315話 お昼休憩
順位決定戦も順調にスケジュールが消化され、五位決定戦を前にお昼休憩が挟まれる。
試合間のインターバルがあるため、観客のためにそういった時間をとる必要は無いのだが、試合を何度も続けると闘技台や客席を保護する結界のメンテナンスに十分な時間をかける必要が出てくるのだった。
「ただいま。ご飯これからだよね。一緒に食べよう」
ケイが無自覚に当然のような顔で第二貴賓室のブレイドホーム家のブースに戻って、そう言った。
「ああ」
そう答えたのはジオだった。
試合は一番間近な選手入場口で見ていたが、食事は家族ととりたかったのでこの時間はこちらに顔を出していた。
「セージは? まだ来てないの?」
「ああ」
「……それなのに食事をとるんですね」
ジオが答え、強制仮眠から復活して来ていた――シャワーを浴び、ドレスアップも済ませている――シエスタが噛みつく。
「……ああ。
待て、あいつが帰ってきてないのは俺のせいじゃないぞ」
さすがに後ろめたさは感じているので、ジオの返しもだいぶん情けないものになっていた。
「ええ、ええ、そうでしょうね。何も感じていないんでしょうね」
「それくらいにしなさい、シエスタ。さすがにしつこい。
セージはセージで体調を万全にして決勝戦に備えていますよ。間違いなくね」
マリアが諭しながら、それとなく周囲に目線を送るのを察して、シエスタは恥ずかしそうに咳払いをした。
「ええ、そうですね。私もそれは心配していません」
取り繕ってそう言った婚約者の背中をさすって、アベルが宥めた。
「それで、飯はどうするんだよ。ここで食うのか?」
煩わしそうにカインがそう言った。別にいちゃついている兄と恋人に不機嫌になったわけではない。
昨日までは食事を運んでもらっていたが、今日は何だか周囲の視線がやけに強かった。
注目されているのは変わっていないのだが、遠巻きに見ているだけだったこれまでとは違って、機会があれば踏み込んでくるような、殺気じみた気配をカインは感じ取っていた。
「そうだね。食堂も同じだろうし、そうしよう。
持って来てもらえるかな。メニューはおすすめのものでいいでしょ」
アベルがそう言って、ブース内の全員を見渡す。
当たり前の顔で座っているアリーシアやラウドも頷き、アベルは給仕のスタッフに声をかけた。
「畏まりました。セイジェンド様の分は用意しなくてよろしいのでしょうか」
「ええ。必要なら後で声をかけます」
「そうですか。
いつごろお戻りになられるか教えていただければ、それに合わせて準備させて頂きますが」
「必要ありません。どうぞ、お気遣いなく」
「はい。それではしばしお待ちください」
恭しく礼をする給仕スタッフを見送り、マギーが声をかける。
「冷たくない? せっかく気を遣ってくれたのに」
「そうだね。ごめんね」
「いや、私に謝らなくてもいいんだけど」
笑顔を浮かべてはぐらかすアベルに、まあいいかと納得して、マギーはそれ以上は追及しなかった。
その代わりに、気になっていた事をケイに聞く。
「それでケイ、アルバートさんの様子はどうだったの?」
「え?」
ケイは声を上ずらせた。
それにアリーシアとカインが耳を大きくして反応し、マリアの口元が非常にいやらしいものになった。
「え、いや、別に普通だよ。元気だった。ああでも試合できないかもって知って、落ち込んでたけど」
「余計な事を教えたのですか?
それを聞けばモチベーションが下がることくらいわからなかったのですか?
この後にもしライムが出てくれば、あの子は乱れた精神状態で戦う事になるんですよ」
気持ちよく上から目線で説教をするアリーシアに、ケイは素直に恐縮して頭を下げる。
「ふん。その程度で気持ちが乱れるのなら、その程度の戦士という事だ」
「は?」
「あの小僧なら問題ないだろう」
「あ゛?」
ラウドとジオに、アリーシアはそれぞれ睨みつけるような相槌を打つ。
「……血の気が多い姑ですね。
しかしラウド、ライムは本当に出てくるのですか? 昨日の怪我だけを考えても、今日の試合は辞退してもおかしくはありませんが」
足と腕を失い、それを無理矢理魔法で治した。
常識的に考えるのならば、それを完治させるには一ヶ月以上の時間と、幻痛に耐えながらのリハビリが必要となる。
上級の戦士である彼ならばもっと早い段階で復帰できるだろうが、それでも一晩では最低限戦えるコンディションに持っていくことも難しい。
さらにそれとは別に、ライムには皇剣武闘祭を汚したという嫌疑がかけられている。
それは疑いではなく事実であるが、その証明はまだできていない。
被害者であるセージはスナイク家への配慮で毒を飲んだことを明言していないし、医者にかかる事も避けたため具体的な証拠もない。
シエスタやエースは立証のために手を尽くしているが、それが果たされることは極めて難しいだろう。
だが証明されなくとも事実をスナイク家は知っているし、彼らが独自に制裁を科す可能性は十分にあった。
その際は御前試合を汚し、その上さらに試合でも無様に敗北したライムは、はっきりと目に見える形で処罰されるだろう。
そう考えたからこそ、マリアはラウドにそう尋ねた。
逃げられたんじゃないのかと、含みを持たせて。
「さあな。俺は知らん。ただ姿を見せれば報いは受けさせる。それは約束しよう」
ラウドは静かにそう言った。彼もまたライムの行いには思うところがあった。
マリアはそれを見て、そうか逃げられたのか。このホモはやはりだめだなと、思った。
しかし人目もあるので頷くだけにとどめておいた。
「……何かおかしなことを考えていないか」
「気のせいでしょう。食事が来たようですね。
それでお嬢様、先ほどはなぜ顔を赤くしたのですか?
もしやアルとエッチなワンタッチでもあったのですか?」
「ないわよそんな――あ」
ケイはその時、アルのシックスな腹筋パックを思い出した。
ほほうと、マリアは目をきらりと光らせた。
「ケイ、貴方は控室で何をしたっていうの。息子に、そんな、力ずくでっ」
「ちょ、おかしいっ。アリーシャの発想はおかしいから。
ただ部屋に入ったらあいつが裸だったから」
「は? 何やってんだよお前。子供がいるとか言ってたけど、まさかお前っ⁉」
「ぶっ、カインそれここで言うっ⁉」
「なるほど。ムラムラしてやったと」
「マリアは黙って」
「む、ムラムラしたのか」
「おっさんも乗っかるな」
「そういう事もあるだろう」
「ジオっ、あんたには期待してなかったけどややこしい言い方するな」
「……ねえマギー」
「何、セルビア?」
「保健体育の話?」
「ちょっと私には分からないな。アベルに聞いて」
「遊ばれてるだけだよ。あっちは放っておいて、ご飯にしよう」
「ちょっと、ひどい。助けてよ」
「ケイ。正直に答えなさい。息子が落ち込んでいるところに付け込んで――はっ、元気だったって。そういう事なの⁉」
「どういうことよっ⁉」
※※※しばらくお待ちください※※※
上流階級とは思えない騒がしい会話が落ち着いて、食事が始まる。
何度も同じ説明をして疲労困憊になったケイに、アリーシアは鷹のように鋭い目を向ける。
「だから何もしてないってば。アルが汗を流してて上半身裸で、そこに私が入ったからあわてて服を着たの。それだけ。
後は試合の事とか、それぐらいしか話してないってば」
「本当でしょうね。結婚前からいかがわしい事をするのは絶対に認めませんからね」
「そもそも結婚しないだろ。負けてんだから」
アリーシアに向かってそう言ったのはカインだった。
うんうんと、ようやく現れた味方にケイは嬉しそうに追従する。
そもそもケイからすれば結婚も出産も、そのための過程もまだまだ先の話なのだ。
そんな事でネチネチいびられるのはどうしたって気分が悪い。
「……次は勝ちますよ。ええ、相手がジオであろうと、セージ君であろうと」
アリーシアのセージ君という言葉に何人かが引っかかるものを覚えて、その中でもシエスタは新規入会者用の申込用紙を持ってきていたかを思案した。
ただそんな事は気にしない脳筋のカインは、真っすぐにアリーシアに食って掛かった。
「あの二人が相手するまでもねえよ。四年後は俺が倒す」
「……ほう」
真っすぐなカインの目を正面から受け止め、アリーシアは黒い炎を燃やす。
二股は許せんと。
アリーシアはちょびっとだけ思い込みが強いのだ。
「キープ如きに負ける息子ではないが、いいでしょう。前座代わりに相手をしてあげます。せいぜい予選落ちしないよう腕を磨くのですね」
キープってなんだとケイだけが首をひねった。
ちなみにアリーシアの中でアルがケイの本命なのは確定事項だった。アリーシアはちょびっとだけ親バカなのだ。
そしてこの場には国中の偉い人たちがいて、この場はいろんな理由で注目を集めていた。
そんな訳でケイとアルの当人たちがまるで知らないうちに、カインを交えた三角関係が周知されることとなった。
和やかとは言えない食事が進み、話題はセージの事へと移っていく。
「それでセージは何してるの? 山賊を退治したっていうのは聞いたけど、昨日の夜って話だったよね。
もう戻って来ててもおかしくないんじゃないの?」
シエスタが朝に聞いた報告は既に軍上層部には上がっているし、出場してもらえないと困る武闘祭運営委員会の耳にも入っている。
特に隠し立てすることでもないのでその話は拡散しており、セージが決勝戦に出場することを危ぶんでいる人間はほとんどいない。
しかし軍とも別行動をとっているとのことで、セージが今どこで何をしているか詳しい事を知っているものはいない。
「僕たちも知らないよ。セージの事だから決勝に備えて準備をしてるか……案外、何か面倒事に巻き込まれて、ぶつくさ言いながら人助けしてるのかもね」
アベルは何でもないことのようにそう言って、ケイもそっかと相槌を打つ。
この会話は伝言ゲームのように何人かを跨いでささやかれた結果、セージは体調を整えようとしているところに面倒事を押し付けられて、泣く泣く働かされていると話の中身が変わってしまった。
そしてそれは離れたブースの偉い家の美女の耳に入ってしまうのだが、そんな事をこの二人が知る由もなかった。




