第六節 苦手と向き合う夏
お盆の時期に入り、街の玄関先にはきゅうりやなすの精霊馬が並び始めた。
夏の陽射しはいつも通り照りつけているのに、どこか背筋が伸びるような静けさが街に漂
う。
その空気は、慎ましくも穏やかだった。
そんな中でも、女子水泳部の午前中練習は続いていた。
部活を終えた部員たちはプールサイドに集まり、部長の澪と顧問・西園寺の前に整列する。
「さて、今日はお盆明けに予定している夏合宿について、詳しく説明します」
一歩前に出た澪の声に、部員たちの表情が引き締まった。
「お盆明け、私たちは隣の市の中学校と合同で合宿を行います。一泊二日、向こうの学校の
プールと宿泊施設を使わせてもらう予定です」
「練習では、全種目のタイムを計測します。それぞれの得意・不得意を確認し、課題を洗い
出すのが目的です」
「そして最後には――同学年同士による、学校対抗のメドレーリレーを行います」
その言葉に場が一瞬静まり、それからざわめきが広がった。
横に立っていた西園寺が、穏やかに口を開く。
「秋の新人戦でも対戦する相手だ。大会を意識して、集中して臨もう」
「はい!」
部員たちの声が、プールに響いた。
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解散後も、いつものように――いや、今では6人になったチーム・トレノのメンバーは、
プール脇のトレーニングスペースに集まっていた。
腕立て、体幹トレーニング、ストレッチ。
それぞれの動きには無駄がなく、すでに習慣が“技” になっていた。
「ねえ、合宿……ちょっと楽しみじゃない?」
ハルの声に、ユキが静かに頷く。
「他校の人たちと一緒に練習するの、初めてだしね。きっといい刺激になる」
「うん。でも……」
ぽつりと、さちが呟いた。目線はマットの隅に落ちていた。
「わたし……自由形以外、自信ないんだ。スイミングスクールの頃からずっとクロールばか
りで……」
「バタフライや平泳ぎも練習はしたけど、タイムは出ないし、最後まで泳ぎきれるかも分か
らない」
その言葉に、リンとまひろが顔を見合わせる。
「実は、わたしも自由形がいちばんマシって感じ」
「わたしも、平泳ぎはまだフォームが固まってなくて……」
少しの沈黙が落ちる。
そのとき、静かに近づいてきた澪が、さちの前にしゃがみ込んだ。
「さち、焦らなくていいよ。合宿の前半は、苦手を見つけるための時間でもある。
無理に苦手を克服しようとしなくていい。それより、得意なことをひとつでも増やすこ
と。それが今、一番大事なことだと思う」
さちは驚いたように澪を見つめた。
「
……でも、メドレーリレーで迷惑かけたくなくて」
「その気持ちはすごく立派。でもね、大丈夫。リレーって、みんなで泳ぐもの。ひとりで
背負う必要はないの」
その言葉に、ハルが続けた。
「迷惑なんて思わないよ、さち」
「今までだって、できないことがあっても、さちは逃げなかった。全部に向き合ってきたじ
ゃん」
「そう。むしろ、誰よりもまっすぐ進んできたと思う」
ユキの声に、さちの目が少し潤む。
「一緒に得意を見つけよう。私たち、ずっとそうしてきたじゃない」
リンが微笑みながら言い、まひろも柔らかく頷いた。
「うん。一人で頑張るんじゃない。みんなで頑張るんだよ」
さちは、少し照れたように笑い、小さく「うん……」と頷いた。
夏の空は青く高く、太陽は変わらず照っている。
汗を拭いながら、6人の呼吸がまたひとつに重なっていく。
それぞれの想いを胸に、合宿の日が、少しずつ近づいていた。




