第六節 挑戦のレーン、絆のタッチ
放課後、職員室の一角。
水泳部部長の澪は、書類を手にして西園寺先生の机へと向かった。ドアをノックし、小さな声で話しかける。
「先生、今、お時間よろしいですか?」
「おお、澪。どうした?」
「男子水泳部と、メドレーリレーで対決したいんです。女子チームと男子チームで、タイムを競う形で」
「へえ、面白いこと言うなぁ」
にやりと笑った西園寺が、隣の机をちらりと見る。そこには男子水泳部の顧問が座っていた。
「それはまた……いいですね。男子チームの刺激にもなりますし」
「まあ体格的に男子が有利だろうけど、やってみろ」
「負けたら……先生の奢りってことで?」
「よし、乗った!」
「ちょっと! 先生同士で賭け事しないでください!」
「いやいや、今のは冗談だ。な? 先生」
「……もちろんですとも」
笑い合うふたりの顧問に、澪は呆れながらも小さく笑った。
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土曜日の朝。屋内プール。
めずらしく週末に集まった部員たちの間に、ほどよい緊張感が漂っていた。
今日は、男子水泳部との合同イベント。全レーンを使って、1・2年生それぞれの男女チームがメドレーリレーで直接対決する。
アップを終え、整列したメンバーの前に立つ西園寺が口を開いた。
「よし、お前ら。澪が男子に宣戦布告したらしいな。全力でいけ」
澪が前に出て、にこっと笑う。
「男子以上に、私たち鍛えてきたと思う。だから、負ける気はないよ! もちろん、楽しむことも忘れずにね。……先生の出費も、私たちで抑えてあげましょう!」
「……は?」
一斉に「?」が浮かぶ部員たち。
「澪ーっ! 余計なこと言うな! 賭けなんかしてないからな! な!?」
「先生、自白してます」
どっと笑いが広がった。
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まずは1年生対決。
女子チームは、まひろ→リン→ユキ→さち→ハル。
男子チームも、同学年の実力者がそろい、ユキと同じ3番手には、あの男子水泳部員の姿があった。
ピッ──!
ホイッスルが鳴り響く。
1番手のまひろが迷いのないフォームで水を蹴る。
(男子に……負けない!)
力強く泳ぎ切り、男子とほぼ同時にリンへ。
リンはしなやかな動きで加速し、タッチへ向かう。
ユキがスタート台に立つ。隣には、あの男子生徒。
(体格は確かにいい。でも──絶対に負けない)
リンのタッチと同時に、ユキが水中へ飛び込む。
静かに、しかし着実に距離を詰め、リズムを崩さず冷静に泳ぐ。
リードをわずかに保ち、さちへタッチ。
「さち、お願い!」
ユキの声に、さちは思い切り飛び込む。
(泳ぐのって、やっぱり楽しい!)
全身の力を込め、スピードを上げる。その差を広げ、最後はハルへ。
ハルは迷いなく水をかき、トップでゴール!
「勝った……!」
歓声と拍手が響き、5人が肩を叩き合う。
男子顧問が腕を組んで呟いた。
「……いや、たいしたもんだ」
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続く2年生対決。
男子がリードを奪う展開となるも──
アンカーの澪が怒涛の追い上げを見せ、タッチの差で女子が逆転勝利!
西園寺が、女子部員たちに笑顔を向ける。
「お前ら……本当によくやった。正直、ここまでとは思わなかった」
「へへっ、先生の財布を守りましたから!」
「……ありがとな」
一方、男子部では──
「お前ら、もうちょい鍛えろー!」
「明日から筋トレ倍な!」
どよめきと叫びが、プールに響いた。
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練習後。ユキと男子生徒が、プールサイドを並んで歩いていた。
「今日は、ありがとう。やっぱり、白水さんってかっこいいな。泳ぎも……身体も」
「ふふ。褒められるのは嬉しいけど──あなたも、いい泳ぎだったわ」
ユキは足を止め、顔を上げる。
「それで、あのときの返事だけど……ごめん。やっぱり、あなたとは付き合えない」
男子は一瞬、黙り込んだが、やがて小さく頷いた。
「……理由、あるんだよね」
「ええ。今の私にとって一番大切なのは、部活と──」
はっきりと言い切る。
「──チームトレノの5人と過ごす時間。小学校からずっと一緒に頑張ってきた。その絆が、私のすべてなの」
男子はしばらく黙っていたが、やがて穏やかに笑った。
「……やっぱり、白水さんってすごいな。一緒に頑張れる仲間がいるって、素敵なことだよね」
「ありがとう。あなたも、頑張って」
「ユキー、そろそろ帰るよー!」
さちの声が響く。4人の姿が近づいてきた。
「じゃ、私は行くわ。また一緒にトレーニングしたくなったら、いつでも来て」
手を振りながら駆けていくユキ。
その背中を、男子生徒は静かに、そして少しだけ誇らしげに見送った。
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帰り道。
「先に出て行っちゃうから、心配したよー?」
「ごめんごめん。ちょっと話してたの」
「で、どうだったの?」
「断ったわ。やっぱり、今はこの5人でいるのが一番楽しいから」
「それが一番!」
「今日の泳ぎも、すっごく楽しかった!」
「うん、私も!」
ユキは笑った。
「これが、チームトレノの絆ってやつね」
「でもさ……結局、相手に雪、降らせちゃったよね。冬に逆戻りじゃん?」
「……座布団どころか、気温も下がったわね。ハルに春が来るのは、まだ先かも」
「やかましい!」
5人の笑い声が、静かな午後の街にふわりと溶けていった。




