第四節 交差する想い、未来へつなぐバトン
十月。空気は少しずつ秋の色を帯び始め、校舎の窓から見える木々も赤や黄色に色づきは
じめていた。
季節が変わっても、プールの中に宿る熱気は薄れることなく、県新人戦へと駒を進めた水
泳部の練習は一層密度を増していた。
放課後。プールサイドでのトレーニングを終えた部員たちは、体育館裏にあるトレーニン
グスペースへと足を運ぶ。
そこには、すっかり恒例となった光景があった。
部長の澪をはじめとする2年生数名、そして1年生チーム・トレノの5人。
誰ひとり手を抜くことなく、自分の課題に向き合いながら体を鍛えていた。
「ユキ、また腕太くなってない?」
「ハルこそ、三角筋のカットが前よりくっきりしてるよ」
「えっ、ほんと!? やったー!」
先輩たちも混ざって、お互いの変化を素直に認め合い、励まし合う空気が自然と広がって
いた。
そのとき──
トレーニングスペースの入り口に、ひとりの人物が姿を見せた。
「瑞希先輩!」
澪が声を弾ませて呼びかける。
そこに現れたのは、夏まで水泳部を引っ張ってきた元部長、瑞希だった。
「お疲れさま! お、みんな頑張ってるね~」
「先輩、戻ってきたんですか?」
「ううん、受験勉強の息抜き。ちょっと体を動かしたくなっちゃってさ。……市の新人戦、
すごかったって聞いたよ。澪、よくまとめてるじゃん」
澪は照れくさそうに笑う。
「いえ、まだまだです。でも、トレノの5人が入ってから、部の空気が変わったんです。み
んな、すごく刺激を受けてて……」
「へぇ、そうなんだ」
瑞希の視線が、さちたちに向けられる。
「
……ほんとだ。みんな、顔つきも体もすっごく変わったね。なんか、嬉しくなっちゃっ
た」
そして、にっこりと笑って、
「せっかくだし、私も混ぜて? ちょっとスッキリしたくてさ」
「もちろんです!」
「一緒にやりましょう!」
瑞希は輪に加わり、久々に仲間たちと汗を流す。
腹筋、スクワット、腕立て──その動きは現役時代と変わらぬキレを見せていた。
その合間、澪がぽつりと尋ねる。
「先輩、進路って……決まったんですか?」
「うん。スポーツ推薦で、水泳部のある公立高校を受ける予定。成績も残せたし、何より水
泳がやっぱり好きだから」
「先輩なら絶対大丈夫です!」
「推薦がダメでも、水泳ができる高校には行くよ。それくらい、今でも泳ぐのが好きなん
だ」
その言葉に、さちは小さく目を見開く。
私たちも──いずれ進路を決める時が来るんだ
帰り道。夕暮れに染まる校庭を、5人は並んで歩いていた。
「瑞希先輩、かっこよかったね……」
さちがぽつりと呟く。
「でも、わたしたちもまだまだ負けてられないよね?」
ハルが笑いながら言い、ユキが続ける。
「いつか、違う道を選ぶ日が来たとしても……きっと、この絆は消えないよ」
「わたしも、ずっと一緒がいい」
リンがまっすぐに言った。
さちは空を見上げ、決意を込めてうなずいた。
「私、決めた。県新人戦も、その先も……もっと強くなって、みんなと一緒に進んでいきた
い」
──そして迎えた県新人戦当日。
メドレーリレー:背泳ぎ・2年の先輩、平泳ぎ・澪、バタフライ・リン、自由形・さち。
予選から激戦が続く中、彼女たちは息の合った泳ぎで接戦を制し、決勝へと駒を進めた。
決勝レース。スタートから熾烈な争い。
先輩の背泳ぎが食らいつき、澪の平泳ぎがリズムを崩さずキープ。リンのバタフライが一
気に差を縮め──そしてさちが、全力で水をかく。
バトンを、絶対に未来へ
仲間の想いを背に受けた泳ぎは、最後の一掻きまでブレなかった。
──結果。わずか0.3秒差で、3位入賞。
チームは表彰台に立ち、県新人戦でも爪痕を残す結果となった。
個人種目でもそれぞれが健闘した。
ユキは背泳ぎ、ハルは自由形で決勝へ。
惜しくも入賞は逃したが、互いにベストを尽くしたその泳ぎに、悔いはなかった。
まひろも平泳ぎで粘り強く泳ぎ切り、自己ベストを更新。
その背中に、確かな成長が刻まれていた。
大会終盤。選手控え室のベンチに、トレノの5人が並んで腰を下ろしていた。
「次はもっと、上を目指せそうだね」
「うん。私たちなら、きっといける」
「また一緒に、頑張ろうね」
それぞれの言葉に、さちは静かに頷いた。
「ありがとう、みんな。……まだまだ、ここからだよね。いつまでも、同じチームでいられ
るように──私も、もっと頑張る」
この日。
チームトレノの絆は、さらに深まり、そして新たな扉を開いた。
──物語は、次なる舞台へと進んでいく。




