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絆のトレーニングノート After Six:走り出す未来  作者: たまに何かを書く人
第2章 きらめきの絆、夏を越えて

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第七節 泳ぎの中のわたし

合宿当日の朝。

さちの家には、蝉の声が静かに響いていた。まだ誰も通らない道に、玄関を開ける音がひ

とつだけ響く。

……じゃあ、合宿行ってきます」

荷物をしっかり背負い、さちは母・真由美にそう告げた。

その表情は落ち着いて見えるが、内心には緊張と不安が渦巻いている。

「気をつけて、行ってらっしゃい。がんばってね」

真由美は笑顔で送り出す。さちは小さく頷き、玄関を出ていく。その背中を、真由美はし

ばらく見つめていた。

一方その頃、白水家では賑やかな朝が始まっていた。

「ねぇユキ、昨日用意してたゴーグルどこいった!?」

「まだ見つかってないの? ……ほんとにもう……」

玄関で余裕の表情を浮かべるユキに、ハルは慌てて声を上げる。

「ハル、あと五分!」

「わかってるってばー!」

その後ろから、「二人とも、遅れるわよ」と母・あかねの声。

ようやくゴーグルを見つけたハルが靴を履き、ユキと並んで玄関を飛び出す。

「行ってきまーす!」

ばたばたと駆け出す双子を、あかねは小さく笑いながら見送った。

リンは、出発前に母・キャサリンとテレビ電話を繋いでいた。

「今日から合宿なの。がんばってくるね!」

「楽しんできてね。無理しないようにね。あなたなら大丈夫よ」

後ろから英語の声が響き、「キャシー、ミーティング始まるわよ」

「ごめんリン、ママはお仕事。気をつけてね!」

「うん、ありがとう!」

通話が終わると、リンは表情を引き締め、背筋を伸ばして家を出た。

まひろは、登校中に立ち止まり、一冊のノートを取り出す。

そこには、「合宿での目標」が丁寧な字で記されていた。

このフォームで泳げたら、次の大会も目指せる

心の中で繰り返し、深呼吸をひとつ。

「よしっ」

静かに気合を入れ、ノートをしまって歩き出す。

全員が学校に集合すると、部長の澪と顧問の西園寺が点呼をとり、荷物を貸切バスに積み

込んだ。

車内には、普段とは違う緊張感が漂っていた。

誰もが、自分の課題と向き合う時間を前に、心を整えていた。

合宿先の中学校に到着すると、挨拶を交わし、すぐに練習の準備に入った。

「お願いします!」

声を揃えての挨拶が、静かな校舎に響く。

さちは心の中で、そっと呟く。

いよいよ、始まるんだ……

練習が始まり、ハルとユキはフォームとスピードを武器に、着実にタイムを記録していく。

「ねえ、あの子たちすごくない?」

「双子だよね? フォームも速さもすごく安定してる……」

隣校の部員たちは驚いたようにざわめいていた。

さち、リン、まひろも順に計測。

自由形では、さちもまずまずの記録を出す。

けれど、他の泳法では思うようにいかない。

……また抜かれた」

泳ぎながらも、頭の中では手順がぐるぐると回っていた。

そのせいで体が硬くなり、水の中で思うように動けない。

励ましの言葉も、今のさちには重たく響いていた。

やがて、メドレーリレーが始まる。

先頭のハルがリードをつけ、さちがそのバトンを受けた。

「1、2、ストローク、キック……」

繰り返す意識の中で、リズムが崩れる。気づけば追いつかれ、差を縮められる。

どうにか泳ぎ切って次に繋いだが、さちは笑えなかった。

私が足を引っ張った……

リレーは何度も順番を変えて行われたが、焦りがさちの心を離れなかった。

夜、就寝後。

灯りが落ちた部屋の中で、さちは眠れずに外へ出た。

体育館の前に腰を下ろし、夜風に当たっていたとき──

「さち、まだ起きてたのか。どうした?」

見回り中の西園寺が声をかけてくる。

……すみません、うまく泳げない自分が悔しくて」

涙をこぼすさちに、西園寺はそばに座り、ぽつりと語り出す。

「今日の泳ぎ、俺にはちゃんと伝わったけどな。迷いながらも、前に進もうとしてた」

「自由形以外は全然ダメで……一生懸命考えても、泳げなくて……」

「そうやって悩んで努力すること自体が、すごいんだよ。俺はすぐ諦めるタイプだったから

さ」

さちは、小さく笑った。

「もっと強くなりたい。チームで、最高の泳ぎがしたいんです」

西園寺は優しく頷く。

「その気持ちがあれば大丈夫。泳ぎってな、正解通りじゃなくていい。楽しんで泳げれば、

自然と体も動くもんだよ」

……楽しんで、か」

「努力ってのは、楽しさの先にもある。泳ぐのが楽しいって思えたら、自然と頑張れる。そ

う思えるように、肩の力を抜いてみな」

……はい。明日、思い出してみます。泳ぐのが楽しかった、あの気持ち」

さちの目に、ふたたび光が灯った。

「さち!」

振り返ると、そこにはハル、ユキ、リン、まひろ、そして澪の姿があった。

「ごめん……」

言いかけた瞬間、みんなが一斉に抱きついてくる。

「一人で悩まないでよ」

「さちの努力、私たちが一番知ってるんだから」

「今日も楽しかったよ! まだまだ下手だけど、みんなと泳げてうれしかった」

「私も、がんばるって思えたのは、さちが一緒だったからだよ」

「楽しんで泳ぐ……そうだね。わたし、ちょっと大会のことばかり考えてたかも」

……ありがと、みんな」

その涙は、もう悔しさではなかった。温かさに包まれた、感謝の涙だった。

「なんか、目が冴えちゃった」

ハルが言い、澪が冗談まじりに提案する。

「じゃあ、軽く筋トレでもする?」

「やろうやろう!」

「トレノ、ナイトバージョンだ!」

笑い合いながら、6人はその場で体を動かす。

夜の空気は涼しく、月の光が彼女たちを静かに照らしていた。


挿絵(By みてみん)

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