第三節 つながる意志、広がる波紋
新人戦まで、あと十日。
校内には秋の風が吹き始め、空気には少しだけ緊張感が混じっていた。
水泳部の練習も、調整と追い込みが交互に入り、部員たちの表情には夏とは違う「真剣さ」
が浮かび始めていた。
その日も、放課後のプールには力強いストロークの音が響いていた。
どの顔も、水の中で静かに闘志を燃やしている──そんな雰囲気が、そこには確かにあっ
た。
練習後。トレノの5人は、いつものようにトレーニングスペースに集まっていた。
腕立て、体幹、ストレッチ、ジャンプ。
メニュー自体は変わらないが、一つひとつの動作に込められた意識は、夏の頃とはまるで
違っていた。
「うわっ……これ、いつもより効いてる気がする」
リンが腹筋を終えて、ごろりとマットに寝転がる。
「重さじゃないんだよね。動かし方が変わってきてるから、負荷が違う」
ユキが淡々と説明しながら、片脚バランスを保つ。
最近、この時間帯に加わる先輩たちの姿も少しずつ増えてきていた。
参加する日はまちまちだが、誰かが自主的に始めれば、気づけば二人、三人と輪ができて
いく。
「最近、塾のあとに家で体幹だけやってるんだ」
「昨日、初めてプランク2分できた……あれ、地味にキツいね」
そんな声が、給水の合間にふと漏れる。
以前はトレノの5人だけが続けていたこの“習慣” が、今では部全体に広がる“空気” へと
変わっていた。
「すごいね……なんか、うちらがやってきたこと、ちゃんと伝わってたんだね」
さちが、トレーニングマットの上でぽそりと呟く。
「うん。地味だけど、続けてよかったって思えるよ」
「“強くなりたい” って気持ち、ちゃんと伝染するんだね」
ハルのその言葉に、全員が無言で頷いた。
ちょうどその時、澪が近づいてきた。
「
……ありがとう、みんな」
わずかに照れたような笑みを浮かべながら、澪は少しだけ視線を落とす。
「私だけじゃ、ここまで部を引っ張ることなんてできなかった。トレノの5人が、いつも前
を向いてくれたから……きっと、みんながついてきてくれたんだと思う。本当に、ありが
とう」
少しの沈黙のあと──
「それ、言うの澪先輩じゃなくない? 私たちが言うほうだって」
さちが照れ笑いしながら返すと、トレノの全員が声を上げて笑った。
「でも、ほんとに……“部” って感じがしてきたよね」
リンが伸びをしながら言うと、ユキが静かにうなずく。
「うん。もう“チーム” っていうより、部活全体が“一つのチーム” になりつつある」
──その会話を、少し離れた場所で聞いていた人物がいた。
顧問の西園寺だった。
ゆるく腕を組みながらも、その目には、いつもと違う光が宿っていた。
「ふふ……らしくないな」
つぶやく声は小さく、誰にも聞こえなかった。
だがその胸には、確かな思いがあった。
俺の知らないところで、ちゃんと“部” が育ってきてる。生徒たちが、自分たちの力で
思えば、トレノのメンバーが入ってきた頃は、ただ「やる気のある一年生たち」という印象
だった。
でも今は──違う。
練習の空気を変え、トレーニングの文化をつくり、それを自然と他学年へ波及させていっ
たのは、まぎれもなく彼女たちだった。
そして──
それを受け取って、また変わっていったのが、澪であり、上級生であり、部全体だ
「
……育ってきたな」
そう呟いた西園寺の声には、いつもの気だるげな調子はなかった。
まっすぐで、少しだけ熱を帯びた声音だった。
その日、最後のストレッチを終えて、全員が整列する。
「さあ、あと少し。新人戦まで、全力で仕上げていこう」
澪の声に、部員たちは一斉に応えた。
「はいっ!」
響いた返事は、まるで一つの音のように、ぴたりとそろっていた。
絆が繋いだその声が、プールにしっかりと刻まれていた。
──次の戦いは、もうすぐそこまで来ている。




