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絆のトレーニングノート After Six:走り出す未来  作者: たまに何かを書く人
第2章 きらめきの絆、夏を越えて

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第八節 楽しさがくれた翼

朝日が、夏の空にゆっくりと顔を出す。

蒸し暑さの残る空気の中で、ひとときだけ吹き抜けた風が、肌を心地よく撫でていった。

その朝、最初に目を覚ましたのは、さちだった。

静かな部屋の中、薄明かりに包まれながら上体を起こし、軽く背伸びをする。

……い、痛っ」

肩と腕に、微かな筋肉痛。

あ、そっか……“軽く” って言ってたのに、結局がっつりやってたんだった

そう思い出して、ふっと笑みがこぼれた。

でも、昨夜──先生の言葉に救われて、仲間に支えられて。

この痛みさえ、どこか心地よく感じていた。

肩の力が、少しだけ抜けていた。

外の水道で顔を洗っていると、背後から声がかかる。

「おはよう! さち、早いね」

振り返ると、部長の澪が立っていた。

「おはようございます。あの……昨日はありがとうございました。今日は、力を抜いてやれ

そうな気がします!」

さちの表情は明るく、声には確かな自信が宿っていた。

それを見た澪は、やわらかく微笑む。

「今日は楽しんで泳ごう。私も部長としてまだまだだけど、できる限りフォローするから。

──楽しくなくなったら、言ってね」

そのひと言に、さちは静かにうなずいた。

“悩み” や“不安” という言葉をあえて使わなかった澪の配慮が、嬉しかった。

うん……まずは、私が楽しもう

心の中で、そう決意をする。

やがて他の部員たちも起き出してきた。

「おはよー……なんで今日こんなに体痛いのー?」

眠たげにあくびをしながら現れたハルの顔を見て、さちは思わず吹き出す。

「ハル、あれだけ動いてたら当然だよ」

……むぅ」

呆れたように眉をひそめるユキは、すでに身支度を終えている。

リンは朝から元気にストレッチをこなし、まひろもやる気に満ちた表情で合流してきた。

そんな仲間たちを見ながら、さちは思う。

私は、この中にいていいんだ。まずは、自分が楽しむこと

朝食を終え、着替えて、ストレッチと準備運動。

今日のメニューは、まずウォーミングアップの往復泳、続いて個人メドレーでのタイム計

測。

個人メドレー──バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形。

すべての泳法を、一人で泳ぎ切る。

昨日の私なら、ただ順番をなぞってた。でも今日は──

大事なのは、“楽しむ” こと。

プールへ向かうさちの足取りには、昨日とは違う確かな意志があった。

さちの番が来る。スタートの合図とともに、水面へ飛び込んだ。

楽しく、泳ごう

頭の中には、もう手順も焦りもなかった。

ただリズムよく、気持ちよく。

腕は自然に前へ伸び、キックも無理なく水を蹴っていく。

「すごい……」

プールサイドでストップウォッチを握っていた澪が、小さく呟く。

「昨日より、ずっと速い……しかも、フォームが崩れてない」

ハルとユキも目を輝かせて叫ぶ。

「さち、がんばれー!」

その声に背中を押されるように、さちはさらに加速する。

やがて、壁にタッチしてゴール。

顔を上げた瞬間、ハルとユキが駆け寄ってくる。

「すごかったよ、さち!」

「タイムもフォームも、昨日とは段違いだよ!」

その声を聞いたさちの目に、思わず涙があふれる。

でもそれは、悔しさではなかった。

喜びの涙だった。

それを見たリンとまひろも、それぞれ飛び込む。

「私も、さちみたいに!」

「楽しんで泳ごう!」

鍛えた身体が、気持ちに支えられていく。

笑顔と自信を湛えたまま泳ぎ切った二人のタイムも、昨日を大きく上回っていた。

午後のメニューは、同学年対抗のメドレーリレー。

個人メドレーのタイムをもとに、苦手種目を担当するルール。

チームトレノの順番は、リン → まひろ → さち → ユキ → ハル。

スタート台に立つリンが、大きく息を吸い込み、ダイブ。

柔軟な体を活かして華麗に泳ぎ、しっかりとタイムを刻む。

続くまひろも、落ち着いたストロークで差を詰め、バトンをつなぐ。

さちは、ほんの少し緊張した。

でも、心は静かだった。

楽しんで泳ごう

その言葉を胸に、水面へ飛び込む。

迷いのない動き。リズムよく水をかき、体を伸ばし、ぐんぐん進む。

気づけば、相手との距離を広げていた。

今、この瞬間が、一番好き!

壁にタッチしてユキへつなぐ。

さちが築いたリードをユキがさらに広げ、最後はハルが完璧なラストスパート。

フィニッシュの瞬間──

「やったー!」

プールサイドに歓声が響き、全員が抱き合って喜んだ。

「さち、すごく楽しそうだった!」

「最高の状態でつなげられて、うれしかった!」

「フォームもタイムも、本当に良かった!」

仲間の言葉に、さちは何度もうなずいた。

顧問の西園寺と、相手校の顧問がその様子を見守っていた。

「いいチームですね。同じ学年で、ここまでまとまるとは」

「うちの4人は、小学生の頃からの仲間でして。部活とは別に、自主トレでずっとやってき

たんです。澪も、あの子たちに刺激を受けてますよ」

「なるほど……それなら納得です」

すべての練習を終え、帰校の時間。

部員全員が整列し、声をそろえて叫んだ。

「ありがとうございました!」

その声には、達成感と、自信と、絆が込められていた。

帰り道。チームトレノの5人は、いつものように横一列に並んで歩いていた。

「今日、ほんとに楽しかったね!」

「うん、最高の泳ぎができた!」

「課題はまだまだあるけど、前よりずっと自信が持てたよ」

そんな言葉を交わしながら、笑い声が響く。

夏休みは、もうすぐ終わる。

そして、2学期が始まり、新人戦がやってくる。

さちは心の中で、そっと誓う。

あの“楽しさ” を忘れないようにしよう。大会でも、私は──楽しんで泳ぐ

傾きかけた陽のなか、5人の影がまっすぐに伸びていた。


挿絵(By みてみん)

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