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絆のトレーニングノート After Six:走り出す未来  作者: たまに何かを書く人
第3章 翔ける絆、未来へのレーン

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第九節 重なる日々、寄り添う心

十一月も半ばを過ぎ、夕方の空はすっかり冬の色を帯びていた。日が落ちるのが早くなっ

たことで、学校の下校時刻も繰り上がり、部活動の時間も限られてきた。

水泳部も例外ではない。プールの使用は可能だったが、日没に伴う制約から、十分に泳ぎ

込む時間が取れなくなっていた。現在は筋トレやランニング、基礎体力の強化が中心のメ

ニューに切り替わっていたが、部員たちの士気はむしろ高まっていた。

「じゃあ今日はこのメニューでいこう!」

部長の澪が声をかけると、部員たちは一斉に準備を始めた。

澪をはじめ、トレノのメンバーを含む部員たちは、限られた時間の中でも真剣にトレーニ

ングに取り組んでいた。

かつては軽い運動でも息を切らしていた部員たちも、今では肩や太腿に筋肉の輪郭がはっ

きりと見えるようになっている。もちろん、トレノの五人──さち、ハル、ユキ、リン、

まひろ──の体つきも、春とは比べものにならないほど引き締まり、筋力だけでなく持久

力や集中力も格段に伸びていた。

その成長を、澪は何よりも誇らしげに見守っていた。

部活を終え、下校の時間になると、トレノの五人はそのままリンの家のトレーニングルー

ムへ向かった。今ではそこが、彼女たちの“もうひとつの部活” になっていた。

その日も、部活とリンの家でのトレーニングを終えたさちは、心地よい疲労感を抱えなが

ら帰宅した。

「ただいまぁ……」

玄関で靴を脱ぎながら、ぽつりとつぶやく。

「今日のトレーニングも、だいぶハードだったなぁ……」

制服の上着を脱ごうとしたとき、キッチンから母・真由美の声が聞こえてきた。電話越し

の相手に、やや深刻な口調で話している。

……なにかあったのかな?

一度荷物を部屋に置いてから、さちはタイミングを見計らってキッチンをのぞいた。

「お母さん、誰と話してたの?」

「うん……ちょっとね。親戚のおじさんが階段から落ちちゃって、足を骨折したの。しばら

く入院になるらしくて……」

「えっ、大丈夫なの?」

「それでね、おばさん一人じゃ大変だから、今度の土日は私が様子を見に行こうと思ってる

の」

……そっか。じゃあ、お母さんが行くなら、私は一人でお留守番ってこと?」

「うん。でも、おかずは作っておくし、無理しなくていいからね」

「うん、大丈夫。なにかあったら、トレノのみんなに相談するし……」

さちはそう言って微笑んだが、その表情の奥に、ほんの少しだけ不安の色が浮かんでいた。

──土日、一人きりか。

ベッドに横たわりながら、天井を見上げる。

普段はなんでもないことなのに、いざ一人になるとわかると、心がざわつく。

翌日の部活。

トレーニングの合間、五人は自然と集まって週末の予定を話し合っていた。

「今度の土日、どうする? 天気良さそうだし、外で走るのもいいかも」

ハルが言うと、リンがふと首をかしげた。

「でも、さち……なんか元気ない?」

「えっ……あ、ううん。そんなことないよ」

慌てて笑うさちに、ユキが静かな目で問いかける。

「なにかあった? いつもより表情がかたい気がする」

そのまっすぐな眼差しに押されるように、さちはぽつりと口を開いた。

……実は、土日お母さんがいなくて。ひとりで家にいるの、ちょっと不安で……」

話を聞いた四人の顔つきが変わる。

「大丈夫? 親戚のおじさん、早くよくなるといいね……」

「それなら──」

リンがパッと手を挙げた。

「さち、うちにおいでよ! チームトレノでお泊まり会しよう! 私も一人だし、ちょうどい

いよ」

「おお、それいいね!」

「トレノ初のお泊まり会!」

「合宿みたいになるかも?」

「料理なら任せて! 最近ハマってるの!」

次々に飛び交う声に、さちは目を潤ませながら微笑んだ。

……ありがとう。ほんとに、ありがとう。なにかお土産、持っていくね」

帰宅後、真由美にそのことを伝えると、ほっとしたような表情でうなずいた。

「そう……よかった。じゃあ、おかずはちょっと多めに作っておくね。みんなで食べて」

「うん」

「さち、いい仲間に恵まれたね。お母さん、嬉しいよ」

その言葉に、さちは小さくうなずいた。

不安だった週末が、楽しみな予定に変わっていた。

どんな時間になるだろう。笑い合って、励まし合って、また一歩、強くなれる──そんな

気がして、さちは夜空を見上げた。

土曜の朝。冷たい風が冬の訪れを告げるように頬をなでる。

さちは荷物の最終チェックを終え、キッチンの真由美に声をかけた。

「冷蔵庫におかず、入れてあるから。温めて食べてね」

「うん、ありがとう」

「ほんとに大丈夫? ……じゃあ、行ってくるね。なにかあったら電話して」

……行ってらっしゃい。気をつけてね」

玄関のドアが閉まり、足音が遠ざかっていくのを見送ってから、さちも出かけた。

リンの家に着くと、すでにハル、ユキ、まひろが揃っていた。

「さち、来たー!」

「いらっしゃーい! 今日から“トレノ合宿” だよっ!」

「合宿って言うな~!」

笑い声に迎えられ、さちは自然と笑顔になった。

「じゃあ、アップから始めよう!」

リンが腕を回すと、ハルも構えた。

「筋トレ合宿、スタート!」

「だから誰も“合宿” って言ってないってば~!」

ベンチプレス、体幹トレーニング、サーキット形式の筋持久力トレーニング──内容は本

格的だったが、誰も手を抜かない。励まし合いながら、笑いながら、集中して体を動かし

ていく。

「ほんと、これ合宿みたいだよね」

……うん、なんか楽しい」

ユキのつぶやきに、みんながうなずいた。

夕方、トレーニングを終えると、今度は夕食の準備。

「うちのキッチン、なんでも揃ってるから任せて!」

リンがエプロンをつけ、まひろが手際よく副菜を準備する。

「私、炒め物やるね。リンちゃんは味噌汁お願い!」

「了解、隊長!」

…隊…長?」

まひろは微笑みながらも、やや照れたような表情を見せた。

一方、さち・ハル・ユキはテーブルを整え、真由美が作ってくれた煮物や卵焼きを温めて

並べていく。

「これ、さちのママの味だね。やさしい味がしそう~」

「ちょっと一口──だめ?」

「まだ早いっ!」

さちが箸を構えたハルの手を止めると、ユキが笑いながら「おあずけだね」とつぶやいた。

やがて準備が整い、それぞれが席に着いて手を合わせ、声をそろえる。

「いただきます!」

全員の声が揃い、トレノのお泊まり会の夜が幕を開けた。

食卓では、部活のこと、学校のこと、そして──

「ねえ、私たち……変わったよね」

さちがぽつりと言った。

「うん。小学生のときよりも、四月よりも……たしかに」

「部活も合宿も、大会もいっぱいあって……」

「練習もトレーニングも。筋肉もついたし!」

リンが二の腕を握ってみせると、笑いが広がる。

「まだまだだけど……でも、前よりずっと強くなってる気がする」

「やっぱり、毎日コツコツって、大事だね」

まひろが静かにうなずいた。

「じゃあさ──またやらない? トレノ記録会!」

ハルの声に、全員の目が輝く。

「クリスマスにやったやつ?」

「今年もやろう!パーティも一緒に!」

「トレノクリスマス、楽しみ!」

誰も反対はしなかった。

お風呂の順番をじゃんけんで決め、毛布を並べてリンの部屋に横になる。

「こうしてると、ほんとに合宿みたい」

「でも、合宿よりちょっと安心するよね」

「そうだね。ここ、私たちの場所って感じ」

誰かの言葉に、誰かがうなずいて、誰かが笑う。

筋肉痛になる朝が来るかもしれない。

でもその夜は、やさしくて、あたたかかった。

──大切な仲間と過ごす、初めてのお泊まり会。

夜は静かに、そして穏やかに更けていった。


挿絵(By みてみん)

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