327話 破滅フラグじゃないですかね
波乱の多かった皇剣武闘祭最終日が終わって、数日が経った。
長くこの国を守ってきたカナンをその手にかけたジオに、非難の声が上がったかと言えば、そんな事は無い。
カナンの年齢がすでに死期を迎えていたことはもちろん、本人が死を望んでいたことも、そのための舞台としてああいった形を選んだことも国民によく知られていた。
ジオはそんなカナンに後継者として認められたのだと、多くの国民から新たな皇剣となる事を望まれた。
そして多分ならないんだろうなと、昔をよく知る人たちはそう思っていた。
ジオは精霊に呼び出され、政庁都市の中心部である政庁特別区域に足を踏み入れていた。
そこは精霊エルアリアのために作られた皇宮庭園だ。
ごく一部の人間しか踏み入ることを許されない特別な場所にやってきて、ジオの態度はしかし普段と変わる事は無かった。
ジオはラウドに先導され庭園の中を歩く。
政庁都市という都会の真ん中でありながら、庭園には豊かな緑が映えていた。
丁寧に管理されたその庭をジオはラウドの後ろをついて歩く。
皇宮庭園はその景観だけでなく、そこで働く者たちも見目麗しい人間が多かった。
下働きの多くが絢爛祭で選ばれた美しい女性で、それ以外の男手なども整った容姿をしていた。
美しい庭園を抜け、小さな宮殿にたどり着く。
「ここから先は一人で行け。
分かっているだろうが、ここで暴れればお前も、お前の家族も処罰を――ああ、お前には端的に言った方が良いか。殺すことになる。
態度には重々気をつけろ」
「ああ、わかっている」
ジオは扉を開き、宮殿の中に入っていく。
深紅のカーペットを歩いて、玉座に座る女の前に立つ。
「ようこそ、ジオレイン。
私が至宝の君と呼ばれる皇剣サニア・A・スナイク。
そして私こそがあなたたちが精霊と呼ぶ国主エルアリアです」
「ああ、知っている」
ジオはそう答えた。
サニア改め、性格ブスことエルアリアは、ちょっと不機嫌になった。
「……そうですか。まあいいでしょう。
それでは早速、あなたの疑問に答えましょうか。アシュレイについてですね。
彼については、どこから話しましょうか。
長くなりますが――」
「いや、いい。
お前の子飼いだったんだろう。
そして俺の力とやらが原因で死んだ。
それで間違いはないな」
エルアリアは絶句した。
そんなエルアリアに、ジオが淡々と語る。
「俺は帝国の魔女とやらの子なのだろう」
「なぜ……。
帝国の、魔族から聞いたのですか。
テロリストが接触したのですか」
「いや、お前から聞いた」
エルアリアは再び絶句した。
しばらく口をパクパクと開閉させ、ジオはそれが収まるのを待った。
「あなたは、何を言っているのですか」
「お前から聞いた」
「私は教えていません」
ジオはゆっくりと首を横に振った。
それ以上の説明をする気は無かった。
正確に言えば、彼には説明するだけの会話力がなかった。
自分をよく知るジオは説明することを諦めて、端的に伝えるべきこと(※ジオ主観)を伝える。
「今のお前は子供たちに手を出すようには見えない。
だが何かおかしな真似をするなら、俺は容赦はしない。
デイトも俺も、殺すことだけは得意だぞ」
「お、脅す気ですか。この私を」
ジオは再び首を横に振った。
「お前を敵に回せばセージがうるさい。
子供たちも困る。
なにより、お前はデイトを救おうとした」
「――っ、私は、失敗をしたわけではありません。
あれは死ぬ運命でした。恨むというのなら、竜などに呪われたあなたの不甲斐なさこそを恨みなさい」
「ああ、そうだな」
「……」
エルアリアは再度、言葉を失った。
ジオはそれをフォローするでもなく、ただ聞きたいことを尋ねる。
「叔父貴を殺した相手はわかっていないのか」
「え、ええ……。
いえ。目星はついています。
一年前にワイバーンを従えた魔族を発見しました。
デイトとセイジェンドが殺害し、その死体を検めましたが、長く暗躍していたテロリストの魔力反応と一致しました。
アシュレイ殺害の現場に残っていた魔力とも。
おそらくは間違いがないでしょう」
「……そうか。さすがだな」
エルアリアが嘘を言っていないと感じ取って、ジオは頷いた。
アシュレイの仇をデイトとセージが討ち取った。それは気分の良い話だった。
「それで、お前の目的は?
俺は何をすればいい。
帝国の魔女を殺せばいいのか」
その問いに、エルアリアは何とか己のペースを取り戻して、居住まいをただして威厳を取り戻そうと頑張った。
「……ふむ。
いいでしょう。
あなたは何やら私の知らないことを知っているようです。
私も胸襟を開き、真実をお教えしましょう。
どこから話したものでしょうか……、そうですね。
私がこの荒野に、いえ、この世界にやって来たのは――」
「短くまとめろ」
「………………………………………………………いいでしょう。
私の願いは――」
******
「――神になること」
アベルとシエスタ、クラーラとアルバートを前にして、スノウは精霊エルアリアの宿願を口にした。
「こんなところに呼びつけておいて、何を言い出すかと思えば。
それがどうした。
こんな密談のような形ですることか」
アルはそう言ってスノウの言葉を一笑に付した。
「することだね。
これを知ったから、ジェイダス家のアンネは、そして君たちの先代は死ぬことになった」
スノウはしかしアルの態度を意に介することもなく、言葉をつづけた。
「母は過労で倒れたんですよ。それを知って、そんな事を言うんですか」
「ああ。過労ではないからね。
先代のハイジア・シャルマーは毒を盛られて死んだ」
「それは、冗談では聞き流せませんね。
我がシャルマー家に対する明確な侮辱です」
目つきの鋭いクラーラに、スノウは聞かん坊を諭すように優しく、しかしはっきりとした口調で言葉を重ねる。
「そう思われても仕方がない。
でも事実だ。
君もその疑いを持ち、叔母君を調べただろう。
でも君は疑う相手を間違えていた。
ハイジアは跡目争いのために謀殺されたんじゃない。
精霊様に従う敬虔な騎士によって誅殺されたんだ。
思い出してほしい。
君のお母さんが倒れて、誰がそれを教えた?
彼女を看取ったのは?
シャルマー家で彼に逆らえる人は、彼を疑う人はいたかい?」
クラーラは言葉を失い、そして次の瞬間には頭に血を上らせてスノウを平手打ちにした。
「カナンまで愚弄するか。
口のきけぬ死者を一方的に貶めるなど、恥を知りなさい」
クラーラの顔は怒りで真っ赤に染まっていた。振りぬいたその手は震えていた。
スノウが口にした言葉は、決して許せぬものだった。
クラーラの後ろに控えるアルも、手を剣にかけ、場合によってはスノウを切り伏せる覚悟を決めていた。
「……事実だ。
信じてほしい。
このタイミングしかないんだ。
君たちに知ってもらうには。
ああ、アルバートが皇剣になれなかったのは、本当に運が良かった。
そして君たちのところには、セージ君がいる。
僕たちはまだ、上手くやれるかもしれない」
「まだ言うかっ」
クラーラの怒気に応えてアルが剣を握り、スノウの護衛であるベルモットも同じく剣を抜く構えを見せる。
一触即発の空気に水を差したのは、同じくこの場に呼ばれていたアベルだった。
「……すいません、クラーラ様。
横から失礼をします」
「――っ、何かしら。
スノウ様の肩を持つというのであれば、私たちは全力でお相手をさせていただきますが」
シャルマー家単体でスナイク家とブレイドホーム家を相手取るのは難しい。
だがカナンの名誉が掛かっているのならば、そんな勘定は関係ない。
名家に生まれ高等教育を受けてきたとはいえ、クラーラも生粋の守護都市っ子だ。
後のことなんざ知った事か全力で暴れてやる、そんな気概を彼女は見せていた。
「いいえ、どうぞ落ち着いてください。
まずはスノウさんの話を聞きたいんです。
なぜ、精霊様が神になることを問題のように仰るのですか。
それは喜ばしい事だと思うのですが」
アベルの言い分は正しい。
精霊様は国主であり、この国の礎だ。
精霊様が神になりたいというのならば、協力するのは当然だと考えていた。
もちろん、スノウがそんな当たり前の考えを知ったうえで言っているのもわかっている。
だからこそスノウが今まで隠していた真実を知りたいと思ったのだ。
「神になるのに、生贄が必要だとしてもかい?」
その言葉に動揺したものはいない。
それぐらいの理由はあるだろうと、心構えが出来ていた。
「百人……いえ、千人以上ですか」
未だ怒りの熱に収まらないクラーラも、それぐらいで済むのならばと為政者としての勘定をする。
テロリストをはじめとした犯罪者を中心にかき集めれば、なんとか実現できるぎりぎりの数だ。
それ以上が望まれているのであれば、その時は薄汚い仕事をすることになるのだろう。
それこそ三文芝居に出てくるような、安っぽい悪党のような真似を。
だがクラーラの言葉はスノウによってはっきりと否定をされることになる。
「いや、全部だ」
「え?」
「全部。全部だよ。
この国をすべてを捧げて、なお足りない。
絶望の魔女が神となった際には、60億の人間が捧げられたらしい。
遠く及ばないよね。
だから精霊様はこの国を耕している。
いつか訪れる収穫の時のためにね」
クラーラ、アルバート、アベル、シエスタ、スノウの手で集められた四人は、こんどこそ絶句した。
「もちろんどれほど栄えたところで、この国に60億の民が暮らせるだけの土地は無い。
でも知っているかい?
人間に魔法は使えないんだ。
本当はね。
人間の楽園と呼ばれる王国では初級魔法も使えない人がほとんどで、実戦レベルで使えるのは聖剣と呼ばれる特殊な武器を持った一部の騎士だけだ。
僕たちが当たり前に使えている魔法は、精霊様の恩恵によるところが大きい。
そうして育てられた僕たち一人一人の命には何人もの、何十人もの価値がある。
上級の戦士ならば千人以上の価値もあるかもしれない。
ジオさんやセージ君のような特別な命なら、一万人分はあるかもしれない。
この国が豊かになるということは、いずれ来る収穫の時に近づくということ。
君たちにはそれを知って欲しかったんだ」
スノウはゆっくりと語った。
「……だから、あなたは本気にならないんですか」
疑いの強い目でアベルはスノウを睨んだ。
いかなる嘘も見抜いてやるという意気込みがこもっていたが、スノウは感情の滲んだ苦笑を返すだけだった。
「本気だよ。現状を維持するためにね。
かつて貴族制度が精霊様の手でつぶされたように、国益を損なうと判断されれば僕たちは排斥される。
だから成果を出しているというアピールは続けていかなければならない。
官憲の腐敗は制御しなければならない」
「私の母は? なぜ殺されたと?」
クラーラはスノウの言葉を信じてはいない。
カナンが母を殺したなどありえない。そんな話を信じる価値は無い。
クラーラが尋ねたのはスノウがなぜ精霊様に不信を抱かせようとしているか、その思惑を探るためでしかない。
「精霊様のもつ国家の主権を人間に移そうとした。
そうすることでよりコントロールしやすくしようとした。
だがそれが人間主義のテロリストに繋がることになってしまった。
彼らもまた帝国の間者が潜む組織だ。
あえなくテロリストとして認定され、立場が立場ゆえに、ひそやかに処刑されることになった」
「信じられませんね。カナンが処刑人などと。皇剣がするべき職ではない」
鼻で笑うクラーラの言葉を、スノウがやんわりと訂正する
「それはそうだろう。そもそも処刑人なんて職は無い。
あくまで精霊様に忠誠を誓う善意の協力者が、その手を汚しているだけなのだから。
カナンだけでなく、ホルストもそうさ。
君たちだって、精霊様からそうせよと命じられれば、よっぽどの理由がなければ従うだろう。
処刑人は言ってしまえば、殺人に抵抗がないだけの、ごく当たり前にこの国に暮らす人たちさ」
「……」
クラーラはなお納得できないといった様子で押し黙った。
「それではジェイダス家は? どのような理由があって、滅びることになったのですか?」
「ジオさんの血を使った人体実験。
何て言うと、表現が悪いけれどね。
ジオさんは精霊様にとっても特別らしい。
アンネはその血を受け継ぐ子供を何人も生ませていた。
いつの日か訪れる収穫の時に備えた、切り札として」
「それは、つまり……」
精霊様を弑逆するつもりだったのかと顔色を悪くさせるシエスタに、スノウはゆっくりと首を横に振ってこたえた。
「彼女にそこまでの覚悟は無かったと思う。
ただそれができる人材を僕たちの側に置くことで、その時が来た際に交渉ができるようにしたかったんだと思う」
それは一応の納得ができる理屈ではあった。
無抵抗に殺されるだけの家畜ではなく、下手に扱えば怪我をする牙を持つのならば、少なくともその牙があるうちは収穫の時は来ないのかもしれないのだから。
「家畜はさ、育ててくれた人間を信頼しているから、何も疑わずに最後の瞬間を迎えるだろう。
でも家畜だって死にたいわけじゃない。
殺されるとわかっていれば抵抗するし、その術を磨く。その時を先送りにしようとする。
僕らがやらなければならないのは、それだよ。
そして僕たちは、精霊様の前では変わらず無知な家畜でなければいけない。
企みごとをしていると勘づかれれば、僕たちは収穫なんて待たずに刈られるだろう。
出来の悪い家畜を早めに潰して、費用と手間を軽くするようにね」
スノウはそこまで言って、肩をすくめた。
「この話を僕は父から聞いた。
直接確認は取っていないけれど、エースも知っている。
他の都市でも、知っているであろう名家がいくつかあるようだけど、確認はしていないな。
怖いからね。
僕が信じられないなら、エースからも話を聞くといい。
だがその時は細心の注意を払ってくれ。
特にアベル、そしてシエスタ。
君たちが殺されれば、ジオが動く。
そしてセージもだ。
彼はある意味ではジオ以上の怪物だ。
彼は話を聞く耳を持っているが、誰に従うこともない。
彼は殺すと決めれば、必ず殺す。
精霊様を失ってはこの国は滅びてしまう。
君たちが殺されるという事は、この国が終わるという事だ。
その事を理解して、行動してくれ」
僕からは以上だと、スノウは締めくくった。
「僕たちはこれから、どうすればいいんですか」
スノウは首を横に振った。
「僕にはわからない。
ただ君たちは知っておかなければならないから教えたんだ。
あるいはセージ君が何かの希望になるかもしれないと、期待はしている。
だが同時に恐れてもいる。
彼は間違いなく、恐ろしいものの遣いだ。
セージ君はこの国を安寧と発展に導いている。
でもそれは決して好ましいと言い切れることではない。
僕は優しくないからね。
不幸な人間はそれなりに多くいてほしい。
幸福な人間が、これからも変わらない日常をつづけるためにもね。
ああ、僕の願いは現状維持だ。
君たちが何を目指していくかは、君たちに任せる。
ただできる事なら、僕からこの話を聞いたという事だけは黙っておいてほしい。
僕は死にたくないからね」
いつもの飄々とした余裕などなく、人生に疲れた男のような顔でスノウは言った。
これが演技ならば、この男は人間の皮をかぶった化け物だろうと、アベルは思った。
そして途方に暮れる。
理想とする優しい国を作ることが出来れば、その時はみんな精霊様に殺されてしまう。
ひどい話だ。
何を目指せばいいのか、アベルはわからなくなってしまった。
「私は、信じますよ。
精霊様ではなく、セージさんを」
迷いなくはっきりと口にしたのは、シエスタだった。
「スノウ。
あなたの言うことが全て真実だとしても、セージさんはそれを変えてくれます。
彼はきっと、そのために生まれてきたのですから。
彼は怪物ではありません。天使です」
微笑みを浮かべて、シエスタは言い切った。
アベルはそれを聞いて、笑った。
どうにもならないかもしれない。
それでもどうにかなるかもしれないと思った。
だから笑って、胸を張った。
「そうだね。
僕たちは優しい国を作る。
邪魔をするなら容赦はしない」
はっきりとそう言われて、スノウは笑った。
「ああ、わかった。
覚悟をしておくよ」
対峙する二人とは対照的に、クラーラの顔色は暗い。
彼女はこれからどうするかを考える段階にはいない。
彼女はスノウの言葉を疑い、同時に真実かもしれないと疑い始めていた。
カナンが母を殺したのかもしれないと、疑い始めていた。
そんな疑いを持つことすら、罪深いと感じながらも。




