338話 お節介が趣味なんです
セージとクライスが離れて、残されたケイが何の話だろうねと無邪気に首をかしげる。
それに答えたのはアルだった。
「あの男はセージの指導役だったか。
確か、四年前の事件にも関わっていたはずだ。
この村のことで何か気になった事でもあるんじゃないか」
ふうんと、ケイは気のない相槌を打った。
四年前のゴブリン・ロードの事件を、ケイはあまりよく知らない。当時は皇剣になったばかりで忙しく、さらにこの事件は一般人には被害が出なかったため、控えめな報道しかされなかったからだ。
もっともケイは新聞をめったに読まない子なので、大きく報道されていたとしても知らなかったかもしれない。
「どういう事件だったっけ?」
ケイが何気なく口にした疑問に、リーアが思わず肩を震わせた。
それは大きな反応ではなかったが、一行の注目は集まった。
リーアの顔色は、少しだけ悪かった。
「どうしたの」
「なんでもないです。
事件は共生派のテロリストがゴブリンを繁殖させて、この辺りの村を襲わせようとしていたところを、セージさんが未然に防いだんです」
リーアは淡々と、感情のこもらない事務的な口調でそう説明をした。
テロリストの行うゴブリンの繁殖という単語を聞いて、それに関する知識を持っているケイたちは顔を顰めた。
ただ一行の中でカインだけはその知識を持っておらず、のんきな顔で相槌を打ち、周りの深刻な空気を感じ取って首を傾げた。
「セージが今回もゴブリン狩りしてたのって、それが理由か?
またテロリストがいるかもって」
「……もしかしたらそうかもしれませんね。
テロリストの暗躍を疑っているというよりは、ただ害獣であるゴブリンを駆除しておこうと考えていたようですが」
カインの疑問に答えたのは、ずっと黙っていたマリアだった。
彼女だけはその事件で一人だけ助けられたハンターがいることを知っていた。そしてその記憶とリーアの顔色の悪さを結び付けて、念のためにと話題を変えることにした。
「それよりもあなたたちはこれからどうしますか?
周囲一帯の有害な魔物は駆除し終わっていますよ」
カイン達は目を見合わせた。
これまでの道中は安全だったが、しかしいつ魔物に襲われるかわからないという緊張感はあった。
だがセージたちに会った事、この近辺が安全なことを聞かされ、気持ちが緩んでしまうのが止められなかった。
「……もういいんじゃね」
「まあ、ね。魔物は狩れなかったけど、最低限の警戒の訓練にはなったし、もともと親睦会の延長みたいなものだったから」
「けど、このまま帰るのもなんか悔しくない?」
「あた――私、アニキと一緒に行く。良いでしょ」
最後にセルビアがそう言うと、ケイがもちろんと笑顔で答えた。
「せっかくだしみんな来れば? 広い所でセージと一試合やるつもりだったし、マリアやアルがいればそんなに危なくないよ」
「お嬢様? セージとそんな約束をしていたんですか?
私は初耳ですよ」
「え? してないよ。
でもいいじゃない。ちょっと試したいことがあったんだよね」
ケイは笑顔でそう言った。
マリアの様子がおかしいから日帰り旅行に同行したのも本心だが、セージと気兼ねなく試合をしたいというのも本心だった。
セージもケイも道場では本気になれない。
そしてセージを相手取る場合、道場という閉鎖された狭い環境はケイにとって有利になる。
それが面白くないというのもあるし、そもそもケイが試したい技は周囲への影響を考えれば道場では使えない。
「それは、良いの? 私たちはそりゃ見せてもらえるなら嬉しいけどさ」
「セージなら良いと思うぞ。口では文句言うかもしれないけどさ、何のかんのでケイや親父と試合するの楽しいみたいだし」
遠慮がちなレイニアにカインがそう言うと、アルが皮肉気な顔で口を開いた。
「当然だろう。あいつは生粋の戦士だ。同門に競い合う相手がいないなら、余所の戦士に心移りするさ」
「ああ、そうだな。不戦勝三位とかも相手にされないだろうな」
「あ゛?」
「は?」
「いちいち喧嘩しようとするな馬鹿」
睨み合うアルとカインの間に、ケイが割って入る。
守護都市民の彼女としては喧嘩を悪いとは思わないのだが、何だかこの二人の喧嘩だけは嫌な気分になった。その理由を、あくまで二人に実力差がありすぎるからだと考えていた。
いがみ合う二人と僅かな思考の引っ掛かりを置いて、ケイはセージとクライスの下へと駆けて行った。
◆◆◆◆◆◆
どうしてこうなった。
なぜか私がケイさんと試合をする事になってしまった。
いや、別に良いんだよ。
良いんだけどね。
みんな楽しみにしてるし。
うん、私がケイさんにボコボコにされてみんなが楽しんでくれるなら、全然構わないよ。
ただ私は病み上がりで安静にしないといけないはずだってのをみんなが忘れてるのがちょっと気になるだけでね。
いや、親父とは退院してから毎日手合わせしてるけど、馬鹿親父なりに手加減してくれてるんだよ。
そしてケイさんはたぶんしてくれないんだよ。
すごいウキウキで私を殴り倒そうとしているよ。
まあ、良いんだけどね。
「ねえアニキ、何の話してたの」
周りに被害を出したくないからと、人のいない山奥を目指して歩くさなか、妹がそう声をかけてきた。
「大したことじゃないよ。クライスさんが心配症で、テロリストは近くにいるのかって。
もちろんいなかったよ」
テロリストに関してはリーアさんのメンタルが心配なのであまり触れたくはないのだが、妹は私の嘘に敏感なのでなるべくふわっとした感じに正直な説明を口にする。
「そっか。いたら、退治できたのにね」
「ええ、そうですね」
妹の言葉に被せる様に答えたのはリーアさんだ。
冷たい言葉には強い憎しみの魔力が乗っている。
みんながリーアさんに注目した。
その場の空気が、冷たく重い緊張感に支配された。
察しの良い人たちは、彼女に何があったかを想像できているようだった。
「何かあったの?」
ケイさんがリーアさんにそう尋ねた。
クライスさんが割って入ろうとしたが、ケイさんの眼差しを見て思いとどまった。
ケイさんは軽い気持ちで聞いているのではなく、何があったかを想像して、口に出しちゃいなよと、そう声をかけていた。
リーアさんは口ごもって、躊躇って、おずおずと口を開いた。
「私、捕まってたんです。テロリストに。
それで、ゴブリンのお母さんやってました。
他にもたくさんの女の人がいて、でも生き残ったのは私だけです」
リーアさんは乾いた笑いを浮かべて、そう言った。
どんな表情を取り繕えばいいかわからない、そんな顔だった。
誰もそんな彼女に声をかけることはできず、クライスさんがその背中をさすって慰めた。
「今は幸せです。
セージさんに救われて、クライスに支えてもらって。
なのでそんな顔しなくていいんですよ」
そう口にするリーアさんを見て、私も我慢できずに声をかけた。
「もっと幸せになれるとしたら?」
「え?」
「あなたが失ったものを、わずかでも取り戻せるとしたら?
私を信じてくれるのなら、私はあなたを助けられる」
私がそう言うと、クライスさんが眦を決した。
「セージ、その話はするなと言ったろう」
「ええ、でもそれは私の体を案じての事ですよね。
それは杞憂です。
見るべきものはもう見た後なんです。私に負担は無い。
あとは信じてくれるかどうか、それだけです」
「なに、何の話なの、クライス」
リーアさんが話に付いて行けず、クライスさんに頼る。
クライスさんは言い淀み、言葉を選んで口を開く。
「……お前の、体だよ。治してくれって、前に俺が頼んだんだ。
前の喫茶店の騒ぎがそれだ。
決勝も見たろう。あれと同じだ。
セージはやばい力を使って、無理してでも俺の頼みを聞こうとした。
だから、だめだ」
リーアさんの体という言葉で、何を治すのか理解できたのはほんの一握りだ。
意外なことに、その一握りの中にはアルさんが含まれていた。
「……そう、ね。そうですね。
ありがとうございます、セージさん。
あの後、一週間も寝込まれたんですよね。私のせいで」
「あなたのために、ですよ。それとクライスさんのためでもあります。
そして何より、自分のためですね」
「え?」
リーアさんに、私は笑顔を向けた。
「あなたが幸せになってくれれば、私は嬉しい。
だから私のためです。
そしてクライスさんの心配は杞憂です。治すための手掛かりはもう見た後なので、もう負担なんてないんですよ」
「絶対に嘘だぞリーア、こいつはこう言って平気で無理するんだ」
クライスさんはそう言い、リーアさんは遠慮するべきだという感情を強くする。
そんなリーアさんに横から声をかけたのは、ケイさんだった。
「……やってもらいなよ」
「おい、口を挟むな。お前らだって決勝であのヤバさを肌で感じただろう」
クライスさんの言葉に、その場の全員が納得していた。
ただケイさんだけはその例外だった。
「そうだね、あれは怖い力だった。
だからみんなが怖がるのは分かるよ。
でもさ、私は怖くない」
「そういう問題じゃねえ」
「む。
何が違うってのよ。
セージがしくじって自滅するのとか、その子を殺しちゃうのが怖いんでしょ。
馬鹿じゃないの。
セージは馬鹿だけど、器用でずる賢くて卑怯な馬鹿だもん。
そんな失敗しないわよ」
フォローしながら貶すのは止めて欲しいなって思いました。
「怖いというなら、前例を作ってみたらどうだ。
一人、治験にうってつけの女がいる。
それが上手くいったら、そっちの女に試してみたらいいだろう」
アルさんがそう言ったが、シエスタさんの言とも併せて考えるとこれに安易に同意するのは危険だと思います。
「いえ、治し方を見るのは結構大変なので、リーアさん以外は遠慮させていただきたいかなって」
「――なに? そうか……、そうか。
むう……」
考え込むアルさんはさて置き、クライスさんはまだ迷っている。
リーアさんはそんなクライスさんを見ながらお腹を抑えた。
それで気づいていなかった人たちも、何を治すのかを理解をした(ただし次兄さんを除く)。
「セージ、本当に危険は無いのね。あなたにも、彼女にも」
「ええ。お医者様にも付き添ってもらえるよう段取りをとっているので、あとはリーアさんの気持ち次第です」
心配そうなマリアさんにそう答えると、リーアさんは意を決してクライスさんを見る。
「……ねえ、クライス。私は、あなたの子供が欲しい」
その言葉に、その場のみんなが顔を赤くした。
ようやく事態に追いついた次兄さんはいきなり森の警戒を始めたし、興奮した妹は私の腕をバンバンと叩いてくる。
当のクライスさんは顔を赤くして、リーアさんから目を逸らして、がりがりと頭をかいて、諦めたようにリーアさんを見て、ふてくされたような表情で私を見る。
「じゃあ、頼む」
「はい、頼まれました」
私はそう答えた。
帰ったらお医者様のところに顔を出そう。
ちょうどケイさんの手で病院送りにされそうだから、一石二鳥だよね。
「なんか、失礼なこと考えてない」
「滅相もありません」
そんなやり取りを経て、山の頂上たどり着いた。
頂上には麓を見下ろせる展望台や広場が設けられていたが、周囲にもっと高い山もあるからか、登山客などは居なかった。
その広場で、ケイさんと向かい合う。
ケイさんは得物に手をかけていないので、私も無手で行こうと思う。
「試合をするつもりだったんだけど、やっぱり止めた」
そしてケイさんは急にそんな事を言い出した。
「はあ」
「試そうと思ってた、技を見せる」
「……はい、わかりました」
良く分からないが、とりあえずそう答えた。
ケイさんは満足そうにうなずき、その魔力を解き放つ。
全力の全開。
上級上位の魔力が噴き出し、未熟な妹たちをアルさんとマリアさんが守った。
「さあ、こっからよ」
ケイさんは噴き出す魔力を一段上げた。
それは特級の魔力。
精霊様からの魔力供給だ。
「どうすればジオに勝てるか、あんたに勝てるか、ずっと考えてた」
ケイさんから噴き出す魔力は強くなる一方だ。
ケイさんの肉体が許容する限界を超え始めている。
それは三年前に見た光景に近い、そして私が決勝でやった事にも。
止めるべきかと悩み、しかしこの先を見たいという欲求に負ける。
「答えは出なかった。
でもわかってることはある。
あんたたちの力に対抗できなきゃ、勝負にならないってね」
そうしてケイさんは、暴走させた力で結界を張った。
それは竜の力に似ていた。
それは親父の力に似ていた。
それは私の力に似ていた。
だがどれとも違っていた。
「どうよ」
ケイさんは魔力の暴走供給に体をさいなまれながら、どや顔で胸を張った。
彼女が望めば、この結界は即座に私たちを抑え込み力を奪うだろう。
だがそうはならなかった。
力を奪うどころか、結界には温もりと優しさと活力を与えてくれる魔力が満ちていて、それらが私たちに力を与えてくれた。
私が暴走させて周囲に漏らしたのとは違って、ケイさんは自分の結界を完全にコントロールしている。
死の神子である私と、絶望の神子であるケイさん。
似たような得体のしれない加護を貰っていても、私は使いこなせていなかった。
前世の記憶なんてものを持っているのにだ。
そしてケイさんは使いこなしている。
天才というのは実によく似合う二つ名だ。
ケイさんは私が感心したのを見て満足そうにうなずくと、結界を解き暴走供給を止めた。
マリアさんが駆け寄り、その肩を借りる。
魔力回路はいくらか疲労していたが、損傷には至っていない。少なくとも一晩休めば完全に回復するだろう。
「無茶をして」
「セージほどじゃない」
マリアさんの言葉に、ケイさんは男前な顔でそう答えた。
そしてそれを見るアルさんと次兄さんが乙女な魔力をしていたのは、気が付かなかったことにしようと思います。




