323話 その結末に勝者は無く
残酷な表現、理不尽な暴力描写があります。
苦手な方はご注意ください。
刀を交えて、強くなったなと、ジオはそう思った。
セージは道場ではその実力を発揮しきれない。
魔力量や戦闘技術以外の部分に、セージの強みはある。
それは当然知っていたが、それでも一年前にデイトを追い詰めたのには驚かされた。
もしかしたらその時から、こんな日が来るのを待っていたのかもしれない。
セージが気兼ねなく全力を発揮し、本気で自分に勝とうとする日が来るのを。
そのために意地を張って、精霊の誘いを受けたのかもしれない。
まっとうな国民とは違って、ジオに信仰心や忠誠心はない。
だが精霊には借りがある。
呪いを解いてもらったこと、そしてデイトを助けようとしてくれたこと。
その借りを返す意味でも、精霊のために働いてもいいかとは思っている。
そこには偉い人と喧嘩しないでと、耳に胼胝ができるほどに叱られ続けたことも関わっていた。
ジオには精霊の言葉に従う理由があった。
そしてそれに反対するセージを見て、危ういものを感じていた。
いつものごとく理由はわからなかったが、セージを精霊に会わせてはいけないと勘が働いた。
だがそれは勘ではなくて、もしかしたら願望だったのかもしれない。
セージと刀を交えるのは、とても楽しかったから。
目の前にいるのは間違いなくセージ一人だというのに、何人もの熟練したパーティーのような手数と連携で押し込んでくる。
セージの魔力感知に匹敵する知覚〈聖域〉の力を持つジオでも、その立ち回りは盗めない技だった。
だがその楽しい時間ももう終わる。
セージは強かったが、やはりまだ子供だった。
大人になって、体も魔力もジオに追いついたのならば、それこそ勝負はわからなかっただろう。
その事を僅かに寂しく、そして悔しく思う。
ジオはあえて受け身に徹し、セージの技を凌ぎきった。
本当に同格の強者と認めていれば、セージが戦いをコントロールすることを許しはしなかっただろう。
そうしたのはジオの慢心であり、親心であった。
それももう終わりだ。
ジオは全身を切り刻まれながら、同じく切り刻んだセージを蹴り飛ばす。
そこでジオは、嫌な予感を覚えた。
それは小さなものだった。
セージはまだ勝ちを諦めていない。
だから感じているのだと思った。
セージは素直に負けを認める性格ではない。
負けるとわかっていても、賭けに出て最後まで死力を振り絞る性分だ。
セージの性格を知っているからこそ、ジオはあえてセージの隠す最後の罠に踏み込んでいった。
そして、その時が訪れる。
ジオはその瞬間、自分が死ぬことを理解した。
飛んでくる刀はあまりに早い。
それはとっさに反応できなければ避けることも防ぐこともできないものだった。
それは自身を殺しうるものだった。
ただの飛翔剣ならば体を貫かれたところで致命傷にはなりえず、体の中で弾けたとて気合でなんとかする。
だがその刀は、そんな不条理を許さない。
人間は体を貫かれれば死ぬ。
体の中で爆発が起きれば人体はひき肉になる。
そんな当たり前の事実を、当たり前の事実として現すものだった。
このままでは死ぬ。
そうだというのに体は初心な戦士が初めて魔物の殺気を受けたように委縮して、何の反応も見せなかった。
頭の中は真っ白でまるで現実感がなかった。
セージが己に純粋な殺意を向けてくることが、現実のこととして受け止められなかった。
そうしてジオは、焼けるほどの熱と鋭い痛みを全身に味わった。
その衝撃に、ジオは一歩後ずさった。
赤い炎で染まった視界は、すぐに晴れる。
ジオの目に映ったのはセージの顔だった。
怒りと悲しみと絶望と、そして安堵が入り混じった表情。
左腕は弾け飛んで、肩の付け根から大量に血を噴き出している。
おかしな殺意は、もう出していない。
ジオもまた、安堵の息を漏らした。
その顔はセージによく似た表情だった。
そんなジオの顔から、ぽろぽろと刀の破片が落ちる。
ジオはそこでようやく、竜角刀がジオの体を貫くより早く、セージがそれを爆発、四散させたのだと悟った。
そうしなければジオは死んでいた。
そうしなければセージは勝っていた。
それでも、セージはそうした。
ジオを殺さないために、手加減をしたのだ。
十二年前がフラッシュバックする。
あいつは無防備に殴られた。いなくなった。
ジオの感情は、怒りの熱で占められた。
「ちょ――」
セージが何かを言おうとする。
ジオは思い切り踏み込んで、その言葉を待たずにセージの顔面をぶん殴った。
ちなみにセージは、ちょっと待って親父、これは私の勝ちでよくないと言おうとした。
しかし暴走供給どころか通常の魔力供給すら止めざるをえなかったセージが、ジオの速度に対応できるはずもなかった。
ぶん殴られたセージは地面を大きくバウンドした後、ピクピクとヤバイ痙攣を始めた。
繰り返して説明すると、左腕は弾け飛んだままで大量の出血もしている。それを治す余力がセージにはなかったのだ。
割と真面目に命の危機であったが、客席に避難していた審判が即座にジオの勝ちをコールし、救護スタッフがセージのもとへと駆け付けた。
「む」
ジオは殴り飛ばした拳をゆっくり開き、そしてゆっくり握る。
そして天を仰いだ。
闘技場の天井は大きな穴が開いていたので、そこから気持ちのいい日差しが注いでいた。
ジオは後ろめたい気持ちに襲われて、お天道様から顔を背けた。
******
「勝ちました。ジオレイン選手の勝利です。
セイジェンド選手の最後の一撃を気合で吹き飛ばし、その拳で勝利をつかみました。
今回の皇剣武闘祭優勝者は復活の英雄、ジオレイン・ベルーガー選手です」
静まり返る闘技場に実況の声が響き渡る。
逃れられない死の予感に襲われ、誰もがセージを恐れていた。
そんな中でいち早く審判や実況が職務に復帰できたのは、恐怖を感じなかったからでは無い。その恐怖から逃げたくて己の責務に没頭したのだ。
自身のやるべきことだけに専念する。
そうする事で何とか恐怖を振り払うことができた。
「実に素晴らしい試合でしたね、カナン様――」
実況はそう言って解説席を見た。
そこには誰もいなかった。
「――みなさまどうぞ、優勝の栄光をつかんだジオレイン選手拍手をお願いします」
実況のその言葉に、未だ恐怖に縛られていた観客たちも何をすればいいのかを知り、その作業に逃避する。
闘技場内に、雷鳴のような拍手喝采が鳴り響き、そうすることで死の恐怖から本当に解き放たれた観客たちは、喜びとともにジオの勝利を祝った。
何がどうしたのか彼らは理屈を知りはしない。
ただ本能と感情に従ってジオの勝利を、セージの敗北を心から喜んだ。
「それでは至宝の君からの祝辞をいただきたいと思います」
瓦礫の山の中でジオは審判に並んで立ち、実況の言葉を不機嫌な顔で聞いた。
ジオは第一貴賓室を見上げた。
第一貴賓室のガラス壁には反射の魔法がかかっており、中にいる人物の姿は見ることが出来ない。
だがその瞬間、反射の魔法は解けて至宝の君、サニア・A・スナイクがその姿を現した。
ただし上半身だけ。
下半身部分には反射の魔法がかかったままだ。
サニアとは全くこれっぽっちも関係のないことだが、死の恐怖に当てられた観客の、特に一般人の中でも子供や老人、そして男性に比べて尿意が我慢しにくい女性たちは、少なくない割合で粗相をしていた。
それはサニアとは全く関係のないことで、しかし後に清掃に携わる者たちの愚痴が偶然、彼女の耳に入ることになる。
あの日は臭くて汚くて大変だったと。
サニアは清掃に携わった彼らをたいそう労り、下働きのものにも気を配れる優しいお方と評判を上げるのだが、それは全く関係のない話である。
ちなみに観客からは見えないサニアの足元あたりで、何人かがごそごそと拭き掃除をしているのだが、それもやはり関係のない話であった。
「まずは優勝をおめでとうと、言っておきましょう。
あなたにこの言葉を送ることが出来たのは、今回が初めてですね。
実に喜ばしいことです」
「前置きは良い。次はどうすればいい」
サニアを真っ直ぐに見据え、ジオはぶっきらぼうにそう言い放った。
至宝の君に対するその不遜な態度を、観客は素直に受け入れた。
もともとジオがそういう人間だと知っている者は多かったし、そして何より死を導くセージを打倒した彼には――この瞬間においては――精霊やサニアにも匹敵する強い敬意が向けられていた。
ただそんな態度をとられたサニアはそれが許されている空気感も相まって、ちょっぴり不機嫌になっていた。
「皇剣の座は八つ。望む一つを選びなさい。それを許しましょう」
サニアがそう言うと、第二貴賓室のラウドとアリーシアが席を立った。
彼らの手は自身の得物に手がかかっている。
それを闘技場のカメラがとらえており、モニターには彼らと一緒にただ一人座っている皇剣ケイも映し出された。
ケイは空気を読んで立ち上がった。彼女も成長しているのだ。
彼らを見上げて、ジオは何かを言おうとした。
だがそれは一筋の剣閃に遮られた。
迎え撃ったジオの刀と、その剣は火花を散らす。
ジオを襲った老人はクルクルと空を舞って瓦礫の上に降り立った。
「儂じゃよ」
カナンはそう言って笑った。
「……決めるのは、俺じゃなかったのか」
「守護都市の皇剣こそが最強じゃ。
おぬしは避けるつもりか」
カナンの言葉は挑発的だったが、その奥には強い懇願があった。
どうか受け入れてくれと、最後の時間を戦いで迎えさせてくれと、そんな怨念とも感じる願いが潜んでいた。
「いいだろう。
その望み、叶えてやる。
俺もひと暴れしたかった」
かくしてジオは守護都市の皇剣となるべく、カナンとの決闘が決まった。
第一貴賓室のサニアは、なんで今から戦う空気感を出しているのと戸惑っていたが、どうやって止めればいいかわからなかったので流れに身を任せることにした。




