343話 そこは狩場と呼ばれ、時に戦場と呼ばれる
結成から一年が経ち、教導期間を空けた〈黄金の新世代〉は危機に陥っていた。
その日は臨時メンバーであるセルビアも参加し、いつもの魔物狩りに向かっていた。
〈黄金の新世代〉はルーキーだけのパーティーだ。
ハンターとして十分な経験を積んでいるのはリーダーであるミケルだけで、彼にしても守護都市の戦士としては半人前である。
だからこそ彼らは無理はせず、報酬が減ることを厭わず他のパーティーに協力してもらって仕事をこなしていた。
〈黄金の新世代〉はミケルとカイン、そしてレイニアが中級下位、臨時メンバーのセルビアは下級上位と、守護都市の中でもランクが低い。
守護都市に上がって一年の新人は他にも多くいたが、しかし彼らは教導期間後は紹介された熟練したパーティーに所属している。
新人だけで構成された〈黄金の新世代〉は他のパーティーに比べてどうしても各人のランクや実績、そして実力で劣っていたため、リーダーのミケルは丁寧に頭を下げて協力を頼み込んでいた。
ミケルの頼みはある意味では寄生のような行いだが、〈黄金の新世代〉には英雄と天使の家族であるセルビアとカインがいたため頼まれたパーティーたちはむしろ喜んで協力していたし、肝心の仕事においても寄生扱いされるような下手な働きはしなかった。
彼らの中にはジオの借金を知っている者もいて、報酬もむしろ多めに持っていっていいよと言われたりもしたが、それはあまりに申し訳ないと辞退をしている。
そうやって安全に気を配って、仕事をしてきた。
その日はしかし、いつもとは違う形で仕事に出かけた。
守護都市周辺の魔物狩り。
次の接続地である商業都市が近いため、生息が想定されている魔物は下級上位と比較的弱めの人食い蜘蛛だ。
スピードがあり、毒をもち、堅い外殻を纏っているがそれを踏まえて下級上位の脅威度が認定されているのは、わかりやすい弱点を持っているからだ。
ビッグスパイダーは視力が弱く、振動で獲物を感知する。
だがその振動に対してひどく敏感なために大きな音を出せば怯むことが多く、さらに火にとても弱い。
加えてロード種が発生しない限り群れる事は無く、常に単体で巣を作って待ち受けている。
なのでビッグスパイダーがどういった場所に巣を作るか知っていれば、そこを焼き払うだけで討伐できる。
万が一、巣に捕らわれたとしても火の魔法が使えれば容易く抜け出せるし、中級相当のミケルたちならばそのまま単独でも撃退も出来る。
唯一恐ろしいのは毒だが、それも魔力量で格上の――ビックスパイダーは脅威度から下級上位を認められているが、個体が持つ魔力量は下級中位相当である――〈黄金の新世代〉であれば問題なく抵抗できるし、念のため血清も準備している。
商業都市も守護都市も近く、いざとなれば救援要請も通りやすい。
ミケルたちはパーティーの単独デビューにちょうどいいと判断した。
十分な準備をして、緊張しながらも初めて彼らだけの狩りに向かった。
そしてそれまでの狩りと同じようにビッグスパイダーの巣を5回見つけ、危なげなく討伐した。
初めてのパーティー単独の仕事はとても順調に終わった。
順調すぎて、その日の仕事はいつもの半分の時間で終わってしまった。
それは運が良ければあり得る事ではある。
運が悪ければろくに魔物が見つからずに手ぶらで帰ることもあるのだ。
運が良ければ簡単に魔物を見つける事だってある。
或いは運など無くとも、もしも魔物の巣がそこいらに大量にあったのならば、簡単に見つけることが出来る。
〈黄金の新世代〉は若いパーティーだ。
順調に仕事が終わった事に、少しだけ気を良くしすぎてしまった。
初めてのパーティー単独での狩りが上手くいったことに気を良くしてしまった。
時間もあるし折角だから商業都市を見てみようと、遠足気分で近寄ってしまった。
その時ちょうど、都市防衛戦が行われていた商業都市に。
商業都市で発生した防衛戦の一報は、守護都市にももたらされてはいた。
だが砲を使うことで下級中位のビッグスパイダーを撃退することは容易であるため、あくまで防衛戦が発生したという報告だけがされた。
それを受け取った守護都市は、防衛戦は発生したが問題なく撃退したと判断した。
それも間違ってはいない。
ただ砲による撃退では親玉であるロード種を討ち漏らす可能性が高い事を十分に考慮しておらず、ビッグスパイダーの撤退ルート上に戦士がいる可能性も十分に考慮しなかった。
これは管制の落ち度とは言い切れない。
そのルートにはそもそも戦士が派遣されていないのだから。
もしもミケルが管制に一言告げていれば、管制が仕事の終わった戦士たちの位置情報を気にかけていれば、その遭遇戦は起きなかっただろう。
防衛戦が起きたことなど何も聞かされていなかった〈黄金の新世代〉たちは物見遊山で商業都市に近づいた。
荒野の殺伐とした茶色い風景と、結界から漏れ出た豊穣の緑の境目辺りで、彼らは死に物狂いで撤退をする魔物の軍勢と鉢合わせた。
「救援はまだか」
剣を振りながら、火の魔法を放ちながら、ミケルは怒声を張り上げた。
管制から返ってくるのは、今向かわせていますもう少しだけ耐えてくださいという、期待にそぐわないものだった。
身の丈ほどもある大きな蜘蛛が、雪崩のように襲い掛かってくる。
前面はカインとセルビアの二人が押しとどめているが、状況は良くない。
彼らが相手にしているのはビッグスパイダー・ロード。
通常のビッグスパイダーの体長は2メートル前後だが、ロードであるそれは一回り大きく3メートルの巨体を持つ。
幼く小柄な二人が挑むにはあまりに大きな魔物だが、中級中位相当の脅威度をもつそれに、カインとセルビアの二人であれば勝機は十分にある。
だが二人にミケルとレイニアという仲間がいるように、ビッグスパイダー・ロードには無数の子分がいる。命も惜しまず王族種を守ろうとする忠実な子分がいる。
ミケルとレイニアは露払いに努めたが、完全にはできなかった。
出来る事なら撤退をしたかったが、ビッグスパイダーは足が速い。
単純な速度であれば目一杯に肉体を強化すれば上回ることが出来る。
それでミケルやレイニアは逃げられるだろう。
おそらくカインも何とかはなる。
だが未だ幼いセルビアが逃げ切るには、魔力と体力が足りなかった。
セルビアを抱えて逃げるという選択肢もあったが、それを選べるのはビッグスパイダーの群れと鉢合わせた最初のタイミングしかなかった。
ミケルたちは唐突な魔物の群れに驚き戸惑い、まずは状況を確認するという消極的な判断をした。
後退しながら十数体のビッグスパイダーを焼き払い、ロードが出たときにはパーティーの全員に多かれ少なかれ疲労があった。
そもそもが仕事明けなのだ、十分な余力などあろうはずもない。
小さく軽いとはいえ少女を抱えながら、ロードの追撃を振り切る自信がミケルには無かった。
だからそのままゆっくりと後退をしながらビックスパイダーの猛攻をしのぎ、救援を待つと判断した。
それは決して間違いではなかったが、いつ来るかわからない救援を信じて耐える戦いをするには、セルビアとカインは若すぎた。
二人はリーダーであるミケルの指示に反し、まだ戦う力が残っているうちにロード種を討つと決意し前へと出た。
ミケルは子供二人を心の中で罵倒し、しかしそれでも全員が生き残れる可能性に賭けて二人の勝利に託すことにした。
ロード種を討てばビッグスパイダーたちは文字通り、蜘蛛の子を散らすように散っていく。
きっとそうなってくれる。
だから誰かが力尽きてパーティーが瓦解する前に、カインとセルビアがロード種を討つ。
それに賭けるしかなかった。
仕事前は虫は嫌いだと愚痴をこぼし、体液を浴びるのも剣が汚れるのも嫌だとわがままを言っていたレイニアは、二度と使わないと誓っていた飛翔剣も使って虫を切り刻んでいる。そしてその体液を全身に浴びて、なお鬼気迫る表情で剣を振るい続けた。
ミケルもまた炎の魔法は温存して、その手の剣で迫ってくるビッグスパイダーを切り伏せている。
二人とも残魔力の底は見えている。
もう長く戦える状態ではない。
それでも自分たちより小さく幼い二人が踏ん張っている以上、一人で逃げ出すなどという事は頭に無い。
二人が少しでも優位に戦えるように、体を張って露払いをしていた。
ミケルとレイニアは未だ衰えぬ勢いで沸き立つ魔物の軍勢を押し返しながら、逃れられぬ死の予感と絶望に向かい合い、そして希望を託していた。
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ミケルたちは想定外の戦闘に苦しんでいたが、それはビッグスパイダー・ロードも同じだった。
枯れ果てた荒野で命を得て、力をつけ、魂に課せられた宿願を果たすために大きな困難に彼女は挑んだ。
しかし目的の地にたどり着くはるか手前で大きな音と衝撃に襲われ、訳も分からず敗走する羽目になった。
そして慣れ親しんだ荒野に帰れるかと思った矢先に、凶悪な力を持つ戦士四人に出くわしたのだ。
もはや敗北は決定している。
今は少しでも種の力を温存したいというのに、その戦士たちは着実に子供らの命を奪っていった。
それが許せなかっただけではないが、ビッグスパイダー・ロードはその手で戦士の命を狩ると決意した。
迂回して脱兎のごとく逃げ出すという選択肢が彼女にはあったが、逃げれば背を狩られると直感を得ていた。
そしてそれは、正しかった。
ビッグスパイダーたちが逃げれば、ミケルは追う事は無かっただろう。
堅実なパーティーリーダーである彼は、仲間たちにそう指示を出す。
だがその指示を、一人の少女は守らない。
少女は必ず追いかけ、ビッグスパイダー・ロードの背に刃を突き立てた。
だからビッグスパイダー・ロードも戦うしかなかったのだ。
自らよりもひどく小さく、そして恐ろしい戦士と、その相棒と。
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ひどい話だ。
カインはそう思った。
ミケルはこの状況を苦しくとも耐える不運な戦いだと判断した。
そしてセルビアとカインが我慢が出来ずに先走ったと思っていたが、そんな事は無い。
臆病者を自認するカインはリーダーの判断に従うつもりだった。
だが馬鹿な妹が先走ったので付き合っているだけである。
そしてその妹は、そもそも耐えるなんてことを考えていない。
馬鹿の頭の中にあるのは戦う事であり、勝つことであり、前に出る事だけである。
ひどい馬鹿だ。
仲間が苦しくても頑張って生き残ろうと悲痛な覚悟を抱いているのに、一人だけ楽しんでいやがる。
どう考えても最悪な状況だというのに、この降って湧いたトラブルを心から歓迎している。
強い敵と戦えて楽しい、と。
そんなひどい馬鹿でも、カインにとっては妹なのだ。
肩を並べて戦うのにそれ以上の理由はいらない。
いいや、嘘だ。
カインも少しだけ楽しんでいた。
ここで死ぬかもしれない。
死ぬのは怖い。
でかい蜘蛛は怖い。
毒は怖い。
鋭く大きな前足は怖い。
だからそれが、少しだけ楽しい。
妹と肩を並べて強敵と戦うことが、楽しい。
もう追いつかれたかとそんな悔しさが混じるから、少しだけ。
カインはビッグスパイダー・ロードが吐く毒液を風の魔法で逸らし、前足の斬撃は剣で受ける。
ビッグスパイダー・ロードの魔力は中級下位で、カインはそれにわずかに勝っている。
それに加えてカインが振るうのは名工の剣だ。
その切れ味が十全に乗れば前足を切り飛ばすことも不可能ではないのだが、残念ながらそこまで上手くはいかない。
ミケルたちは上手くやっているが、未だにビッグスパイダーの子分たちは数えきれないほどいる。
何人かはすり抜けてカインやセルビアを襲ってきた。
だから全力で迎え撃つことはできず、ビッグスパイダー・ロードとの打ち合いは拮抗する。
ミケルたちよりも幼いカインにはもうすぐ限界が来る。
火事場の馬鹿力はとっくに振り絞っていて、だからこそ気力で誤魔化しきれない終わりがすぐそこまで迫っていた。
横目で見ればセルビアも同じような状態だった。
いや、カインよりもなお幼い彼女はとっくに限界が訪れているだろう。
それでも彼女の瞳には諦めの色は浮かんでいない。
そんなセルビアと、目が合った。
彼女は笑った。
やれるでしょ。
そう言っている気がした。
誰に向かって言ってるんだ。
カインはそう言ったつもりだった。
だが息も絶え絶えの彼に、そんな無駄な言葉を口にする余裕は無かった。
ただそれでもその意思を剣に込めて、前に向ける。
セルビアにもそれは伝わっていた。
ビッグスパイダー・ロードに向かい、二人は同時に突貫した。
最後の勝負を仕掛けてきたことに、ビッグスパイダー・ロードも気づいた。
子供たちに指示を下し、少しでもその勢いを削ごうとするが、それはミケルとレイニアに阻まれる。
二人もまたなけなしの魔力をつぎ込んで炎の壁を作り出し、邪魔者を退けた。
それで力尽きた二人は無数のビッグスパイダーに襲われて、容赦のない深紅の死が降り注ぐ。
ミケルとレイニアが命懸けで作った最後の好機に、カインとセルビアも前だけを見て応える。
ビッグスパイダー・ロードも迎え撃つしかないと心を決めて、二人を串刺しにせんとその前足を振るった。
魔力というものは扱うものによって千差万別となる。
そのため他者の扱う魔力とは干渉しあい、同時に扱えば減衰するのが常だ。
その影響を最小限に抑えるため連携魔法などが開発され、戦士や騎士は日夜訓練を積んでいる。
だが魔力の干渉は時に減衰ではなく増幅作用をもたらすことがある。
それは小さな奇跡。
それはいかなる訓練を経ても安定して発揮される事は無い。
だが確かに存在する。
同じ願いを持った者が協力し、本当に心を通わせたときにだけ生まれる力の相乗効果。
それが今、カインとセルビアの間に生まれていた。
二人の剣と鉈はビッグスパイダー・ロードの前足を切り飛ばし、刀身を超えて斬撃は走りその体を十字に切り裂いた。
切り裂かれたビッグスパイダー・ロードは体液をまき散らし倒れた。
カインはそれを浴びながら剣を支えに立ち、周囲を見る。
限界を超えて力を振り絞った。もうただの一匹とて切り伏せる事は出来ない。
それでも膝をつかないのは残ったビッグスパイダーを威圧するため。
妹だけは絶対に生かして返すと、その意地がカインを支えていた。
そうしてカインは信じられない光景を目の当たりにする。
視界を染めるのは死を招く残酷な赤。
それははるか上空から降り注ぐ焔の雨。
焔の一粒は一つの死を運ぶ。
ただの一つも狙いを違えることなく、焔は蜘蛛の頭を射抜いて燃やす。
ミケルとレイニアが命懸けで作った炎の壁が晴れた先では、ビッグスパイダーが逃げ出すことも断末魔を叫ぶことも出来ず見る見るうちに絶命していく。
驚いて後ろを振り返れば、五体満足のミケルとレイニアがのほほんと笑う少年に愚痴のようなものを零していた。
彼らのそばにはやはり頭部を焼き潰されたビッグスパイダーの死骸が無数に散らばっている。
カインが顔を引きつらせて隣の妹を見ると、満面の笑みを浮かべて何かを言おうとしていた。
それは言葉にはならなかったが、カインには何を言おうとしたのか良く分かった。
やったよアニキ、だ。
「よく頑張ったね、お疲れ様」
良く通る涼やかなセージの声を聴いて、セルビアはぶっ倒れた。
それを見届けたカインもまた、ぶっ倒れた。
あとで絶対文句言ってやると決意を固めながらも、安堵と充足感を抱いて気を失った。
作中蛇足~~戦闘中の上空~~
管制官「助けに行かないんですか」
セージ「まだ大丈夫」
管制官「聞くに堪えない悲鳴が上がってるんですが」
セージ「まだ大丈夫」
管制官「……何かあっても責任取れませんよ」
セージ「……たぶん大丈夫」




