第一節 つながる熱、選ばれし泳者たち
夏が過ぎ、秋風が校舎をかすめるようになった。
朝の教室に入ると、制服の袖を少しだけ引き伸ばす生徒たちの姿が目立ちはじめる。二学
期が始まってから数週間。賑やかだった体育祭の余韻が薄れつつあり、水泳部には新たな
目標が掲げられていた。
──新人戦。
三年生の引退後、初の公式戦。
そして、トレノの五人にとっては、中学に入って初めての「本番」でもあった。
放課後。プールサイドには、水泳部員たちが整列していた。前に立つのは、部長の澪と顧
問の西園寺。風に揺れる水面の音と、遠くから聞こえる部活動の掛け声が、夏から秋への
季節の移ろいを感じさせていた。
「それでは、新人戦に向けたエントリーと選考について、詳しく話します」
澪が一歩前に出て、真剣な表情で口を開いた。
「まず、今日から三日間、全員の個人メドレーを計測します。そのスプリットタイムをもと
に、各自の得意種目を確認し、出場種目を決定します」
部員たちが静かにうなずく。
「さらに──このチームから、メドレーリレーに出場する4人を選出します。2年生6人と
1年生5人、合計11人の中から選びます」
一瞬、緊張が走った。
さちはそっと隣を見る。ハル、ユキ、リン、まひろ。仲間たちの表情には、不安よりも強
い意志が宿っていた。
「3年生が引退してから、これが新体制での初陣だ」
横から、西園寺が落ち着いた声で続ける。
「1年生にとってはデビュー戦になる。けれど、気負いすぎるな。やってきたことを信じ
て、それぞれがベストを尽くすんだ」
「はいっ!」
全員の声が、夕空に力強く響いた。
その日の練習では、慣らし泳ぎの後、すぐにタイム測定が始まった。
50メートル自由形──
まずはリンが水面を切るように飛び込み、体をしならせて泳ぐ。続いて、さち、ハル、ユ
キ、まひろ。次々と水をかく音がプールに響いた。
それぞれの種目──背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ、自由形。
個人メドレー形式でスプリットタイムが記録されていく。
部員たちは、自分の番が終わるとすぐにタイム表とにらめっこし、仲間の泳ぎに目を向け
ていた。
練習の最後。部長の澪が再び全員を集めた。
「今日の記録と、これまでの実績をもとに、明日、出場種目とリレーメンバーを発表しま
す。みんな、おつかれさまでした!」
「ありがとうございました!」
その後、トレーニングスペースには自然とトレノの5人が集まっていた。
「はあ……泳ぎきった~!」
さちが腹筋マットに寝転び、息を吐く。
「でも、けっこう良いタイムだったと思うよ? 自由形の前半、かなりスピード乗ってた
し」
ハルがマットを敷きながら言い、ユキも小さくうなずいた。
「今日のさちは、フォームが崩れてなかった。特に後半のキック、いつもより伸びてた」
「まひろも速かったよ。平泳ぎのキック、すごく静かで水面を切ってた」
リンの言葉に、まひろが照れながら微笑む。
「
……うん。自分でも、ちょっとだけ自信もてたかも」
そのとき、トレーニングスペースの端に澪がやってきた。
「お疲れさま、みんな」
「澪先輩!」
澪は、少しだけ頬を緩めながら言った。
「
……ありがとう。トレノのみんなが毎日がんばってくれるから、他の部員たちも変わって
きてる。最近では、塾帰りに家で筋トレしてるって話も聞くし、部活後に軽く体幹トレを
してから帰る先輩もいるの」
「ほんとに?」
ユキが目を丸くする。
「うん。『少しでも強くなりたい』って。こういう空気を作ってくれたのは、間違いなくみ
んなのおかげ。本当にありがとう」
言葉を交わす中で、5人は顔を見合わせた。
「
……なんか、照れるね」
さちがぽそりとつぶやく。
「でも、嬉しいよ。ちゃんと伝わってたって」
「これが……“広がってる” ってことなんだね」
まひろが小さく言い、それにハルが笑いながら拳を差し出す。
「よし、今日もやろう! いつも通り、全力で!」
「おーっ!」
こうして、筋トレの号令がかかる。
掛け声が響き、夕陽が差し込むなかで5人と澪の身体は静かに、そして力強く動いていた。
彼女たちの背には──つながる想いと、広がる未来へのレーンが、確かに刻まれはじめて
いた。




