第三節 気になる背中、揺れる気持ち
マラソン大会の余韻も冷めやらぬまま、季節は少しずつ進み、一月の終わりが近づいていた。
冬の朝。まだ空気は冷たいが、トレノの5人は変わらず並んで自転車通学を続けている。
「……ちょっと風がやわらかくなってきた?」
「うーん、言われてみればそんな気も……」
そんな会話を交わしながら、自転車を押して昇降口へ向かう。
さち、ハル、リン、まひろと続き、最後に昇降口に入ったユキは、下駄箱の中に何かが挟まっているのを見つけて足を止めた。
「……?」
小さく眉をひそめ、あたりをちらりと見渡す。手紙を何事もなかったかのように手に取ると、そっとカバンにしまった。
放課後。わずかに日が長くなってきたように感じるが、部活は下校時間に合わせて短縮メニュー。プールサイドのトレーニングスペースでは、筋トレとストレッチが行われていた。
「……ユキ、ストレッチの順番、ちょっと違ってない?」
「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてて……」
さちが声をかけると、ユキは一瞬はっとして、少し照れたように笑った。
その様子を、近くにいたハル、まひろ、リンも見ていた。
(ユキ、今日……ちょっと上の空じゃない?)
(集中力が、いつもよりない気がする……)
──その夜、白水家。
双子の部屋には、それぞれの荷物が整然と並んでいた。ハルは髪を乾かしながら、ユキのベッドに腰を下ろしていた。
「ねえ、ユキ。今日……なんか調子悪かった?」
ユキはベッドに寝転がり、少しだけ目を開ける。けれど、すぐにいつもの涼しげな表情に戻る。
「ん? 別に。ちょっと考えごとしてただけ」
「そう……?」
「……いつも通りよ」
それ以上は何も言わず、また静かな時間が流れる。
(……やっぱり、なんか変だよね)
──翌日の放課後。
「じゃあ、また明日〜!」
帰りの挨拶が終わり、さちは自分の教室を出て、ユキのクラスの方へと歩いていた。
すると──廊下の端。教室の後ろ扉の影から、誰かがそっと中をのぞいている。
「……ハル?」
「シーッ!」
慌てて口元に指を立てるハル。
「昨日からさ、なんかユキの様子が変でさ。ちょっと気になって」
「気になって、って……探偵ごっこ?」
さちがあきれ気味に笑ったちょうどその時、まひろも廊下に出てきた。
「何してるんですか?」
「いや、ちょっとユキ観察会中……」
3人は気まずそうに顔を見合わせたあと、自分たちの教室に戻り、机を囲んで小さな作戦会議が始まる。
「どう思う? ユキ、なんか隠してる?」
「うーん……体調って感じじゃなさそうだし」
「もしかして……恋とか……?」
まひろのぽつりとした一言に、空気が変わる。
「そういえば、初詣のおみくじ……“恋愛運:思わぬ出会い”って書いてたっけ」
「まさか、あのユキが……恋!?」
「清楚系って、意外と人気あるんだよね〜」
「いやでも、私の方が……魅力あるって思ってたのに!」
「ハルの“恋”……つまり“春”は、まだ先ってことか……」
「……うまい!」
「やかましい!」
笑いが弾けるなか、どこか本気のまなざしも混じっていた。
──その夜、再び白水家。
夕食を終えて、ハルがシャワーから戻ると、部屋にはまだユキの姿はなかった。
ふと、ユキの机の上を見ると──教科書の間に挟まれた一枚の封筒が目に入る。
(……これって)
軽く周囲を確認して、ハルはそっと封筒を手に取った。
そこには、短くこう書かれていた。
「2月10日の放課後、体育館裏で待ってます」
(やっぱり……)
ハルは小さく息をのむと、封筒を元の場所に戻し、無言で自分のトレーニングマットを広げた。
「……よし、筋トレしよう……!」
いつもより少し強めに腹筋を始めたそのとき、ユキが部屋に入ってきた。
「……え? シャワー浴びたのに、またトレーニング?」
「ん? ちょっと、体動かしたくなってさ。はは……」
ユキは首をかしげながらも、それ以上は何も聞かずに自分のベッドへ。
部屋の中には、少しだけ不思議な空気が流れていた。
──そして、物語は静かに、2月10日へと向かっていく。




