お披露目会の裏で事件は起こる 1
起きてカーテンを開けて、青く晴れ渡った空に気持ちが一気に明るくなった。
せっかくのお披露目会が雨だったら悲しいじゃない?
午前中はダンジョン前の広場で貴族相手のお披露目会をして、希望者は六角形の建物に実際に入り、ダンジョン内の広場を見学してもらうのよ。
ダンジョンに近付くのがこわいという人は、特に女性は多いので、直接昼食会会場に集合する来賓も多いわ。
そして見学者がいなくなった後のダンジョンでは、各貴族の騎士団の代表や冒険者たちが、実際に狩りをする時間が設けられている。
いちおう各階のセーフゾーンに回復魔法を使える人員を配備しているし、帰りは各階にある魔法陣から外に出られるようになっているけど、魔獣はお祝いの日だからって手加減はしてくれないから、怪我をしても死亡者が出ても自己責任だ。
ダンジョンってそういう場所だから。
「き、緊張してきたわ」
私は来賓客を迎える側なのだから間違いのないようにしっかりしなくては。
だからこんなローブ風のひらひらした服ではなくて、いつもの魔道団副団長の制服を着たいのに、今日は副団長ではなく公爵令嬢としてお客様を迎えるようにとお母様に言われてしまったの。
「その違いは何? 具体的に言ってほしかった」
アクセサリーもつけて珍しくしっかりとお化粧もして、自分でも今日の私はうまく化けているなと感心してしまう。
令嬢のドレスのようにパニエでスカートをふんわりとはさせていないけど、白を基調にしたシンプルなドレスには金と銀と藍色の刺繍が施されている。
そこに同じ模様の刺繍がされたローブを羽織るのよ。
「藍色? デザインを見た時は濃い赤じゃなかった?」
いつの間にデザインを変更したのかしら。
こっちのほうが落ち着いた色合いで好きだからいいけど。
準備が出来たのでホールに向かうと、もう男性陣は会場に出発しようとしているところだった。
「アメリアはまだ行かなくても大丈夫だよ」
「いいえ。私にもダンジョンのチェックをさせてください」
今日は騎士団も魔道団も総出で警備に当たっているんだから、私も働かなくては。
華やかな正装に身を包んだお父様は格好いいけど、それはコールリッジ公爵騎士団の正装ですよね?
なんでお父様は軍服でいいの?
「アメリア、今日は一段と綺麗だ」
「アーチ、こんな早くに来てくれたの?」
あ、刺繍の色が変更された理由がわかった。
アーチの服が藍色なんだ。
金色の刺繍の入った上着を着たアーチは見惚れてしまいそうなほど素敵だけど、私に相談なく、勝手なことをするのは駄目でしょう。
「へえ、そういうことをするんだ」
「なんの話だ?」
「刺繍の色よ。変えさせたでしょ」
「俺じゃないよ。……エメラインが気を利かせたんじゃないか?」
「やりそう……」
お母様もやりかねないわ。
私がアーチと結婚するのに前向きになったと聞いて、大喜びしていたもの。
きっともう王妃様に伝わって、そこから陛下にも話が伝わっているわね。
どうしよう。一番重大な決断がまだ出来ないままなのに。
「だが、少しやりすぎじゃないか? 今まで公の場にほとんど顔を出していなかったから、コールリッジ公爵の長女はどんな女性なんだろうと噂になっているんだ。こんな美人だと知られたら男共がうるさくなる」
「それは大袈裟じゃない?」
私がどんなに化粧をしても、あちらでお母様と話しているエメラインのほうがやっぱり華やかよ。動作のひとつひとつが洗練されている。
それに比べると私は、どうしてもがさつになってしまうわ。
「大袈裟ならいいんだがな。アメリア、俺と婚約するのはかまわないんだよな?」
「ええ。そのつもりだけど」
「じゃあもう婚約者だということにしてしまおう」
「何を勝手なことを言っているんだ」
いつから私たちの話を聞いていたの?
ぬっと横からお父様がふたりの間に割り込んできた。
「私は陛下とそんな話を一度もしていないぞ。きちんと段階を踏まない婚約は許さん」
「くそう。アメリアが変なやつに目をつけられたらどうするんだ」
「しっかりした子だから大丈夫だ」
……もうふたりの話を聞いているのはやめよう。
重要な日に、そんなことでやり合っている場合じゃないでしょう。
「おはよう。ヒューがダンジョン管理の仕事を今後も手伝うことになったそうだね。母が喜んでいたよ」
睨み合っているふたりは放置して、護衛たちの元に行く途中で、ルイスが声をかけてきた。
彼は貴族相手の接客や食事会の準備を手伝ってくれている。
「冒険者仲間はみんなヒューよりずっと年上で、今後のことを考えていたんですってね」
「そうなんだ。それにヒューもひさしぶりに故郷に帰って、気に入らないからと自分が逃げた後にいろいろな変化が起きていることを知って驚いたようだ」
本人がそう言っているのは知っているんだけど、逃げたって言い方はどうなの?
ヒューは新しい土地で頑張って、自分の力で居場所を作ったのよ。
残ったほうが正解だったわけではないわ。
「冒険者として過ごした時間はヒューにとってかけがえのない物のはずよ。それを否定するようなことを言っているのなら、ダンジョン管理なんて地味な仕事を選んだことだって、いずれ後悔するわよ」
「耳が痛いな」
背後から声がしたので慌てて振り返った。
ヒューもいたの。
「でも今は、ダンジョンと町が大きくなっていくのを見てみたいし、関わってみたいんだよ」
「それはありがたいのよ? とても助かるわ」
ヒューが冒険者の服装をしているのを見て、私は考えすぎだなって納得したわ。
冒険者側の気持ちのわかっている彼は、きっとたのもしい仲間になるでしょう。
「よろしくお願いします」
「まかせろ」
髪を結わいて、軽装備で背に弓を担いでいるということは……。
「ダンジョンの中に入って援護に回るの?」
「そうさ。さすがに一日目から死人は出したくないだろ」
私もそっちに行きたい。
でも王太子やお客様を放置するわけにはいかないわね。
「移動するぞ」
お父様の合図で、それぞれの持ち場に転移で移動していく。
私は主催者席の背後にあるバックヤードと会場を隔てるカーテンの傍に転移した。
お父様たちは自分の席の傍に直接転移したのね。
本当は私もそうするべきだったんだけど、大勢の来賓の真正面の席に直接行く勇気はないわ。
「もうこんなに集まっているの?」
チェックを受けた人から順番に席に案内されて、もう会場のほとんどの席が埋まっている。
見事に席に座っているのは男性ばかりだ。
むき出しの地面の上に一部分だけカーペットを敷いて、避暑地のテラスに並べられているようなゆったりと座れる椅子が並んでいる風景って不思議よ。
そこに豪華な服装の男性陣がずらりと並んで歓談していて、背後にはそれぞれの護衛である屈強な男性が姿勢を正して並んでいる。ここから見ているだけでもむさいわ。
ここにいるのはダンジョン内の見学をしながら、安全性やダンジョン作成と管理の説明を聞く人ばかりだから、やっぱり女性陣は出席しないのね。
ご婦人方やご令嬢たちはダンジョンの出入り口の様子が見えるお食事会の会場のほうに集まって、今頃は食前酒やお茶を飲みながら、おしゃべりに花を咲かせているんでしょう。
お母様とエメラインはそちらに行っているのよ。
町とダンジョンを隔てる壁の向こうからも賑やかな声が絶えず聞こえてくるのは、午後からダンジョン内にはいる冒険者が早くも集まってきているんでしょう。
冒険者だけじゃなくて、町に住んでいる人たちも今日は朝から忙しいんじゃないかしら。
冒険者や魔獣の素材目当ての商人が町に集まっているので、宿屋はどこも満員御礼よ。
今日に合わせて開店する道具屋や武具屋も多いみたいだから、慣れない従業員はバタバタしているはず。
広場の周りの道には屋台も出ているみたいよ。
いずれその屋台はこの広場に場所を移して、冒険者がダンジョンに潜る直前に立ち寄れる店になるんでしょう。
そして私の背後も賑やかよ。
バックヤードには予備の椅子や箱に入ったままの道具が山積みにされ、忙しそうに人々が行き来している。
「ここにいたのか」
カーテンを捲ってバックヤードを覗き込んだアーチは、すぐ近くに私がいたので一瞬びっくりしていた。
「何をやっているんだ。席は向こうだぞ」
「大勢の人の前に出る前に会場の様子を見たかったの」
「大勢? ダンジョン見学をするやつだけだから、そんなに多くはないだろ」
アーチまでバックヤード側に入って来て、カーテンを捲って会場を眺めた。
王太子のアーチにとってはそうでしょうよ。
でも主だった貴族の関係者と騎士団が揃っているのよ? 初めて公の場に顔を出す私にとっては大人数よ。
もうブライアーズ公爵家もタイラー公爵家も来ているのだから、アーチはそちらにいたほうがいいのでは?
「あなたも向こうに顔を出したほうがいいわ。社交の場になっているわよ」
待ち時間が長いと退屈させてしまうのではと心配していたけど、英雄公爵やカルデコット辺境伯家に会う機会の少ない貴族たちは、顔つなぎに余念がない。
「そりゃそうだろ。新しい産業が生まれる瞬間に立ち会っているんだ」
「やめて。余計に緊張してきた」
「だが、ここに転移してくれてよかったかもしれない。実はアメリアに会いたいという人間がここに来ることになっている」
「ええ?」
隠れて会わないといけない相手? 招待客じゃないってこと?
主催者席まで来るのをアーチが認めた相手って誰だろうと思っていたら、バックヤードの奥からユーグが近付いてくるのが見えた。
「ユーグ?」
まさか彼じゃないわよね。隠れる必要なんてないもの……あ!
「ロザリンド!」
「来ちゃった」
ユーグの後ろからひょこっと顔を出してにこにこと手を振るロザリンドを見つけ、思わず駆け寄り手を取り合った。
ずっと会って話をしたいと思っていて、でも忙しくてなかなか会えなかったの。
あんな形で突然引っ越したから、王宮に顔を出すことに抵抗もあったのよ。
「私から伺うべきなのに、わざわざいらしてくださるなんて。ありがとうございます」
「そうよ。ドリーンのところでお茶会をしたんですって? 誘ってよ」
昔から変わらない笑顔が嬉しくて、抱きついてしまいたいくらいだわ。
「しばらく見ない間にすっかり綺麗になっちゃって。お兄様と婚約することにしたんですって? 本当にいいの?」
「おい」
「やめるなら今のうち……」
「ロザリンド」
「こわ。冗談じゃない」
王女をダンジョンに招待するのはまずいだろうと思って、招待状を送っていなかった。
王太子がずっとうちの領地にいるのに王女まで来ては、他の貴族たちから苦情が来そうだしね。
でも来てくれて嬉しい。
「それにね、ここに来たのには他にも理由があるのよ」
ロザリンドが声を潜めたので、声が聞こえるように彼女に近付いた。




