339話 旨い話があるわけもない
日帰り旅行から帰って、疲労したケイさんをマリアさんがマージネル家お抱えのお医者様のところに連れていき、私はリーアさんとクライスさんを連れて政庁都市のお医者様のところに行きました。
リーアさんの治療に関してお医者様は渋っていましたが、病院の経営者とかその辺りはやりたくてうずうずしていたらしく、とんとん拍子に話が進んで、翌日には再生魔法がかけられました。
臓器の再生魔法というのはもともと存在しているのだけれど、それは心臓や肝臓なんかのごく一部への魔法で、子宮は初らしい。
試されたことはあるのだが、成功例が一度もないのだとか。
それを聞いてリーアさんが不安になっていたが、安心してほしい。私もちょっと不安だから。
笑えない冗談はさておき、子宮の再生魔法で被験者の命が危険にさらされる事は無いだろうとお医者様は保障してくれた。
というか危険になるなら気絶させてでも私を止めると保証してくれた。
ちなみに物理ではなく、お薬でである。
緊急用とラベルが貼られたお注射の中身は、たぶん常人なら死んじゃうレベルのものだと思います。
ともあれ厳戒態勢で始めた再生魔法は何事もなく成功し、経過観察のためにしばらく入院生活をしてもらう事となった。
病院は初めての子宮再生の成果とデータが取れてホクホクで、私は胸のしこりが取れてウィンウィンである。
ちなみに経過観察で何かあった時のために、病院から信号石が渡されている。
ひと月も様子を見れば安心だから、それまでは肌身離さずこれをもって、振動があれば即座に政庁都市に来てくれと言われたが、大丈夫だ。
そもそもしばらくの間、魔力感知でリーアさんのストーキングをするつもりだから。
何かあれば文字通りに飛んで駆けつけるから。
子宮にリーアさんの魔力と血が十分になじみ、生理が滞りなくやって来るのが確認されるまで子作りは許可されないという事だったので、気兼ねなくのぞき見が出来る。
さて政庁都市での心残りが一つ片付いたところで、残った大きな問題にとりかかろう。
オークションの時期は、もうそこまで迫っているのだから。
親父の竜角刀を売るつもりだったが、しかしその必要はなくなった。
私は新聞で知ってしまったのだ。
親父が皇剣武闘祭決勝大会、夢の16連単を的中させたことを。
どうせ親父のことだから面倒臭がってまだ現金化していないだろう。
皇剣武闘祭優勝者の親父が当てた、的中者など出ないと思われていた16連単万馬券。
単純計算すると16の階乗だから、おおよそ21兆分の一の確率である。
……思った以上に大きな数字になったけど、16人の大会成績を当てるのは16の階乗で合ってるよね。
まあ間違っててもいいや。
大事なのは親父以外にこれを的中させた人はいない、という事だ。
そして親父は馬鹿なので、普通の人のようにどうせ当たらないのだからと、記念に最少額で賭けるなんてしていなかった。
購入限度額まで賭けたのだ。
払い戻しの額はそれはもう膨大な額になる。
馬鹿な親父ならそれを酒代や武器代に溶かすか爆発させるだろうが、知的な私はそれをもっともっと多くする手段を閃いている。
この万馬券に親父のサインを付ければ、オークションで高額落札間違いなしだ。
きっとお金持ちのもの好きがプレミアな価値とか見出して、払い戻し額の倍額とか突っ込んでくれる。
私はそう、信じていた。
◆◆◆◆◆◆
「いや、無いぞ」
目をキラキラと輝かせるセージに、ジオは無慈悲な答えを返した。
「え?」
「賭けの清算はもう終わった。券はその時に捨てた」
ジオは端的に答えを告げた。
セージの眼から光が消えた。
払い戻しの終わった券でもオークションに出品することはできたかもしれないのにと、ジオの軽率さを呪った。
しかしセージはめげない性分だ。
たまにはそういう事もある、払い戻しのお金でオークションの違約金は支払うことはできる、借金は増えないと気持ちを切り替えた。
「はい」
セージは手の平をジオに向けた。
ジオは意味が分からなかったので、その手に自分の手を重ねた。
セージはジオの手を払いのけた。
「違うわ馬鹿、金を出せと言っているんだ」
「む」
ジオは唸った。
そこには突っ込んでほしくなかったのだ。
カジノで9割すってからの今日まで、何とか増やそうとしたところが結果は悲惨なもので、残っていた一割はもとより今月のお小遣いもすべて失ってしまった。
その結果、カジノからはもう来ない方が良いですよと遠回しに言われ、エルアリアからはさんざん馬鹿にされる羽目になった。
「どうしたの? いや、現金がないのはわかってるよ。カードだしなって意味だよ」
「……いや、そうじゃない。
説明するのは難しいが、諦めろ」
「は?」
セージは声を上げた。
ジオが何を言っているか分からなかったのではない。
何を言っているのか理解したから声を上げたのだ。
瞳孔を開きながら。
「もしかして、お金が無いってこと?」
セージは口元にこそ笑顔を浮かべてそう言った。
しかし瞳孔は開いたままだった。
「……そういう事になるな」
「少しも残ってないの?」
「……無いな」
さすがにばつの悪い思いでジオは顔を伏せた。
セージは凍り付いた笑顔をひきつらせた。
瞳孔はやっぱり開いたままだった。
「何故?」
「か、カジノで、負けた」
下手をすれば決勝戦よりも強い恐怖を感じながら、ジオは返事を絞り出した。
瞳孔ガン開きのセージは心の中で魔法の言葉を唱えながら、覚悟を決めた。
それは考えていただけの冗談で、決して本当にやるつもりは無かった。
しかしこんな冗談みたいなふざけた父親にはそれくらいやるべきだとキレ気味に思った。
「…………………親父、ちょっと刀貸して」
「……わかった」
セージはジオの竜角刀〈殺戮日和〉を受け取った。
「じゃ」
「おい、俺の刀をどうするつもりだ」
「……借りるだけだよ、ちょっとオークションにかけてくる」
ジオはそう言われて頷いた。
「そうか、借りるだけか
……うん?
オークション?」
セージは答えず、出かけて行った。
背中に鬼神の宿ったセージを見送った。
セージの姿が見えなくなってから、黙って様子を窺っていたエルアリアがジオに助言をする。
「あなたは借りたものを返さないことで有名ですね」
「……む」
「それが自分の身に起こらないと、なぜそう思うのですか」
ジオは言いたいことを理解した。
そしてセージを追いかけようとして、エルアリアに止められる。
「待ちなさい。
かの天使の怒りは当然のものです。
あなたの蛮行で国は荒れ、それを癒すために多くの人手と資材が必要となりました。
その対価を支払うべきはあなたなのです。
わかりますか?
あなたは刀を取り返すために、それに見合うものを天使に差し出すべきなのです」
「……それは、つまり」
ジオとエルアリアは心の中で同じ答えにたどり着いた。
「行くか、カジノへ」
ジオのふざけた言葉を聞いたエルアリアは、頷いた。
「行きましょう。私はルーレットが良いと思います」
エルアリアはカジノのキラキラした雰囲気が好きだったのだ。
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建国から続く老舗ホテルには立派なカジノがある。
芸術都市には純粋なカジノ施設があるが、政庁都市にあるカジノは全て複合的な施設で、ホテルや他の商業施設に併設されている。
そんな中でもそのカジノは特に立派なものだった。
規模の大きさで言えばそれほどでも無いが、カジノに入ることが出来るのは少なくともこのホテルに泊まれるだけの高い社会的地位を持っている。
そして地位が高ければ資産も多く、そのためカジノで動くお金も大きい。
そんな立派なカジノには特別なチップがある。
純金で作られたその八つの金色のチップには、この国の八つの都市をモチーフにしたデザインが描かれており、純粋な金の価値を大きく超える額が付与されている。
それはこの国を支える八つの都市が完成した際に、記念に作られたチップだ。
それが賭けられるのは原則、特別なゲームのみ。
例えば四年に一度の国事である精霊感謝祭などで執り行われる。
もっともその黄金のチップは現在、一枚が客の手に渡ってしまっていた。
そしてその大事な一枚が賭けられる予定外のゲームがその日、英雄と令嬢と通りすがりの青年の三人の間で繰り広げられることとなった。




