広がる世界 2
食堂に向かう間ずっと、すれ違う使用人が二度見してきたり、足を止めてこちらを見たりするものだから落ち着かないわ。
同行している侍女がなぜか得意げだし。
でも服を選ぶのに時間がかかったせいで、食堂に行くのが少し遅れてしまったから、ここで迷ったり引き返したりは出来ない。
たぶん私以外の人はもう揃っているんでしょう。
給仕のために開けられたままだった扉から、中にいる人たちの声が外まで聞こえていた。
「だからどんな話なのかと聞いている。娘たちに聞かせる必要があるのか?」
「アメリアの話なんだから、当人には聞く権利がある」
お父様の怒りに触れても平然としていられる人間は少ない。
ちらっと中に視線を向けた感じ、アーチは平然と腕を組んで座っているみたい。
ダンおじ様とコンラッドおじ様とローズおば様は、突然呼び出されて困惑している感じだわ。
あら、ヒューも出席することにしたのね。
アーチの隣に腰を下ろして、テーブルに肘をついてアーチとお父様がやり合っているのを退屈そうに見ていた。
「遅くなってしまったみたいね、ごめんなさい」
部屋に入りながら声をかけ、いっせいに注目される中、いつもの自分の席に向かう。
普段ならいろんな返事が返ってくるのに、今日は誰からも返事が返ってこないわ。
アーチなんて口を半開きにしたまま固まっているじゃない。
え? この反応はどういうこと?
やっぱりおかしい?
「すげえ。やっぱりちゃんと着飾ればアメリアは綺麗なんだよ」
でもすぐにヒューが、嬉しそうに褒めてくれた。
「いつもローブを着ていたから気にはなってたんだよ。あれは仕事着だったんだな」
「いいえ、今まではローブばかり着ていたの。でもそれじゃ駄目だって気付いたのよ」
「ああ、それでアーチはアホみたいな顔で驚いているのか。おい、なんか言えよ」
ヒュー、いちおう彼は王太子だからね?
そんながんがん肩を叩いては駄目よ。
「……よく似合ってる」
「そ、そう?」
なんだろう。
すごく照れくさい。
「お姉様。すごく素敵だわ」
入口側に背を向けていたお母様とエメラインも、私の姿に気付くのが遅れただけのようで、満面の笑顔で話しかけてきた。
よかった。おかしくないのね。
「私が買ってきたドレスよね。その色は似合うと思っていたのよ」
「エメラインが選んだの? センスいいわね。アメリアにぴったりよ」
「でしょう?」
ローズおば様に褒められて、エメラインは得意げだ。
「これからは社交界にも顔を出すのだから、その場にふさわしい装いをするようにしなくちゃいけないでしょ」
「聞いたわよ。今年は陛下の誕生日パーティーに出るんですってね。やっとお姉様がその気になってくれて嬉しいわ」
「でもドレスはどうしましょう。これから用意するとなると既製品になってしまうわね」
よかった。お母様もエメラインも普段通りだわ。
気を使われるのは嫌だったのよ。
「アーチが用意してくれているそうなの」
「まあ!」
「うへえ、用意周到だな」
「ふん」
ヒューにドン引きされても、アーチは知らん顔だ。
「許さん!」
突然、テーブルを拳で叩きながらお父様が怒鳴った。
「そんな話は聞いていないぞ」
「じゃあ誰がエスコートするんだよ」
ああ……いくら親しい間柄でも、王太子相手にお父様の態度はひどすぎる。
きっと陛下にも無愛想な態度を取っているんだわ。
どうしておじ様たちは注意してくれないのかしら。
「ユーグにさせればいい」
違うでしょ。どうしてそこで自分の息子の名前を出すのよ。
ダンおじ様の提案に、余計にお父様は苦虫を噛み潰したような顔になってしまっている。
「あいつには近衛の任務がある」
アーチまで、そんな喧嘩腰で話さないで。
料理を運ぼうとしていた使用人たちが、部屋の中に入れなくて入口で困っているわ。
「近衛の仕事は他のやつにやらせればいいだろう。王太子がエスコートなんてしたら噂になる。ユーグなら噂になっても問題ない」
問題あるのよ。
ユーグはロザリンドが好きなんだから。
「駄目だ」
「決めるのはアメリアだ」
「駄目です」
「なぜ!?」
私がきっぱりと断ったので、ダンおじ様は立ち上がってこちらに歩いて来ようとした。
「おい」
「ダン、座れ」
「アメリア、なんでユーグじゃ駄目なんだ」
お父様やコンラッドおじ様が止めても、ダンおじ様はまるで聞かない。
ダンおじ様の性格をよく知らない御令嬢だったら、悲鳴をあげて逃げ出しそうな勢いで
のしのしと私のすぐ近くまでやってきた。
「ユーグなら年齢も釣り合う。噂になったら、いっそ本当に婚約すればいい。俺はアメリアがうちの嫁になってくれたら歓迎するぞ」
ダンおじ様は昔から、私とユーグを結婚させたいと言っていたのよね。
奥さんを亡くして生きる気力をなくしていたダンおじ様を放っておけなくて、しばらく我が家にいてもらっていた時期があって、それで私やエメラインを実の子供のように思ってくれているのは嬉しいのよ?
でもおじ様は私が公爵家を継ぎたいという言葉を、本気だとは思ってくれなかった。
結婚して領地経営なんかは旦那にまかせて、女性は守られていればいいと思っているの。
それなのに私に剣を教えるって矛盾しているわよ。
「私が長女だということを忘れていない?」
「コールリッジ公爵家はエメラインが継げばいいだろう」
「ダン……俺の家のことに口を出すな」
お父様が本気で怒りだしてしまった
声の冷ややかさだけでこの場が凍りそうよ。
「いや、だから、うちとおまえのところで縁組をだな」
ダンおじ様もさすがにまずかったと気付いたらしい。
慌てて私から少し離れてお父様を説得し始めた。
「よく考えてみろ。うちの嫁になれば、結婚してからもアメリアはいつでも実家に帰ってこられるんだぞ。アメリアだってユーグのことならよく知っているだろう。子供の頃から仲がいいんだ。いい話じゃないか?」
「仲がいい? いいえ、アーチの警護をしているからユーグとは顔を合わせることはあったけど、それ以外で会ったこともないし、まともに会話をしたことなんてないわ」
「そ、そうなのか?」
「そうなの?」
お母様まで驚いているわ。
家族で集まる時は子供たちも集まって話していたから、仲がいいと思ったのね。
べつに仲が悪いわけではないのよ。
でも、わざわざ約束をしてまで会うほどは親しくないわ。
「タイラー家のふたりとは、顔を合わせることもなかったわ。私は友達がいなかったの。いつも魔法の研究をしているか、騎士団か魔道団で訓練をしているか、王宮で仕事をしていたから」
「まじかよ。じゃあ一番やり取りしていたのは俺じゃないのか?」
そうなのよ。ヒューは遠くにいるから心配なのもあって、ずっと手紙を送っていたの。
でもそれ以外は……我ながら本当にひどい。
あまり他人に興味がない人間だという自覚はあったけど、幼馴染とさえまともに会話をしてこなかったなんて。
それでも付き合いが長いから、どういう性格かくらいはわかるのよ?
お互いに遠慮しない分、嫌なところもいいところもわかってはいるつもり。
でも、それだけ。
恋愛対象とか結婚相手として見たことなんて一度もなかった。
それは向こうも同じはずよ。
「領地に戻ってきてからはルイスと話す機会が増えたけど、それも仕事の話ばかりよ」
「ルイスはいつもエメラインをエスコートしているから駄目だ」
アーチのほうが、よっぽどみんなのことをわかっているのね。
「そうなの?」
「……ええ。互いに下手な相手を誘って誤解されるより、気心知っているから楽でいいって話になったの」
照れくさそうに話すエメラインを見て気付いた。
ルイスが好きだったんだ。
「エメライン、ごめんなさい」
「え? なに?」
「あなたが社交界に顔を出しているのは知っていたくせに、エスコートの相手が誰なのか知なかった」
情けない。本当に姉として情けない。
大事な妹が社交界でどうしているのか、もっと真剣に話を聞けばよかった。
魔法ばかりに夢中になって、他のことは疎かにするなんてお父様みたいじゃない。
……もしかして私、お父様に性格が似ているの?
けっこうショックなんだけど。
「そんなこといいのよ。姉妹だからって何もかも知らないといけないなんてことはないでしょ。私だってお姉様が魔道団でどうしているか知らないわ」
それはそうだけど、私とルイスの噂は立たなかったのにエメラインとルイスはすぐに噂になったのは、つまりふたりは好き合っているってことじゃないの?
隠そうとしても隠せないくらいに、態度に出ていたんじゃない?
ルイスは次男でエメラインは次女だ。
このままふたりが結婚した場合、どちらも跡継ぎではないから公爵家にはいられない。
英雄公爵家は伯爵の称号を持ったままだからルイスに伯爵位を譲ることはできるけど、領地がないわ。
エメラインが私にルイスの話をしなかったのは、跡を継ぐと言っている私に気を使ったからでしょう。
それなのに私は何も気付かず、領地が放置されていてもそのままにして、ただ長女だから次期公爵になるんだって安易に考えていた。
「アメリア、おまえが落ち込む必要はない。悪いのは大人たちだ」
思わず俯いて考えこんでしまった私に、アーチの優しい声はつらい。泣きそう。
「周りにいる大人が世の中のことを何も教えず、おまえに選ぶ権利も与えなかった。どいつもこいつも自分に都合のいい事ばかり言いやがって」
アーチの言葉は、今のお父様には刺さる言葉なんだろう。
氷点下の空気に包まれてはいるけど、反論せずにテーブルの上で拳を握りしめている。
タイラー公爵夫妻はそのへんは割と常識的で、私やエメラインとの距離感もほどよい人達だったから、状況を察して呆れた顔で友人たちの様子を眺めていた。




