第二節 託されたバトン、支える力
その日、練習を終えた水泳部の部員たちは、プールサイドに整列していた。前に立つのは部長の澪。その隣には、腕を組んだ顧問の西園寺がいる。
「いよいよ来週、市の新人戦が始まる。大会前の最後の調整期間になる。みんな、気を引き締めていこう」
西園寺の一声に、部員たちの背筋がピンと伸びた。
「本番に向けて、全員個人メドレーでスプリットタイムを計測した。その結果を踏まえて、それぞれ得意な種目にエントリーしてもらった」
澪が手元の用紙を見ながら、落ち着いた声で続ける。
「そして、メドレーリレーのメンバーが決まりました。2年生6人、1年生5人、合計11人の中から、タイムと安定性を見て選出しました」
空気がわずかに張り詰める。
「メドレーリレー、今回のメンバーは──」
一拍置いて、澪の声が響いた。
背泳ぎ・澪と同じ2年生の1人、平泳ぎ・澪自身に、バタフライ・リン、自由形・さち──。
名前を呼ばれた4人が、それぞれ小さく頷いた。さちは胸の奥で、熱くこみ上げてくるものを感じていた。
その横で、少しだけ視線を落としたのは──ユキとハル。
だがすぐに、西園寺が一歩前に出て、力強く口を開いた。
「それから、ハルとユキ。お前たちは、今この部で一・二を争うタイムの持ち主だ。それに──全国大会を経験しているという強みもある。だから今回は、あえてリレーではなく、個人種目に専念して上位を狙ってもらう」
驚いたように顔を上げる2人に、さらに言葉が続く。
「絶対に優勝しろよ。ただし、リレーにもバックアップは必要だ。何が起こるかわからないのが大会ってもんだ。だから、ハルとユキには補欠としてサポートを頼みたい。何かあったときには、すぐ出てもらう。そのつもりで、準備だけは怠るなよ」
「はいっ!」
ふたりの声は、凛と響いていた。
部活後の、プールサイドの隅。
チームトレノの5人が、いつものように筋トレに取り組んでいた。
「……選ばれたんだね、さち」
ハルが優しく微笑んで言う。
「うん。信じられないけど、全力で応えたいって思った」
「まひろは惜しかったね。でも、平泳ぎで澪先輩に次いで2番目のタイムって、すごいよ」
「うん……悔しさもあるけど、自分の種目で結果を出すことに集中する。ちゃんとリレーも応援するよ!」
ユキも静かに言葉を重ねた。
「補欠っていうのは、待機じゃなくて責任だと思ってる。支えるって決めたからには、全力で準備する」
リンが頷いた。
「ユキもハルも、いてくれるだけで心強いよ。いざって時は、本当に頼りにしてるから」
「……じゃあ、個人でも絶対にトップ狙う!」
ハルのまなざしには、燃えるような意志が宿っていた。
そして迎えた市の新人戦。
会場には、合宿で交流した他校の姿もあった。
午前は個人種目。トレノのメンバーそれぞれが、真剣な眼差しでスタート台に立つ。
まひろは平泳ぎで自己ベストを更新。リンはバタフライで鋭いターンを見せ、順当に予選を突破。
──そして、ハルとユキ。
ハルは自由形50m、ユキは背泳ぎ100mに出場。
スタートの笛と同時に、水面を鋭く切って飛び込む。鍛えた筋力と技術が冴え渡り、どちらも完璧なレースを展開した。
結果──ハルもユキも、個人種目で堂々の優勝。見事、県新人戦への出場を決めた。
「……最高の泳ぎだった!」
「ありがとう。でも、ここがスタートだよ。まだまだこれから」
午後──メドレーリレー決勝。
背泳ぎ・2年の先輩、平泳ぎ・澪、バタフライ・リン、自由形・さち。
4人は、息を合わせてスタートラインに立った。
合図とともに、レースが始まる。
先輩の背泳ぎは安定した入り。澪がその流れを受け、リズムよく泳ぎ切る。リンのバタフライは大きなストロークで差を縮め、そして最後──さちが飛び込んだ。
(このバトン、絶対につなぐ)
水を切る感覚。全身を使ったストローク。ゴールが近づくほどに、集中力が研ぎ澄まされていく。
──フィニッシュ。
水泳部のリレーチームは、堂々の2位で県新人戦への出場権を獲得した。
「やったー!」
プールサイドに歓声が響き渡る。
トレノの4人と先輩たちは、喜びを分かち合いながら抱き合った。
帰りのバスの中。
窓の外を眺めながら、西園寺が呟いた。
「……みんな、よくやった。このチームは、これからもっと強くなる。そんな気がするよ」
夕暮れの帰り道。トレノの5人は、並んで歩いていた。
「終わったって感じ、まだしないね」
「でも、全力で泳げた。今の自分にできること、全部出せた気がする」
「次は、県新人戦。トレノ、もっと強くなろう」
「うん、また明日からも、がんばろう」
「……絶対、勝とうね。今度は、全員で決勝の舞台へ」
オレンジ色に染まった道を、彼女たちは一歩一歩、未来へ進んでいった。
──絆と努力を胸に、さらなる高みを目指して。




