314話 順位決定戦
皇剣武闘祭の最終日に行われるのは決勝戦だけではない。
敗退した者たちの順位決定戦が、前座として執り行われている。
前座と言っても二位から四位までには決勝大会のシード権が与えられるし、五位から九位までには最終予選大会のシード権(こちらは試合数が少なくなるもの)が与えられる。
さらに順位に応じた賞金も貰えるし、なにより名誉もかかっている。
一回戦敗退者の中で勝ち進み、九位を競うションセ・マケーとニア・オーバックの試合は、主にその名誉を賭けた試合となった。
実況から軽く扱われ、それに相応しいとばかりに一撃で敗れたションセ。
未だ評価が定まらない頃のセージに敗れた上に、それが当たり前だと同門の皇剣に酷評されたニア。
大会を通じてジオとセージが高く評価されたことで、二人の名誉は幾分持ち直しはしたものの、それでも刷り込まれた印象というものは簡単にはぬぐえない。
九位決定戦まで勝ち上がってきたのに、そもそも順位決定戦に興味を持っていない観客も多い事から、二人は弱いのに勝ち上がれたなんてすごいねという、ひどく微妙な評価を受けていた。
二人はそれを肌で感じとっていた。
「さて九位決定戦は奇しくも初戦で決勝進出者に当たってしまった憐れなこの二人。
実力は十分とされながらも初戦で敗北を喫してしまったのはあくまで相手が悪かっただけの事。
ここまで勝ち上がってきたのはその証明。
英雄に敗れたションセ選手、天使に敗れたニア選手。
決勝戦の前哨戦ともいえるこのカード。
勝利を手にするのは一体どちらなのでしょうか」
実況の煽りを受けながら、闘技台に立つ二人はにらみ合う。
「仕えている名家のためにもシード権は持って帰りたいんだろうがな。俺にも戦士のプライドがある」
「私には騎士のプライドがありますよ。それに、私が勝っておけばセージさんの景気づけにもなりそうですからね」
ションセの意気込みに隠れショタコンのニアが返す。
順位決定戦はそれなりに盛り上がっていた。
******
選手控室で、アルバートは映像で試合を見ていた。
戦士と騎士の試合は一進一退で、基本的な実力は同程度のように見えた。
だが対人戦の基本を収めているニアの方がわずかに優勢に見える。
昔のアルならば、ニアを卑怯だと感じたかもしれない。
マージネル家の騎士が高い対人戦スキルを持っているのは、つまるところギルドの戦士や征伐騎士に比べて人を相手にすることが多く、言い換えれば魔物を相手取る事が少ないからだ。
「馬鹿な事だ。どんな立場でも、そいつの強さはそいつのものだ」
ジオと直接戦ってみて、よくわかった。
あの男には皇剣のような特別な何かがある。
それはケイに感じたものに似ているし、それはセージに対しても感じていた。
一年前にセージと共にデイトと戦った時、何度も死を覚悟して、それをセージの援護が覆した。
欲しいと思ったところに助けが入る。
不味いと思ったところに助けが入る。
若くとも多くの戦歴を持つアルにしても、あれほどに完璧な援護は受けた事が無かった。
セージの事はケイを負かした少年だという事で意識はしていた。
事実は違ったが、ジオの実子であると噂されていた事も合わさって敵意を抱いていた。だがその時に感じた尊敬は、全力で挑んでも勝てないかもしれない好敵手として認めるに十分なものだった。
それは母アリーシアと対等以上に戦う姿を見て確信に至った。
彼らは特別な力を持っていて、アルにはそれが無い。
だがそれを卑怯などとは思わない。
そんな事は関係ない。
特別なものではなくとも、シャルマー家の天才である己に才能が無いなどとは思っていない。
だから持てるものを鍛え上げる。
それだけの話だ。
そしてそれは映像の中で戦う二人にとっても同じだろう。
置かれている環境など関係ない。
戦いになるまでに鍛えてきたものが自分の全てで、それをぶつける事だけが全てなのだ。
「楽しそうだ」
アルはそう言った。
そして昨日の戦いを思い出す。
戦いとも言えないような一方的な敗北で、それは間違いなく屈辱なのだが、全力を振るえたことは間違いない。
それはとても楽しい事だった。
今日の試合も、そうなるだろうか。
なればいいと、そう思う。
試合まで時間はあるというのに、アルは気持ちが逸って仕方がなかった。
仕方がないので、準備運動がてら軽く体を動かすことにする。
身体活性を意識的に全てカットして、体への負荷を上げる。
ニアの勝利で試合が終わるころにはそれなりに汗をかき、控室には換気扇では除ききれなかった熱気がこもり始めた。
そんな控室にノックが響き、扉越しにスタッフから声がかけられる。
「失礼します、セル様。
お客様がお見えになっています」
客とは誰だろうとアルは考える。
当主のクラーラはロビー活動のため第二貴賓室から離れられないし、師であるカナンは解説席で仕事をしている声が聞こえる。
だから客と聞いて、アルは比較的自由に動ける母や次期当主のピーター・シャームの顔を思い浮かべた。
ピーターは昨日の試合にケチを付けてくるんだろうな、そんな事を思った。
「入っていい」
アルはそう言って、自分が汗をかいていること、そして試合着が汚れることを厭って上半身裸にスパッツという半裸になっていることに考えを及ばせたが、相手は母と甥っ子のようなものなので良いかと思った。
ガチャリと、ドアが開いて現れた少女は、ケイ・マージネルだった。
「失礼しま――あ」
ケイは声を上げて固まった。
ケイは軍属という事で性の分別を付ける余裕のない環境に置かれることも多く、異性の裸を目にした経験はあるし、その逆もある。
騎士としてのケイは裸を見られて恥じらいを持つこともなければ、男性の裸を見て目のやり場に困ることもない。
だが心構えをしていない素の状態で男の裸体を目にすれば戸惑ってしまうし、その動揺ははっきりアルに伝わった。
アルは高速で服を着て、戸棚に合った消臭スプレーを部屋に撒いた。
その際に脛をぶつけたが、そんな事は何も問題ではなかった。
「あ、ご、ごめんね。変なタイミングで来て。準備運動中だったんだね」
「いや、ただの暇つぶしだ。気にするな」
アルは控室の中を見渡し、とりあえず椅子をすすめた。
「どうも」
ケイはその椅子に座り、アルは冷蔵庫から飲み物を取り出す。
「こんなものしかないが」
アルが出したのはスポーツドリンクだった。ここの冷蔵庫には本当にこれしかなかった。
ごちゃごちゃした長い名前の洒落た紅茶でも置いておけばよかったとアルは後悔していたが、それは顔にも態度にも出さなかった。
「あ、お構いなく……いや、本当に。
アルも座りなよ」
「あ、ああ」
アルもケイの対面に座った。
「……」
「……」
二人が沈黙する中、ケイを案内したスタッフはそっと扉を閉めて去っていった。スタッフの口元はにんまりとした形になっていた。
「そ、その、昨日は惜しかったね」
「あ、ああ。すまん、負けた」
「いいよ。良い試合だったもん」
アルは苦笑した。
どう考えても良い試合とは言えないと思ったからだ。
それでもケイが本心からそう言っていると思えたから、反発する気持ちは生まれなかった。もしも皮肉で言われたとしても反発なんてしなかっただろうが。
「ありがとう。
……なにか、用があったのか?」
「ああ、いや、別に。
どうしてるかなって。
……その、落ち込んではいないみたいだね」
いつもはっきりと自分の意見を口にするケイが、珍しく言い辛そうにそう問いかけてきた。
それを可愛いと思いながら、アルは答えを返す。
「そんな暇はないからな。
昨日の試合で、少しは強くなれた。
俺はもっと強くなれる。
ああ、落ち込んでいる暇なんてない」
「そっか。アルは強いね」
優しい笑顔でそう言われて、アルはふんと、照れ隠しに鼻を鳴らした。
「当然だ。ライムには勝つぞ。絶対にだ」
「わかったわかった。ああでも、ライムも昨日から姿が見えないみたいだね」
「は?」
「あれ? 聞いてない?
セージに毒を盛ったって噂が広まってるから、それの聞き取り調査が行われるはずだったんだけど、昨日の試合の後に医務室から消えたんだって」
ケイにそう言われ、アルは呆気にとられた。
「スノウさんもどこに行ったか知らないっていうし、試合開始までに出てこないかもって……」
「お、俺の試合は……?」
「……えっと、不戦勝になるんじゃない?」
強くなりたいという気持ちと、今度こそ良いところを見せたいという気持ちの行き場が失われて、アルはがっくりと項垂れた。
ちなみにアルが対戦相手のスキャンダルを知らなかったのは、こうなってしまう事を恐れたシャルマー家の配慮だったのだが、二人には知る由もない事だった。
******
順位決定戦が順調に進む中、第二貴賓室には緊張感が漂っていた
この場にいるのは国中の重鎮であり、多くの情報に触れることのできる立場の者たちだ。
耳の早いものはすでにセージの不在を掴んでおり、その中でも一部のものは名工カグツチの救援と山賊討伐をなしたことまで聞き及んでいた。
毒を盛られたことと言い、このタイミングでの山賊討伐はいくらなんでも物語性が強すぎると、セイジェンドという不世出の皇剣誕生を彩るための自演ではないかと、疑いの目も生まれた。
だがやはり高い立場にある彼らは情報の価値をよく知っていた。
彼らが手に入れられる情報の中に、演出的な嘘はなかった。
つまり真実セイジェンドは毒を盛られたうえで優勝候補に圧勝し、決勝戦を控え毒と疲労が残る身体で夜間の山賊討伐と名工救出を成し遂げたのだと、そう判断した。
数ある名家の一つであるエルシール家も、そう判断した。
「まったく、出来た天使だな。行くのならば英雄殿が行けばよかった、そうは思わんかね」
「……ええ、そうね。
ですが英雄様には英雄様のお考えがあっての事でしょう。
事情を知らぬ私たちが口を挟むべきではないのでは」
ダイアンに掛けられた言葉に、ルヴィアは笑みを浮かべて返す。
何も知らないものからすれば当主の言い過ぎた発言を娘が窘めただけだが、ルヴィアがひどく怒っていることをエルシール家の家族たちは気付いていた。
「どうしたの、叔母様」
「どうって、何がかしら」
「え……いえ、なんでもありません」
ルヴィアは笑顔で姪のエメラに返した。
声音も笑みもいつもと変わらないのに、それはとても冷たく、迫力のあるものに感じられて、エメラは言葉を濁して目を逸らした。
よく知っているはずの叔母が、得体のしれない化け物のように感じられた。
「おかしな子ね」
「……ルヴィア」
見かねたダイアンが諭そうとするが、ルヴィアはそれを聞こうともせずに給仕のスタッフに流し目を送った。
「何でしょうか」
その男性スタッフがすぐさま反応したのは、彼が職務熱心という理由だけではない。
表情や態度は取り繕っているものの、彼がルヴィアに気に入られようと下心を持っているのがエルシール家の者たちには透けて見えていた。
「お父様も気にしているようなのだけど、天使の噂は本当なのかしら。あなたは何か知っている?」
「いえ、それは――」
簡単に答えられることではない。相手の家も名家に準ずる格を持ち、武力に関してはその中でも群を抜いている。
いい加減な事を言えばその身にどんな災いが降りかかるかわかったものではない。
「そう、ならいいわ。
邪魔をしたわね」
ルヴィアはそう言うと給仕の男から関心を失い、闘技台に視線を戻す。
その様子を見ていた他の給仕スタッフ――いや、スタッフに限らず、ルヴィアに見とれていた多くの男女がそわそわと落ち着かない様子を見せだした。
彼女が望んだ、その通りに。
ルヴィアの兄であるオルパはそんな様子を見て、昔を思い出して呟く。
「……悪女」
それは彼女がまだ幼かったころ、守護都市に駆け落ちする前に何度も見てきた光景だった。
ルヴィアは稀代の美貌を持ち、彼女が望むものは全て彼女が欲しいと言い出す前に、誰かが用意して彼女に差し出した。
彼女はそれを当たり前のものと受け取った。
幼くも人心を引き付け、都合よく操る彼女を見て、オルパは危険な悪女に育つと危惧していた。
エルシール家次期当主筆頭候補であるオルパにとって、その当主の座を脅かすのは、この末の妹ではないかと危惧をしていた。
その事を、思い出した。




