英雄はなにかと集まりがち
領地に帰ってからのこの三か月は、お父様を捕まえて放置していたお詫びのために領地中を周り、七年間もしっかり仕事をして領地を守ってきてくれた方々への報酬の支払いや予算の再編で費やされた。
お父様は本当に人に恵まれていると思う。
どの地域の担当の方達も人柄のいい方ばかりで、真面目に仕事に取り組んでくださっていた。
公爵になった時にいただいた土地は、自然豊かで農業が盛んな地域だったためか、そこに住んでいる貴族は穏やかな方が多くて、王都の社交界なんて別世界だと思っているような平民に近い暮らしをしている方ばかりだったおかげかもしれない。
ただそういうのんびりした方ばかりだから、貴族も領民も昔と変わらない毎日を当たり前のように送っていて、毎年魔道具は改良されているというのに古い物をそのまま使っていたり、町の設備も古いままだったり。
農作物がたくさん採れるということは税金もたくさん納められるのよ。
それを全部貯蓄して、いっさい手をつけずにいたって驚きじゃない?
会議の席で七年前と変わらない予算で領地経営していたって聞いて、申し訳なくて平謝りしている私の横で、その大変さをよくわかっていないお父様が不思議そうな顔をしていたから、つい淡々と問題点を指摘して説教してしまったわ。
あの時に居合わせていた人たちの唖然とした表情を思い出すと、今でも赤面してしまうくらいに恥ずかしいし、人前で公爵を叱りつけるなんて決してやってはいけないことだったと反省もしている。
ルイスが止めてくれて本当によかった。
でもおかげでお父様が今後の領地経営は私が担当することを話しても、誰も反対しなかったのよ。
他の地域より七年遅れてしまっているのだからこのままにはしておけないけど、突然の変化には戸惑う人もいるでしょう。
せっかくの美しい景観や、のんびりした田舎の生活を壊してしまってはいけないわ。
それぞれの地域に合う開発をするために、この三か月は転移魔法で領地中を飛び回った。
ルイスとユーグにはたくさん助けられたわ。
ローズおば様だって、私やお父様が外でばかり仕事をしている間、お母様やエメラインの相談相手になってくれて、ほとんどの時間をうちの領地で過ごしてくれた。
これから屋敷の拡張も、騎士団や魔道団の施設の建設も始まるので、領民たちの仕事が一気に増えるわよ。
ダンジョン近くに町も建設するから、他所の土地からもたくさんの人がくるでしょうし、警備を強化しないといけないわ。
次から次へとやらなくてはいけないことが出てきて大変だけど、やりがいがあって毎日がとても楽しいの。
「お嬢様、準備はよろしいですか。そろそろお時間です」
「まあ、もうそんな時間なのね」
今日はダンジョンの共同運営者であるカルデコット辺境伯の長男のシオドアと約束があるのよ。
領地経営は苦手だけど、ダンジョンに関してはお父様の得意分野だ。
うちには何度もダンジョンに行ったことのある騎士や魔道士もいるから、彼らにも参加してもらって、今後の計画について何度も話し合ったので、カルデコット辺境伯家とはもうすっかり家族ぐるみのお付き合いよ。
今日はしっかり引継ぎを終えて正式に辞職したダンおじ様とコンラッドおじ様と、シオドアの顔合わせの日でもあるの。
岩場の多い作物の育たない土地が多く、隣国との国境に接している土地を代々守ってきたカルデコット辺境伯家の人たちと英雄公爵たちは、きっと気が合うわ。
「少し予定が遅れているそうなの。お待たせしてごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ。それより英雄に会えると思うと緊張してしまって」
長身でがっしりとした体格のシオドアは二十一歳。
見事な赤毛を長く伸ばしたおおらかな性格の男性だ。
風の強い岩場の冬は厳しいそうで、髪も防寒具になるんだと言っていたけど本当かしら。 面倒くさくて切っていないだけじゃない?
厳しい環境の中で協力し合って生き抜いてきた彼らは、優しく懐の深い人達だった。
「ダンジョン運営をします」
お父様が話したときに彼らの顔に浮かんだ、希望と期待の表情は忘れられないわ。
冒険者として隣国に出稼ぎに行く領民も多いそうだから、家族と生活しながら稼げるようになるって大喜びしている人がたくさんいるんですって。
「本当にこんなに町に近い場所にダンジョンを作ってもいいの? もちろん管理はしっかりやらせてもらうけど、町の人が不安に思ったりしない?」
「いやむしろ大歓迎だ。冒険者のようなことをしている人間が多い分、コールリッジ公爵家の大魔道士と騎士団、魔道士団の強さを知っている人間は多い。その彼らが管理するダンジョンだということで期待が高まっている」
これは責任重大だわ。
ダンジョンを作るためには魔力を集めなくてはいけないし、いざという時に町を守るための防壁を作る計画も発表されているせいで、続々と出稼ぎに行っていた人たちが戻ってきているそうなのよ。
「各層にセーフティーポイントを作り休めるようにはするし、入り口まで行き来するための魔法陣を作る気ではいるけど、それでも大きな危険が伴うのに」
「その話を冒険者にしたら、そんな設備の整えられたダンジョンなんて聞いたことがないと驚かれたよ。帰りの心配をしないで狩りを出来るだろう? でも管理が大変だと聞いたんだが大丈夫かい?」
「大変……かしら。毎日、騎士と魔道士に設備のチェックはさせるわよ? ここは安全だと思っていたら襲われたなんてことになったら大変だもの。ダンジョンに潜るのも訓練になるし、最初にダンジョン踏破するぞって英雄公爵たちが名乗りをあげているし、お金をかけなくても管理は出来るのよ」
一番難しいのがダンジョン内の魔力濃度のコントロールね。
あまり魔力が濃くなると強い魔物が出てきてしまう。
「きみも行くのか?」
「私? 行かないわよ。地下なのよ? 虫がいるでしょ?」
「……魔獣より虫が怖いのか」
肩を並べて会話しながらこの屋敷で一番広い客間に到着した。
今、敷地内に新しい屋敷を作っているので、ここはいずれはダンジョン管理や領地運営のための仕事場になる。
新しい屋敷を仕事場にしなさいよとお父様に言ったんだけど、家族の生活の場が最優先だと言って聞いてくれなかったの。
更に英雄公爵家の別邸も建てるとなると、当分屋敷の周りが工事の音でうるさくなるわ。
防音魔法の結界を強化しなくちゃ。
「いらっしゃい。おまちしていましたわ」
「コールリッジ公爵夫人、エメライン、お招きくださりありがとうございます」
いつもは平民と見間違えるような簡素で動きやすい服を着ているシオドアも、今日はしっかりと白いブラウスに丈の長めの上着を着ている。
エメラインだって王都にいた時より飾りの少ないドレスを着るようになったけど、それでも彼女が着ると若草色のドレスがぐっと華やかになるわ。
私もあまりにお母様やエメラインがうるさいので、薄くお化粧をするようになったのよ。
でも魔道団の制服姿でいることが多いせいか、公爵令嬢だと気付く人はほとんどいないわ。
「英雄公爵が揃うのだから、すぐにダンジョン作成計画に着手しましょうね」
「ありがたい。もう話を聞きつけて近くの町に住みつく人が増えているんです。建物も建ち始めているんですよ」
気が荒い冒険者が多い町に店を出すのはちょっとと躊躇したり、スタンピードが起こる危険を考えて要塞のような町にしてくれという人がいたり、うちの領地側はダンジョンを怖がる人もいるのに、だいぶ反応が違うのね。
ダンジョンがなくても生活に困らない人たちと、出稼ぎをしないで地元で働けることに喜んでいる人たちの差は大きいわ。
実際に運営を開始しないとどうなるかはわからないけど、カルデコット辺境伯領の町の発展ほうが早いのは間違いないわね。
「やあ、遅くなってすまないね。ちょっとごたついてしまって」
二十分ほど予定の時間より遅れてお父様が部屋に到着した。
大きく開けられた扉の向こうに、ダンおじ様とコンラッドおじ様の姿が見える。
ふたりともラフな服装のせいか、いつもより若く見えるわ。
……え?
「アーチ?」
お父様の後ろからひょこっとアーチ現れたので、思わず立ち上がってしまった。
「やあアメリア。そんなに驚かれるとは意外だな」
だってまだ、あの会話をしてから三か月よ?
あ、そうか。ちょっと遊びに来ただけよね。
「今日から世話になる。よろしくな」
なんですって!
「うわあ、本当に来たんだ。そんなにお姉様の傍にいたいの?」
やめてエメライン。
両親のいる前で、アーチに余計なことを言われたくないわ。
「うちはかまわないけど」
「お母様」
「よく国王陛下がお許しになったわね」
そうよ。王太子が王都から遠い公爵家の領地に住み着くなんて、どう考えてもまずいでしょ。
貴族たちから文句が出るわよ。
「ダンジョン作成当初から関わって、今後、国営でダンジョン運営が出来るように学ぶために滞在するんだ。むしろ王族が全く関与しないところで、第一号のダンジョンが作られるほうがまずいだろう」
ああ……その手があったのね。
ということは、ダンジョンが完成するまでいる気なの!?
「で、彼が辺境伯家のシオドアか」
「はい。お目にかかれて光栄です!」
アーチはシオドアを牽制しようとでも思ったのかもしれないけど、シオドアのほうは英雄王太子に会えて、しかも話しかけてもらえて感激している。
「お母様、屋敷がもうひとつ必要になりました」
王太子が供を連れずに生活するわけにはいかないからね。
侍従に専用の料理人に近衛騎士団だって団体で来るのよ。
それに伴って馬やその世話をする人も来るでしょ?
「まあ、ドリーンじゃない」
エメラインが大きな声を出したので、はっとして混雑している入り口に目を向けたら、申し訳なさそうに小さくなってドリーンが立っていた。
「どうしたの?」
英雄公爵やアーチに囲まれて、緊張しているドリーンをエメラインが救い出して自分の隣の席に座らせた。
「突然ごめんなさい。……あの、父に……おまえもコールリッジ公爵領にしばらく滞在しろって言われて」
……どういうこと?
フェアバーンズ公爵は何をしてくれているの?
「はあ、アーチがこちらに滞在するのなら、自分の娘も滞在させれば親しくなるかもしれないということかしら。これは……他の貴族の方達からも遊びに来たいと連絡がきそうね」
お母様にため息交じりに言われて、余計にドリーンは小さくなってしまっている。
気の毒だわ。
そして、仕事を増やされた私たちも気の毒だと思わない?
「お母様、ドリーン用にも屋敷が必要ではないですか?」
公爵令嬢が長期滞在するとなれば、やっぱり大勢の人間が同行するでしょう。
というか、来る気でいたなら先に滞在する建物を作りなさいよ。
「わかった。みんなの泊まる場所まで私たちが気にしていたら、領地に帰ってきた理由である本来の仕事が出来なくなるわ」
「そうだな」
客人たちは放置して、お父様は自分だけお母様の隣に腰を下ろした。
まだアーチも英雄公爵たちも入り口近くに立ったままよ。
「ですから、みなさん、場所は指定しますから、それぞれ自分たちで屋敷を建ててください」
「いいね」
自分の両親を押しのけて、ルイスが部屋にはいってきた。
「おそらくうちの両親は領地から毎日転移魔法で通うつもりだったんだろうけど、こちらにだって拠点は必要だ。だからアメリアたちの負担にならないように各自で動こう。コールリッジ公爵領内の人間は他にもたくさん仕事があって、もう人手が足りなくなるだろうから、カルデコット辺境伯領と自分たちの領地から人は連れてくることにしよう」
「物資も自分たちのところで調達してください。うちは町づくりで大変なんです」
かなり乱暴な話だけど、英雄公爵たちもアーチもそれはそうだなとすぐに頷いた。
「わかりました。私もそのほうが気が楽です」
ドリーンもしっかり頷いているけど、本気でしばらくここに住む気なのね。
「私としてはどちらかというと、アメリアとエメラインと親しくなりたいの。だって王太子殿下はアメリアしか見ていないじゃない?」
えええええ、ドリーンは気付いていたの!?
「そうだな」
「そこ、あっさり認めない!」
びしっとアーチを指さして文句を言ってから、みんなに注目されているのに気付いて慌てて椅子に腰を下ろした。
ああ、最悪。
なんでこんなことになっているの?
みんな揃って移動してくるんじゃありません!
これで第一章は終わり、次回から二章に入ります。




