうに呟く。
「うちら、いよいよ中学生の舞台に立つんだね」
ユキが微笑んだ。
さちは、一歩前に出る足に気持ちを込める。
(わたし、本当に水泳部に入るんだ……)
自動ドアをくぐり中へ入ると、ロビーには運動バッグを肩にかけた部員たちの姿。着替えを終えた先輩たちがぞろぞろとプールサイドへ向かう中、一人の女子が目を引いた。
腰に手を当て、落ち着いた笑みを浮かべる。水着越しに鍛えられた体幹がうかがえ、その姿には自然と目を惹かれる存在感があった。
「ようこそ、水泳部へ!」
その人物――女子水泳部の部長だった。短く整えられた髪、涼しげな目元。落ち着いた口調のなかにも、温かさがある。
「全国大会に出てたって聞いてるよ、白水さんたち。来てくれて嬉しいよ」
「えっ……知ってたんですか?」
ユキが驚くと、部長は軽くうなずく。
「市内でも話題になってたからね。楽しみにしてたんだ」
その言葉に緊張していた4人の顔がほころぶ。
「更衣室はこっち。私は先にプールで待ってるから、ゆっくりでいいよ」
そう言って、部長は軽やかに歩き去った。
4人は更衣室へと案内され、扉をくぐる。
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「……わあ」
さちは鏡の前で思わずつぶやいた。
かつて小学生の頃に着ていた競泳水着は、体にぴったりと張りついていた。肩まわりや背中にうっすらと浮かぶ筋の陰影。胸元やウエスト、脚のラインも、以前とは明らかに違う。
「ハルとユキ……やっぱりすごい」
さちは2人を見て感心する。
「さちも同じだよ。腹筋、もう立派に割れてるじゃん」
ハルが笑顔で応じた。
「肩のラインもしっかりしてきたよね」
ユキも鏡越しに頷いた。
水着越しに感じられる、4人それぞれの努力の成果。リンは水着がまだ間に合わず、体操服での見学となったが、笑顔は変わらない。
「さちの筋肉、まじですごいデス……!」
そう言って軽くポーズを真似て、3人の緊張をほぐした。
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プールへ出ると、50メートルの広々としたレーンに、先輩たちが規則正しく泳ぎ始めていた。
「よろしくお願いします!」
4人は声をそろえて部長に挨拶する。
部長は腰に手を当て、顎に手を添えながら、静かに3人の姿を見渡した。
水着越しにもわかる鍛えられた体つき。無駄のないラインに、これまでの積み重ねがにじんでいた。
「ほんとに、ついこの間まで小学生だったの……? 君たち、体を見るだけで、どれだけ真剣に取り組んできたか伝わってくるよ」
そう語る声に、さちは少し照れながらも胸を張る。
ユキが小さく口を開いた。
「私たち、“チームトレノ”って名前で、小学校の頃から一緒にトレーニングしてきたんです」
「チーム・トレノ……素敵な名前だね。これは、部活にとっても大きな力になりそう」
部長はそう言いながら男子レーンの方に視線を移し、ふっと苦笑いを浮かべた。
「……ただ、ひとつだけ問題があるんだよね」
「え?」
振り返ると、男子部員たちが一瞬こちらを見て、慌てて視線を逸らす様子があった。
「水着が少し小さめだから、鍛えた体つきがちょっと目立っちゃっててね。……いや、これは褒め言葉だけど」
3人は思わず顔を赤らめ、タオルで体を隠す。
「そ、そんなに見られてたの……!?」
「次はちゃんとサイズ合うの買おう……」
「恥ずかしい……けど、成長したってことだよね」
さちは、自分の体を「目指してきた成果」として、そして「他者から見られる存在」として、改めて実感していた。
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ストレッチを終えると、フォームを見せてほしいという部長の言葉に応え、3人はプールへ。
合図とともに、水面へと美しいフォームで飛び込む。
キック、水かき、体幹の使い方――その一つひとつが、日々の積み重ねを物語っていた。
「……きれい」
誰かがぽつりとつぶやいた。
リンも真剣な表情で見つめていた。
「私、水泳は初めてだけど……あんなふうに泳げるようになりたいな」
「なれるよ」
隣にいた部長が即答する。
「ちゃんと目標を持って練習すれば、どこまでも成長できる。君たちなら、きっと大丈夫」
リンは力強く頷いた。
「私、入部します!」
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見学を終えて更衣室を出ると、空は夕焼けに染まり始めていた。
「部活が始まったら、4人でトレーニングする時間、減っちゃうのかな……」
さちのつぶやきに、3人は即座に答えた。
「そんなの関係ないよ」
「むしろ、いっしょに過ごせる時間がもっと深くなるんだと思う」
「これからも、ずっと仲間だよ」
4人の絆は、新しい場所でも変わらずに続いていくことを、誰もが信じていた。
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帰宅後、夕飯の席で母が尋ねた。
「どうだった? 初めての水泳部は」
「楽しかったよ。でも……水着、ちょっと小さかったみたい」
その言葉に、真由美は思わず微笑む。
「それだけ、がんばってきたってことだね」
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夜。さちは机に座り、静かにノートを開いた。今日の出来事を記録しながら、改めて胸に誓う。
(もっと強く、もっと速く、美しくなりたい)
自分を信じて、前に進んでいくために――。新しい挑戦の第一歩を、しっかりと踏みしめていた。




