第五節 絆の先に見えた景色
県新人戦から、数日が経った。
熱気に包まれた大会の記憶はまだ鮮明だが、校内には秋風が吹き込み、夏の余韻はすっか
り色褪せていた。
水泳部の部室には、先日の大会を振り返る声が飛び交っていた。
「ユキのターン、完璧だったよね」
「いやいや、まだまだ。でもハルのラストスパート、あれは痺れたよ」
「ありがと。さちの泳ぎも、瑞希先輩が“キレが出てきた” って褒めてたよ」
ユキとハルは笑顔を浮かべながらも、表情には引き締まった緊張感があった。
──県選抜強化大会への出場。
2人には再び大舞台が待っている。これは、新人戦の上位者を対象とした“次世代強化選
手” の育成大会であり、ここでのタイムが今後の強化指定にも関わってくる。
プレッシャーの影はあるが、その奥に揺るがぬ自信があった。
見据えているのは、さらにその先。まだ見ぬ自分たちの姿だった。
一方で、さち、リン、まひろは、それぞれの結果と静かに向き合っていた。
「悔しいっていうより……もっと泳ぎたかった、かな」
まひろがぽつりと漏らす。
「でも、まひろの平泳ぎ、タイム上がってたよ。隣で見てて分かったもん」
「さちの自由形も、ほんとに伸びやかだった」
リンの言葉に、さちは少し照れ笑いを浮かべた。
「ありがとう。でも……ハルとユキが先に進んでくの、嬉しいけど、ちょっとだけ悔しいな
って。私は、今は応援することしかできないから……」
その気持ちに、リンとまひろはまっすぐな目を向けて言った。
「さちが一緒じゃなかったら、ここまで来られなかったよ」
「そう。さちの努力、ちゃんと見てる人は見てるから」
さちは、ぽつんと小さくうなずいた。
放課後。プールの水音が消え、恒例となったプールサイドでのトレーニングが始まる。
体幹、ストレッチ、腕立て──いつものメニュー。
トレノの5人に加えて、先輩部員の姿も自然と増えていた。
「ユキ、その腹筋ほんとすごい。どうやったらああなるの?」
「いやいや、ハルの肩甲骨まわりも、明らかに変わってきてるよ」
「澪先輩、腕のラインめっちゃ綺麗になってませんか?」
笑い合いながらも、誰もがお互いの成長を真剣に認め合っていた。
この部活には今、確かな“変化” がある。
個々の努力だけではない。つながる意志と絆が、部全体を少しずつ押し上げていた。
そのとき──
「
……あ」
誰かの声に振り返ると、部室前の掲示板に人だかりができていた。
顧問の西園寺が、1枚の紙を貼り出していた。
>県選抜強化大会 出場選手・日程案内
そこに、出場者の名前が記されていた。
女子自由形:白水ハル
女子背泳ぎ:白水ユキ
「
……いよいよ、か」
ユキが小さく呟くと、ハルが隣で肩をポンと叩いた。
「よし、最高の泳ぎをしよう。トレノの名に恥じないようにね!」
「うん。一緒に頑張ろう」
2人が軽く拳を合わせたその姿を、さちは少し後ろから見つめていた。
わたしも──この背中を、支えられる存在でありたい
そう思いながら、手のひらを静かに握りしめた。
トレーニング後。夕焼けに染まる通学路を、4人で並んで歩く。
「ハルとユキ、選抜大会か……。なんだか、ちょっと遠くに行っちゃう感じするね」
さちのつぶやきに、ハルが振り返ってにっこり笑った。
「なに言ってんの。トレノでしょ? どこにいても、わたしたちはつながってるよ」
「うん。私たちが見てるのは、同じ“先” だよ」
ユキの穏やかな声に、さちは胸が少しだけ熱くなるのを感じた。
「
……ありがとう。私も、みんなと同じ景色を見続けられるように、頑張る」
夕焼けに照らされたさちの横顔は、ほんの少しだけ強くなっていた。
県選抜強化大会は、もうすぐそこに迫っている。
けれど彼女たちの視線は、さらにその先──未来の舞台へと向いていた。




