区切りの日の夜 1
本当はお父様をこってりと搾りたかったのだけれど、ローズおば様とユーグとルイスが食事の席にいたので、さすがにここで文句を言うのは私も控えたわ。
他に話さなくてはいけないことがたくさんあったしね。
コンラッドおじ様とダンおじ様は、辞表作成と引継ぎのために忙しくて、しばらく王宮に泊まるのだそうだ。
……本当に辞めるのね。
宰相と近衛騎士団長が同時に辞めるなんて聞いたら、他国は何が起こったのかと注目するんだろうな。
たぶんもう王宮は大騒ぎよね?
おそらくうちの家族はすでに領地にいると思われているんじゃないかしら。
まさかいつも通り、王都の屋敷でおいしく夕食をいただいているとは思わないわよね。
でも、それも今夜だけ。
私は明日、必要な荷物だけを持って領地の屋敷に移るので、王都ですごす最後の夜だ。
「屋敷ごと全てを領地に移すのは悪目立ちしてしまうよ。突然貴族街に広大な空き地ができたら人々が騒ぎ出すよ」
こればっかりはお父様の言う通りだわ。
それにうちがそういう引っ越しのやり方をしたら、他の英雄公爵も真似をするに決まっている。
「それに王都に拠点は必要だ。今まで領地に分隊を置いていたように、これからは王都に分隊を置く必要もある」
「確かにそうですね。それにいずれまた、王都中心の生活になるかもしれません。この屋敷は残したほうがいいですね」
あまり急に派手な引っ越しをして、国王陛下と争いがあったなんて誤解されでもされたら大変なことになってしまうので、家族が心地よく住める環境ができるまでは、私以外は昼間は領地ですごし、夜は王都の屋敷に帰ることにした。
「お姉様も夜は王都に帰ればいいのに」
食事が終わり、うちの両親とローズおば様はお酒を飲みながらゆっくりするというので、子供たちだけで食堂から廊下に出てすぐにエメラインが話しかけてきた。
「本当に私たちが引っ越すんだって向こうの人達に思ってもらうには、そのほうがいいのよ。それに少しずつ王都の使用人とあちらの使用人を交流させないと、今までの生活環境が違うのだから諍いが起こるかもしれないわ」
伯爵家の頃から我が家で働いてくれていた領地の人たちにも、公爵家で七年間私たちの生活を支えてくれた人たちにも、それぞれにプライドがあるでしょう?
それを考えると、騎士団や魔道団は定期的に領地の分隊メンバーを入れ替える運営をしていて正解だったわ。
「あなたたちは王都の屋敷に送ればいいのかしら」
ユーグもルイスも食事の前に自分たちの領地に一度帰っているから、荷物のある王都の屋敷に帰るんだろうと思って尋ねたんだけど、ふたり揃って首を横に振った。
「いや、俺は領地に帰る」
「僕も」
「荷物は? 着替えだって王都にあるのではないの?」
「さっき荷物を移動できるように魔道士と使用人を王都の屋敷に派遣したから、適当にまとめて移してくれるさ。それに領地の屋敷にも必要な物は揃っているんだ」
ああ、ユーグは定期的にちゃんと領地に帰っていたから、何日か生活出来るだけの荷物がすでにあるのね。
「わかったわ。ルイスも大丈夫なのね」
「もう魔道士と従者を連れてきているから、俺も母上も自分で帰れるよ」
手がかからなくて助かるわ。
明日から忙しくなるのに、彼らにまで気を使ってはいられないもの。
「お姉様、私たちももう少し話をしない? こうやって会うのはひさしぶりでしょう?」
「ごめんなさい。三人で話をしてくれる? 私は……領地の屋敷に行こうと思っていたの。これからは一緒に過ごす時間も増えることだし、仕事の分担等も含めて明日また話をしましょう」
「領地に? まさかもう仕事をする気なの!?」
しないわよ。
こんな時間に仕事を始めたら、向こうの使用人たちに迷惑をかけてしまうわ。
ただ、七年ぶりに屋敷の中を歩いてみて、想像していたような恐怖は感じなかったから……。
「あの夜に襲撃があって破壊された場所に行ってみたいの。誰も使っていない場所だから、昼間はいけなかったでしょ? 修理されたのであの夜の痕跡は残っていないんだけど、それでも見てみたいの」
私たち家族の生活が大きく変わってしまった夜のことは、ずっと心の奥に燻り続けていたから、領地で生活を始めるのならちゃんと向き合わなくちゃいけないわ。
「親父たちが心配して、アメリアとエメラインを領地から遠ざけていたからなあ。俺はあのあと修復される前の現場も見たんだよ」
「そうなの? ルイスだけ? ヒューは? ユーグは?」
「一緒に見たよ」
「……どういうことよ」
女の子にはつらいだろうから見せないようにしたってこと?
冗談でしょ? あの時私も戦ったのよ。
「ごめん。隠していたわけじゃないんだ」
「……いいのよルイス。あなたたちは悪くない。帰りたいと言えば、きっとお父様は連れて帰ってくれたわ。言わなかった私が悪いの」
みんなを守れたから自信を持つきっかけになって、それで出来損ないと言われても気にしないでいられたのに、どうして私は今まで帰ろうと思わなかったの?
おそらく本当はこわかったのよ。あの夜のことを思い出したくなかった。
私の魔法が何人もの人を傷つけ殺めたのは事実なんだから。
でも、私たちを皆殺しにしようとしていたやつらなんだもの。
手にかけたことに後悔なんてないわ。
「ともかくちょっと行ってくる」
「私も行く」
エメラインが、がしっと私の腕を掴んできた。
「私もこわくないわ。あの夜のことで思い出すのは、私やお母様を守るために魔法陣をたくさん作っているお姉様の背中ですもの。防御魔法で作った結界の中には一回も攻撃が届かなくて、守られているって安心出来たの」
「確かにあの時のアメリアはすごかったよな。あんないろんな魔法が使えるとは思っていなかった」
「俺なんて防御魔法をかけてもらって喜んでいたら、これで魔法が当たっても大丈夫だって言われたんだぞ」
ユーグってば、そういうことはしっかりと覚えているんだから。
「じゃあ一緒に行きましょう」
エメラインの肩に手を回して転移しようとしたら、ルイスとユーグの手が伸びてきた。
「僕も行く」
「俺も!」
「なんで私に捕まるのよ。行きたいなら連れて行くわよ」
「いや、触っていないと一緒に転移出来ないんだろう?」
「へ?」
何を言っているの?
範囲を指定すれば、その中にいる人間は一緒に転移できるわよ?
今までそうやって転移してきたもの。
「嘘だろう。それは上位の転移……」
「ユーグ、細かいことはいいじゃないか。それより時間がもったいない。話は向こうでしよう」
「あ、ああ」
こんなことで今更驚かないで。
私は生活魔法だけは得意だっていつも言っているでしょう?
転移や解毒は上位の魔法も使えるわよ。
「行くわよ」
魔道照明に明るく照らされた食堂横の見慣れた廊下が、一瞬で星明りだけが頼りの薄暗いホールに変化した。
ここは廊下がTの字に交差する場所で、美しい中庭を眺められるように天井までの大きな窓のある半円形の広いホールになっている。
「すっかり綺麗になっているけど、造りは昔のままなのね」
三層分吹き抜けになっていて、窓からの景色を楽しめるように昔は椅子やテーブルが配置されていた。
今は、ただあの夜の形跡を消し去っただけの、何もないがらんどうな空間だわ。
「叔父様がこの廊下の先の」
エメラインが後ろに伸びる廊下を指さした。
「食堂に屋敷にいた全員を集めたのよね。私はあのあたりに隠れて、みんなの戦いぶりを見ていたの」
「食堂にいるように言ったのに」
「ふふ。手伝えることがあるかもって思ったのよ。でも、オウガの目が光っているのが見えて、こわくてそれ以上前に行けなかったの」
こんなふうに笑って思い出話に出来るのは、全員が無事だったおかげね。
本当によかった。
「ああ、思い出した。この吹き抜けの空間いっぱいに魔法陣を浮かび上がらせて、アメリアが屋敷を破壊したんだった」
懐かしそうにユーグが言い出した。




