334話 ただいま
一夜明けて気持ちのいい朝を迎えまして、本日は絶好の退院日和です。
ぶっちゃけていってしまえば、私は昨日の時点で完治をしていた。
しかし結構な重傷だったので表彰式の欠席は早い段階から決まっており、その前提でスケジュールが決まってしまっていた。
無理をすれば出れなくもなかったのだが、至宝の君と会えば精霊様と敵対してしまいかねないという大きすぎるリスクがある。
親父が実質的に人質兼カウンターウェポンとなっているし、そうでなくとも家族に累が及ぶのは避けられない。
精霊様と話すにはまだわかっていないことが多すぎる。わかったところで敵対する未来は避けられないのかもしれないが、せめて家族への害は最小限に抑えなければならない
まあ至宝の君も精霊様も私と会いたくないみたいだっていうのも、表彰式の出席を見送った理由なんだけどね。
ともあれ無事に退院となりまして、これからは建前的には自宅療養に移ります。
身体は何も悪くないけど、悪いっていう事にしておかないといけないの。
世間様の目は厳しくて怖いの。
だからしばらくはギルドのお仕事も出来ません。
借金はまだまだ沢山あるんだけどね。
でも四年後も同じぐらい勲章をとって報奨金を貰って、ついでに竜を私と親父で狩れればだいぶん未来は明るいものになる。
うん。希望はある。
差しあたってはオークションに出品する代替用品を探さないといけないけど。
親父が馬鹿なせいで超高額落札間違いなしの武器が壊れたからな。
さてどうしよう。
私の竜角刀は壊されてなければ二本あったから、一本は売りに出してもよかったんだけど、親父のせいでもう一本だけだからな。
さすがに今後、竜角刀に見合う武器を手に入れるのは難しいだろうし、売りましたって言ったらカグツチさんは二度と武器を作ってくれない気がする。
仕方ない。
仕方が無いので、親父のにしよう。
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「それではセージさん。家ではくれぐれも安静にしていてくださいね」
「ええ、わかっていますよ。どうぞご心配なく」
私はそう言ったのに、お医者様の感情はなぜか心配することを止めない。
不思議だ。
さて帰りの付き添いにはシエスタさんと妹と、あと一緒に退院する姉さんが一緒だ。
姉さんには私が腕を治した後も輸血してもらった(ご飯を多めに食べれば済むので必要なかったのだが、お医者様は私の言う事を聞いてくれなかった)。
その後、何故か私が勝手なことをしないよう見張っておいてくれとお医者様に強く頼まれ、最終日まで同じ病室で寝泊まりしていた。
私は何もおかしなことなどしていないのに、不思議だ。
まあそれはさておき政庁都市の立派な国立病院から、馬車に乗って守護都市に向かう。
体調的には歩きで良かったのだが、というかせっかくなのでいろんなお店がある政庁都市で買い物してから帰りたかったのだが、世間様の目がやっぱり怖いのでこそこそと帰るのである。
守護都市でもお店の数が少ないだけで、お肉や野菜の鮮度が変わるわけではないので、別にいいんだけどね。
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そんな訳で馬車に乗って、いつものミルク代表が仕切っている商店街にやってきて、そこそこの歓迎を受けましたよ。
試合を直接見に来てくれた人たちはちょっとだけかなり強めに私のことを怖がっていたけど、少し話したらその恐怖はすぐに消えてくれた。
暴走時の私はどれだけ危なく見えるのだろうか。
私はイエスロリータ、ノータッチ、hentaiはbutabakoを心掛けている心優しい紳士なのに。
まあ冗談はさておき、試合を直接見に来てくれた人には、なるべく会って話しをしておいた方がよさそうだ。
クライスさんとかペリエさんたちも会場まで見に来てたよね。
私が商会で買い物をしていたらミルク代表とも顔を合わせました。
ちょっと込み入った話になるので、姉さんを家においてから会うつもりだったのだが、ミルク代表も心配をしているのかすぐに本題が始まった。
「それでセージ、オークションはどうする。一応、違約金の準備はしておいたぞ」
「え? 払ってくれるんですか」
「ツケだ」
ミルク代表は厳しかった。
「何の話?」
「なんでもないよ」
「こいつがでかいオークションにジオ殿の武器を出品すると約束したんだが、どうにも無理そうでな。
その違約金を支払わなければならんって話さ」
私を無視して話が進む。
そして違約金の額も告げてしまう。
日本円換算でおよそ3億円ですよ。
あのね、代表。
うちの姉さんは金銭感覚小市民だから、その金額って心臓に悪いと思うの。
そして私も小市民だから心臓がキリキリと痛むの。
「お父さんの優勝賞金無くなるじゃない」
「そうだね。残念だね」
実はもうそれは無くなってるんだけどね。私のもないんだけどね。
「……セージのではなく、ジオ殿の賞金がなくなるのか」
「代表、親父が武器を壊したのでそれは当然だと思います」
私がそう言うとシエスタさんがうんうんと頷いた。
自分で言っておいてなんだけど、最近のシエスタさんはツッコミ放棄がひどいと思います。
「そうだよね……あれ? お父さんが壊した武器っていう事は……」
「気にしないで。
まあとりあえず代わりを探して、親父に声かけますよ。
どうしても見つからないようなら、ツケでお願いします。折を見てちゃんと返しますので」
代表はシニカルに苦笑して、わかったと言った。
表情はともかく、彼女の感情は返さなくていいと思っているのがはっきりとわかるものだった。
******
急ぐ事も無くのんびりと歩いて帰ると、時間はちょうどお昼ごろになった。
「ただいまー」
「お帰り、ご飯できてるよ」
「あれ? 兄さん大学は?」
今日は平日である。
ちなみに姉さんも学校があったのだが――妹は表彰式に出席した関係で公欠が認められている――これまでは病院から通学しており、今日はさぼっている。
「休んだ。単位は足りるから、心配するな」
兄さんもさぼりだった。
もうすぐ守護都市が離れて長いお別れになるし、少しくらいならまあ良いか。
「そっか。お昼は何? 作ったの次兄さんだよね。お肉しかないのは――」
「ちゃんと作ったわ。
……なんだ。さっさと手を洗って来いよ。メシが冷めるだろ」
ひょっこり顔を出してきた次兄さんが、唇を尖らせてそう言った。
次兄さんはまだ少し私に怯えているところがあるので、努めて普通に返すことにする。
「うん。ただいま」
「おう」
次兄さんは顔を背けてそう言った。
ほっとした感情でそう言った。
仕方ない次兄さんだ。
ちょっとその顔をのぞかせてもらおう。
……あれ?
なんで兄さんは私の首根っこを掴むのですか?
「なんでだろうな。さあ行くぞ」
私は猫のように、あるいはいたずら小僧のように掴まれたまま家の中に運ばれ、洗面台の辺りで解放された。
「……お前は気づいてるかもしれないけど、マリアの様子がおかしい。
ただみんな、そっとしておいてくれ」
兄さんが私や妹たちに向かってそう言った。
まあね、気づいてたよ。
二人そろって朝帰りはしたけれど、仲が深まるようなイベントは起きなかったんだろうね。
どうせ親父がまた何かしらやらかしたんだろうからフォローしようとは思っていたけど、それも余計なお世話だってことだろうな。
親父はマリアさんのことを……ああ、いや、とやかく言うまい。
難しいよね、男と女ってさ。
「何かあったの?」
「父さんが馬鹿なだけだよ。でも何も言わずに優しくしてあげて」
兄さんにそう言われて、私たちは手を洗って食卓に着いた。
親父とマリアさんは先に席に着いていた。
親父は傍目にはいつもと変わらない様子だったが、よくないものに憑かれているように少しだけ表情が暗い。
マリアさんも何でもないように静かに座っていたが、目元の化粧がいつもより少しだけ濃かった。
「おかえりなさい、セージ。体調は問題ありませんか」
「ただいま、マリアさん。おかげさまで、すっかり元気になりましたよ」
マリアさんはそうですかと笑った。いつもよりその笑顔には元気がない。
マリアさんに悟られないようごく自然に親父に目配せをすると、親父は無罪だと首を横に振った。
馬鹿親父め、リアクションを出すな。
「何か?」
「「なんでもない(です)」」
マリアさんに問いかけられて、私と親父が同時に答えた。
マリアさんはそれ以上の追及をしてくる事は無く、ため息を必死に堪えているようだった。
これは重症だな。
気晴らしに遊びに行ってもらうかな。
それとも仕事にでも誘ってみようかな。
いや、私は仕事を受けられないんだけど、とりあえず政庁都市の付近にも魔物は出るし、ゴブリンなんかは駆除しておくと喜ばれるので、ボランティアがてら八つ当たりの的になってもらおうかな。
ケイさんも暇そうなら誘って、ピクニックがてら……前回も行ったあそこなら、温泉もあるし悪くないよね。
シエスタさんも誘いたいところだけど、日帰りが難しくなるから、それはまた別の機会にしようか。
「マリア、どうしたの?」
私が考え込んでいると、妹は我慢できずにそう尋ねた。
マリアさんは苦笑して何でもないと答えた。
妹は納得しなかったが、それ以上を聞くことは出来なかった。
「……さっさと食おうぜ」
重たい空気感を嫌がって、次兄さんがそう言った。
久しぶりに家で食べるご飯は美味しかったが、ちょっとだけ空気が悪かった。
……いや、これは親父だけのせいじゃなくて、私が少し怖がられてるのもあるんだけどね。
すごく気を使われているよ。
******
さて、お昼ご飯が終われば食後の運動タイムです。
道場で向かい合います。
相手は言うまでもなく負けたくせに皇剣になんかなった馬鹿親父です。
「……あれは、お前の勝ちだった」
「その通りだ馬鹿親父」
親父はなぜか難しい顔をした。
「なんだよ」
「……………………………………………………いや、別にいいが」
「なんなんだよ」
私がそう言うと、親父は首を振って気の迷いを飛ばした。
「俺はお前が怖かった」
「おう、そうだな」
「……………………………………………………いや、怖くないぞ」
どっちだよ。
「……お前、もしかして怒ってないか?」
「もしかしなくても怒ってるよ」
「何故だ」
何故だと?
何故と聞くかこの馬鹿親父め。
だからお前は馬鹿なのだ。
「理由は一つしか無いだろ、馬鹿親父」
「なんだ」
私は木剣の切っ先とこの世の真理を馬鹿親父に突き付ける。
「お前が馬鹿だからだよ」
試合では私が負けたことになってるけど、勝負は私の勝ちだったからな。
リベンジとかまた馬鹿なこと考えたんだろうけど、若くてピチピチな私は三日見ない間に刮目して成長してるからな。
馬鹿親父が勝てる道理などない事を骨身に教え込んでやる。
全力だ。
全力でぶっ飛ばしてやる。
~~そしておおよそ四時間後~~
「……気は済んだが」
倒れ伏す私に、親父が上からものを言ってくる。
ええ、やられましたよ。
ぼこぼこにやられましたよ。
返り討ちでしたよ。
決勝と違って下準備ゼロで暴走供給も使わず(魔力供給は使った)真正面から挑んで勝てる相手じゃなかったよ。
「うるさい馬鹿親父」
私がそう返すと、親父は苦笑した。
その苦笑は、いつもの馬鹿親父の苦笑だった。
「……こういう時は、何て言えばいいんだろうな」
「さあね」
私は答えて、そういえば言ってなかった挨拶を思い出す。
「とりあえず、ただいま」
親父は笑った。
「ああ、そうだな。
お帰り、セージ」




