ダンジョンに異常発生? 2
「なんだよ、生活魔法しか出来ないやつがえらそうに」
ふと聞こえてきた声に、はっとして足を止めた。
聞こえよがしに暴言を吐いたのは、隊長のすぐ横にいた騎士だ。
あの制服は、領地に常駐していた部隊のものね。
髪を伸ばして制服を着崩し、格好をつけた若い青年は馬鹿にしたような目で私を睨んできた。
「きさま、どこの部隊の者だ!」
こういう時、私の護衛は優秀だ。
グレンが瞬時に騎士の胸倉を掴んで詰め寄った。
「え? だって」
グレンのあまりの剣幕に驚いた青年は、助けを求めようと思ったのか周りを見回して、周囲の冷たい視線に気付いて顔色を変えた。
まさか、周りも同意して私を邪魔者扱いすると思っていたの?
お父様もいるのに!?
「うちの騎士団にこんな愚か者がいたのか」
「も、もうしわけありません!」
お父様まで詰め寄ろうとした時に、常駐部隊の隊長が慌てて彼を庇って前に出た。
「彼には自分から」
「どけ」
キャメロンが隊長の胸を乱暴に押してお父様の前から押しのけるとすぐに、お父様が暴言を吐いた青年を魔法で吹き飛ばした。
「ぐはっ!」
青年が壁に勢い良くぶつかり、ずりずりと床に落ちてうずくまる。
危険を察知して青年から離れたグレンはさすがよ。
「お父様、グレンまで吹き飛ぶところだったじゃないですか」
「あれでは手ぬるい。一兵卒風情がアメリアにあの態度は許されない」
「アーチ、落ち着いて」
私は剣の柄に手をかけたアーチと、飛び出そうとしたヒューの腕を掴んで止めるだけで精一杯よ。
残念ながら腕は二本しかないの。
お父様までは止められないわよ。
「公爵の道を塞ぐとは何事だ! 部下を庇う前に、まず自分の失態を詫びろ。いったいおまえの隊はどんな教育をしているんだ」
キャメロンの怒りはまだまだ収まらない。
公爵令嬢に暴言を吐く部下と、彼を庇って公爵の行く手を塞ぐ隊長。
常駐部隊は目立たないけど、屋敷の警備や領地の治安維持のために堅実に勤務を遂行してくれている印象だったのに……。
ここは訓練場じゃないのよ。カルデコット辺境伯や騎士団もいるダンジョンなのよ。
そこでこんな情けない問題が起きるなんて恥ずかしいわ。
「あの制服は領地に常駐していた部隊の制服です」
ケインの説明を聞いて、お父様は冷ややかな目を隊長に向けた。
「お、お許しください。彼はまだ入団して三か月なんです」
「三か月だと!? そんな新人をなぜこんな重要な任務に連れてきた」
今度はキャロンが隊長の胸倉を掴んでいる。
でも、これはもっと大きな問題よ。
「三か月ならまだ訓練生よね。なんで彼は正規の騎士の制服を着ているの? 待って。領地常駐? じゃあ彼は平民でしょう? 教育も試験も受けていないのに騎士の制服を着用させているの?」
思わずアーチとヒューを放して、私まで隊長に詰め寄ってしまった。
これは重要よ。
騎士になるのはそんな簡単なことじゃないの。
「あなたも騎士になったのならわかっているでしょ? 貴族の子供でも学園で勉強と訓練を積んで、試験に合格して初めて騎士になれるのよ。それでも最初は訓練生から経験を積むの。騎士になるということは爵位をいただくことなんだから、あなたは軍の規約だけではなく法律も破っているのよ」
私の説明を聞くうちに、隊長の背後にいた常駐部隊の人達の顔色が変わっていった。
彼らも騎士の制服を着ているけど、もしかすると資格のない人達なんじゃない?
「部隊を私物化していたのかよ」
ヒューがいつの間にか隊長の背後に回り、首筋にナイフを当てて呟いた。
「下手なことをすると、この男が死ぬぞ」
彼の部隊の人間が暴れる危険を考えてくれているんだろうけど、この場にいる五人は誰もそんな気はなさそうよ?
それどころか、まともに戦えるのかも怪しいわ。
「何人か宿舎に戻り、常駐部隊を一か所に集めておけ。ここでの話が伝わって逃げ出すやつが現れる前に捕まえろよ」
キャメロンの指示のもと、ふたりの騎士がダンジョンの外に駆け出していった。
「団長、よろしいですか」
「なんだ」
ケインに声をかけられても、お父様は振り返りもしない。
身を寄せるように固まっている常駐部隊の面々に目を向けたままだ。
「三か月前に新人を入団させたという報告を、私は聞いておりません。彼が勝手に入団させたと思われます」
「……そうなのか?」
聞かれた隊長はびくっと肩を震わせ、怯えた様子で頷いた。
「あの……辞めた者がいた分、補充しなければと」
「その場合、本部に連絡をするか、本部から領地に行っている部隊の責任者に相談するようにと言われていたはずだが?」
常駐部隊は本部から派遣される部隊の指示で動く部隊だ。
なぜなら、平民ばかりで編成された部隊で、騎士や魔道士は数名しか在籍していないからだ。
本部から派遣された部隊の者が勝手なことをするのはまずいので、そこはケインが定期的に調査を行ってきたはずなのよ。
今までは平民を勝手に騎士にしているなんて報告はなかったはずよ。
「今までも欠員が出た時には補充していましたし、特に問題はなかったのでそれでいいかと……」
「団員が辞めた時と入団した時に、きちんと書類を提出しているんだろうな」
「……はい。あの、彼は身元のしっかりした者で、家族も騎士団にはいれて喜んでいますし」
「そんなことは関係ない!」
さすがに普段は温厚なケインも声が大きくなった。
知り合いの息子を、騎士団に入れてあげていたってことなのね。
しかも許可も取らず、書類も誤魔化していたから教育も訓練も受けさせられなくて、勝手に騎士の制服を着せて部隊が機能しているように見せかけていたんだ。
「その男を捕まえろ。常駐部隊の者達の処遇は、改めて事情聴取したうえで決める。今後は常駐部隊はダンジョンに近付けるな」
「お父様、お待ちください」
「庇う気か?」
「まさか。彼らの持ち物を調べてください。彼らだけではなく、今後はダンジョンに入る時と出る時に持ち物のチェックをお願いします。これだけの異常が出ているのに魔法陣の枚数に問題がないのならば、誰かが他所から魔法陣を持ち込んでいるはずです」
はっとして私の声が聞こえた範囲の人達の目が、常駐騎士団の者達に向けられた。
彼らだけを疑うわけではないけど、連れ出されてしまう前にチェックはしないといけないわ。
「わかった。そうしよう」
お父様の声が沈んでいる。
まさか自分の身内がこんなことになっているとは思わなかったんだろうな。
「これ……」
チェックをすると聞いて観念したのか、ひとりが内ポケットから四つ折りにした紙の束を取り出すと、釣られるようにふたりが同じように紙の束を差し出してきた。
「お、おまえたち……なぜ」
隊長は本気で驚いているみたいね。
ということは、部隊全員で協力して妨害をしていたわけではないんだわ。
でもそれより……。
「魔法陣を四つ折りにするなんて、何をしているの! 魔法陣は繊細なの!」
思わず叫んでしまった。
「そんなふうに折り目がついた魔法陣は、魔法を使ったら暴発する危険があるのよ。魔法陣はこうやって」
空中から黒いファイルを取り出し、開いて中身を見せた。
「魔力を通さない材質の物に、折り目がつかないように収納しなくちゃ駄目でしょう!」
「アメリア、落ち着け」
今まで殺気立っていたくせに、アーチがにやにやしながら隣に並んで肩をさすってきた。
恥ずかしいからこんな時に、馴れ馴れしく触らないで。
「落ち着けるもんですか。宿舎や自分の家で暴発したら大災害が起こることだって……」
受け取った紙をそっと開いてみて、描かれている魔法陣を見て更に怒りが湧いた。
「こ、こんな古臭い魔法陣を使ったの? なによ、この無駄な線は。紙とインクへの魔力の込め方もムラがあって雑過ぎるわ」
「わかったわかった。おまえは魔法陣に関してはうるさいからな」
「ダンジョンを発生させないように魔力を処理する魔法陣も、アメリアが考案したんだろ? 魔法陣に関してはアンブローズ様より上なんじゃないか?」
そうね。ヒューの言う通りかもしれないわ。
子供の頃はお父様の描く複合魔法の魔法陣が私のお手本だったけど、今は私のほうが詳しいかもね。
あ、わざと大きな声で話して、私のイメージアップをしてくれているのかな?
「この魔法陣に込められた魔力を解析して。誰が描いたか突き止めたいわ。……一枚預かっておこうかな。王都に行った時に自分で調べたほうが早いかも」
「危険なものをおまえが持つな」
アーチに取り上げられてしまった。
「アメリアの言うとおりだったな」
「え?」
お父様の呟いた声がよく聞こえなくて振り返ると、お父様は肩を落として俯いていた。
「私が七年間も領地を放置してきたのが悪かったんだ」
「お父様……」
「アメリアのほうが私より、よほどしっかりしているな」
「いえ、それはありません。私の性格はお父様似ですから」
「……そうなのか?」
そこは嬉しそうな顔をするところではないんですよ、お父様。
ふたりで反省して、ダンジョンを成功させるために頑張らなくてはいけませんわ。
「お父様、おそらくこの魔法陣は、十年前に流行った形式のものです」
改めて魔法陣を見てから顔をあげた。
「つまりこれがあれば、私の魔法陣より何倍も時間はかかるでしょうけど、エレンゲン高原にダンジョンを作成することは可能です」
お父様やアーチ、ルイスもヒューも一瞬で険しい表情になった。
そう。もしかすると噂を流したり、時代遅れの魔法陣で私たちの妨害をしたりしている者は、七年前のスタンピードを起こした犯人と繋がりがあるかもしれない。
この雑な魔法陣を作った相手を、絶対に突き留めなくては。




