341話 まあよしとする
ルヴィアの前にゴールドチップ、空き瓶、勲章メダルが並べられる。
「……お嬢様」
カジノのフロアマネージャーが恐る恐るルヴィアに声をかける。
何が言いたいのかは分かっているので、ルヴィアは彼の望む答えを返す。
「約束通り、チップは換金します。お金は口座に振り込んでおいてください」
「畏まりました、直ちに」
ルヴィアが差し出したゴールドチップを恭しく受け取り、フロアマネージャーは足早に去っていった。
それを見届けて、ルヴィアはほっと溜息をついた。
「お疲れさん。楽しいゲームだったよ」
青年がルヴィアに声をかけ、ルヴィアは苦笑した。
「あなたが本気であったのなら、違う結果になっていたかもしれませんね」
ルヴィアはそう言ってほほ笑みかけると、青年は肩をすくめてみせた。
青年は勝率50パーセントをキープし、チップの数を減らすことも増やす事も無かった。
ブラックジャックで50パーセントの勝率をキープするのは簡単な事ではないが、ルヴィアの目は青年に勝つための真剣さが無い事を見抜いていた。
それだけではない。
青年のヒットやスタンドの選択は時折不自然にベーシックから外れた。
そして彼がそうしたときには、必ずルヴィアに良いカードが回ってきた。
その回数は多くは無かったが、それが無ければ最後のゲームまでにジオに逆転することはできなかっただろう。
そうなればルヴィアでは無く、ジオがブラックジャックによる追加報酬を諦めて等倍の報酬を得られるイーブンマネーを選択しただろう。
もしもそれが偶然ではなく意図的なものであったのなら、青年はルヴィアの予測すら超える精度でカードの並びとゲームの流れを予知していたことになる。
そしてそれを証明するかのように、青年は最後にディーラーが保険として混ぜていた弱いカードを全て引いて、ブラックジャックを作って見せた。
つまるところルヴィアは青年に助けられたのかもしれなかった。
「このような賭けを持ち掛けられた理由をお聞かせいただいても?」
ルヴィアは少しだけ青年に興味を惹かれて、そう問いかけた。
尊敬できる凄腕のプレイヤーが、この瓶の価値を知りながら差し出すように仕組んだ背景を想像しながら。
「ささやかな自己満足かな。
昔、目の前の困っている人たちをがむしゃらに助けてたら、そいつらが偉そうにふんぞり返って誰かを虐めはじめた。
いじめられっ子に泣きつかれて手助けしたら、古いなじみと喧嘩になって、周りにひどい迷惑をかけた」
何でもないような青年の言葉に、エルアリアが怯えながらも一言一句聞き逃すまいと耳をそば立てていた。
ジオの目には青年はいつでも殺せるはずの、とるに足らない一般人に映っている。
だがそうではないと、ジオも理解していた。だから彼も同じように注意深く耳を傾けていた。
「それを誰かが何とかしようとして、何ともならなくて、助けを求められて、俺はまた馬鹿なことした。
それからも色々あってさ、何の罪もない親子が引き裂かれたんだ。
それはもう変えるつもりはないんだけど、もう少しだけ何かした方が良いんじゃないかなって、そんな風にも思うのさ。
ま、それでまた誰かが嫌な思いするんだろうけどさ」
取り留めのない青年の話を聞いて、ルヴィアは静かに相槌を打った。
青年の話は理解できるものでは無かったが、親子を引き裂いた罪滅ぼしをしたいという言葉にだけは感じるものがあった。
ルヴィアは自ら子供を捨てたのであって引き裂かれたわけではないが、それでもひどい後悔を抱えてしまっている。
そんな事を誰かに強いてしまったのなら、確かに罪の意識に苛まれることだろう。
つまるところ募金のようなものかと、ルヴィアは思った。
欲しがっている人間がいるから、戯れに恵んでみる。
そうして良い事をした気持ちになりたいのだろうと。
「私はこれをどうするべきかしら」
ルヴィアは空き瓶を手に取り、青年に尋ねた。
それはちょっとした気まぐれだ。
この瓶の価値は計り知れないが、取り扱いが難しいものでもある。
下手にオークションにでもかければ、周囲から信心に欠けていると捉えかねられない。
お金はあればあるだけ助かるが、しかし必要最低限のラインはすでにクリアしている。
そして勲章メダルが――英雄とのつながりを示すものが――手に入ったことで、かなりやりやすくなっている。
空き瓶は精霊様に近しいであろう青年の望みに適うように取り扱ってみてもよいと思ったのだ。
「あなたの望むままに」
青年はしかし、気取った態度でそう答えた。
ルヴィアは、青年の言葉に裏を感じられなかった。
ともすればどうしようと興味がない、そんな風にも見える態度だった。
それは彼女にとって少しだけ新鮮だった。
ルヴィアは少しだけ楽しくなって、にやりと笑った。
「ジオレイン様」
「な、なんだ」
美しい笑みを浮かべるルヴィアに声をかけられて、ジオは少しだけ後ずさった。
「どうぞ、お受け取り下さい」
ルヴィアはそう言って、空き瓶とコルクをジオに手渡した。
「む」
捨てて来いという事かとジオは思ったが、そんな馬鹿な事を口にするより早く、ルヴィアが言葉を足した。
「ミルクであれば目利きが出来るでしょう。これがあの子の助けになることを願います」
「……わかった」
良く分からなかったが、とりあえずセージに渡そうとジオは頷いた。
「次は、もっと大切なものを賭けてゲームをしましょう」
ルヴィアはそう言って、勲章メダルを取るとカジノから離れていった。
ジオはその背中を見送って、そして我に返って青年の姿を探す。
青年はいつの間にかその場から姿を消していた。
「消えたな」
ジオの言葉に、ほっとした様子でエルアリアがそうですねと答えた。
「お前は何か知らないのか」
ジオはエルアリアに空き瓶のことを尋ねた。
エルアリアはしばらく黙りこみ、
「……答えを教えてしまってはつまらないでしょう。
彼女の言う通り、ミルクという女性を訪ねなさい」
そう答えた。
知らないのかとジオは思ったが、うるさくなりそうなので口には出さなかった。
◆◆◆◆◆◆
「考え直せ、セージ。さすがにこれはまずい」
「大丈夫です、代表。何も問題はありません」
もうすぐオークションの最終締め切りだ。
いや正確にはとっくに出品は締め切られているのだが、特別待遇で待ってもらっているのだ。
オークションは明日。
主催者には目玉商品を出すという約束をしているが、まだ出品はしていないし、ダメでしたと言う謝罪もしていない。
なので取り急ぎ、親父からもらった竜角刀を出品しようと思うのだが、何故かミルク代表が待ったをかけるのだ。
「冷静になれセージ。
ジオ殿が大人しく受け入れるとは到底思えん。
オークション会場に乗り込んできて暴れれば、いや、もしもオークションが無事に終わっても、落札者が襲われ奪われれば賠償するのはお前だぞ」
「くっ……それは、否定できない。
でも売りましょう。
これぐらいしないとあのバカは反省しません」
ミルク代表はやれやれと首を横に振った。
「素直に違約金を払うぞ。
それは……そうだな。
しばらく隠しておけばいいだろう。
少しは堪えるんじゃないか」
「……確かに、いたずらが過ぎる子供のしつけでお気に入りのおもちゃを隠すってのを聞いたことありますね」
「ああ、そうだ。それでいいから、その刀は持って帰れ」
でも隠すだけだと、親父はすぐに見つけるだろうからなぁ。
それだと私の怒りは収まらないんだよなあ。
あのバカには目にもの見せてやらないとなあ。
いっそケイさんにあげるか、彼女も人の物を返さない子だし。
私の貸した斧も名前を付けて、もう返す気がなさそうなんだよね。
今は竜角刀があるし、予備武器は槌のような打撃武器が欲しいから別にいいんだけどね。
でもやっぱりお金に代えたいなあ。
そして手に入れた札束で親父をビンタしたいなあ。
……あ。
そうこうしているうちに馬鹿親父がやって来た。
「おやこれはジオ殿。
どうしましたか」
「ああ、これを持ってきた」
親父はそう言って空の酒瓶を持ってきた。
馬鹿親父め、空き瓶の回収日は明後日だ。ちゃんと家に持って帰れ。
そんな事を思っていたら、空き瓶を見たミルク代表が目を見開いた。
「これは……まさか、いえ、そうか。もともとはジェイダス家の……。
手に取ってみても?」
「ああ」
ミルク代表は親父からおそるおそる空き瓶を受け取って、じっくりと眺めた。
どうやら値打ち物のようだが、しょせん空き瓶だしなあ。
過度な期待はするまい。
「コルクは、コルクは残っていませんか?」
「うん? ああ、あるぞ」
代表に言われて、親父はそう言ってポケットからコルクを取り出した。
指の形でつぶれているので、コルクスクリューを使わずに無理やり開けたのだろう。
そういえば親父のコレクションの中にあの瓶はあった気がする。
「セージ、読んでみろ」
渡されたコルクには、こんな文字が刻まれていた。
「始まりの年を記念して、アリアのために」
私はミルク代表に殴られた。
「気やすく呼ぶな。
このお名前はかつて使われていた、精霊様の愛称だ」
おおう……。
そうか、エルアリアだもんな。
アリアって愛称になるのか。
そしてそれも呼んだらダメなのか。
ややこしいな。
というか、なんで代表は私に読ませた?
「これは……そうだな。
少し歴史の授業をしようか。お前も学校の教科書に載っていることはあらかた知っているだろう」
「え? ええ。妹の教科書でざっくりとは」
小学校の教科書だから、そんなに詳しいことは書いてませんけどね。
「ジオ殿、間違っているのなら訂正をお願いいたします」
ミルク代表はそう前置きした。
親父が歴史なんて知っているはずもないので、多分これは親父の中にいる精霊様に向かって言ったのだろう。
そして親父が良く分かっていないのに頷くのを見てから、代表は語りだす。
「昔、この国は貴族制だったんだ。
精霊様に忠誠を誓った八人が各都市の代表となって、八つの都市を治めた。
この国が都市連合と呼ばれているのは、その名残だな。
精霊様を盟主に据えているのは今と変わらないが、統治は人の手に委ねられていた。
だが代を重ねていくうちに、その貴族たちは精霊様を軽んじるようになり、ついには己が権威を高めるために内戦を始めた。
今からざっと二百年ぐらい昔の話だ。
欲深い貴族たちの争いに精霊様はたいそうお怒りになり、皇剣たちの手によって内戦を主導した貴族たちはほとんどが取り潰され、残った一部も実権の多くを失って、名家という形で今に残っている」
へえそうなんだ勉強になりますありがとうございました。
ところでその話、まだ続きます?
長くなります?
先に親父の竜角刀をオークションに出しません?
「このお酒は、この国が生まれたその年に作られ、精霊様に捧げられたものだ。
そして八つの都市が完成した折に、最初の八人にだけ下賜された品だよ。
ジェイダス家は最初の八人、つまりは守護都市の領主だったんだ」
なるほど。つまり売れるってことですね。
いや、途中からわかっていましたけどね。
これが大事なものだって。
そして記憶と違って中身が無くなっているので、また馬鹿親父がプレミアムなお酒を飲んで、私の神経を逆なでしたことにも気づいてますよ。
「では親父の竜角刀とセットで出せば、良い値が付きますね」
「お前な……、これがどれだけの価値のあるものかわかっているのか。
歴史的な価値と精霊様との繋がりを考えれば、目先の金にするよりも家宝にするべきだろう。
実際、ジェイダス家は大事に保管して、中身こそ失ったもののこうしてアシュレイ殿に、そしてジオ殿へと繋げている」
言っていることはわかるんですけど代表、その精霊様が割とどうでも良さそうに聞いているんですよ。
いや、もともと見にくい親父の中にある精霊様の魔力はほとんど見えてないんだけど、それでも怒っていないことぐらいは何となくわかるよ。
私が売るって言っても、気にしている様子はありませんよ。
というか、怒ってたら親父を通して文句を言うだろうし。
なので売って良いでしょう。
名誉なんかお金様の前では何の価値もありませんよ。
「違うぞ」
「え?」
「親父?」
「これは俺のじゃない。
いや、俺のだったが、飲んで捨てたのを拾ったやつが、お前の母親に渡したものだ。
あいつはお前にくれてやれと言った。
だからお前の好きにしろ」
こ、こ、この馬鹿親父。
「ジオ殿、今セージの母親と――」
「何飲んでんだ馬鹿親父。中身が入ってた方がお金になるだろう」
「不味かったぞ」
「待て、待ってくれそれも驚いたが、そんな事より――」
「感想なんて聞いてない。
何で飲んだんだよ。家が借金で苦しんでるのが分からないのか馬鹿親父。
もういい。家にあるお酒はこの際、全部売りに出す。親父は金輪際お酒禁止だ」
「なんだと。ふざけるな。
デイトとの約束だったんだ。あれは俺たちが飲むのが道理だ」
「二人とも落ち着け、今はセージの――」
「あいつの名前出せばこっちが折れると思うなよ。二人して水飲んでろ水。そっちの方が健康にもいいだろ」
「水だと。水も飲むぞ。だが酒も飲む」
「ああもう二人とも俺の話を聞けっ‼」
あ、ミルク代表がキレた。
私と親父がそろって背筋を伸ばす。
「セージ」
「はい」
「お前、母親のことは知っていたな」
「……ナ、ナンノコトカナー」
私は親父に殴られた。
私は地面に埋まった。
代表は心配してくれなかった。
「……まったく。言えばいいだろうに。他の子らに気でも使ったのか?
それでジオ殿、その方の名前は?」
「む」
馬鹿な親父は頭をひねった。
物忘れがひどいようなので、思い出す手伝いをしてあげた。
親父の顔面は地面に埋まった。
「何をしているんだ、お前は。
いや、いい。
それで、お前は覚えているんだろう。名前はなんだ」
「……ルヴィアさんです」
「ルヴィア、か。ルヴィア……?
まさか、ルヴィア、エルシールか」
あれ?
代表は驚いているけど、そんなに怒っていない。
というか、ちょっと嬉しそう?
「そう言えば、知り合いなんだろう。
ルヴィアもお前のことを言っていたぞ。
なんだ、目が良いと」
親父は髪の毛に着いた土を払いながら、代表に訳の分からないことを言った。
「目が良い、ですか。きっと目利きの事でしょうね。
本家の彼女と顔を合わせたのは、彼女がセージよりも幼い時分に一度だけなんですがね。
記憶力の良さはさすがに商業都市の令嬢ですね」
代表はそう言うと、私の方に顔を向ける。
「それで、何故隠していた」
「いや、別に隠していたというか……。
まあ今後は関わることもなさそうなので、言う必要もないかなと」
「……それは、それで良いのか、お前は?」
代表も親父も難しい顔をしているが、私としてはそこは譲れない。
商業都市の名家と血縁だと知られれば面倒だという打算もあるのだが、それ以上にルヴィアさんと関わることが心苦しい。
私は彼女に対して息子らしく振舞うことが出来ないし、きっと傷つける事しかできない。
何より今後のことを考えれば、私の生みの親であると知られれば彼女の身に危険が及ぶことすら考えられる。
ただでさえ私は帝国やテロリストに恨まれているし、いずれは私がテロリストとして石を投げられることもありえるのだから。
親父は何かを言いたそうにしていたが、口に出す事は無かった。
あるいはもしかしたら親父は知っていたのかもしれない。
ルヴィアさんが自らの意思で再び私の前に現れることを。
一年後、今生の別れを決意していた彼女は、再び私の前に現れた。
エルシール家の当主名代として。
そして、私の家族として。
そのことを今の私は、想像もしていなかった。
ちなみに、建国記念に作られたお酒の空き瓶はそこそこ良い額で落札されました。
そして親父の竜角刀は出品できませんでした。
ちくしょう。




