321話 ようやく始まった
ジオが咆哮と共に怒りの魔力を開放し、闘技場にそれを満たす。
それは聖域となって場を支配し、セージを圧する。
セージの魔力量は未だ上級下位。
聖域による能力低下を受け、咆哮まで浴びてしまえばショックで気絶していてもおかしくはない。
ただセージには不死の心がある。
咆哮による心身の委縮は生まれない。
そしてセージには皇剣よりも強力な魔力供給がある。
それは聖域の能力低下を完全に無効化し、その上でワンランク分の能力強化を果たす。
魔力供給は本来の能力を超えた力を発揮する以上、身体にはどうしても負担がかかる。
初手からその力を惜しみなく使う事で、長期戦での勝ち筋は完全に消える。
だがそれは想定済みの事だ。
セージにとってこれは最初から負けて当たり前の勝負。
何度も分の悪い賭けを乗り越えなければ、そもそも勝ち目なんて生まれはしない。
ジオは刀に凶悪な魔力を溜めている。
挨拶代わりに大きいのを一発ぶち込んでくる気だろう。
飛翔剣は爆発し、四散した。
その散った破片は熱風に煽られて闘技場の天井近くまで舞い上がっている。
出来れば多少のダメージを与えてからこの形に持って行きたかったが、仕方がない。
セージはその破片に魔力を通し、ジオに向けて振り下ろす。
千を超える刃の雨が、ジオに向かって殺到する。
「――ほう」
ラウドが感嘆のため息を漏らした。
それはラウドの奥の手の一つと同じものだったからだ。
レイニアのように折れた剣を飛ばすのならともかく、細かく砕けた破片の一つ一つを思い通りに操る事は、実のところ難しい。
飛翔剣を飛ばし、制御するための術式が完全に砕かれているからだ。
破片の全てを一つの塊と認識して飛ばせばそれほど難しくはないが、それでは多角的に攻める事が出来ないし、さらに一塊として斬り飛ばせてしまう。
それでは千の破片、その長所が生かされない。
セージは破片を十程度の集まりで操り、百の剣として四方八方からジオを襲わせた。
ジオは目を閉じ、銀吹雪の中で踊るように刀を振るった。
破片を斬り、刀にそれを纏わせる。
しかしいかにジオと言えど、セージの神の目から完全に逃げ切る事は不可能だった。
全方位から襲って来る破片のいくつかはジオの身体に突き刺さり、その皮膚を破った。
「……チートだ」
「その技は見たことがある」
ぼやいたのはセージだ。
破片はジオの皮膚を破ったが、しかし肉に達することはなかった。
飛翔剣がセージだけのものであったのなら、傷はもっと深かっただろう。
だが所有者の片割れであるジオにはその力を十分に発揮することはなかった。
さらに言えば破片の大多数が刀に阻まれているので、そもそも多少傷が深かろうと有効打とは言えなかった。
治癒魔法を使うまでもなく、筋肉に押し戻されて飛翔剣の破片は体の外に落ちる。
それをジオの刀が掬って、刀身に纏わせた。
全ての破片を纏ったジオの刀は、4メートルを超える巨大な銀塊に形を変えていた。
「さて、覚悟は良いな。セージ」
ジオはその銀塊を大上段に振り上げ、そしてため込んだ魔力と共に思いっきり振り下ろす。
闘魔術〈滅破疾駆〉。
アルバートのその技は、一級の触媒と特級のジオの魔力で凶悪に昇華された。
闘技台を、闘技場を二つに断ち、滅破疾駆は銀に輝いてセージに迫る。
セージの姿はその輝きの中に飲まれた。
セージを飲み込み、しかし滅破疾駆は止まらない。
精霊が慌てて保護結界を強化し、ラウドも飛翔剣をガラスを突き破って飛ばして結界を守ろうとする。
だが滅破疾駆が結界にぶち当たるより早く、ジオが刀を振るってその軌道を変えた。
滅破疾駆は天へと駆け上がり、強化された結界をぶち破り、ついでに闘技場の天井もぶち破って、青空へと消えていった。
ジオはすっきりしたと言いたげに、刀の峰でとんとんと肩を叩いた。
眼が眩むほどの閃光と砂煙が明けて、更地となったそこにセージの姿はない。
ルヴィアをはじめ多くの観客が呼吸を忘れる中、ジオが口を開く。
「さっさと出てこい」
それを受けて更地が盛り上がって、地中からセージが姿を現した。
「危なっかしい技使うなよ、馬鹿親父」
「ちゃんとコントロールしただろう」
ふんと、不機嫌にジオが鼻を鳴らした。
そして実況や解説とは別のマイクから、緊急のアナウンスが放送される。
「えー、えー、大変お騒がせいたします。
客席保護の結界ですが、問題なく稼働しています。
天井部分は客席とは関係ないため、結界が十分に働いていなかった結果です。
みなさまどうぞご安心ください。
ただ観客の皆様の中には心臓の弱いお子さんやご高齢の方もいますので、選手のお二人は十分に留意し、客席に累が及ばないようご配慮下さい」
それはジオの技を間近に迫るのを見て恐慌を起こしかけた観客と、そんな技を使った選手二人に向けた放送だった。尚、観客への説明は嘘である。
もっとも嘘だとわかる人間は少なかったし、また同程度の威力が来る可能性に備えてラウドと精霊が結界強化のためにとっても頑張っているので、説明そのものは嘘でも安全性の担保に偽りはなかった。
また余談ではあるが、闘技場の天井は修繕が難しい箇所なので、その修繕費用はとても高いのだと補足しておく。
「さて、仕切り直しだ」
ジオは右手に刀を下げ、空いた左手でセージを手招きした。
◆◆◆◆◆◆
親父の手招きの理由はわかる。
接近戦でやろうという誘いだ。
飛翔剣は使うことも出来ず、なんちゃって千本桜●厳もほとんど効果が無かった以上、私に親父を遠距離から仕留める技は無い。逆に親父にはそれがある。
だから接近戦でやろうと誘っているのだ。
まあいいさ。
この広さなら、道場よりもやりやすい。
私は上空に向かって魔法を放つ。
デス子にもらったチートで、魔力は使い放題だ。
それを利用しない手はない。
上空に石礫の雲を作り出す。
街中では当然、荒野でも使う機会のなかったケイさんに襲われたときの魔法だ。
目一杯の魔力を込めて、会場全体に石礫の散弾をまき散らす。
三年前よりも洗練され強化したそれは、親父の聖域に阻まれて三年前よりも威力を落とされている。
それでも視界を狭め、意識を削ぎ、魔力場をかき乱すことは十分に出来る。
私が親父に勝る点があるなら、それは仮神の加護以外に他ならない。
親父の聖域も私の魔力感知と同じぐらいに多くのものを見れるようだが、親父がそれを満足に使えるようになったのは呪いが解けた一年前からで、私と違って常用しているわけでもない。
十年これに頼ってきた私に比べて、親父は情報処理能力ではっきりと劣っている。
そこに付け込まない道理はない。
親父が煩わしそうに上空に衝裂斬を放って、魔法を斬り飛ばす。
切り飛ばされるのと同時に、私は同じ魔法を展開する。
「ちっ」
親父が舌打ちして気持ちを切り替え、私に刀を向ける。
威力を抑えられた散弾では親父の防護層を突破できない、目障りではあっても、恐れる必要はないと判断したようだ。
私は右手で刀を持ち、そして左手をポーチに突っ込んで目当てのものを取り出す。
それは皇剣武闘祭出ると決めてから今日まで、毎日少しずつ溜めていたものだ。
鮮度が重要らしく初期に準備した物は実用には耐えられないが、決勝大会が始まってからの四日分は十分親父にも通用する。
そのうちの一本を、親父に向かって投擲する。
それは親父に避けられ、降ってきた散弾にぶち当たってパリンと割れた。
そしてその中身を浴びた散弾は軌道を変えて親父に強襲、その防護層を突破して後頭部を強打した。
衝撃と驚きでわずかに硬直する親父に、私は刀を振るう。
だがそれは飛びのいて躱される。
しかし親父は何をされたかまだ分かっていないようで、散弾を避けながら私から距離をとった。
私はまたポーチから取り出したものを投げる。
散弾の雨の隙間を縫って迫るそれを、親父は切り払った。
切り払われたそれはさっきとは別のもので、市販の呪錬装具。効果は端的に言えば煙幕だ。
予選でやられた閃光斬は親父には通用しないが、この形の目くらましなら煙が吹き飛ばされる0.1秒くらいは効果があるだろう。
このタイミングで二本目のとっておきも投入する。
種を明かせば、これは私の血を溜めたガラス管だ。
魔法は触媒や術具を使う事で強化できる。
私がこれまで使う事が無かったのは、普段の狩りではこの手の道具を使う必要がなく、使わなければいけないような強敵と戦う際はそれらを準備する時間がなかったことが原因であって、使うことに抵抗があるわけではあんまりない。
ちなみに全く関係のない余談だが、煙幕の呪錬装具は使い捨てのくせに市場価格が札束が二つを超えている。
質の低いものはもっと安いのだが、親父に使うことを考えれば一番高いやつでも心もとないくらいなので仕方がなかった。
そして清潔な注射器と真空状態を維持してくれるガラス管は使い捨てではあるものの、十分の一以下のお値段となっている。
買い置きしてある呪錬装具を使い切ったら、私は仕事の前日は血を抜くべきかもしれない。
いや、呪錬装具であれば使わなければ一年近く持つのに対し、血を抜くのは毎回やらなければならない。
コストパフォーマンスを考えればやはり呪錬装具を年に一回買い替える方が正しいだろう。
血はいざとなったら現場で出せばいいわけだし。
……話を試合に戻そう。
私は魔力を隠蔽し、上空へと飛ぶ。
同時に親父に足元へと魔法を細工する。
使う技は〈疾風迅雷〉。
使う魔法は〈アースジャベリン〉、そして〈アースバインド〉。
昔、クライスさんにも使ったトリック技だ。
親父の聖域は上空に逃げた私を捉えている。
だが親父の視野は私ほど広くはない。
上に意識がとられたこの瞬間、下への注意はおろそかになる。
親父は見えているぞと、散弾の雲に隠れる私を真っすぐに睨む。
私は、三本目の血も使う事にする。
状況はコントロールで来ているが、それは親父が待ちの構えをし、そして準備してきた小細工を惜しみなく投入しているからだ。
ここで優勢へと傾けられないなら、じり貧になる。
小細工の種が尽きて真っ向から切り結ぶことになれば、私に勝ち目は無いのだから。




