332話 表彰式・午後の部
色々あったお昼休みとその片づけが終わり、予定よりいくらか遅れて午後の表彰が始まった。
戦士さんたちはハンターさんたちに比べて馬鹿親父に慣れていることもあり、特に怯えることもなく壇上に上がり表彰を受ける。
特に問題もなさそうなので、手持無沙汰な私は病院の先生と簡単なお話しをする。
「そういえば先生、例の件ってどうなりました?
明日か明後日には体は完全に治りそうなんですが、手術室っていつなら空いてますかね?」
「え?」
「明日、明後日では治らないでしょう。
そもそも本当にやるんですか?
被験者の同意も得られていないと聞いていますが」
「えっ、えっ?」
「それはまあおいおい、でも体は問題ないですよ。
肉体的な異常は治し終わりましたし、一晩あれば体力と魔力も戻るでしょう」
「どうやら強がりで言っているわけではないようですね。
これでは、医者の立場がありませんね」
「ははは。そんな事ないですよ。
最初に適切な治療をしていただけたから命が助かり、意識が戻ってからもスムーズに治療が出来たんですから」
私がそう言うと、何故か挙動不審になった姉さんがたまらずといった様子で声を上げた。
「ちょっと、ちょっと待って。
セージは何の話してるの?
手術って何?
それに大怪我したんだからもっと安静にして、休んでないと」
「姉さん落ち着いて。
大した話じゃないよ。
お世話になった人の、大事な人の治療をしようと思ってさ。
そのために力を貸してってお願いしてたんだよ」
私がそう言うと、姉さんは一応の落ち着きを取り戻し、あまりして欲しくない質問をしてくる。
「え、あ、そうなの……。
えと、誰の事?」
「それは秘密」
「なんでよっ」
「他人の体のことだからね。
例えば恥ずかしい所に大きなほくろがあったとして、誰にも知られずにそれを取りたい。
そういう気持ちはわかるでしょ」
治すのは子宮なのだが、あまり人に言っていい話ではないので適当な例えでぼかしておく。
「あ……、うん……。
……ほくろって、とれるの?」
「美容整形の分野になりますが、興味があるのでしたら専門医を紹介しましょうか?」
「姉さんはそのままで可愛いので必要ないです」
私はそう言ってはっきりとお医者様の申し出を断った。
姉さんはちょっとコンプレックス強めだから、はっきり言っておかないと整形にはまってしまうかもしれない。
整形が悪いとは言わないけれど、そういうのはもっと大人になって気持ちや考えが落ち着いてからでいいと思う。
そもそも私が口にした通り、姉さんは可愛いし。
そんな可愛い姉さんは顔を赤くして私の肩を叩いた。
叩いてそれが治したばかりの左の肩だったことに気が付いて、慌てて大丈夫と私を心配した。
可愛い姉さんは忙しい姉さんである。
「……シャルマー家に、少し話をしてみても良いかもしれませんね」
姉さんを宥めてると不意に、真剣な顔でシエスタさんがそんな事を言った。
「……? どういうことですか?」
「いえ、人助けには積極的な家ですから、協力をしてくれるかもしれないと思いまして」
シエスタさんは奥歯にものが挟まったような物言いをした。
姉さんはクラーラさんは立派な人なんだねと尊敬の念を抱きながら頷いている。
そしてシエスタさんはわかりますよね、なんて感情を私に送ってくる。
これはつまり、あれだろうか。
クラーラさんは恥ずかしい所にほくろがあるという事だろうか。
いや、違うな。
私は紳士なので、戦闘中でもなければ女性の体をよく見る事は無かったけれど、機会があれば神の瞳でクラーラさんの体をよく見た方が良いかもしれない。
いや、見た結果が最悪の想像に当てはまるなら、私には何もできないと思うんだけどね。
クライスさんがそうだったように、シエスタさんの心臓を治した私に、それができる可能性を考えていないはずもない。
だからきっとそれは、お家の事情だろう。
でもまあそれも私の勝手な想像か。
……もしも、もしも本当にそうだとしたら、シエスタさんはどうやってそれを知ったんだろう。
クラーラさんとは仲がいいけど、だからと言って教えてもらえるような話じゃないよね。
スノウさんが変態すぎて目立たないけど、シエスタさんの情報収集能力もたいがい変態だよね。
だって私、リーアさんのことは一切教えてないよ。なのに完全にわかってますって顔と感情してるんだもん。
シエスタさんは変態のショタコン。間違いないと思います。
……話を戻そう。
シエスタさんは私の心を読んでも突っ込んでくれそうにない。
「それで、どうです? 守護都市が離れるまでに空いた日があれば助かるんですが」
「私の一存では何とも。
革新的な治験であるため乗り気な人間もいますが、個人的には被験者の同意が得られていない案件を推し進めるのも、気が進みませんね。
まずはそちらに話を通してください」
「……まあ、それが道理ですよね。
いや、もともとは治してくれって頼まれたんですよ。ただ私の負担を考えて止めようって言いだしただけで。
正直なところ、治療法を見るために少しだけ無理をしましたが、治療する際に無理をする必要はないんですよね」
これは本当だ。
リーアさんの過去の子宮を見るために心臓のロックを二つ外して暴走供給を引き起こしたが、治療の際にそれをするつもりはない。
これは決勝戦の時に気づいたのだが、そもそも暴走状態では治療が出来ない。
間一髪で竜角刀を爆散させたすぐ後に、私は左腕を治そうとした。
だがそうしようとしたのと同時に、暴走供給は止まってしまった。
推測することしかできないが、ロックを外していけばいくほど、私に与えられた力は殺すことに偏っていく。
だからそれに反発する治療という行為を試みたせいで、自動的にロックが掛かった。
その仮定が正しいとすると、殺すための力で過去の子宮を見ることが出来たのは謎だが、とりあえず暴走状態で治療が出来ないのは間違いない。
そもそも暴走状態では見えるものも殺すことに偏るせいで認識できなかったが、暴走状態の私はすごく怖いらしい。
それこそ死神を見たような気分になるらしい。
昨日、お見舞いに来た人ほぼ全員が怖くないよってしつこく念押ししてきたので、ようやく気付くことが出来た。
そしてその恐怖は場合によっては人を殺すほどの強さになるようだ。
そういえば決勝戦の時も客席保護の防護結界を壊せば、その場にいる人の3割ぐらいは殺せるからやっちまえなんて命令が、頭の中にガンガン鳴り響いていた。
手術室でそんな力を解放したら、お医者さんも病院内の他の入院患者さんもぶっ倒れるだろう。
いつぞやの時は体の中に魔力を押し込め、クライスさんもいたから周囲への影響を最低限に抑えることが出来た。
だが暴走供給時に魔力行使と抑制を両立することは不可能だ。
私は無差別殺人犯になりたくはない。
ついでに決勝戦で分かった事だが、暴走供給は使うだけで体がダメになる。
最初に使ったときは体の中に力を抑え込んで30秒ぐらいで限界が来た。
二回目に産業都市防衛戦で使った際は、5分近く戦って限界が来た。
決勝戦では、一秒足らずの開放時間で終えたが、どれも同じぐらいに体が傷ついてしまった。
どうやら暴走供給は使うだけで一週間程度のダウンを強制される自爆技のようだ。
……なるべく使わないようにしよう。
いや、そもそも使いたくないんだけど、使わないといけないんだろうなぁ。
さて話を戻すが、一度見たものならば私は完ぺきに記憶できる、なんてことはない。
だが暴走状態で見たものは、ロック解除一段階目――魔力供給状態――の眼で見ることが出来た。
なので手術室ではデス子から魔力供給を受けながら頑張って治療しようと思う。
魔力供給でも周囲に魔力は漏らしてしまうけど、大きいだけでそんなに怖くないから周りの人には頑張って耐えてもらおうと思う。
そんなこんなで他愛のない雑談と今後の予定を話していたら、我らが偉大な兄さんの登場シーンとなりました。
◆◆◆◆◆◆
「セイジェンド・ブレイドホーム代理、アベル・ブレイドホーム。壇上へ」
司会に促され、緊張した面持ちのアベルがゆっくりと壇上へ上がっていく。
観衆と参列者の視線が、全てアベルに集まる。
ブレイドホーム家で年長のアベルだが、大衆の注目を集めるのはほとんどこれが初めてだ。
身内の集まりの中で司会をする時とは比べ物にならないほどのプレッシャーが、アベルを襲う。
しかしセージの代理である以上、情けない所は見せられない。
そんな思いが強い圧力を跳ねのけて胸を張らせた。
一歩一歩を踏みしめながらアベルは至宝の君、サニア・A・スナイクの前に立った。
目の前にいるのはこの国を造り、守り、育む国主精霊の代弁者。
そしてこの国の全てを生贄として、神に至ろうとする暴君の代弁者。
怖くないと言えば、嘘になる。
だがそんな態度を見せてはいけない。
些細な違和感も抱かせてはいけない。
何も知らなかったころと同じ、純粋な敬愛の念だけを抱いてアベルは彼女の前に膝をついた。
サニアのそばに控える侍従が、セージの功績を読み上げる。
その数はこれまで表彰された誰よりも多い。
セージはこの四年間で、最も優れた功績を上げた戦士として表彰される。
皇剣とは別の、四年間でたった一人しか得られない勲章。
〈黄金剣黎天翼章〉を下賜される。
だが考えてみればそれは少しおかしい。
四年前のセージは中級下位。ようやく守護都市でやっていけると判断されたハンター卒業者でしかない。
今のランクも上級下位――皇剣武闘祭準優勝の副賞として上級中位が認められるが、それはこの表彰式が終わった後の話である――である。
並み居る上級の戦士たちを差し置いて最も顕著な功績を上げたとされる理由は、竜討伐への貢献やワイバーン討伐が理由ではない。
それらは大きな手柄として数えられていたが、それだけで選ばれるのならばゴールデンウイングはジオに与えられただろう。
セージがゴールデンウイングを受賞した理由は、こなした仕事量が飛びぬけて多いからだ。
セージはこの四年間、三日に一回の仕事のペースを守り、そして毎回、高い戦果を挙げて帰還していた。
誰もが嫌がるような危険な仕事も、日帰り圏内であれば嫌な顔一つ(アリス以外には)せず請負い、しっかりと結果を出した。
戦士の仕事は命を懸ける仕事だ。
そのストレスはとても大きく、リスクを避けて安全な仕事を選ぶことも、高い報酬を得ればしばらく仕事から離れることもざらだ。
セージはしかし、そうはしなかった。
結果として、質で劣る中級の仕事で上級の戦士たちに勝るほどの戦果を挙げた。
それを不正だと、英雄の息子に箔をつけるために戦績を水増ししていると疑う声も上がっていた。
だが今はそんな声は無い。
もともと守護都市は狭い都市で、ギルドはその中の一組織だ。
同じギルドで働くものからすれば――よほど他人を認めることに難のある柑橘系戦士でもなければ――セージが真面目に働いていることはわかるものである。
戦士の仕事を知らず、そして守護都市の内情を知らない者たちとて、皇剣武闘祭を見れば意見を変えた。
セージの実力は本物だと、特に会場で目の当たりにしたものが、恐怖と共にそう口にした。
長い長い多くの勲章の読み上げの中、アベルは思う。
弟はきっと、死ぬのが怖くない。
心がどこか壊れている。
だから誰もが二の足を踏む危険な仕事に挑めるし、恐怖と緊張に荒んだ心を癒す時間も必要ない。
その事には気づいていた。
だが決勝戦を見て、お見舞いをして、その考えに少し変化があった。
セージは無差別に強烈な殺意を振りまいた。
セージはそういう技だと自覚していないようだった。
昨日の面会でそれに気づいたとき、セージは怖い思いをさせてごめんねと謝った。
その反応に、アベルは恐怖を感じた。
セージは家族から怖がられていることを当たり前のように受け入れて、仕方ないかと言いたげに謝ったのだ。
怖がられたとしても、避けられたとしても仕方ない。
そんな思いが見えてしまったから、怖かった。
もしも自分が逆の立場なら、そんな風には諦められない。
家族が離れていくなんて耐えられない。
だがセージはそうではないと、感じてしまった。
セージに冷酷な部分がある事をアベルは知っている。
それは決して家族に向けられることのないものだと信頼していた。
だが一年前の道場を見て、決勝戦を見て、昨日の様子を見て、そうではないのかもしれないと、アベルは思い始めていた。
あいつはいつか、家族を裏切る。
忘れられない男の言葉が、頭をよぎる。
もしかしたら、本当にそんな日が来るのかもしれない。
その時に自分は、どうするべきだろうか。
答えはずっと前から決まっている。
そのためにも力が欲しい。
そんな日が来ないために。
そんな日が来た時に立派な兄として振舞うために、力が欲しい。
「立ちなさい。セイジェンドの兄、アベル」
決意を胸に抱くアベルに落とされたのは、凛とした厳かな声。
勲章を読み上げていた声とは別の、美しい女性の声だった。
それが誰かなど言うまでもない。
アベルはゆっくりと立ち上がり、サニアと目を合わせる。
「あなたのこともよく聞いています。
息子として、兄として、家をよく守りなさい。
あなたの家族は特別な力を持っています。
そしてあなたは普通の人間です。
だからこそ良識をもって、彼らを正しく導きなさい」
本来ならば受勲者は最も価値の高い勲章を、至宝の君であるサニアの手で首にかけてもらうのだが、アベルはあくまで代理であって受勲者ではない。
だからサニアはそう言って、ゴールドウィングをアベルに手渡した。
アベルははいと答え、恭しく両手でそれを受け取った。




