第二節 駆け出す冬、並んだ歩幅
一月のある放課後。外では冷たい風が吹く中、水泳部のメンバーは空き教室でストレッチとトレーニングを始めていた。
そのタイミングで、担任であり水泳部顧問でもある西園寺先生が、ジャージ姿のまま軽く手を振って近づいてくる。
「よーし、お前ら〜。今年も市民マラソン大会、エントリーの時期が来たぞー」
ざわめく部員たちを前に、西園寺先生はいつもの気だるげな口調で続ける。
「運動部は原則参加な。水泳部も例年通り出場するぞ。澪、参加者名簿の取りまとめ頼むな。来週末が締切。……以上!」
「はーい!」と、澪がすかさず返事をする。部員たちも頷きながら、ランニング前のストレッチに取りかかっていた。
その告知を聞いたとき、リンは去年のことを思い出していた。
まだこの中学に入学する前、さち・ハル・ユキの3人は、所属していたスイミングスクールから団体で出場。一方で、リンは個人エントリーで市民マラソンに参加していた。
「……去年は、個人エントリーだったから、ちょっとだけ孤独に感じたんだよね」
リンがぽつりとつぶやく。その言葉に、さちはふっと微笑みながら応えた。
「今年は、みんな同じ水泳部として一緒に走るから大丈夫だよ」
その言葉に、リンはそっと頷いた。
それから、練習メニューの一環としてランニングが加わった。寒空の下、校庭の外周をぐるぐると走る部員たち。
「ハァ……ハァ……長距離って、短距離とは違うね……」
「リズムが大事よ。呼吸と歩幅、その両方を意識して」
ユキが冷静にペースを刻む。まひろは息を弾ませながらも頷いた。
「大丈夫、ついていけてる……!」
「私、持久走少し苦手だけど……でも、嫌いじゃない」
リンは淡々と、それでもまっすぐ前を見据えて走り続ける。
「さち、去年より速くなったよね?」
「うん……走るの、きつくない。前より、自分の足で前に進んでる感じがする」
澪は一歩先で部員たちを引っ張りながら、振り返って笑った。
「いい感じだね、みんな!」
──大会前日。
いつものプールサイドのトレーニングスペースに集まった6人は、澪の掛け声で輪を作った。
「明日、いよいよ本番だけど。目標は一つ──全員、走りきること」
「順位より、チーム全員でゴール。それが一番!」
「でも、ちょっとくらい上も狙いたい……よね?」
ユキが控えめに笑い、ハルが拳を握る。
「10位以内入れたら、すごくない!?」
「……うん、やれるだけやろう。走るのは、自由だから」
さちの言葉に、誰もが静かに頷いた。
──そして当日。
澄んだ冬空の下、市の陸上競技場には多くの参加者が集まっていた。
「うわー、結構人いるね……」
「去年より多いかも……」
「でも、こういうのも悪くないよね。みんなで走るって」
気温は低いが、日差しは思ったより暖かい。水泳部員たちはウォーミングアップを終え、スタートの合図を待っていた。
参加するのは5キロの部。水泳部全員が揃っての出場だ。
「よーし、みんなで走り切ろう!」
澪の声に、全員が気合を入れる。
スタートの合図が響くと、ランナーたちは次々に走り出した。
最初は周囲のペースに流されそうになりながらも、それぞれが自分のリズムを探り始める。
2キロ地点。まひろは一定のペースを保ちながら、呼吸を整えていた。隣を走るリンの姿に、言葉はなくとも心強さを感じている。
後ろからは、さちと澪の足音が近づいてきた。
「お、いい感じだね」
「うん、ばっちり!」
仲間の姿が見えるだけで、不思議と足が前に出る気がした。
残り1キロ。
先を走っていたハルとユキが、ふと後ろを振り返る。
「……さちたち、来てる!」
ハルとユキのペースに必死に食らいつき、やがて6人の呼吸が合い、足音も揃っていった。
「行こう、みんなで──!」
声をかけたのは、さちだった。
冬の風の中、6人の足音がリズムを刻む。誰かが誰かを引っ張るわけではなく、ただ一緒に、同じゴールを目指して。
ゴールが見えてきた。競技場のアーチの先、応援の拍手が耳に届く。
ラストスパート。
誰かが先を急ぐでもなく、誰かが遅れるでもなく、6人はぴたりと並んでゴールを駆け抜けた。
「はあっ、はあっ……!」
呼吸を整えながら、さちは隣を見る。全員が、顔を赤らめながらも笑っていた。
「走り切ったね……!」
「うん! みんなで、ね!」
「去年と違って、今年は……すっごく楽しかった!」
リンの言葉に、みんなが頷いた。
ゴールの向こうに、澄んだ冬空が広がっていた。
それぞれの足で──でも、同じ歩幅で。
彼女たちは、今日もまた、一緒に進んでいた。




