340話 kill my heart
その日はその〈エーテリアホテル〉のカジノにとって面倒な客が重なる日だった。
三人のうちの二人は格こそ違えど重要人物で、加えて悪い事にその二人は意見を統合させてしまった。
面倒な客三人で争うポーカー。
客同士が持ち寄ったものが賭けられるため、カジノ側が損をする事は無く、勝者が誰になろうとも大事な黄金のチップをお金に換えてくれることを約束されている。
台とディーラーを貸さないわけにもいかなかった。
一人はかつての英雄であり新たな皇剣、ジオレイン・ベルーガー。
一人は麗しの令嬢にして最悪の賭け師、ルヴィア・エルシール。
一人は黒髪黒目のやる気のない顔をした、通りすがりの青年。
良く分からない組み合わせのゲームが始まった経緯は、それなりに単純なものだった。
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「どうぞお引き取りください、ベルーガー様」
ジオはカジノ入り口で体格の良い黒服の従業員から門前払いを食らった。
黒服は守護都市中級相当の、言ってみればこのカジノの頼れる用心棒先生である。
いつもは筋肉と魔力を見せつけて厄介な客に大人しくしてもらう用心棒先生も、ジオを前にしては腰を低くし筋肉も黒服にしまっておくしかない。
「何故だ」
「ベルーガー卿の置かれております状況を踏まえ、ギルドより賭け事を禁止させるよう通達を受けております。
どうしてもというのであればご子息のセイジェンド様を同伴して頂くように、との事です」
借金をしているのにギャンブルに熱を上げるなというお達しである。
当たり前のことではあるが、それを伝える用心棒先生はとてもとても勇気を奮い立たせる必要があった。
このように英雄だけでも手に余るのに、さらに新たに厄介な客が現れた。
「何故、私が入れないのかしら」
蝶の仮面で顔を隠した貴婦人だった。
ホテルの宿泊客であるため最初は素通りしたのだが、仮面の下に隠された美しい素顔に気づいたスタッフが恐怖と共に用心棒先生に助けを求めたのだ。
「ルヴィアお嬢様、あなたは強すぎます。我がカジノではお相手が出来ません。
ノーレートの勝負であればお受けいたしますが、真剣勝負を望まれるのであれば、どうぞ商業都市に帰られるまで我慢なさってください」
わがままな名家令嬢を威圧することは用心棒先生にとって簡単なのだが、すぐ近くには未だ納得していない英雄がいる。
用心棒先生も元は守護都市の騎士であったため、ここで魔力を使い令嬢を威圧すれば、英雄が同じことを自分にしてくると理解していたのだ。
「あなたたちがこれを返せと言うから、賭けに来たのよ。
カジノが求めるチップを私は持っている。
それなのに賭けることが出来ないの?
おかしな話ではないかしら」
ルヴィアがそう言って用心棒先生に見せたのは黄金のチップだ。
以前、八つのうち五つがルヴィアの手に落ち、取り返すことを諦めたカジノはチップの換金を求めた。
ルヴィアはそれに応じて四つを換金したが、残り一つをその手に残していた。
新しいチップを作ることは簡単だったが、長年受け継がれてきた黄金のチップを失うことはエーテリアホテルにとってひどい痛手だ。
何とか換金して貰いたいカジノと、それに付け込んでもっと多くのお金が欲しいルヴィアの交渉は平行線をたどっていた。
その難しい交渉を台無しにしたと責められるのは、用心棒先生にとっても避けたいところだったので、何も言えなくなってしまった。
英雄はともかく令嬢はフロアマネージャーが相手しろよと用心棒先生は苦しんでいたが、そこにさらに面倒臭い客が現れた。
「え? だめなの? 俺も遊びたいんだけど。
いや、たしかにホテルの客じゃないけど、そんな事どこにも書いてないじゃん。
金?
いや、持ってないよ。いいじゃん。勝てばいいんでしょ」
貧乏な観光客だ。
この国では比較的珍しい黒髪黒目の青年は、若者特有の向こう見ずな態度で道理の通らないことを言ってきた。
こういう相手は用心棒先生にとってイージーな相手だった。
「そうかそうか、話はこっちで聞こう。ちょっと来てもらえるか」
用心棒先生は若者の肩を抱き、バックヤードに連れて行こうとする。
用心棒先生にとってこの若者は救いの神だった。
自然な流れで英雄と令嬢から離れることが出来て、さらにストレス解消のサンドバックになってくれるのだから。
「おい、待て」
だが用心棒先生が救われる事は無く、その背中に英雄ジオの声が返られた。
「……なんでしょう」
「その手を放せ」
ジオは頭痛をこらえるようにこめかみに手を当て、誰に聞かせるでもなく、わかったわかったと呟いていた。
「……ええと、お知り合いでしょうか?」
用心棒先生は最悪の想像をしてそう言った、もしそうだったらサンドバックにする前で助かったと思った。
「ああ、前に命を救われたことがある」
本当に助かったと用心棒先生は思った。
「やあ、久しぶり」
「今回はそれほどでもないがな。
こんな所に何の用だ。
あの時、お前は何を言おうとした」
魔力こそ漏らしていないものの、ジオが放つ気配は剣呑なものだった。
ちなみにジオの頭の中では、エルアリアがもっと下からものを言えと悲鳴を上げていた。
「大したことじゃないよ、ただの息抜きに遊びに来ただけ。
そっちの子も折角だから一緒に遊ばない?
何を言ったって遊べないなら、いっそハブられた者同士でゲームしようよ」
「……カジノでの勝負、その意味はご存じですか?
私が賭けるものはこちらです。
これに見合うものを、あなたはお持ちなのですか?」
ルヴィアがその長い指先でゴールドチップを弄んだ。
青年は肩をすくめて、どこからともなく中身の入っていない酒瓶を取り出した。
ジオと、そしてジオを通してをそれを見たエルアリアが、どこかで見たことがあるようなと首をひねった。
そしてルヴィアは目を細めた。
「手に取らせていただいても」
青年がぞんざいに差し出す酒瓶を、ルヴィアが恭しく受け取った。
そしてじっくりとその酒瓶を観察する。
「コルクは、残っていないのでしょうか」
「あるよ、ちょっと痛んでるけどね」
「変わった痛み方ですね。まるで素手で無理やり開けたような……」
ルヴィアはそう言いながら、コルクに印字された文字を確認する。
「本当にこちらを賭けても良いのですか?
あなたの素性はわかりかねますが、価値を知らないようには見えません」
ルヴィアは青年を精霊様と近しい立場にある貴人として捉え、そう尋ねた。
「いいよいいよ、捨ててあったものを拾っただけだしね。
俺は遊べればいいの」
「……御冗談を。例え何かの間違いがあったとしても、この品を捨ててしまうような不届き者や大馬鹿者がいるなどと」
ルヴィアは青年の下手糞な冗談に笑顔を作って見せた。
青年は特別な反応を見せる事は無く、肩をすくめてジオを見た。
「そっちはどうする。
金がないのは一緒でしょ」
「なぜわかった。
……ゴミでもいいなら、これでどうだ」
ジオはそう言ってポケットに入れておいたメダルを取り出した。
この前の表彰式でもらった、皇剣だけに与えられるメダルだった。
ちなみに普段から持ち歩いているのではなく、カジノのチップに変えるつもりで持ってきていたのだった。
「ゴミと、言いましたか?」
「物の例えだ」
「……ふん」
ルヴィアに睨まれ、ジオは目を逸らした。
エルアリアはよく言ってくれましたと心の中で称賛をしていたが、青年が怖いので口には出さなかった。
「それで、勝負はどういたしましょうか」
「ブラックジャックでどうかな」
青年はそう言って、ルヴィアは微笑んだ。
それは彼女にとって二番目に得意なゲームだった。
******
勝負は6デック――52枚のトランプが6セット――のワンゲーム。
それぞれに百枚のチップが与えられ、それを一番多く増やしたものが賭けられた品を総取りできる。
ブラックジャックではカードが後に配られる方が、若干ではあるが有利になる。
青年がまず真ん中の席に座り、ジオがその右に座る。
セオリーを知らないのかそれとも気を使われてるのか、ルヴィアは訝しんだが、しかし遠慮することなく青年の左に座った。
席順はジオ、青年、ルヴィアの順となった。
ディーラーがカードをシャッフルし、三人に伺いを立てる。
「ペネトレーションはどう致しましょうか?」
「なんだそれは」
「お任せしまーす」
「そのほうが公平でしょうね」
ジオと青年とルヴィアがそれぞれ答えた。
ディーラーは真っ赤なカードを取り出し、シャッフルされたカードの後ろの二割ほどの場所に差し込んだ。
それ以降のカードは使われる事は無く、赤いカードが出ればゲームは終わりという事だ。
そうしてゲームは始まり、カードが配られる。
以前にルヴィアはこのカジノで大勝ちをしている。
ブラックジャックは賭け事には珍しく、カウンティングという安定して勝利できる手段がある。
それを使うプレイヤーは他の客に配られるカードを観察し、残りカードから自身に配られるカードとディーラーのカードを推測し、勝率を考えながら賭け額をこまめに変える。
そのためカウンティングをするプレイヤーはわかりやすく、カジノ側はそんなプレイヤーのゲーム参加を拒否することが出来る。
ルヴィアが巧みだったのはカウンティングの正確さだけではなく、それを悟らせずゴールドチップまで手に掛けたところにある。
カジノにとって決して失いたくないゴールドチップを手に入れてからはそれを隠す事も無く、ディーラーのいかさまも見抜いて五枚のゴールドチップを獲得し、カジノ側にサレンダーを強いた。
そして今回はカジノ側ではなく、プレイヤー同士の競い合いだ。
ディーラーをたばかる必要は無く、報復にいかさまを仕込まれる可能性リスクだけに気を付けていればいい。
ルヴィアにとって、これは十分に勝算のある勝負だった。
エルシール家という商業都市でも強大な力を持つ名家に生まれ、国で一番と認められるほどの美しさを持って生まれたルヴィアは、幼いころから多くの人たちに愛されて育ってきた。
欲しいと思うものは彼女が望む前に誰かが彼女に捧げてきた。
多くの貢物を彼女は当たり前のものとして受け取った。
そんな幼い彼女を、傲慢な少女と影口を叩く者は多かった。
人の愛を理解できない、愛でられるだけの人形だと揶揄された。
しかしそれは正しくは無かった。
彼女はむしろ他人の心の機微に敏感だった。
エルシール家に取り入りたい者たちの下心。
幼くも美しい彼女に獣欲を抱く男たち。
彼女はそれらをはっきり感じ取っていて、だからこそ己の心を守るために閉ざしていたのだ。
そんな固い殻に守られた彼女の心は、一人の男によって開かれ、男と子をなし、その子を手放したときに再び殻の中に閉じこもることとなった
そして今、ルヴィアはその心を再び解き放つ。
カウンティングによる配られるカードの予測だけではない。
シャッフルをしたディーラーの感情を読み取り、カードの並びを感じ取る。
カードに向かい合うジオや青年の感情を読み取り、ヒットかスタンドかを予測する。
そうして一つの勝負だけではなく、次の勝負、その次の勝負も予見する。
一人のプレイヤーがゲーム全体に与える影響は少ない。
しかし少なくとも必ずある。
ルヴィアはその少ない影響を最大限に発揮し、ディーラーも含めてすべてのプレイヤーに配られるカードをコントロールする。
それはともすればセージの不死の心と俯瞰視座による戦場の支配に似ていた。
ルヴィアは常人離れした力を発揮してゲームを支配したが、大勝したかと言えばそうではない。
彼女の対戦相手はそもそも常人ではなかった。
ルヴィアは安定してチップを増やすことはできたが、それはほぼジオと互角であった。
カウンティングをしている形跡は無く、そもそものベーシック――自身とディーラーの手札で決まる定石。これはカウンティングと違ってカジノ側は禁止しておらず、ディーラーに聞けば教えてくれる――すら守らず、ルヴィアの読みすら外してジオはチップを増やしていた。
カウンティングに頼るルヴィアは、ゲームの早い段階ではチップを多くかけることはできない。
だが勘に頼るジオは早い段階からチップを多く賭け、序盤で大きなリードをとっていた。
しかしゲームが進むことで安定して勝利できるようになったルヴィアはジオとの差を次第に縮め、最終ゲーム目前でわずかではあるが逆転することに成功した。
なお青年は最初からチップの数が変動しておらず、二人に大きく引き離されていた。
最後のゲームを前に、それぞれが持っているチップをすべて賭ける。
ジオや青年は最後のゲームに勝たなければ勝利は無い。
ブラックジャックの勝率を考えればバスト待ちをするのも手ではあったが、ジオにはそんな発想は無く、そして残りカードをおおよそ把握していたルヴィアにしてもその選択肢は無く、全てのチップを賭けた。
ディーラーのアップカードはクローバーのエース。
ジオのカードはスペードのエースとスペードのジャック。
青年のカードはハートの7とダイヤの8。
ルヴィアのカードはハートのクイーンとダイヤのエース。
カジノ側からすれば、何かと理由を付けてゴールドチップを手放さなかったルヴィアよりも、他の二人に勝ってほしかった。
そのためカウンティングを駆使するルヴィアの不利となるように、強いカードをゲームで使えないように後ろにまとめていた。
そしてペネトレイトに収まりきらなかったそれらが今、現れていたのだった。
ジオは悩み、ステイを選択した。
青年はヒットを選択し、3を引いた。
さらにヒットを繰り返し、2を引いた。
数えて20。
青年はまたヒットを選択した。
ディーラーは一瞬の戸惑いを覚えたが、それをカード捌きに表す事は無かった。
エースが配られ赤いカードが現れる。
青年の数字は21となった。
ギャラリーが青年の無謀さと幸運に歓声と拍手を送り、青年は照れ笑いを浮かべてステイを選択した。
ルヴィアは、イーブンマネーを選択した。
ディーラーの伏せカードが開かれ、ハートのキングが姿を現す。
ディーラーを含めた四人全員のブラックジャック。
このカジノのルールではジオと青年はドロー。
賭けたチップは戻って来るが、それだけだ。
そしてイーブンマネーを選択したルヴィアにだけは、配当が与えられる。
彼女はこの賭けに勝利した。




