第二節 つなげる力、支え合う日々
期末テスト一週間前。
部活動は一時中止となり、校内にはいつもとは違う静けさが漂っていた。
そのぶん、ハルとユキの部屋には、毎日のように5人の姿があった。
机の上には教科書やノート、問題集や付箋が並び、ペンの音と、ときどきこぼれる笑い声
が、部屋の空気をやわらかくしていた。
「この文字式って、ここで移項すれば楽になるのかな……?」
さちがノートをのぞき込む。
ユキがそっと隣から目を通し、静かにアドバイスを添えた。
「うん、そこまでは合ってるよ。その後は、符号に気をつけて文字を左に集めてみて」
「なるほど……ありがとう!」
「ねぇ、まひろ。ここの図形の問題、補助線ってどこに引いたらいい?」
ハルがプリントを指さすと、まひろはすぐに頷いた。
「ここに一本、底辺と平行な線を引くと、相似な三角形ができて、角度が出しやすくなる
よ」
「おおっ、分かりやすい! まひろ、やっぱ理数系だね!」
「国語と社会はふつうだから、そこはお願いね?」
照れくさそうに笑うまひろに、全員が和やかな笑みを返した。
集中が切れてきた頃には、部屋の隅でストレッチをしたり、腕立て伏せを交代で競い合っ
たりする。
休憩の時間も、5人にとっては大切な絆の時間だった。
その日の午後、部屋のドアが軽くノックされた。
「おやつ、持ってきたわよ」
現れたのは、ハルとユキの母・あかね。
初対面のまひろは少し緊張したように立ち上がる。
「あの、はじめまして……高瀬まひろといいます。お邪魔してます」
「まあ、まひろちゃんね。ようこそ。うちの娘たちと仲良くしてくれて、ありがとう」
あかねは優しい笑みを浮かべながら、お盆を机の端に置いた。そして5人の姿を見渡しな
がら、ふわりと声をかけた。
「それにしても、みんな……前よりずいぶん逞しくなったのね」
「お母さん、それ言わないで……!」
ハルとユキが同時に頬を染める。
「でもほんと、努力のたまものだね!」
リンが胸を張って笑い、まひろも照れたように肩をすくめた。
⸻
そして数日後――期末テスト当日。
昇降口近くの廊下に集まった5人は、それぞれの教室へ向かう直前に言葉を交わしていた。
「緊張してる?」
「うーん、ちょっとだけ。でも、やれることはやったしね」
「全部が100点じゃなくていい。ベストを尽くせば、それで十分」
「うん。最後の問題まで、自分の力でやり切ろうって気持ちでいけば大丈夫」
「じゃあ……行こっか!」
拳を軽く合わせて気合を入れると、5人はそれぞれの教室へと向かった。
チャイムとともに教室には静寂が訪れ、担任の声が静かに響く。
「それでは、始めてください」
鉛筆の音が一斉に走る。
真剣な眼差しで問題と向き合う5人。それぞれが、自分の力を信じて答案に挑んでいた。
⸻
すべての試験が終わった放課後。
昇降口に集まった5人は、達成感と少しの疲労を胸に、部活へと向かっていく。
「理科は思ったより書けたけど、英語の記述がやばかったかも……」
「社会、資料問題が多かったね。歴史のところ、ちょっと怪しかったかも……」
「でも、がんばったね。ちゃんと最後までやれたし!」
更衣室へ向かいながら笑い合うその姿には、やり切った清々しさがあった。
この日から、水泳部の練習が再開された。
新部長・澪のもとで、ウォーミングアップのあとには、「チーム・トレノ」の筋トレメニュ
ーの一部が正式に導入された。
5人は慣れた動きでこなしていく。
一方で、先輩部員たちは徐々に息が上がり、動きが鈍くなっていった。
「なにこれ……けっこうキツい……」
「これを毎日やってたなんて、信じられない……」
「ていうか、体の締まり方が全然違う……」
「ほんとに、鍛え方がすごいんだね……」
そんな声があちこちから漏れるなか、さちたちは少し照れながらも、自然と互いに視線を
交わした。
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この日のプール練習では、記録会に向けたタイム測定も行われた。
リンも、まひろも、かつてのような力任せの泳ぎではなく、安定したフォームとストロー
クで水をかいていた。
ストップウォッチを持っていたさちが、声を上げた。
「まひろ、今のタイム、記録会の出場ラインに届いてたよ!」
「ほんとに……? うれしい……!」
プールサイドに腰を下ろしながら、さちがぽつりと呟いた。
「これで、5人で同じ舞台に立てるね」
リンとまひろは、静かに頷いて感謝を口にした。
「うん。さちのおかげだよ」
「わたしも。みんながいなかったら、ここまで来られなかったと思う」
その言葉に、ハルとユキが真っ直ぐな眼差しで続ける。
「でも、それはまひろが頑張ったからだよ」
「そう。自分の力で、ここまで来たんだよ」
「自信、持っていいんだよ」
少し離れた場所で、そのやりとりを澪と顧問の西園寺先生が見守っていた。
「4人は、小学生の頃から関係性も鍛え上げてきたんだな。只者じゃない」
西園寺のつぶやきに、澪は深く頷く。
「はい……本当に、すごいです」
「これからは、お前たち2年生があの子たちをどう引っ張っていくか、考えていかないとな」
西園寺の言葉に、澪は真剣な表情で答えた。
「はい」
その眼差しには、5人への尊敬と、部の未来への決意が宿っていた。
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練習後、いつものようにトレーニングスペースに集まった5人。
そこへ、タオルを肩にかけた澪が現れた。
「ねえ……どうやってここまで続けてきたの?」
ユキがそっとバッグから一冊のノートを取り出す。
「これが、私たちの“トレノ”、トレーニングノートです。練習の記録、体の変化、お互い
にかけた言葉……全部書いてあります」
「最初は、わたしたち3人だけだったんです」
ハルが懐かしそうに言う。
「でも、仲間が増えて、続けていくうちに自然と強くなっていって……」
その話に、澪は静かに聞き入っていたが、やがて目を上げて言った。
「
……わたしも、同じように取り組みたい。部長として、もっと強くなりたいから」
5人は、互いに目を合わせて、笑顔で頷いた。
「もちろんです!」
「一緒に、もっと強くなりましょう!」
その瞬間、そこにあった空気がふっと明るくなったような気がした。
プールサイドの掲示板には、「記録会:○月○日」と書かれたポスターが貼られている。
水のなかで証明する、その日が――近づいている。




