330話 表彰式・午前の部
表彰式は国立闘技場で大々的に執り行われる。
メインは皇剣武闘祭優勝を果たし、新たに国の守護者となったジオの皇剣就任をお披露目するものだが、それ以外の表彰もまとめて執り行われる。
新人戦で入賞と優勝を果たしたセルビアとカインもそうだし、四年間の戦士や騎士の戦績に対する報労と叙勲も行われる。
そのため、表彰式はとても長い。
セルビアやカイン達、新人戦の表彰は外縁都市のハンターや騎士たちの四年間の報労の後に、午前の部の大取として執り行われる。
昼からは守護都市の戦士や騎士たちの報労に移り、そして皇剣武闘祭本大会の表彰で、これが午後の部の大取となる。
朝から始まり、それら全てのスケジュールが終われば夕暮れ時となる。
ただしハンター扱いのセルビアたちが参加するのは午前の部と昼食会までだ。
ただ全ての表彰式が終わった後には夜会が開かれ、彼女たちにはその参加権が与えられている。
しかし夜会は建前上は自由参加となっていて、セルビアたちはすでに出席を辞退していた。
新人戦優勝のカインはもとより、四位入賞のセルビアも本大会の入賞者に比べれば劣るものの、夜会の立派な主賓である。
辞退の際には運営委員会が待ったをかけたが、機嫌の悪いセルビアはそれを突っぱねたし、そんな妹を心配したカインも固辞を貫き、それじゃあ私たちもとパーティーメンバーである二位と三位のミケル&レイニアまでもが夜会を辞退することになった。
運営委員会は頭を抱えたが、無理強いすることも出来ずそれを認めることになった。
だがジオはそうはいかない。
ジオが表彰されるのは夕暮れ近くだが、表彰式の開会の挨拶や、あるいは多くの武勲を上げたものが表彰されている際に皇剣武闘祭優勝者にして精霊様の新たなる剣が参列していないなど許されることではない。
つまりハンターたちの表彰式にも参加しなければならないし、すべてが終わった後の夜会も同様だ。
つまりジオは朝から晩まで、大嫌いな堅苦しい式典に拘束されることになる。
過去に優勝した際は当たり前のように逃げ出していたジオだが、今回はそうはいかないのであった。
なぜならジオは精霊エルアリアと契約しているため、完全に監視下に置かれている。
もちろんエルアリアがうるさく言うだけならば、ジオはわかったわかったと生返事をして逃げ出しただろう。
しかしジオは表彰式の前日、セージの見舞いに行っている。
セージの意識はもっと早い段階から回復していたが、面会や会話が許されるまでに回復したのは昨日の事だった。
セージの体調を考え、面会はごく短い時間だけ許された。
その面会は家族全員で行ったが、面会時間が終わり退出する際にセージはジオを呼び止め、二人だけで話す時間がわずかながらあった。
******
「……思ったより元気そうだな」
呼び止めたセージはしかし、自発的に口を開く事は無くにこにこと笑顔を浮かべてジオを見ていた。
その笑顔に言いようのない居心地の悪さを感じて、ジオはそう口にした。
ベッドで体を起こしているセージは、それこそ天使のような笑顔を被って言葉を返す。
「はい、おかげさまで順調に回復に向かっております。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「……そ、そうか。
治っているなら、よかった」
「はい」
セージはそう言ってにこにこと変わらない笑みを向けた。
ジオは言葉に詰まった。
セージもそれ以上何かを言う事は無かった。
沈黙の時間はジオにとって苦ではない。
どちらかと言えば会話をすることの方が苦手だ。
だがこの時間はひどく息苦しいものだった。
理由は、わかっている。
「そ、そうだ。明日はお前は来れないんだろう」
「ええ、おかげさまで。本調子ではありませんので」
「……その、なんだ。
その言葉遣いはやめないか?」
ジオが恐る恐るそう言うと、セージは頬に手を当て、まあと驚いた様子をわざとらしく見せた。
「とんでもございません。
皇剣様に敬語を使わずにはいられましょうか。
いいえ、いられません。
どうぞお慣れ下さい。
馬鹿親父・マダオ様は――ああ、すいません間違えました。
ジオレイン・ベルーガー様は見事、皇剣武闘祭に優勝されて精霊様に仕える栄誉を頂いたのですから」
「お、おう……。
いや、俺は、悪くないぞ」
「あ゛?」
ジオはびくりと震えて後ずさった。
「お前は皇剣になる気は無かっただろう。俺は悪くない」
「……ふん。
まあ、いいか」
セージがそう言うと浮かべていた笑顔を消して、冷たい眼でジオを見据えた。
その眼を見て黙ってのぞき見をしているエルアリアが震えあがるのを感じ取ったが、ジオはむしろほっと安堵した。
「それで、聞きたかったことは聞けたの?」
「ああ。
お前は知っていたのか」
セージは目を逸らし、ため息をついた。
「さあね。
それで?
それを聞いて、どう思ったの?」
「どう、か。
わからんな。
ただデイトの言葉を思い出した。
あいつは弱いやつが悪いと言っていた。
俺はそうは思わんが、あいつの言いたかったことはわかっている」
そう言ったジオをその眼で見て、セージは鼻を鳴らした。
それはひどく不機嫌で、ふてくされていて、年相応の子供のようであった。
「ふん。
まあ、いいけどね。
明日の表彰式は僕も見てるから、ちゃんと出席しろよ。
精霊様に恥をかかせるなよ。
親父が馬鹿なことするとたいてい僕のところに面倒ごとが転がり込んでくるんだからな」
「ああ、これ以上お前に迷惑はかけん」
ジオがそう言うと、セージは不機嫌な声でジオを叱った。
「そんなことは言ってない。
迷惑はかけてもいいけど、それはそれとしてちゃんとやれって言ってるだけ。
私はそもそもそういう役回りのためにいるんだ。
親父は馬鹿なんだから失敗したっていいさ、失敗から学んでいけばさ。
ただ常識を学べって言ってるんだよ。
偉い人がせっかく開いてくれた式典から逃げるとか、頭おかしいからな。
そこんところを理解しろと言ってるんだ馬鹿め」
「そうか」
「そうだよ」
ジオは頷き、セージも同じように頷いて返した。
ジオの中でやり取りを見守っていたエルアリアは、セージも二回ほど逃げましたよねと思ったが、それを口に出す事は無かった。
******
ジオは堅苦しい式典は嫌いだ。
大嫌いだ。
だから逃げようとした。
だが逃げるとセージが怒るだろうなと思って、カジノに逃げていた。
お金を稼げば許してくれるんじゃないかなと淡い期待もあった。
だがお金は稼げず、ルヴィアから冷たい微笑を向けられ、さすがに諦めがついた。
そんな訳でジオは堅苦しい服に身を包み、メイクをされて、ケイやラウドと肩を並べて特別な席から表彰される者たちを迎えた。
徹夜明けの隈の浮かぶ半眼でしっかりと見据えて、出迎えた。
皇剣武闘祭やその新人戦の表彰はともかく、ハンターや戦士、騎士たちの報労を一人ずつやっていては、丸一日でもとうてい時間が足りない。
なので実際に名を呼ばれ、観衆の前で表彰をされるのは大きな戦果が認められたほんの一握りだけだ。
例えば指定されたエリアの魔物を十分に狩りつくしたものに与えられる〈クリーンエリア〉の勲章。
これを貰えるハンターは多いが、表彰されるのは最も討伐率(実際の殺害数/求められている殺害数)の高いパーティーの代表だけだ。
ただし代表者は大抵の場合、複数の勲章を授与されるため、それらも併せて表彰をされる。
そんなごく一部の選ばれた代表者たちは震える足で壇上に上がっていき、至宝の君たるサニアからメダルと報奨金を授与される。
報奨金は賞状盆に積み上げられた札束で渡される。
複数の勲章をもらったパーティーならば、ハンターでも三つ四つと札束が積まれる。
この様子は皇剣武闘祭と同じく、パブリックビューイングによって国中に放映されている(某天使が壊した放映機材はスタッフが不眠不休で直した)。
表彰されている最低額ですらそれなのだ。午後になって守護都市の戦士たちの番になれば、積まれる札束は桁が最低でも一つは違うし、賞状盆も一つでは到底足りなくなる。
放送映えする多くの見目麗しい役人が、戦士に捧げるために数えられないほどの大金を持って恭しく傅いている。
それは多くの若者たちが、ハンターや戦士に夢を見る瞬間であった。
それは少なくない若者たちが、無謀に命を散らす運命に足を踏み入れる瞬間であった。
ただし今回は少しだけ様子が違っていた。
常ならば栄誉を授かるハンターたちは意気揚々と胸を張ってどや顔でメダルと賞金を受け取る(正確にはお金は持ちきれないのでこの場では受け取らず、持っている役人にそのまま預けて闘技場内にあるギルドの銀行部門で口座に入金してもらう)のだが、今回に限って言えば青い顔をして怯えながらメダルを受け取っていた。
理由は簡単である。
寝不足で不機嫌な男がさっさと終われと睨んでいたからだ。
最強の戦士に睨まれて竦まぬほど、ハンターたちの心臓は強くは無かったのだ。
加えて、皇剣の並び順は序列によって決まっている。
それは皇剣としての実績に基づいたもので、戦士としてはともかく皇剣としては何の実績もないジオは一番の下座で、その隣は四年先輩の血縁上の娘である。
娘はジオの態度とハンターたちの怯えの関連を察していたが、隣とはいえ大衆の眼がある以上、殴るわけにはいかなかった(娘にとって人を窘める時はまず拳を使うのが常識なのであった)。
仕方がないので魔力を放って睨むのをやめろと威圧をするのだが、この娘は若干ながら少しだけ魔力の扱いが不器用なところがある。
つまるところ威圧の魔力をジオだけに向けることが出来ず、わずかながら周囲に漏らしてしまっていた。
それは守護都市の住人ならば意に介するほどのものでは無い。
大きな魔力が漏れたところで、そこに自分への害意がないのであれば脅威には感じない。
街中でしょっちゅう喧嘩が起きるため、守護都市の住民には耐性が出来ているのだ。
だがハンターはそうではない。圧倒的な強者であるケイが怒っているのを感じ取って(※当人としては怒っているつもりはない)、心の底から震え上がっていた。
いつもならば選ばれた受勲者たちは注目を浴びることを喜び時間をかけて席に戻るのだが、今回はそうはならなかった。
怯えた様子のハンターたちはサニアからメダルを受け取るやいなや、そそくさと自分の席に逃げ帰る姿がしばらく続いた。
至宝の君たるサニアはそれに違和感を覚えはしたが、早く終わるのならその方がいいかと自己完結していた。
サニアの仕事は役人が渡してくるメダルを受け取り、それを授与者の首にかけるだけの単純な作業だ。
表彰の読み上げは専門の透き通った美しい声の役人がいるし、サニアが特にやるべき事は無い。
時折気まぐれに声をかけることはあるが、基本的には威厳のある笑みを湛えながら淡々と同じ作業を繰り返すだけだった。
彼女もまた、この式典が早く終わってほしいと思っていた。
そんなこんなでハンターたちの表彰は予定よりも早く終わり、しかし式典は予定された時刻通り進行する必要があるため司会役(※皇剣武闘祭の実況と同一人物。最近増えた白髪は美容室で染めてもらった)が頑張ってマイクパフォーマンスで時間を繋ぎ、午前の部最後の表彰となる皇剣武闘祭新人戦が始まった。
至宝の君であるサニアから直接報労を受けられるのは上位三名までで、四位であったセルビアは司会が名前を読み上げるだけで終わった。
朝から長らく待たされて、名前を呼ばれたときに一礼をするだけ。
そんな扱いのせいか、セルビアの前に立つカインを睨む目には恨みがましいものが込められていた。
そのキツイ視線はカインの先にいるサニアにも届いており、サニアはちょびっとだけ不機嫌になっていた。
サニアは変わらず笑顔を振りまいていたが、勘の良いカインはその内心を察しており、さらにそれが背後で不機嫌になっている妹が原因である事にも気づいていた。
ハンターたちとは別の意味で怯えながら、カインは新人戦優勝を表彰されるのであった。
余談ではあるが、怯えと緊張に身を固くしながらも必死に胸を張ろうとするカインの姿を見て、サニアの機嫌は少しだけ良くなった。




