ご令嬢に擬態してお茶会に参加しよう 2
「お、お嬢様!」
せっかく新しい商売の話で盛り上がっていいたのに、突然侍従が血相を変えて駆けつけてきた。
「どうしたの? お客様に失礼でしょう」
「すみません。王太子殿下がおいでになっていまして」
「はあ!?」
ドリーン、私を見ないで。
私もアーチが来るなんて聞いていないわ。
「お待ちいただきたいとお願いしたのですが、もうこちらに向かっていらっしゃいます」
「まあ、そんな失礼なことをしているの?」
どうしてあの男はそういうことをするのよ。
周りの迷惑を……あれ? 注目されている?
「王太子殿下が? まあ」
「アメリア様に会いにいらしたのかしら」
「お姉様が心配だったんじゃない?」
やめて。恥ずかしくて死にそう。
アーチってそんなことをする人だったの?
女性だけのお茶会なんて嫌がって近付かないタイプだと思っていたのに。
「しかたないわ。殿下の分もお茶をご用意して」
ため息をつくドリーンが気の毒だわ。
申し訳なくて、みなさんにどうお詫びしようか考えていたんだけど……でも屋敷の中を通らず直接庭から案内させたようで、青い顔の侍従と一緒にアーチがこちらに来るのが見えると、ご令嬢方は髪やドレスを直しながらそわそわしている。
「ねえ、あの後ろの方々はどなた?」
「素敵な方ね」
「ヒューまで来たの?」
エメラインが名前を言った途端、セレストがはっとして身を固くした。
突然、初対面の婚約者の弟が登場したせいで、すっかり緊張してしまっているわ。
「なんだ、この光は」
「アメリアが魔法を使ったんじゃないか?」
そうか。お茶やスイーツよりも、魔法よりも、素敵な殿方のほうが御令嬢は嬉しいのか。
そしてあのふたりは、自分たちなら押しかけても歓迎されると思っているのね。
アーチもヒューも軍服にデザインの似た詰襟の服にコットを羽織り、花壇の間の小道を何か話しながら近付いてくる。
その後ろに少し遅れて、シオドアが帰りたそうな顔でついてきていた。
「あら、後ろにももうひとりいらっしゃるわ」
「本当。見事な赤毛の背の高い方ね」
「あの方はカルデコット辺境伯家の長男のシオドア様ですわ」
エメラインがなぜか得意げに言うと、令嬢たちの目が見開かれ、真剣にシオドアに注目した。
「まあ、噂とはだいぶ違うんですね。戦闘狂でこわい方だと聞いておりましたわ」
「素敵な方じゃない?」
辺境は魔獣や蛮族との戦いが続く不毛の大地だという印象が強いようだし、確かにそういう地域もあるけど、隣国との国境があるということは貿易の要所としての役割も大きいのよ。
そこに今度はダンジョンが出来て、世界中から冒険者が集まってくるんだから、将来有望な地域だわ。
「決まった方はいらっしゃるのかしら」
そんな説明をしなくても、ご令嬢たちもその程度のことはわかっているみたい。
背が高くて、王都にいる貴族とは違い危険な雰囲気もあるシオドアは、彼女たちにとっては魅力的な相手だったのね。
「アメリア」
先頭を歩いていたアーチはドリーンに挨拶もしないうちに、私のほうにどんどん向かってきていた。
ドリーンの屋敷のお茶会に押し掛けておいて、開口一番で私の名前を呼ばないで。
出迎えるためにみんながいっせいに立ち上がったので、私も急いで立ち上がりアーチとヒューを睨んだ。
だって他にどんな顔をすればいいのよ。
「初めての茶会だと聞いたから、心配で様子を見に来たんだ」
「招待を受けていないのに突然いらっしゃるなんて無作法ですわ。まずはドリーンに謝るべきではありませんか?」
いくら相手が王太子でも、ここははっきり言っておかないといけないわ。
「それにシオドアが置いていかれていますよ」
自分は場違いだと彼は思っているんだろうな。
社交界に顔を出しても浮いてしまうのではないかと思っていた私と同じで、彼も実はご令嬢にいい印象を持たれているとわかれば、今後はもう少し積極的に動けるんじゃない?
「何をやっているんだ、あいつは。早く来い」
「私が呼んでくるわ」
エメラインが迎えに行ってくれたから、アーチはドリーンに挨拶しなさいよ。
王太子だからって好き勝手していたら嫌われるわよ。
「突然すみません。ヒュー・タイラーです。兄と結婚する女性がここにいると聞いて、王太子殿下についてきてしまいました。俺が他国にいたせいでいまだに顔合わせも出来ていないんですよ」
ヒューのほうが先に挨拶をしに行っているじゃない。
貴族らしい服装の彼を見るのはひさしぶりだわ。
王都の貴族を嫌っていたはずなのに自分から接点を持とうとするなんて、彼の中でどんな心境の変化があったんだろう。
「はじめまして。ドリーン・フェアバーンズです。お噂はアメリアやエメラインから聞いておりますわ。セレスト、義弟になる方がご挨拶に来てくださったわよ」
「はい。はじめまして。セレスト・オファレルです」
頬を染めながら挨拶をするセレストを見て、ヒューは目と口をまん丸くした。
彼はマシューの婚約者が、ほっそりと可愛らしい守ってあげたくなるような女性だったことに驚いたみたいだ。
「あなたが? 婚約者? 本当にあんな男と結婚していいんですか?」
何を言っているのよ。破談にしようとしないでー。
「愛想がなくて頑固で面倒な男でしょ」
「そうなんですか? いつも気を遣って下さるんですよ?」
「あの男が!?」
これは本気で驚いているわね。
でも弟に見せる顔と、婚約者に見せる顔が違ってもおかしくはないでしょう。
「ああいうやつに限って、結婚したら一途で嫁に頭があがらないタイプかもしれないぞ」
「うへえ、まじか」
あっという間に貴公子風の仮面がはがれて、いつものヒューに戻っているわね。
そういえばシオドアはどうしたかと思って振り返ったら、エメラインがふたりのご令嬢を紹介していた。
照れながら遠慮がちに話すシオドアは、ご令嬢が笑顔で話しかけてくれるのでまんざらでもなさそうよ。
アーチが無断で来てしまったのはいただけないけど、ヒューとシオドアを連れてきたのは大正解だったかも。
「様子はどうだった? 魔法を披露したのか?」
ドリーンとセレストがヒューと話し込んでいるので、自然と私とアーチがふたりだけで話すことになってしまった。
他の人も気を遣ってくれているようで、私たちの両隣の席には誰も座らないのよ。
「そうよ。まさか魔法に興味を持ってもらえるとは思わなかったわ。素敵なお嬢さんたちなのよ」
さりげなく髪に触れようとした手をぴしゃりとはたいた。
確かに婚約することに決めたけど、そんな急に今までと違う行動をされると戸惑ってしまう。
話す時の距離も前より近くない?
「ドリーンが選んだご令嬢なんだ。素敵な人ばかりなのは当然だろう」
「調子がいいですわね。本当はこのままアメリアを連れて行こうと考えているんじゃありません?」
自分の名前が出たのを聞きつけて、ドリーンが話に加わってきた。
王太子や公爵子息と辺境伯子息が顔を出したことは、ドリーンにとってもプラスにはなるんでしょう。
噂になれば、ドリーンのお茶会に参加したいって考える女性が増えるでしょ?
「まだ始まったばかりなのに、席を外すなんて嫌です」
「ですって。おとなしくここでケーキでも食べるか、男性陣だけで王都観光をしてくださいな」
にっこり笑顔でドリーンに言われて、アーチは不満げな顔をしたけど無視よ。
せっかくの機会なのに邪魔をしないでほしいわ。
「ヒューもシオドアも話し込んでいるんだ。当然、ここで過ごすさ」
お茶もスイーツも美味しいし、ときおり聞こえる笑い声が楽しそう。
最近、ダンジョンや仕事の話か、自分のふがいなさを痛感させられる話ばかりだったから、こうして平和な空間で息抜きできるのはありがたいわ。
「どう? アメリア。お友達とおしゃべりするのも楽しいでしょう?」
「ええとっても」
ドリーンに聞かれて、私は大きく頷いた。
私の周りの人たちにとって魔法を使うのが当たり前のことなので、こんなに喜んでもらえるとは思わなかったし、彼女たちと話さなかったら魔法にはいろんな可能性があることにも気付かなかったわ。
「誘ってくれてありがとう。これからはもう少し積極的にいろいろな席に顔を出してみるわ」
きっと嫌な思いをすることもあるでしょう。
傷つくことだってあるかもしれない。
でも王宮魔道士部隊で鍛えられているんだから、たいていのことではめげないしね。
「お茶会って女だけなんだよな?」
「……殿下、そこまで独占欲が強いと、ちょっと気持ち悪いです」
うは。ドリーンにそこまで言わせるなんて。
でもそうよね。
ちょっとおかしいわよね。




