大魔道士はポンコツ説 3
「では失礼させていただきます。アメリア、これ以上は会議の邪魔になってしまいますよ」
「はい、お母様。ではこれで」
「待て。ルイス。おまえもローズと一緒に行け。アメリアはひとりでもなんでもできるだろうが、仕事量がかなりのものになりそうだ。手助けして、そしてローズが無茶しないように見張っていてくれ」
「あら、ひどい言われようね。でもルイスが来てくれるなら安心ね」
この人たち、もしかして私たちはもういっさい王都の屋敷に戻らないと思っていない?
いくらなんでもそれは無理よ?
使用人や騎士団、魔道団の人達全部の引っ越しをするのには、いくら転移魔法を駆使してもそれなりの時間は必要よ。
「わかりました。では、準備が出来次第コールリッジに行きます」
「今だよ。ほら早く」
「今!?」
かわいそうにルイスはコンラッドおじ様に引っ張られて、こちら側に押しやられている。
「……殺風景だね」
「そうなのよ」
迷惑そうにしていた割には、興味津々で屋敷の中を見回しているわね。
彼も七年前のあの夜にここにいて一緒に戦ったメンバーのひとりだし、子供の頃は何度も遊びに来ていたから、私たち家族がここに住んでいた時の屋敷の華やかな様子を少しは覚えているんじゃない?
それと比較すると、今はあまりにも侘しい雰囲気で驚いているみたい。
「あれ、エメラインもいたんだ」
「さっき顔を出したでしょ」
「僕のいた場所からは見えなかったんだよ」
「エメラインもいるのかい?」
「おお、そうなのか?」
ダンおじ様とコンラッドおじ様が穴のふちに手をかけて、こちらを覗き込んできた。
そこでさりげなくエメラインを前に押すあたり、ルイスってそつがないわね。
「おじ様たちも近々こちらにいらっしゃるんでしょう? みんなが揃ったらお祝いしましょうね」
「そうしよう。領地からいろいろ運ぶよ」
「おおそうだな。必要な物があったら何でも言ってくれよ」
末っ子の女の子におじ様たちはデロ甘だ。
自分の父親の様子をなんとも言えない表情で見るルイスとユーグに、少し同情してしまうわ。
「アメリア」
ずっと黙ってこちらを睨んでいたからだいぶ不機嫌なのかと思ったのに、アーチの声は意外にも静かだった。
「今回の件が落ち着いたら俺もそっちに行くからな」
「ええ!?」
なんでアーチが来るのよ。
王太子が王都を離れては駄目でしょう?
「ユーグ、おまえも行け。そしてアメリアを守るんだ」
誰から?
護衛がいるのよ。
こちらには騎士団も魔道団もいるの。
「落ち着け、アーチ」
「いいから行くんだ。ヒューもルイスも危ない」
「……どういうこと?」
「俺まで? そんな気はないぞ」
「その言葉を忘れるなよ、ルイス」
いったい何なのこの会話は?
そしてユーグを穴に押し込んで、こちらに来させようとするのはやめなさい。
まだ何も準備ができていないのに、次から次へと人を寄越されても困るのよ。
「じゃあ、空間を閉じるからね」
「お父様、ちょっと」
途中から空気になっていたお父様は、私の話も聞かずにさっさと空間を閉じてしまった。
あれはもう早く会議を終わらせたいのに、みんなの話が長くて苛々していたわね。
……どうするのよこれ。
ユーグとルイスとローズ様が、がらんとした玄関ホールにみんなと一緒に立っているんですけど。
しかも手ぶらよ?
「英雄たちって、得意分野に全振りしていて他はポンコツなのね」
「そうなんだよ」
目の前に英雄の母親がいるのに、ルイスがしみじみと頷いた。
「あら、私だって今日からここにお世話になろうなんて考えていないわよ。まずは領地に帰ってマシューと相談をして、ヒューを呼び戻さなくてはいけないでしょう」
よかった。
ローズおば様は冷静だった。
「じゃあ、みんないったん領地に帰るということで」
「ルイスはアメリアについて行きなさい」
「なんで?」
お母様も何か言ってくださいよ。
エメラインも他人事のように面白がっていないで。
一番気の毒なのは、突然私たちが帰ってきただけでもびっくりしていたのに、壁に穴があいてお父様や英雄たちが顔を出して、この屋敷に住む人がどんどん増えそうな雰囲気におののいている使用人たちですからね?
「アンブローズが帰ってきたら今後の話をするのでしょう? 屋敷の内装や魔道具は私がコリンナやエメラインと協力してどうにかするけど、領地のほうはアメリアが中心になって動くことになるじゃない。ルイスを秘書代わりに使いなさいな。アンブローズとの話にも同席させたほうがいいわよ」
確かにそれはそうだわ。
各地域の責任者も集めて話をする必要があるし、予算の見直しもしなくてはいけない。
「わかったわ。でもまず、早く引っ越して来られるように、修理の必要な箇所は直してしまいましょう。いえ、いっそのこと向こうの屋敷と兵舎と訓練場を、建物ごとこちらに持ってきてしまいましょうか」
そんな驚いた顔で注目しないで。
私がやるのではないわよ。
「そこはお父様の得意分野だから」
「ユーグはどうするの?」
エメラインに聞かれて、ユーグは髪が乱れるのもかまわずに頭をかきながら特大のため息をついた。
「俺もおまえたちについて行くよ。ルイスが行くのに俺が行かなかったら、アーチと親父に文句を言われる」
「大変ね。でもその制服はどうにかしなくちゃいけないわね。ルイスだって着替えも何もないのでしょう。しかたないから護衛の魔道士を貸してあげるから、自分の家に取りに行ってきなさいよ」
では彼らはエメラインに任せましょう。
私はローズおば様と話がしたいわ。
「ローズおば様、なぜ国王陛下は私を王宮に置いておきたいんでしょう」
まさかまた王宮魔道士になれと言われるとは思わなかったもの。
「そうねえ。表向きの理由は、強力な魔道団を手に入れたアンブローズが裏切らないように警戒したってことでしょ?」
表向きの理由?
え? それは表向きの理由だったの!?
「では本当の理由は?」
「自分で考えなさい。少し考えればわかることでしょ」
そんな……。
でもルイスもユーグもわかっているみたいな顔をしているわ。
エメラインまで呆れた顔で私を見ている。
「ねえローズ、宰相と近衛騎士団長が一度にいなくなって、王宮は大丈夫なの?」
お母様もわかっていそうね。
私だけがわからないなんて情けないことは言えないわ。
今夜にでもよく考えてみましょう。
少し考えればわかるとローズおば様も言っていたし、きっと何か見落としているだけよ。
「大丈夫でしょ。人間が三人いなくなっただけで揺らぐ国なんて、そもそも体制が間違っているわ。ただ、英雄全員がアメリアの手伝いをするために辞職するって言い出したじゃない。これってかなりやばいことよ」
「そうだ。英雄たちへのアメリアの影響力の大きさが、バレてしまったじゃないか」
ローズおば様とルイスの言う通りだわ。
これはやばいかも。いえ、間違いなくやばい。
「で、でもおじ様たちは、ダンジョンと新しい町づくりっていう楽しそうな玩具が見つかって、自分も加わりたくなっただけでしょ」
「それを英雄の鼻先にぶら下げたのはきみじゃないか」
「……そうだけど」
うわーーー、この話がどんなふうに王宮で広まるのか心配だわ。
いえ、いいのよ。
ずっと領地にいればいいだけよ。
「ねえローズ、まさかブライアーズ公爵家もタイラー公爵家も王都の屋敷を引き払って、領地に生活の拠点を移す気なの?」
「そうよ。でも領地は息子に任せているから、私たちはここに住むわ」
「まあ、じゃあ別邸を建てなくてはいけないわね」
「お母様、そういう問題じゃありません。ローズ様もあっさりと何を言ってくれているんですか!」
それぞれの公爵家の軍はどうするの?
うちと同じように領地に連れて行くのよね?
王都の防衛って大丈夫?
「あ! 王宮の魔法防御ってお父様がしていたんじゃないですか!?」
「ああ、もうやらないから新しい王宮魔道士部隊の責任者にやらせろって、さっき陛下に話していたわよ。だっておかしいじゃない。もともと長老がやる仕事でしょう?」
英雄公爵家の軍事力を合わせたら、王族の軍事力より上になってしまうのでは?
もともとお父様だけでも王国騎士団全体くらいの武力があるのに、大丈夫なのかしら。
考えれば考えるほどとんでもない事態になっているのに、なぜローズおば様もお母様ものんびりしているのよ。
ユーグとルイスを見てごらんなさい。
胃を押さえて呻いているわよ。
「コンラッドもダンも仕事をしながらしっかり部下を育てていたから大丈夫。それにオファレル公爵家とフェアバーンズ公爵家が王都には残っているじゃない。侯爵家にだって優秀な方はたくさんいるのよ」
「そう……ですよね」
公爵家と侯爵家は騎士団を持てるのだから、英雄公爵家より騎士の数は多いのはわかっているのよ。
問題は魔道士……だけど、内戦を始めるわけでもないのに、私ったら何を心配しているの。
こうやっていろんなことを考えて、そのせいで正しい答えが見つからないこともあるじゃない。
「アメリア、領地に帰るというのはみんなが決めたことなの。あなたが悩むことは何もないのよ」
「わかっているんです。でもいろんな変化が起こりそうで……」
英雄公爵家の関係者だけで、どれだけの人間が王都を離れるんだろう。
使用人や騎士たちの家族も含めたら、かなりの数になるわ。
その分、王都で今まで消費していた様々な物が売れなくなって、代わりにそれぞれの領地の消費が増えて経済が回るようになる。
その変化だけでも大きいわ。
「いえ……仕方ないわ。領地をこのままにはしておけないもの。今は領民優先よ。ルイスもユーグも来たからには働いてもらいますからね」
「楽しそうだからいいんだけどさ、アーチが気の毒で」
じゃあユーグは王都に帰りなさいよ。
私は公爵家の人間として、やらなくてはいけないことをやるだけよ。
「あいつ本当に来るぞ」
「そんなの当たり前だろう」
ユーグとルイスは何を言っているの? そんなことが出来るわけがないでしょう。
王太子なのよ?
彼は彼の責任を果たさなくてはいけないわ。
「止めるのもあなたたちの仕事でしょう」
「無茶言うなよ」
「それはユーグの仕事で、僕は無関係だ」
「おまえがアメリアの傍にいるせいだろうが」
ああもう、王宮ではふたりとも顔を合わせても挨拶くらいしかしていなかったくせに、周りの目がなくなると子供の時のようにじゃれ合うんだから。
男の子ってどうしてこうなのかしら。




