第一節 熱と光のなかで
七月。夏の陽射しが、グラウンドとプールにまぶしく降り注いでいた。
中学校の校舎をすり抜ける風は、すっかり夏の香りをまとっている。放課後の部活時間には、西日が照らすプールにセミの声と水しぶきの音が交じり合い、夏の日々の輪郭が鮮やかに描かれていた。
県総体が終わって、約三週間。
水泳部の雰囲気も、少しずつ変わり始めていた。
「いよいよ、澪先輩の本格始動って感じだね」
夕焼けが差し込むプールサイド。水面に揺れる光のなか、5人の少女たちはいつものように汗を流していた。
練習後のスペースに敷かれたマットの上では、筋トレやストレッチ、体幹トレーニングが静かに、しかし力強く繰り返されていた。部活のあととは思えない集中力で、彼女たちは黙々と体を動かしていた。
「最初は静かだったけど、ちゃんと一人ひとりを見て声をかけてくれる。わたし、あの人好きだな」
ユキが素直にそう言って頷く。
まひろもその隣で、ぽつりとこぼした。
「練習メニュー、ちょっとずつ変わってきてるよね。前より、体幹とか柔軟のトレーニングが増えた気がする」
「うん。『チームトレノ式』、地味に採用されてる!」
リンが明るく笑いながら言うと、さちも照れくさそうにうなずいた。
「でも……わたしたちのやってきたことが、部全体に役立ってるって、なんだか嬉しいね」
空がまだ明るい帰り道。
5人の笑い声が夏の風に溶けて、毎日のように響いていた。
総体の舞台に立てなかった悔しさ。
その後に訪れた、小さな誇りと新たな責任。
それらが、5人の心と体に確かな火を灯していた。
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数日後の土曜日。
恒例のチーム・トレノによる自主トレーニングの日。場所はリンの家のトレーニングルームだった。
ユキが考案した新しい体幹トレーニングメニューに、さちは悲鳴を上げていた。
「もう少し! ほら、あと10秒……9、8、7……」
「ひぃぃ……! これ、前よりきついってば……!」
「当たり前。慣れたメニューばかり続けても、成長止まっちゃうから」
ユキは涼しい顔でカウントを続ける。
隣ではハルが汗を拭きながら笑いをこらえていた。
さちは最後のレッグレイズを終えると、マットに仰向けになったまま息を吐いた。
「……ふぅっ」
Tシャツ越しにうっすらと汗をにじませたさちの腹部には、日々の鍛錬を物語るように、はっきりと腹筋のラインが浮かんでいた。引き締まっている、という言葉では足りない。力強さとしなやかさが共存するその体は、まさに積み重ねの証だった。
「さち、動きのキレ、また上がってるね」
プランク中のハルがニッと笑う。「その腹筋、こっちが焦るくらい立派だよ」
「泳いでても、体幹が安定してるのがわかる。軸がぶれないから、フォームも崩れにくい」
ユキも冷静に頷く。
マットの上で体を起こしながら、さちは静かに答えた。
「うん、自分でも分かる。前より、ぜんぜん動ける。力も、ついてきてるって実感あるんだ」
その言葉に、リンがすぐ反応する。
「それだよ、さち! 自分で変化を感じられるって、すごいことだよ。体って正直だから、やったぶんだけ応えてくれるの」
端で話を聞いていたまひろも、静かに立ち上がる。
その腕には、以前よりもはっきりと筋の通ったラインが見えた。
華奢だった体つきに、少しずつ“強さ”が宿っている。
周囲の笑い声や息づかいを聞きながら、まひろはふと目を伏せた。
最初はただ圧倒されていたこの輪の中に、いまの自分は自然と混じっている。
呼吸のテンポも、掛け声のリズムも、少しずつ馴染んできた。
――わたし、ちゃんと進めてる。
その思いが、胸の奥にあたたかな灯をともした。
「……わたしも、ちょっとは変われたかな」
ぽつりとまひろがつぶやく。
「腕立て、今日は一度も崩れなかった。最初は膝ついてたのに……」
「まひろ、すっごく努力してたもんね!」
ハルが笑顔で手を差し出す。
「一緒に、もっと強くなろう!」
「……うん!」
まひろは手を取り、しっかりと握り返す。その手には、もうかつてのような頼りなさはなかった。水中と陸上で育んだ、確かな力がそこに宿っていた。
少し間が空いたあと、ユキがぽつりと口を開く。
「そういえば、来週テスト範囲出るよね」
「えっ、もうそんな時期!? テスト勉強しながら練習とか……体力勝負だなあ」
「でも、どっちも手を抜きたくない。がんばろう」
「そのあと、小さな記録会があるって、澪先輩が言ってたし。そこも目指してみようよ」
夕陽が差し込む窓の外。
目を合わせた5人の目には、再びあの光が宿っていた。
――決して消えることのなかった、まっすぐで強い光が。




