333話 表彰式・その後
さすがなお兄様は立派にお務めを果たされました。
なので表彰式観戦は、もういいかな。
「それじゃあお開きにしましょうか」
「え? お父さんは?」
「見たくない
だって絶対に何かやらかすもん。
絶対、僕にその後始末が押し付けられるもん」
スノウさんがにやにや笑いながらやってくるもん。
「セージさん……」
シエスタさんが憐れみに満ちた声を漏らした。
すいません。そんな真に受けられても困ります。
いや、冗談とも言い切れない話なんですけどね。
ただまあ、親父なんかよりもよっぽど大事な子が来たからね。
私はそっちの相手をいたしますよ。
「アニキっ」
病室のドアが勢いよく開かれて、妹が突撃してくる。
そしてそのまま私に飛びかかって来たので、抱きとめることにした。
「ふへへ。来ちゃった」
「そうか。兄さんたちは?」
魔力感知で分かっているが、私はそう尋ねた。
「アベルはまだ。カインはすぐ来る」
「セルビア、病院の中で騒いじゃだめでしょ。それにアベルがいないって、先に来たの?
待ってあげないとだめじゃない」
「……ごめんなさい」
姉さんに叱られて素直に謝る妹の頭を優しく撫でる。
「セージ、いつもいつも甘やかさないで。
そんなだからセルビアがちゃんと反省しないんでしょ」
「大丈夫、ちゃんと反省してるよ。
ああ、次兄さんも来たね」
妹が開けた扉から次兄さんが入ってきて、扉を閉めた。
「おう。っていうかセルビア、病院の中を走んなよ。危ねえだろ」
「危なくないもん」
「お前じゃねえよ。他の病院の連中だよ。
お前みたいな暴走馬車に引かれたら死んじまうだろ」
「あた――私、ぶつかったりしないもん」
次兄さんの説教に、犬歯をむいて反論する。
そら見なさいよと、姉さんが私に怒った顔を見せる。
「妹。次兄さんに同意するのはものすごく辛い事だけど、やっぱり病院の中で走っちゃいけないよ。
妹がぶつからないのはわかってるけど、他の人たちはもしもぶつかったらとても痛い思いをするって、だから怖いって思ってしまうものだからね。
だから走っちゃだめだよ」
「お前は俺を悪く言わないと気が済まないのか」
次兄さんがとてもおかしなことを聞いてきた。
「え? そうだよ」
「そうだよじゃねえよ」
「そんな事より、昼食会で暴れるなよ。見てたぞ。思いっきり周りを焚きつけてたでしょ」
私が次兄さんを注意すると、妹が頷いて聞き逃せない事を口にする。
「うん。カインが悪いのに、私も怒られた。賞金没収だって」
「え?」
「いや、最初に暴れたのはお前だからな」
「違うもん。あのおっさんが喧嘩売ってきたんだもん」
「先に手を出したのはお前じゃんか。口で言い返せよ口で。セージだったらまず口で勝って、先に相手に手を出させてぼこぼこにして、自分は悪くありませんって周りを味方につけて心へし折ってたぞ」
いや、私はそんなことはしないけど、待って。
「賞金、没収なの?」
「え? うん」
「ああ、罰だってさ。あとなんか色々直すのにも使うって。
そんな事よりアベルは?
俺ら追い出されてさ。ああ、もう終わっちまってるのか」
そんな事、だと。
いや、いいんだ。
もともと二人のお金は借金返済の当てにしていない。
借金を背負っている親父や、それを擦り付けられた私と違って、二人には親父の借金を返す義務はない。
二人のお金なんだから、それを失って惜しくないと二人が感じているなら、それでいいんだ。
二人はこれから守護都市中級として仕事をしていくわけだし、そうなればまとまった額も稼げるようになる。
賞金は大金だったが、その大金を失っても気にならないぐらい稼げるようになるだろう。
私と親父の賞金のように、日々の仕事の報酬がお国からむしり取られることが無いのだから。
そう、だから無関心でいいんだ。
賞金が無くなったことを気にしていなくても、全然いいんだ。
「いや、よくないよ。二人ともちゃんと反論した? 賞金は大金なんだよ。相手がこっちの失態に付け込んでなかった? 言わなきゃいけないことはちゃんと言った? 賞金とられるにしても全額はおかしいでしょ。だって大金なんだよ。お金は大事なんだよ。そこのところちゃんとわかってるの?」
「あ、アニキ?」
「おい、落ち着け。なんだよ急に」
……はっ。
少しだけ興奮してしまった。
いけないいけない、妹の前ではクールな兄でいなければ。
「こほんっ、何でもないよ。
妹、ドレス奇麗だね。よく似合ってるよ」
「う、うん」
「それじゃあどうしようか。兄さんもこっちに向かってきてるみたいだし、馬鹿親父はマリアさんに任せて私たちは夕ご飯を食べに行こうか。
みんなは何が食べたい?」
私がそう尋ねると、妹と次兄さんが声を揃えて肉と答えた。
姉さんとシエスタさんは苦笑しているので、せっかくだから今日の主役である二人の意見を採用しよう。
そう思っていたら、ゴホンと大きな咳払いが響いた。
咳払いの主はお医者様です。少しだけ目が怖いです。
「セージさん、あなたは入院中の体ですよ。
勝手に外を出歩いて、食事をしてもいいと思っているんですか?」
「ええと、だめですか?」
私がそう聞くと、お医者様は厳しくしていた目元を緩め、苦笑した。
「治っているのであれば、止められませんね。
ですが怪我が理由で今日の表彰式を欠席したことを考えてください。
外で食事会というのは、少々体面が悪いでしょう」
お医者様の言葉はもっともなので、仕方なくうなずく。
親父抜きとはいえ、さすがに家族でこの病室で食卓を広げるのは難しい。
そもそもうちの家族はうるさいからね。
個室とはいえ他の患者さんの迷惑になるのは避けられない。みんなで夕食は今日は諦めるしかないか。
「……うちの病院の屋上には芝生が敷いてありましてね。
ちょっとしたイベントや、そうですね。小さなバーベキューくらいはできますよ。
そちらであれば邪魔も入りません。準備もこちらでしておきましょう」
「えっ……いいんですか?」
私が思わずそう聞くと、お医者様ははっきりと笑顔を見せた。
「特別扱いと言えばそうですが、あなた方の立場を考えれば当然の配慮ですよ」
そうか。
なんか、セレブ待遇だなぁ。
……いや、上流階級と言えば上流階級なんだけどさ。
借金多いけどね。
一応ね。英雄一家だし、私もレアな勲章貰ってるし、名家とも仲良くさせてもらってるから、セレブな感じではあるんだよね。
借金多いけどね。
庶民派の私としては特別待遇を受けるのは妬みの視線が気になるけれど、みんな乗り気だし、お言葉に甘えさせてもらおうかな。
そんな訳で、私たちは病院の屋上で優雅な夕食会を開くことになった。
本音を言えば親父のことも心配だけれど、あっちはマリアさんに任せよう、あんまり世話を焼きすぎてもいけない。
マリアさんは覚悟が決まっているしね。
そして身内のそういう事は見たくないので、魔力感知のロックは外しておきます。
そんな訳で私たち子供組は大人が夜会に行っている間、病院の屋上で楽しく美味しい野外料理を頂きました。
ただ私はちょっと周囲の視線が気になりました。
いや、政庁都市は都会だからね。
背の高い建物が多くて、ちらほらと高い所からこちらを窺っている視線が合ったんだよね。
見ている人たちの感情的には珍しいものが見れて嬉しいって感じだったけれど、こちらとしてはなんだか学校をさぼって遊び歩いてるのを見つかった学生みたいな気分になりましたよ。
◆◆◆◆◆◆
ジオの主観的には何事もなく、運営スタッフの一丸となった手厚いフォローでジオの勲章授与も大きな問題はなく無事に終わることが出来た。
ジオの表彰が終われば、至宝の君であるサニアが精霊の言葉を披露して今期の総括を述べる。
具体的なことを口にするのではなく、ざっくりと戦士やハンターたちをねぎらい、そして過去に例のない親子対決となった皇剣武闘祭に触れ、わずか十歳で二位となったセージとようやく皇剣となったジオを称えて、これからのこの国には黄金の時代が訪れると大衆に宣言した。
精霊エルアリアのありがたい言葉の後には閉会の宣言がなされ、朝から続いた表彰式は終わりを告げた。
さっそく帰ろうとするジオはケイとマリアに捕まり、そのままメイク班に引き渡されお色直しをすることとなった。
ちなみに見張っていないと逃げるからという建前で、マリアは裸に剥かれ服を着せられるジオをじっくりと観察している。
そんなこんなで夜会が始まり、マリアもジオの同伴者として出席した。
「華やかな場ですね」
「腹が減った」
夜会の会場は国営ホテルの第一ホールだ。
その会場に入ったマリアとジオの第一声は、それだった。
夜会には表彰式のようなはっきりとしたスケジュールは無く、開始や終わりの宣言もない。
そのためすでに食事を始めている者の姿も見受けられた。
広いホールには音楽が響き渡っており、ダンスを楽しむ者もいた。
パートナーと優雅にワルツを踊る者もいれば、激しいストリートダンスを踊る者もいて、場の雰囲気には一貫性がなかった。
一貫性がないのは振舞われる料理にも表れており、麻婆豆腐の置かれたテーブルに味噌汁やアヒージョが置かれている。
これらは全て、精霊エルアリアの望んだことだった。
この夜会は四年に一度の精霊感謝祭の、その原点である。
寄る辺のない人が集まり、エルアリアの下で村を作り、町へと発展させ、ここを国としようと決めたその時に宴が開かれた。
その宴で、エルアリアはこの国で育まれた全てを持ってきなさいと言った。
これから折に触れて宴を開催する。
だからその間に皆が育んだものを宴で見せなさいと、そう言った。
時を経て、形を変えて、宴は四年に一度の精霊感謝祭と変化した。
歴史を重ねることで感謝祭では多くの小さなお祭りが開催され、それらが調和することで格式のある大きな祭りとなった。
だが原点となったのは、貧しい時代に限られたものを持ち寄って、それぞれが好き勝手に飲んで歌って笑って踊る、そんな一夜の宴でしかない。
そしてこの夜会では、そんなとりとめのない宴こそを再現しようとしていた。
主賓格であるジオとそのパートナーであるマリアの会場入りに、注目が集まる。
話しかけたいと思うものは多かったが、無作法にならないようタイミングを見計らうものがほとんどだ。
ジオたちに声をかけたのは、その例外である。
「これはこれはジオ殿、そしてマリア殿も。
この度は優勝、そして皇剣就任おめでとうございます」
「む。ダイヤンだったな」
「ダイアンですよ」
マリアに窘められて、ジオはそうだったなと、おざなりに頷いた。
「ははは。ご子息は今も入院中だとか。体の方はよろしいのでしょうか」
「ああ、無事だ。今頃は気楽に美味い飯でも食ってるだろう」
「おや、英雄殿は空腹ですか?
無理もありませんね。
どうぞこちらへ。おすすめの料理がありますよ」
ダイアンに言われるがままに、ジオは料理の方へと進んでいく。
マリアは珍しいと思いながらも、ジオの後ろについていく。
そんなマリアを、女性が呼び止めた。
「マリア」
それは美しい声だった。
しかし冷たい声だった。
それは美しい女性だった。
しかし人間味のない女性だった。
「これはこれは至宝の君。本日はお招きいただきありがとうございます」
「ここではサニアで構いませんよ。
ええ、ここはそういう場です」
サニアの言葉の真意はマリアにはわからなかったが、相槌を打つ意味で頷いた。
「あなたの働きにはとても満足をしています。
この宴はささやかな褒美です」
マリアはジオのパートナーという体で参加しているが、そもそも彼女もサニアからこの夜会に誘われていた。
十分な実績のない一介の戦士が招待されるのは異例の事であったが、サニアの言葉に異を唱えるものはこの国にはいなかった。
「はい、ありがとうございます」
脳筋ではあるものの守護都市民の中では常識も持ち合わせているマリアが礼儀正しくお礼の言葉を述べ、サニアは満足そうに頷いた。
サニアの表情は、やはりどこか作られたもののように感じられた。
「では、楽しい時間を」
「はい。サニア様も」
用件は済んだと言わんばかりに、サニアは離れていく。
マリアはその背中を見送り、彼女が進む先にスノウと、そしてシャルマー家のホルストがいるのを見つけて、視線を外した。
先ほどの言葉をサニアが私人として振舞える時間と捉えるなら、今は夫婦で過ごせる短く貴重な時間という事だろう。
余計な勘繰りをする事すら恐れ多いと考えたのだ。
サニアに話しかけられたことで、ジオとは離れてしまった。ジオはマリアを気にすることなく、ダイアンに勧められるがままに食事を頬張っていた。
互いに魔力は感じ取れているから、互いの姿を見失っているわけではない。
ただ距離が離れているだけだ。
マリアはため息が出そうになるのをこらえた。
ジオがこんな場所に来るのは初めてのことだ。
まともなエスコートなど期待してはいけない。
もちろん初めてでなくともエスコートなど出来なかっただろう。
だから期待など初めからしていない。
ただそれでも着飾ったドレス姿を褒めて貰える事も無く放っておかれるのは、やはり寂しかった。
そんな事を感じて、マリアはふと疑問に思った。
自分やセージが口煩く言ったくらいで、こんな場所にあのジオがやって来るだろうか。
皇剣は大なり小なり精霊様から影響を受ける。
テロリストの中には、皇剣は精霊の操り人形などというものもいる。
それを真実だとは思わないが、ケイも精霊様の意思を感じ、体が勝手に動くようなことがあったと零したことがあった。
その時は不敬だと、窘めた。
精霊様に体を操られたなどというのは体裁が悪い。
もしも口にするにしても、精霊様に正しい行いに導いて頂いたと言葉にするべきだった。
もしもジオに同じことが起きても、彼が素直に操られるとは思えない。
騎士の名家でよく教育されたケイですらも、精霊様の行いにわずかながらでも不満げな想いが混じるのだ。
生来の自由人であるジオが素直に精霊様に従うとは思えない。
ただそれでも何の影響も受けずにいられるとは限らない。
ささやかな褒美。
楽しい時間。
二つの言葉を思い出して、マリアはうすら寒い気持ちになる。
今日はレースのあしらわれた真っ赤な下着を付けてきた。
帰りが遅くなるかもしれないと言っておいた。
シエスタは頑張ってと言っていた。
泊まってきてもいいと、そう言っていた。
でもそれは、サニアから与えられる褒美であって良いのだろうか。
セージを含め、ブレイドホーム家の子供たちはみんなマリアの恋心を応援してくれているのを感じる。
だが、肝心のジオの気持ちはどうなのだろうか。
冷たい気持ちと悲しい気持ちと寂しい気持ちが胸の中で混ざってぐるぐる回る。
混乱するマリアに声をかけたのは、食事から戻ってきたジオだった。
「どうした。飯は食わないのか」
「え? ええ。あまり食欲が……」
マリアは咄嗟にそう答えた。
「そうか。では、休むか? 俺はもう寝たい」
ドクンと、マリアの心臓が大きく鳴った。
「休む、ですか」
「ああ。ホテルに部屋がある」
そう言われて、マリアは固まった。
きっとそういう意味では無い。
またどうせ何か馬鹿な理由でそんな事を言っている。
そんな疑いと同時に、サニアの言葉も思い出す。
この男が下手糞なりにも誘うなんて、ありえない。
いつだって誘われる側で、ただ拒まないだけだ。
誰が来ても拒まない、誰とだって寝る。
ただ自分から求めることは一度もない。
それがマリアの知るジオだった。
それなのにありえないことが起きている。
それでも良いじゃないかと、マリアの心の黒い部分が囁いている。
マリアは身じろぎ一つできなかった。
「……行くぞ」
顔も体も強張らせて答えないマリアを抱えて、ジオはホテルの部屋に直行した。
部屋では特に何も起きず、マリアは枕を涙で濡らすことになった。




