区切りの日の夜 2
そういえば、そうだったわ。
あれは、スタンピードがエレンゲン草原内で食い止められ、村もお父様たちも無事だと伝令が知らせに来てくれたすぐ後のことだったわ。
中庭の方角から突然強い魔力を感じて、私たちは廊下を走ってこの場所に来たんだ。
「しかし、ランプリング公爵家の騎士の制服を着て襲撃してくるなんて、ずいぶんお粗末な暗殺者だよな」
「スタンピードが終結してから襲ってくるっていうタイミングだっておかしかった。行き当たりばったりだったのか……いや、前もって計画してなければスタンピードの夜に襲撃するなんて無理だ」
「偶然じゃないのか? もしスタンピードが起こることを知っていたとなると、ダンジョンがエレンゲン高原に出現していたことも知っていたことになる」
ユーグとルイスの会話を聞きながら、私は窓ガラスに顔を近付けて真っ暗な中庭を眺めた。
兵舎のほうは外灯が灯っているおかげで、うっすらと建物や庭が見える。
あの日ガウルが現れた場所は、今は何もないただの空間が広がっているだけだ。
家族が見ないのに花壇を整える必要はないと放置したお父様のせいで、ひどく殺風景で静かな風景が、闇の中に広がっている。
「ルイス、ランプリングはグレンダと長老のやったことの責任を取らされるのよね」
窓に映ったルイスの顔を見ながら話しかけた。
「ああ。特に長老が魔力処理施設を放置したのがやばい。王宮地下にダンジョンがいつ出来てもおかしくない状況だった。だが公爵が命じてやらせたわけではないから、伯爵か子爵あたりに格下げになる程度だろう」
まだ貴族ではいられるのね。
長老って呼ばれているけど、彼は魔法の腕も人格も特に優れているという噂は聞いたことがない。ただの年寄なのよ?
若い頃は優秀だったという話も聞くけど、どこまでが本当の話かよくわからないの。
ランプリング公爵はそんなやつを、なんで重要な地位につけたのかしら。
「なあ、アメリア」
ぼんやりと星空を見上げながら考えていた私に、ユーグが神妙な声で話しかけてきた。
「コールリッジ公爵家を継ぐのはきみじゃないといけないのか?」
「突然、なんなの?」
「エメラインだっているんだし、きみだって普通の令嬢のように友人を作ったり、おしゃれを楽しんでもいいんじゃないか?」
「私が子供の頃からお父様の後を継ぐと言っていたのは知っているでしょう? それなのになぜそんなことを言うの? 女だから?」
男の子には厳しいのに、おじ様たちが私やエメラインにだけ甘くなるのが昔から嫌だった。
確かに私は何をやっても中途半端なのかもしれない。
公爵家の跡継ぎとしてはたよりないんでしょう。
でも人一倍頑張っているつもりなのに、なぜ簡単に違う生き方があるって言うの?
「違うよ。きみが跡継ぎにふさわしくないなんて考えたこともない」
「じゃあどうして」
カタンと廊下の先でかすかな音が聞こえた。
「誰!?」
この時間に使用人たちがここに来ることは滅多にないはずよ。
反射的に魔法で作った光の球を、音のした方向に飛ばした。
「……アーチ」
そこには昼間見た服装のままのアーチが、侍従も護衛も連れずに立っていた。
なんでここにと聞く気はないわ。
どうせユーグが知らせたんでしょう。
それにこの英雄王太子は転移魔法を使えるんだものね。
「きみたちがここにいると聞いて来たんだ」
きみたちと言いながら、アーチはずっと私を見ている。
視線を合わせたくなくて横を向き、少しだけ気まずさを感じながら彼が近付いてくる足音を聞いた。
「アメリア、少し時間をくれ。話がしたい」
「私は話すことはないわ。あなたたち、いなくなったら許さないわよ」
離れていこうとしたユーグとルイスを睨みつける。
エメラインも少し迷っていたみたいなので、しっかりと腕を絡めて捕まえた。
「いや、俺たちは……」
「なんで相談してくれなかったんだ」
居心地の悪そうなユーグやルイスの様子も、話がしたくないという私の主張も全部無視ですか。
「相談? 何を?」
「アメリア、俺はちゃんと話がしたいんだ。その態度はないだろう」
「あなたこそ落ち着いて考えなさいよ。公爵家の領地経営について王族が口出しする権利はないし、公爵家の人間がどこで生活するか相談する必要なんてないでしょう?」
「俺がおまえに惚れているのを知っているだろう? なのにそんなことを言うのか?」
「……え?」
知りませんでしたけど?
今、初めて聞いたんですけども?
「……気付いてなかったって言うのか? 嘘だろう?」
アーチは両手で頭を抱えて呻いてしまっている。
そんな大袈裟よねと言おうとして振り返ったら、ルイスもユーグもエメラインまで、心底呆れた顔で私を見ていた。
「……でも、今初めて聞いたし」
「え? スタンピードの時にわざわざお姉様に会いに来て、帰ったら話すとかそんな感じのことを言わなかった?」
そういわれてみれば、そんなこともあったような……。
「嘘だろう? あの後話をしなかったのか!?」
ルイスも驚いているということは、やっぱりそういう話があったのね。
みんなが出陣して危険な場所に行ってしまうという恐怖のほうが強くて、細かい会話までは覚えていないのよ。
「それは……コールリッジが襲撃されたせいでバタバタしていたし、スタンピードの後処理が大変で……」
「カッコ悪い」
エメラインに言われて、アーチは衝撃を受けた顔で黙り込んだ。
「アーチ、それはおまえが悪いぞ。あんな風に出陣したんなら、ちゃんと話をしないと」
そこにルイスが追い打ちをかけている。
「そんなにいじめないでやってくれ。こいつはマジで恋愛に疎いんだよ。どうも細かい感情の機微がわからないというか」
たぶん今のユーグの台詞が、一番ダメージが大きかったんじゃない?
アーチは壁に片手をついて俯いちゃっているわよ。
「いや、確かにそうだ。はっきり言葉にしなかった俺が悪い」
潔いというか、へこたれないというか。
どうにか立ち直ったアーチは、顔をあげて私に近付いてきた。
「話さなかったってことは、たいした話じゃなかったってことでしょ?」
でもごめんなさい。
私はあなたの気持ちを信じられないの。
「……アメリア」
「アーチが何かとほのめかしていることは気付いていたわよ? さすがに私もそこまで鈍くはないわ。でも、王太子妃に英雄公爵家の娘を迎えたいんだろうなって思っていたのよ。でもそれならエメラインのほうがふさわしいのだから、彼女を口説いてほしいと思っていたわ」
「……本気で言っているのか?」
「本気だし、今までもそういう態度を取ってきたつもりよ? 出来損ないと馬鹿にしている貴族たちのいる王宮で、これ以上我慢して過ごすのは嫌なの。それに私は次期公爵になる身なのだから、王太子のアーチに好きだと言われても困るわ」
なんでそんなショックを受けた顔をするの?
私が悪いみたいに感じるからやめてちょうだい。
公爵家を継いで領地を豊かにしたいって、前から言っていたでしょう?
私には長女としての責任があるの。
「英雄公爵家の娘だから、おまえを口説いていたんじゃない。アメリアがいいんだ」
「それは我儘じゃないかしら」
もともと王太子の結婚は、国王夫妻が候補を何人か選んで、その中から選ぶ政略結婚が多いはずよ。
英雄王太子ともあろう人が、好きだからといって未来の王妃にふさわしくない人間を選んでは駄目よ。
「それに、とても本気だなんて信じられないし」
「はあ!?」
うわ、目つきが悪い。
周りの人にこわがられるのは、そういう顔をするからでしょう。
「だって……本当に好きな相手は簡単に口説けないものだって聞いたわ。あなたはいつも挨拶みたいに口説きの言葉を口にしていたでしょ? それでいて肝心な話はいっさいしないままで、出陣の時の言葉も忘れていた」
本当に好きな人が相手だと、嫌われたらどうしようとか、これで関係が終わってしまったらどうしようとか、いろいろ考えてしまって怖くて、なかなか前に進めないものだって魔道部隊の女性たちが話していたわ。
私は恋をしたことはないけど、そういう話ならいろんな人からたくさん聞いていて詳しいのよ。
「今だって、こんなに周りに人がいるのに簡単に惚れていると口にしたでしょ? 本気だとは思えない」
「俺はふたりだけで話したいと言っただろう。今、言わなかったらもっと話が拗れるじゃないか!」
それはまあそうかもしれないけど、こんな突然本気で好きだって言われても困るわよ。
公爵家を継ぐ立場だから政略結婚をするもんだとばかり思って、自分が恋愛をするなんて考えたこともなかった。




