320話 決勝戦が始まる
「さあ長らく続いた皇剣武闘祭も残るところはこの一戦。
救国の英雄ジオレイン・ベルーガー選手と、その息子にして次代の英雄セイジェンド・ブレイドホーム選手の対決」
実況の声が闘技場にこだまし、観客が沸き立つ。
「ジオレイン選手は、並み居る強敵をその拳で粉砕してきた生ける伝説。
竜殺しの彼にすれば人間相手では剣を抜く気にもなれない。
最強の二文字はこの男のためにある。
優勝の栄光は万夫必倒のその拳が掴むのか」
実況の紹介と沸き立つ歓声を前に、ジオはつまらなそうに鼻を鳴らして腰の刀に手をかけた。
「そしてセイジェンド選手は新たな伝説の紡ぎ手。
助けを求める声があればどこへだって駆けつける救済の天使。
どんな困難だってその二刀で、飛翔剣で切り伏せる。
立ちふさがる父を倒して、最年少優勝記録を大きく更新するのか」
セージはぺこりとお辞儀をして、笑顔を振りまいた。
観客はいっそう興奮し、何人かは鼻血を出してた。ルヴィアは気合で耐えた。
そして闘技台の上で、二人は向かい合う。
ジオの装備は現役時代に使っていたなめし革の戦闘服と、腰に下げた竜角刀〈殺戮日和〉。
セージは普段から使っている仕事着を着込み、腰には未だ無銘の竜角刀が二本と、ポーチがまかれている。
そして16本の多種多様の武器が闘技台に突き刺さり、セージの命令を待っている。
「ラウド如きの技が、俺に通じると思っているのか」
ジオはセージにそう言った。
第二貴賓室ではかなり凶悪な緊迫感が生まれた。
「通じるでしょ。親父如きがラウドさんに敵うはずもないんだから」
セージはジオにそう言った。
第二貴賓室の緊迫感はあっさりと霧散した。
「上等だ。最強が誰か、教えてやる」
「そのフレーズ気に入りすぎじゃない? 使いすぎるとありがたみ無いから気を付けなよ」
「む、そうか?」
「うん。ここぞってとき以外は使わない方が良いと思う」
訳知り顔で頷くセージに、確かにその通りかもしれないとジオが頷いた。
「これは何とも心温まるやり取り。かつてこの皇剣武闘祭でこのようなやり取りがあったでしょうか。いいやありません。
これも親子対決の醍醐味ですね」
「ほっほ。
そうとも言えるし、そうとも言えんともいえるのう。
上手く隠しておるが、緊張感は滲み出ておるよ。
互いに戦意は十分じゃて」
実況の問いに、解説のカナンが答える。
一方の第二貴賓室では、ブレイドホーム家のブースに新たな客が入って来ていた。
「おうおう邪魔するぞい」
「俺もいいか?」
「カグツチさん、それにアルバート様も」
立ち上がり代表して出迎えたのアベルだった。
断る理由もないのでスタッフに椅子を用意させた。
「ああ。ええ、ええ。ワシはここで見る」
カグツチは最前列の席の、一番前の床に腰を下ろした。
「おい邪魔だジジイ、席に着け」
「なんじゃ煩いのう。細かい事を言うな。年寄りは目が悪いんじゃ、一番前に座って何が悪いんじゃ」
前――というか、足元に座られたラウドが苦情を言うが、カグツチは気にすることなく地べたに座り続けた。
「俺はここだ。どけ小僧」
「ふざけんな。シャルマー家に帰れよ。ストーカーかよ」
「皇剣の意見を聞きたいだけだ。新人は後ろで立ってろ」
「あ?」
「は?」
アルはケイの真後ろに当たるカインの席を奪おうとして、一触即発の睨みあいをはじめ、アリーシアに拳骨を落とされて渋々と彼女の後ろに座った。
「……飲み物はどうしましょうか」
「なんでもいい。
……そうだな、水をくれ」
「ワシは酒なら何でもいいぞ。ツマミも持ってこい」
強くて偉い人たちって面倒臭いなとアベルは思ったが、顔にも態度にも表すことはなかった。
闘技台では誰よりも緊張した面持ちの審判が声を発する。
「構えて」
セージは右手で竜角刀を片方抜き、残る一本にも左手をかける。
ジオは竜角刀を抜き、下段に構えた。
「え?」
「うん?」
セージが声を上げ、ジオが首を傾げた。
「いや、おかしいだろ」
「何がだ?」
何かおかしいところがあるかと、ジオは本気で首を傾げた。
その手にはしっかりと抜き身の竜角刀が握られている。
「いやいやいや、何で抜いてるんだよ」
ジオは審判を見た。
「構えろと、言ったよな」
「あ、はい。言いました」
「いや違うから。そうじゃないから。
今まで抜いてないじゃん。
これはあれじゃん。
不殺の誓い的なあれで逆刃刀的なあれじゃん。
つまりあれじゃん。
少なくともギリギリまで追い詰められないと抜かない流れだったじゃん。
なんでいきなり抜いてんの?」
馬鹿なの空気読めないのと、セージはジオを責めた。
ジオは呆気にとられ、もう一度審判を見た。
「そうなのか?」
「ええと、一応、抜いて戦う方が普通ではあります」
審判はセージの言っていることを理解していたし、セージに共感する会場全体の空気も感じ取っていた。
だがそれはそれとして、審判が一方の選手に武器の使用を控えるように促すことは重大な不正行為である。
報酬カットどころか、罰則金や強制軍役が課せられかねないリスクを天秤にかけて、審判は正直な意見を自重して正論を口にした。
「うむ。俺がお前相手に手を抜くはずもないだろう」
「……ちくしょう。融通効かないな馬鹿親父」
セージは地団駄を踏んだ。
オーバーにも見える子供らしい嘆きは、観客からは微笑ましく映る。
その中で、ルヴィアもまたその口元に自然な笑みを浮かべた。
やっぱり仲のいい親子なんだなと、定まっていた心は再び揺れ、ちゃんと試合を見届けようと気持ちに傾いていく。
ただ同時に、真剣をセージだけに向けるのはどうなのという気持ちもあった。
そして子供らしいその振る舞いに、演技めいた違和感も覚えていた。
一方のケイは、幼い子供のように振舞うセージを見ながら唇を尖らせる。
「ねえアル。私はセージに勝てないかもしれないって言ったの、覚えてる?」
「ああ。それがどうした」
「本当に本気が出せれば、私は勝てる。
でもあいつには、これがあるのよ」
ケイは手加減して欲しいなんて思ってないくせにと、不機嫌な思いを押し殺しながら小さく呟いた。
「しかし分かっているんだろうな、馬鹿親父。
僕と戦うという事を。
飛翔剣を相手にするという事を」
「……ふん。お前とは相性のいい技だが、それでも所詮はラウドの技だ。俺には通用しない」
「だから馬鹿だと言うのだ、馬鹿親父め。
飛翔剣という事はつまり爆発するという事だからな」
ジオはそれがどうしたという顔をして、そして次の瞬間、はっとなった。
「お前、人質にするつもりか」
「はっはっは。やっと気づいたか馬鹿親父め。
ここにある全ての武器の生殺与奪の権利は僕の手の中にある。
大事な思い出の武器を失いたくないなら素直に負けを認めるんだな」
「く、くそっ」
ジオは俯き、構えた刀を震わせる。
セージはそんなジオを見下しながら(※比喩表現)、日ごろの恨みを思い知れと高らかに笑った。
それを見ながら審判は、無いわー、これは無いわーと、冷めた目でセージを見ていた。
「ええと、なんという場外戦術。
これも親子ならではですね」
「……何とも言いようがないのう。
しかし本当にこれでジオが負けを認めては暴動じゃな。
ほれジオ、さっさと覚悟を決めんかい」
カナンの発破に応えたわけではないが、ジオは覚悟を決めて顔を上げる。
「糞がっ」
ジオは聖域を発動した。
そしてセージが何かするより早く、全ての飛翔剣を爆散せしめた。
「え?」
轟音と熱風のど真ん中で、セージの呆気にとられた声が掻き消える。
吹き上がった無数の金属片が、きらきらと光を反射しながら雪のように舞っていた。
飛翔剣はセージのためにカグツチが加工したものだったが、元々の所有者はジオだ。
そして武具と所有者を強く結びつける命銘の儀式をジオはやっているが、セージはやっていない。
正しく上書きしていればセージの魔力で飛翔剣を守ることも出来ただろう。
竜を打ち倒すための飛翔剣が、竜の劣化版であるジオの聖域で無力化される。
そこに理由はあったが、その理由はセージの知識の外にあるものだ。
だから呆気にとられたかと言えば、それは違う。
実のところセージとしては、飛翔剣は爆散しても構わなかった。
そもそも飛翔剣はジオがライバル視する、唯一といってもいい相手の得意技だ。
対抗する術は確実に持っていると、セージは踏んでいた。
セージにとって飛翔剣はこの試合の切り札ではなく、ジオに消耗を強いることが出来ればいいと割り切った使い捨ての道具でしかなかった。
ただ全てを失って良いとは思っていなかった。
出来れば三本、最低でも一本は無傷で残しておきたかった。
それはジオを慮ってのことではない。
ジオへの配慮など、莫大な借金の前ではゴミ以下の価値しかない。
つまりセージの真の目的は借金返済の足しにする所にあったのだ。
そもそもが価値の高い名工カグツチの作品であり、さらにかつて英雄であるジオが使い、そのジオを打ち倒すためにセージがこの皇剣武闘祭で使った飛翔剣。
オークションにかければ日本円換算で二けた億円になると見込んでいた。
何しろ今は国中の偉い人や金持ちが集まる精霊感謝祭の真っただ中なのだ。
想像もできないようなお金持ちが集まるオークションだって開催されているのだ。
そしてそのオークションで高値の落札を望むなら、希少価値を上げるためにも三本以下に爆散しておく方が好ましい。
ジオが悔しがり泣いて許しを請うのを眺めながら、セージは一つずつ爆発させていくつもりだった。
上手くいけば借金残額を大幅に減らし、100億円(日本円換算)を切る事も期待できたのだ。
お腹の中に溜まったストレスだって、だいぶん減らせるはずだったのだ。
そんな夢が、他ならぬ借金を告げる神子の手によって爆散させられた。
セージの心は悲しみと絶望で染まった。
だが彼もまた、不死の心を持つ神子。
光の差さない暗闇のどん底にその心を叩き落とされても、火の鳥のように甦って涙目で悪あがきをするのだ。
「審判さん。あの馬鹿、試合開始前に対戦相手の武器を壊しました。
これは反則負けですよね」
「いや、元々ジオ様のだから。ふざけるやつが悪いから」
審判は冷たかった。
「ちょっとした余興もありましたが、そろそろ時間も良いようです」
「そうじゃな。予定時間は大分過ぎておるのう」
実況と解説がそんな事を言って、セージがちょっと待ってと慌てふためいた様子を見せる。
そんなセージに、ジオが地の底から響くような怨念のこもった声をかける。
「セージ」
「え?」
「俺の怒りと悲しみを思い知れ」
ジオの魔力は体内に押しとどめられており、周囲には一切漏れていない。魔力の影響は漏れていない。
だがそれは誰の目にも明らかな、破裂寸前の爆発物だった。
審判は闘技台の一番端っこまで退避した。
「ちょ、え?」
「開始は、まだか?」
ぎろりと睨まれて、審判が実況席に向かって、身振り手振りで早くしてと急かした。
「そ、それでは泣いても笑ってもこれが最後の大一番。
皆様お目を放さずこの世紀の一戦を見届けてください」
「始め」
実況の言葉が終わると同時に、審判が試合開始を告げる。
そして審判は闘技台からも退避して、副審たちと同じように闘技場内の端――客席保護の結界ギリギリまで距離をとった。
「よし、親父。
話し合おう」
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおっ‼」
皇剣武闘祭決勝戦はセージの爽やかな笑顔と、ジオの咆哮と、そして暴力的な魔力の嵐から始まった。
その頃のブレイドホーム家~~パブリックビューイング鑑賞中~~
ミルク(オークションに目玉商品を出品するといって予約をとったが、品物を出せなかったら違約金を払わないといけないんだが……)
アリス「どうかしたの、ミルク?」
ミルク「アリス、エルフの秘宝の一つか二つ、都合できるか。ちょっと売りに出したいんだが」
アリス「ふざけんな」




