ダンジョンに異常発生? 1
翌日、ダンジョン前の広場の入口でルイスを見つけた私は、昨日のエメラインとの会話をそっと教えることにした。
だって、このままだと破局しかねないでしょ?
姉としてはエメラインには幸せになってもらいたいじゃない。
「ともかく話をしたほうがいいわ。すれ違いが長引くと面倒なことになるのは、私という実例を見ればわかるでしょう?」
「なんだ、おまえ。俺には肝心なことを話していないって言っていたくせに、同じことをしているじゃないか」
すぐ近くで腕を組んで睨んでいたから話は聞いていたアーチが、にやりと悪い笑みを浮かべて近づいてきた。
「兄貴……何やってんだよ」
ヒューもいる。
エメラインとルイスの仲が拗れていると聞いて呆れ顔だ。
「おまえたちには関係ないだろう。それよりアメリア、今日はいつもと雰囲気が違うな。何かあった? ちょっと見ない間に綺麗になったよね」
「きさま、アメリアを口説く気か」
「違うよ。そんな命を捨てるようなことはしないって」
綺麗になったのは、化粧をしているからよ。
雰囲気が違うのは、いつもの訓練用のローブじゃなくてコールリッジ公爵家騎士団と魔道団副団長の制服のローブを着ているから。
こんな短期間に綺麗になれたら、誰も苦労しないのよ。
「魔力を隠す魔道具はやめたのか?」
ヒューは周りの様子を気にして、声を潜めて言った。
たいていどこのダンジョンの前にも大きな広場があって、冒険者たちが情報交換や待ち合わせをするのに使用できるようになっている。
ここもそれに倣って作った空間で、今はただの空き地でしかないけれど、いずれは屋台の並ぶ整備された広場にする予定なのよ。
ダンジョン制作や警備に関わっているコールリッジ公爵家とカルデコット辺境伯家の騎士や魔道士がたくさん待機しているから、ヒューとしては会話を聞かれないように気にしてくれているんでしょう。
「お母様とエメラインが、たまには実力を隠さないで見せつけて来いと言って魔道具を持って行ってしまったの」
「なるほどな。いや、いいかもしれないぞ。カルデコット辺境伯の軍の中には、アメリアの悪い噂を聞いて軽く見ているやつらもいたみたいだからな」
「そうなの?」
「シオドアはアメリアの実力をわかっているみたいで、噂を否定して誰が流したのか調査しているみたいだ」
「まあ、さすがシオドアね」
辺境伯家長男は、見た目は赤髪を長く伸ばしたチャラい野生児って感じなのに、実は誠実でまっすぐな人なの。
彼らもダンジョンを成功させたいという気持ちは大きいから、噂ひとつでも逃さずに対処してくれているんでしょう。
だっておかしいじゃない? この時期に急に私の噂が流れるなんて。
うちの領地の人達だって、私の王宮での噂なんて知らなかったわよ。
「でも驚いたな。アメリアの魔力の強さは知っていたつもりだけど、思っていた以上に強い」
「実は私も驚いたの。ずっと魔道具をつけていたから、自分の力を把握していなかったのよ。毎日の訓練がしっかり役にたっていたってことね」
「僕もやろうかな」
「そうよ、ヒュー。魔法も鍛えておいたほうがいいわよ。まずは常日頃から防御魔法の結界を常時複数張れるようにしなくちゃ」
「それがまずおかしいってことに気付いてくれ」
「え?」
そうなの? ってアーチとルイスを見たら苦笑いされた。
でもうちの魔道団の団員は全員がやっていることよ?
「おい、あの人がコールリッジ公爵令嬢じゃないか?」
会話が途切れて静かになったら、周りの声が聞こえてきた。
いつのまにかけっこう近くまで人が集まっていたのね。
「まじか。美人じゃん」
「魔力が……やばい。誰だ、弱いって言ってたやつは」
「だから噂なんて……」
どうやら私が噂とはまるで違うと、カルデコット辺境伯側の騎士や魔道士が騒いでいるようだ。
魔道具をはずしてきて正解だったわね。
「ここにいると目立つ。中に行こう」
アーチが私の腕を掴んで歩きだした。
「わかったわよ。ルイス、一刻も早くエメラインと話をしたほうがいいわよ。わかった?」
歩きながら体を捩じって後ろを見て声をかけたら、ルイスとヒューも後ろからついてきた。
グレンとシンディーがさりげなく私の隣に並び、アーチ側には近衛が護衛についている。
どこにいくにも大人数になってしまうのは、もう慣れるしかないのよね。
「……そっちはどうするんだよ。アーチが嫌なら、婿に入ってくれる男を探さなくちゃいけないんだろう?」
ええ!? 周りに護衛がいるのにルイスはまったく気にしないで会話を続けているわ。
確かに聞かれてまずい話ではないけど……まさかわざと?
私とアーチの関係を本人たちの口から言わせて、確実な話として広める気だったりする?
……王宮で仕事をしていると、そういうことを常日頃から考えないといけないのかな。
いいわよ。ならば広めましょう。
「もうそこは問題じゃないの。アーチと結婚するのは決まりだから」
「え?」
「え!?」
ルイスだけじゃなく周りにいる全員が、護衛まで含めて驚いている。
……なんでアーチまで驚いているのよ。
「国王陛下も私とアーチの結婚を望んでいるのに、断るなんて出来ないわよ。もう問題はそこじゃないの」
「それは……そうなんだが……」
そこで不服そうな顔をしないで。
嫌なのに命じられたから結婚するってわけでもないのよ……って、私もこの件についてアーチと話していなかったわ。
「それはダンジョン視察が終わったら話しましょう。まずは乗り込んでお父様に文句を言わなくちゃ」
お父様が途中で席を立ってしまったから、ダンジョンの問題をまだ話し合えていないのよ。
先送りには出来ないから、こうして乗り込むことにしたの。
「昨日の今日なんだ。あまり虐めないでやれよ」
あら、アーチがお父様の味方になるなんて珍しい。
私とアーチの仲が進展したようだと知ってにこにこと嬉しそうな護衛たちを従えて、私はまっすぐにダンジョンの入口に向かった。
「お嬢……副団長、こちらにおいでになる予定だったとは知りませんでした」
入口にいた警備の中にお父様の右腕であるケイン・エルマーがいた。
意外ね。彼は中にいると思っていたわ。
「団長はご存知なんでしょうか」
「問題が起こっているんでしょう。あなたもついてきて」
足を止めず彼の前を通り過ぎると、ケインはその場にいた人に何か話をして慌てて後ろから追いかけてきて隣に並んだ。
「どうなさったんですか? 魔道具は?」
「どうもしないわ。あなたも私に報告しなかったんだから、お父様と同罪よ」
「うっ……」
恨めしそうにヒューを見るのはやめなさい。
お披露目会がもうすぐだというのに何をしているのよ。
ダンジョンの中に足を踏み入れるのは初めてだ。
広場の一角に六角形の小さな建物が作られていて、地下に降りていく階段はその中にある。
広場に入る時と、この建物に入る時、そして階段を降りる手前で身分証を確認するという厳しいセキュリティーなのに、中で異常が起こっているということは、身内に犯人がいるということよ。
お父様たちはダンジョン制作に伴うアクシデントで、自然の変化を読み違えていたと思っているのかもしれないけど、今までいくつもダンジョンを発生前に潰してきたデータを分析した結果、意外にもダンジョンは発生条件や魔獣の生態はそれほど複雑なものではないとわかっている。
お父様を中心に対応してもまだ異常が続いているのなら、それは人為的なものよ。
「地下なのに乾いているのね」
大人が三人は並んで降りられそうな階段の下は、鍾乳洞の中のような広い空間になっていた。
天井も壁も岩でできているのに、足元は地上と同じような地面で草も生えている。
日が当たらないので生えているのは地上とは違う植物のようで、花が光を帯びて灯りの代わりになっていた。
壁を虫がはっているのは見なかったことにしましょう。
それより私たちの到着に気付いた人たちの反応がうるさいわ。
カルデコット辺境領は不毛の大地で、蛮族との小競り合いやダンジョンほど凶暴なものはいなくても魔獣相手の戦いを通して、実戦で鍛えられた者達ばかりなので、私を含めた集団の強さを察してざわついているみたい。
一方コールリッジ公爵家の者達は、誰がどういう人間なのかを知っている分、私とアーチの登場に動揺しているんでしょうね。
「異常が出ているのはこの三か所か。今回は少ないが、強い魔獣が出現しているならかなり……」
話をしていたお父様が、周りのざわつきによって私が現れたことに気付いて目を見開いた。
「おはようございます。町のほうが一段落ついたので、こちらの様子を見に来ました」
「あ……ああ」
「今、異常が起きているとおっしゃっていたようですが?」
私のことをよく知っている騎士や魔道士は、これはまずいと思ったのかそっと俯いて目を合わせないようにしている。
特に魔道士たちは私が魔力を隠していないことへの驚きもあって、息を潜めてちらちらと仲間と視線を合わせていた。
「たいしたことではないんだ。だから」
「魔力量に異常がみられるのがたいしたことではない? お父様、いえ、コールリッジ公爵、報告はきちんとしていただかないと困りますわ。魔法陣を用意しているのは私なんですよ」
魔力が強すぎるお父様にとっては、ダンジョンの三層までに出没する魔獣なんて、森にいる動物と差がわからないんじゃないの?
魔力の異常だって、自分の魔力が強すぎてわからないでしょう。
「まあそう怒るな。おまえは忙しそうだったから」
「ダンおじ様は黙っていていただきたいですわ。助力には感謝していますけど、ダンジョンに関してはあくまでもあなたは部外者です」
ここはコールリッジ公爵家とカルデコット辺境伯家の共同運営なの。
それなのに、ブライアーズ公爵家の当主が毎日のように顔を出して、魔獣を倒して遊んでいては駄目でしょう。
「異常値の出ている場所を教えてください」
「ああ……」
広い空間の奥にあるテーブルが魔道灯で照らされているということは、地図や資料はあそこにあるのね。
私が歩き出すと、お父様は諦めたようにため息をついて後ろをついてきた。
もちろんアーチとヒューもついてくる。
アーチが手で合図を送ったので近衛はここで待機してくれるみたい。
「ちょっと通して」
ダンジョンは大気中や地面の魔力濃度が一定以上の値になった時に出現し、ダンジョン内の魔力濃度があがると横にも縦にも広がっていく。
このダンジョンは広げている段階なので、ここにいる人間が所定の位置に分散して、魔法陣を使って魔力濃度をあげる作業をしているの。
今日の作業をこれから開始するところだったんでしょう。
広場にはたくさんの人がいて、奥に行くのがたいへんなのよ。
「あ、すみません」
慌てて横に退いたのは、領地に常駐していた部隊の隊長だ。
私が子供の頃から騎士団にいた叩き上げの人よ。
「なんだよ、生活魔法しか出来ないやつがえらそうに」
ふと聞こえてきた声に、はっとして足を止めた。




