331話 表彰式・お昼休み
新人戦の表彰が終われば、昼休憩が挟まれる。
これが終われば解散となるハンターや新人戦出場者たちには、バイキング形式の立食が用意された。
ハンターと一括りに言っても、出身都市は七つ――セルビアたちがいるので今回は八つ――に分かれている。
この場への出席を認められているハンターの多くが、守護都市へ上がることを期待されている有望な各都市のエース、あるいは期待の新星である。
もちろん地元の都市を守る中心戦力でもあるので実際に守護都市に上がるのはこの中の半分程度だが、それでも優秀なハンター仲間であることには変わりない。
彼らは食事をとりながら、他都市の仲間たちと大いに語り合った。
ただこの立食パーティーにはサニアをはじめとした皇剣勢、そして午後から表彰を受ける守護都市の戦士たちは参加していない。
そしてハンターたちは彼らが出席する夜会への参加権がごく一部を除いて認められていない。
ある意味で前座のような扱いをされることに不満を持つ者はいるが、彼らはいつか強くなってメインイベントに参加してやると発奮をする。
ただ今回は少しだけ空気が違った。
「おい、なんだよその態度は。
せっかく話しかけてやってんだろうが」
「頼んでない」
荒い声を上げたのは年嵩のいった熟練のハンター(以下、おっさんと略)で、冷たい声を返したのはセルビアだった。
未だに不機嫌なセルビアは、親しげに話しかけてくる多くのハンターたちを、話しかけてくるなと言わんばかりの態度で突き放していた。
尚、カインはせっかくだからと、ミケルと一緒に色んなハンターたちと乾杯(政庁都市法に従いノンアルコール飲料)を繰り返していた。
結果として十歳の女の子が一人で淡々と食事をする絵面が出来上がってしまった。
そんな孤独のセルビアを見かねて、経験豊富なおっさんが声をかけて、冷たくあしらわれて、おっさんはキレたのである。
おっさんの名誉のために言っておくと、最初は紳士的だった。
なぜならおっさんは小さい女の子が好きな紳士だからである。
もちろんおっさんは間違ってもホルストなどという変態紳士の仲間ではない。
あくまで小さい女の子には優しくしてあげるべきだという気構えを持っているだけのおっさんである。
分類としてはグライ教頭の仲間である。
ただ紳士力53万(※誇張表現)のグライ教頭と比べると、おっさんの持つ紳士力はたったの5である。
ごみである。
そんな訳で年上に敬意を払えない生意気な女の子を指導するという正義感を己の中で燃え上がらせて、おっさんはセルビアにキレた。
なおセルビアが恐ろしい男の娘であり、恐ろしい少年の妹であることは頭の中から消えている。
おっさんは紳士力が低いので記憶力も筋肉質なのである。
「年上のいう事はちゃんと聞け。
こういう場所ではみんな仲良くするもんなんだ。
一人で殻に閉じこもってどうする」
「うるさいな、あっち行けよ」
「その態度を検めろと言ってるんだっ。馬鹿にしてるのかっ‼」
おっさんが声を荒げ、ハンターたちの注目が集まる。
そこでカイン達も気づいたが、そこは守護都市っ子のカインである。
「お、喧嘩か。
やっちまえよセルビア」
カインは指笛を鳴らしてはやし立て、ミケルに後頭部を殴られた。
セルビアは任せろとばかりに殴りかかろうとして、騒ぎに気付いて駆け寄ってきたレイニアが体を張って止めた。
「止めっ、止めなさい。守護都市じゃないんだから。
こんなところで軽々しく喧嘩なんてしないで」
◆◆◆◆◆◆
「……元気な妹さんですね」
国立の大きな病院、その中の私の病室にて公開昼食会を視聴中、同席しているお医者さんに話しかけられる。
「いえ、あれは次兄さん――心無い、カインという男が悪いのです。
ほら見てください。
女の子が汚いおっさんにいちゃもんを付けられているのに囃し立てて騒いでいます。
本当に悪い兄ですね」
うんうんと、私は頷いた。
同じ都市内という事で、私のスーパー魔力感知を伸ばせばギリギリ国立闘技場を捉えることが出来る。
そんな訳でイライラしてる妹が喧嘩の原因なのはわかるけれど、小さい女の子にキレるおっさんは大人げないと思うの。
そしてそれを止めようとしない次兄さんは兄失格だと思うの。
ちなみに私は失った腕を再生させたところだ。
昨日の段階でも魔力が使えるようにはなっていたので、治すことはできたのだが、腕の再生には体力を使うので念のため一晩余裕をもって体を休めたのだ。
ちなみに腕はお偉いお医者様が容体を見て治す予定だったという事で、勝手にやったことで感心半分、呆れ半分で異常がないか問診を受ける事になった。
ちなみに妹と馬鹿親父が何かしでかさないか心配なので、後にしてくださいと言ったら怒られた。
しかしまあ私も偉くなったもので、パブリックビューイングに使われている映像転送魔法を病室に回してもらえたので、個室で優雅に表彰式を視聴中なのだ。
これは私が皇剣武闘祭二位となり、大けがを負って表彰式に出れなかったことへの配慮であるらしい。
まあ大怪我で出席できないはずの私が、腕も治してぴんぴんした様子でみんなと一緒にパブリックビューイングに参加したら変に思われるからね。仕方ないね。
ちなみに個室とは言ったけれど、こちらもお偉いさん待遇で与えられた病室なのでかなり広い。
そして個室だけど姉さんと一緒に寝泊まりしているので、厳密には個室ですらない。
姉さんは寝る際、私と自分の腕を縄で縛ってつなぐのだが、何故そんな事をするのか私にはわからない。
きっと甘えたい盛りなのだろう。
この放映視聴には私と問診のお医者さん以外に、姉さんとシエスタさんもいる。
ちなみに兄さんとマリアさんが会場で観戦していて、アリスさんやミルク代表がブレイドホーム家でお客さんの相手をしながら観戦中だ。
さて食事風景を見ながら、私たちも食事中だ。
病院での食事といえば味気ない栄養食を連想するが、ここでもやはりVIP待遇でレストランで出されそうなおしゃれで豪華な料理が運ばれてくる。
さすがにコース料理ではないが、それでも普段食べている私の雑な家庭料理とは比べ物にならないものだ。
ハンバーグにはなんだか良く分からないオレンジ色のソースが掛かっており、大根おろしと醤油では醸し出せないおしゃれ感が発揮されている。
食べた感じ普通のお肉ではなく、何かしらが混ぜられている味がした。良く分からないが普通のハンバーグよりも脂っこさがなく軽い口当たりで、例えるなら豆腐ハンバーグっぽい。たぶん胃に優しいんだと思う。
付け合わせの野菜も奇麗に飾り付けられていて、マッシュポテトをボンと置く私とは繊細さが違う。
スープもバジルを散らして彩りを出しているし、パンも焼き立てで香ばしい香りが漂っている。
ある程度体調が回復したと診断されてからは、食事は毎回こんな感じである。
ご飯の準備もしなくていいし、入院してよかったな。
入院させた親父は許さないけど。
「セージさんは会話が聞こえているんですか?」
送られてくる映像では妹が暴れようとし、レイニアさんが必死で止めていた。
それを見ながらシエスタさんがそんな事を問いかけてきた。
「え? ああ、聞こえているわけではありませんが、何となくは。姉さんもわかるでしょ」
聞こえていないというのは嘘ではないが、会場の人たちの感情が見えているのでシエスタさんたちより多くの情報を得てはいる。
ただそんなチートがなくとも、妹や次兄さんの言っていることや感じていることは見ればわかるのである。
「まあ、カインがセルビア焚きつけてるのや、セルビアが怒ってるのぐらいは。
あ、殴っちゃった」
レイニアさんが抑えきれなくなって――というか、抑えている妹に向かっておっさんが気持ちよく説教しだしたのに腹を立てて、抑えるのを止めた――妹がおっさんの頬をぶん殴った。
殴られたおっさんが吹っ飛ばされて別の人にぶつかり、その人は顔面から料理に頭を突っ込み、おっさんに文句を言う。
おっさんはその人にうるさいと言わんばかりに殴り、殴り返され、近くにあった料理をその人に投げ返し、避けられて全然関係ない人のドレスを汚した。
そしておっさんは妹に蹴り飛ばされ、またまた全然関係ない人にぶつかって、その人の礼服を汚す。
そして始まった、大乱闘●マッシュブラザーズin表彰式。
「え? だ、大丈夫なの、これ」
「上級の人が警備してるから、危なくなったら止めるよ」
彼らからすれば子供の喧嘩でしかないし、客席も盛り上がってるから危なくなるまで止めないだろうけど。
あ、次兄さんが袋叩きに合ってる。
愉快だ。
◆◆◆◆◆◆
「まったく、ゴブリンみたいな子供だなお前は」
おっさんはレイニアが押さえつけるセルビアに向かってそう言った。
内心、いきなり殴りかかってきたセルビアにビビっていたのだが、そう感じてしまったからこそお前なんか怖くないんだよとマウントを取りに行ったのだった。
おっさんの紳士力と大人力はゴミなのだった。
「新人戦でちょっと良い成績とったからって調子に乗るなよ。
世の中にはお前程度の才能の持ち主何ていくらでもいるんだ。
大きな怪我をする前に、女の子なら大人しく愛想の一つでも身に付けろ、ゴブリンガール」
おっさんはそう言った。
レイニアはセルビアを解放した。
おっさんはセルビアに殴られた。
それを見て、カインが笑う。
「はっはー、やっぱこうじゃなきゃな」
「何言ってんだお前」
「ミケルは退屈じゃなかったのかよ。
せっかく似たような実力の戦士が集まったんだ。
ここで誰が一番強いか決めようぜ」
ミケルは馬鹿を見る目で馬鹿を見た。
馬鹿は場の空気に酔っぱらっているようだった。
より正しく言えば、カインは場の空気に酔いたいと思っていた。
酔って暴れて、死に怯えた自分の中の臆病な気持ちを追い出したいと思っていた。
もっと強くなりたいと、そのための機会が欲しいと貪欲に思っていた。
ただそんな内心がミケルにわかるはずもなく、馬鹿には常識的な説教が返される。
「いや、お前は状況を考えろ。みんなが見ている大事な式典なんだぞ」
そう言っている間に、セルビアとおっさんの殴り合いは他の人間も巻き込み、被害が拡大していく。
騒ぎを察し集まったハンターたちは、止めるか傍観するか迷った。
そんな彼らに向けて、テーブルに乗ったカインが高らかに声を上げる。
「おいお前ら。新人最強はこの俺だ。
文句があるやつはかかってこい」
「馬鹿かお前は」
ミケルは文句を言って、カインをテーブルから引きずり降ろそうとして、カインに蹴り飛ばされた。
「……上等だっ、この馬鹿が」
「あんたも始めんのね、ミケル。
……折角だし、私もリベンジさせてもらおうかな」
ミケルとレイニアがカインに拳を向け、それまでは見つからないよう隠れて昼食会に参加していたラークスも陰からカインに蹴りを入れ、反撃の一発でのされ、それらを見たお祭り好きの何人かも加わって、乱闘騒ぎが始まる。
常識的な何人かが警備の騎士に止めてくださいと言い、守護都市在中のその騎士は止めますかと上司に伺いを立てた。
乱闘は一気に広がったので、それを止めるには多くの人間を殴り飛ばすことになる。
そうなればハンターたちの交流会は終わってしまう。
折角、拳で交流を図っているのにそんな事をしていいのか、守護都市在中の騎士は判断を迷ったのだった。
そこには乱闘を始めたのがジオとセージの家族だから、少しくらいけが人が増えても自分の責任が問われることはたぶん無いという勘定もあった。
あと楽しそうだからもう少し見ていたかったというのもあった。
そんなこんなで守護都市上級の騎士から乱闘を止めていいかというおかしな問い合わせがあって、運営委員会は何か理由があるのかと勘ぐってしまいとっさに判断が出せなかった。
そして止めてはいけない理由がまるで分らないから、もしもの事を考えて別室で休憩しているサニアに伺いを立てることにした。
サニアは自分に話を通すぐらいだから、大変なことになっているのだろうと判断し、可及的速やかに暴徒鎮圧を行うため、皇剣に出動を命じた。
命じられたジオとケイとラウドとアリーシアは、声を揃えて言う。
「「「「俺(私)が出よう」」」」
そして四人は睨み合った。
「俺の子供たちの不始末だ。俺が出る」
「ジオは皇剣になったばっかりでしょ。手加減間違えたら危ないからダメ、私に任せて」
「お前も言うほど手加減は上手くないだろう、俺の出番だ」
「力加減は得意でも、配慮のできない男に子供たちの相手は任せられませんね。私が行きましょう」
四人は睨み合った。
「俺が出ると言っている」
「私だってば」
「俺だ」
「私です」
四人は睨み合った。
そうこうしている間にも時間は過ぎて、乱闘騒ぎにはその場にいる全てのハンターが参加していた。
料理やテーブルはもとより、飾り付けられたオブジェなども破壊され、力尽き倒れたハンターが警備を担う騎士の手によって医務室に運ばれていく。
そして危険な攻撃をしようとしたハンターも騎士に気絶させられ、医務室に運ばれていく。
乱闘騒ぎに関わりたくない常識的なハンターも、医務室の方に避難する。
医務室はすぐにいっぱいになって、力尽きたハンターは廊下にも並べられるほどだった。
そんな状況が報告され、それでも揉め続ける皇剣たちにサニアが一喝する。
「全員で行きなさい」
ジオたち四人はその手があったかと顔を見合わせ、乱闘会場に乗り込んだ。
四人の皇剣を目にしたハンターたちは即座に乱闘の手を止めた。
皇剣たちは騒ぎを止めろと警告を発した。
もっとも乱闘はもう止まっていた。
そして続けようとする者は誰もいなかった。
拳を握りこんで意気揚々と現れた四人の皇剣は、ちょっぴり寂しい気持ちになった。
余談ではあるが、この乱闘騒ぎの罰&もろもろの修繕費として、カインとセルビアの武闘祭賞金は没収されることとなった。




