広がる世界 3
「高位貴族が当主の意見で結婚相手を決めるのは普通のことだ。政略結婚というやつだ」
ダンおじ様は普段はいい人なんだけど、デリカシーがないのよ。
エメラインも私も、今と同じように会える関係でいてほしいの。
ユーグと結婚すれば、自分の娘になるわけでしょう?
それが一番いいと思ってしまって、何かとユーグと私たちをくっつけようとしたせいで、余計に私たちもユーグもお互いを避けてしまっていたのよ。
「あんたはさ、子供たちの気持ちなんてどうでもいいんだろう? ただアメリアをそばに置きたいだけだ」
「家族を捨てて出て行ったやつが何を偉そうに。おまえには関係のない話だ!」
ダンおじ様がヒューを怒鳴りつけたので、ローズおば様の表情も凍り付いた。
普段は仲がいいけど、自我が強い人達だから意見がぶつかった時は大変よ。
ここで暴れられたら屋敷が壊れてしまうかも。
「アンブローズ、このままだとアメリアを王族にとられてしまうぞ。ユーグと結婚させよう」
「断る。娘の意思が最優先だ」
「お父様、素敵」
エメラインの声は嬉しそうだ。
ルイスと結婚したいと言ったら、反対されると思っていたのかも。
……待って。
政略結婚……。
「アーチ、当然王族は政略結婚するわよね。そうじゃなくてもロザリンドももう十七歳よ。婚約者がいないのはどういうこと?」
そうよ。王女がいつまでも婚約すらしないなんておかしいわ。
「ああ、国王も娘大好きだからな。ロザリンドを他国に嫁がせる気はないんだ。それで国内でいい相手はいないかと探していたところ、身分も人柄も申し分ないうえにロザリンドに惚れている男がいたんだよ」
それってユーグのことよね?
「しかもロザリンドもまんざらではない様子だ」
「両想いなの?」
まあ、まあ。なんて素敵。
ユーグは公爵家嫡男ですもの。
反対する人なんていないわよ……ね。
「国王はふたりが自分たちで心を通わして、結婚を決めるのを待っているんだ」
「陛下はお優しい方なのね」
「子供と友人には甘くて困る」
ロザリンドの友人として、もっと早くから応援してあげればよかった。
でも成長するにつれて、社交界に顔を出さなかった私と王女では会う機会が減ってしまっていたんだ。
そして、魔法の訓練に夢中だった私は、まったく気にしないで今日まで過ごしていたの。
ロザリンドはずっと私を心配してくれていたのに……。
「ダンおじ様、やっぱり私がユーグと結婚するなんてありえません。彼は心に決めた人がいるんです。おじ様はちゃんとユーグと話していますか?」
「……いったい……え? まさか……」
ちゃんと話は聞いていてくれていたみたいでよかったわ。
私とアーチのやり取りから、ユーグの思い人が誰か気付いたみたいで、ダンおじ様は驚きのあまりよろめいて、慌てて壁に手をついている。
「ロザリンドは私の大事な友人なんです。邪魔したりしたら、今後一生、おじ様とは会いませんから」
「…………嘘だろう? 王女がうちの嫁?」
衝撃のあまり反対する気力もなさそうね。
明るくて近衛にも優しい言葉をかけて労わるロザリンドを、ダンおじ様が気に入っているのは知っているんだから。
彼女ならデリカシーのないおじ様相手でも、きっと負けていないわ。
「そうなのか。それで陛下は……」
コンラッドおじ様も気が付いていなかったようだけど、ローズおば様は知っていたみたいね。
お母様も意外そうな顔をしていないということは、王妃様のお茶会で話題になっていたのかしら。
それにしても、なんでそんな優しい国王陛下が私を王宮魔道士部隊に入隊させたの?
いえ、王宮魔道士部隊は魔道士の憧れの職場よ。
長老のせいで内情があんなひどいなんて知らなかったのかも。
「ねえアーチ、国王陛下が私を王宮魔道士部隊に入隊させたのは、大勢の魔道士がコールリッジ魔道団に移籍したから、お父様が国王陛下に忠誠を誓っていることを示す必要があったからだと聞いていたのだけど、もしかして違う理由だったりするの?」
「いや、確かにそれも理由のひとつだ。だが、もし入隊していなかったら、アメリアはコールリッジ公爵家の敷地から外に出なかっただろ?」
「うっ……」
確かにそうだわ。
王宮魔道部隊に入っていなかったら、屋敷と騎士団や魔道団の訓練場だけを行き来する生活をしていたかも。
「いずれは社交界に顔を出さなくてはいけなくなる日が来るのだから、引き篭もらないように外との繋がりを持たせておきたいと母上が考えたんだ」
「王妃様が!?」
「それに俺のためでもあった。国王夫妻は最初から、アメリアと俺を結婚させる気だからな」
「…………へ?」
エメラインではなく、私を名指し?
「どうして? 私は生活魔法しか使えないし、器用貧乏で何もかも中途半端なのよ? 人付き合いも苦手だし、視野が狭くて気付いていないことがたくさんあって」
自分で言って、自分で情けなくなってくる。
大事な妹のことさえ見えていなくて、気を使わせてしまっていたのよ?
狭い世界に閉じ籠って、好きなことだけしていたの。
こんな私に王太子妃になる資格はないわ。
「アメリア? 何を言っているんだ?」
「そんなふうに思っていたの?」
両親が褒めてくれるのは、娘に甘いからでしょう?
アーチが私を好きだっていうのは、彼の好みが変なのよ。
「アメリアもエメラインもどこに出しても恥ずかしくない最高の娘だ」
「そうよ。あなたはとても優秀な子よ。学園でだっていつもいい成績を取っていたでしょう」
小さい頃からコンラッドおじ様に教わっていたんですもの。
他の子より恵まれた環境にいたのだから、成績が良くなるのは当然だわ。
「おい、アメリアの自己評価が異常に低いのはおまえたちのせいだぞ」
アーチに睨みつけられて、ダンおじ様とコンラッドおじ様は不思議そうな顔をした。
「アメリア、おまえはいつもこいつらに、どんな評価を受けていた?」
「……まあそこそこ出来るようになったねとか、普通には出来ているとか」
「私も同じように言われたわよ。まあこんなもんだろうとか、努力は認めるよとか」
そうね、エメラインもそう言われていたわね。
たぶんユーグやマシューたちは、もっと優秀なんでしょう。
それで私たちにはそういう態度になってしまったのよ。
「あなたたち……なんでそんな態度なのよ」
「お母様?」
いつも優しいお母様が、眉を寄せてきついまなざしで立ち上がった。
「お願いだから自分に教えさせてくれと頼まれたから、しっかりとやってくれていると思ったのに、娘たちの自信をなくさせるような態度だったの? 教師として失格でしょう!」
うわ、お母様がこんな大きな声を出すなんて初めて見たわ。
そういえば、使用人たちはどうしているかしら。
振り返ったら使用人たちは全員外に出たようで、しっかり扉が閉じられていた。
聞いてはいけない話だと執事か誰かが気を利かせてくれたのね。よかった。
「いや、俺はそんなつもりじゃなくてだな」
「せいいっぱい褒めていたつもりだったんだ」
「褒めてた?」
ダメ出しをされたのではなくて?
「まったく、天才はこれだから駄目だ。教師には向いていない」
アーチはため息をつきながら緩く首を横に振った。
「こいつらの普通は、ダンの場合は近衛で、コンラッドの場合は自分の部下として王宮で働くものが基準になっている。つまりアメリアは、近衛騎士団でも王宮でもいつでも働ける実力があるということだ」
「まさか。ないないない」
近衛騎士団ですって!?
そんなわけがないじゃない。
「もうこの話はやめましょう。私はこれから社交界に顔を出すと決めたの。国王陛下の誕生日パーティーはアーチにエスコートしてもらうわ。それで話すことは済んだでしょ?」
「いや、重要なのはここからだ」
まだあるの?
「アメリア、おまえは婿養子をもらって公爵家を継ぐんだよな」
「……そうよ」
そんな資格はないと思い始めているし、エメラインのことを考えると決意が揺らぐけど……でも。
「じゃあどうしてここに、おまえの婚約者がいないんだ?」
「え?」
「アーチ、それは我が家の問題だ。おまえが口出しすることではない」
「じゃあおまえに聞こうか」
こ、こわ。
お父様とアーチが一歩も引かずに、今にも殴り掛かりそうな様子で睨み合っている。
どうしよう……とお母様を見たら、さっきの怒りは収まったのか真剣な表情でアーチの話を聞いていた。
むしろ邪魔をするお父様の腕に手を置いて止めているわ。
「あなた、せっかくの機会なのだから話を聞きましょう」
「しかし……」
「アメリアはもう十七だ。おまえたちは婿候補をちゃんと決めているのか?」
「まだ早い」
「早いわけがあるか! 優秀な男はとっくに結婚相手を決めているぞ!」
婿候補が決まっていない?
嘘でしょう?
公爵家当主としては、後継者問題は避けては通れないのよ。
「お父様、まったく考えていなかったんですか?」
「いや……そのうち……」
「そうやって、少しでも娘と一緒にいたくて先延ばしにしていたんだな。だがアメリアの態度も問題だ」
「私?」
「おまえの結婚相手なんだぞ? この先何十年も一緒に生活していく相手なのに、どんな男がいいのか、まともに考えたことなどないだろう。公爵家を継ぐのに婿養子になってくれる男なら誰でもいいと、適当に考えていたんだろう」
う……今日は反論できないことばかりだわ。
うちの両親なら、私に合う男性を見つけてくれるんじゃないかと考えて、確かに自分では何も考えていなかった。
ああ……これも両親と話し合っておかなくちゃいけないことだったんだ。
まだいいだろうと先延ばしにしていたのは私も同じだわ。
結婚相手なんて言われても自分が結婚する姿を思い描けなくて、どこか他人事だったのよ。
「おまえたちにとって婿になる男は、アメリアが公爵家を継ぐための道具でしかないんだろう」
「そんなことはないわ」
「じゃあどうして今ここにいないんだ。七年間放置していた領地を、再興している真っ最中なんだぞ。新しくダンジョンを作成して領地を豊かにしようとしているんだろう? なぜこの大事な時期に、いずれはアメリアと公爵家を守っていく男がいないんだ」
「あ……」
やだ……まったくその通りだわ。
「全て終わって領地が豊かになってから、のこのこやってきた男を領民はどう思う? どうせおまえたちはアメリアを取られた恨みで、男に冷たく当たるだろう。アンブローズの今の態度を見れば、婿の待遇がどうなるか予想がつくさ」
「そうね。アーチの言うとおりだわ」
衝撃を受けている私やお母様も眉を寄せてテーブルを睨みつけているお父様も、何も言えなくなっていた。




