316話 3位決定戦中止
昼食休憩と長めの会場整備も終わり、ジオは試合観戦のために第二貴賓室から出て行った。
5位決定戦は特に波乱もなく下馬評通りの結果がでて、そこからまた小休止が入る。
試合間の闘技場及び結界の整備はこれまでも行われているので、小休止を挟むことはおかしなことではない。
ただその時間はいつもよりも長く、合間のダンスや演奏も不自然に間延びしたものだった。
ライムの件については公表されているわけではないが、それでも前日の怪我から今日は試合が出来ないだろうと予測していた戦士は多いし、疑り深い人間は毒の一件も絡めて逃げ出したんじゃないかと考え、それらが観客席で囁かれた。
試合を見せろ、金を返せ。
運営からの正式な告知はなされず、延々と時間稼ぎのショーが続いて、それに不満を抱いた一部の観客がそんな声を上げ始めた。
それは少しづつ強く大きくなっていって、ショーの演者たちは助けを求めるように上司に視線を送る。
今回の皇剣武闘祭は絶対に成功させろと、武闘祭の運営委員会は至宝の君を通じて精霊様から直々に命じられている。
3位決定戦をアルバートの不戦勝にすることは簡単だったが、それが許されるかどうか運営委員会もまた判断が出来ず、至宝の君の判断を仰いでいた。
そして至宝の君は、未だ判断を下していなかった。
不満の声は時間とともにさらに大きくなって、闘技台に向かってゴミを投げるものも現れ始めた。
アルバートが姿を現したのは、そんな中だった。
選手入場口からゆっくりと歩いて出てきて、闘技台に上がる。
文句を言っていた観客はただゆっくりと歩くアルの雰囲気にのまれて、静まり返った。
「下がって良い」
ゴミや罵声をぶつけられながらも役目を果たしていた演者たちに、アルはそう言った。
静まり返った闘技場に、その声ははっきりと響いた。
「え、でも」
「いい。下がれ」
アルの言葉に従って、演者たちは闘技台から撤収した。
アルは背負っていた大剣を闘技台に突き刺すと、背中を預けて胡坐をかいた。
何を言うでもなく、何をするでもなく、黙っていた。
雰囲気にのまれていた観客たちは我に返り、そして何かに怯えていたことを誤魔化すように再び罵声を発し始めた。
ただし今度は試合を始めない運営やこの場にいないライムにではなく、闘技台の上にいるアルに向かって。
中には心をえぐるような罵倒も混じっている。
それらを聞きながらアルは待った。
何を待っているわけではない。
ただ一人では試合はできないから、アルは待つ。
間近で試合を見ようと選手入場口に来ていたジオは、そんなアルを見て腰を浮かし、しかし再び下ろした。
自分の出る幕ではないと、そう感じ取って。
******
第二貴賓室の壁はガラスで覆われ、他の観客席や闘技場内を隔てている。
それには多少ながら防音の効果があったが、観客の罵声を完全に遮るには十分ではなかった。
またスピーカーから流れるアナウンスや、客席から発せられる不穏な空気感で何が起きているかは誰もが察していた。
だから第二貴賓室では、怒りの魔力が燻っていた。
試合をしろ。
金を払ってるんだぞ。
観客のそんな罵倒は可愛いものだ。
手加減されて負けて、今度も試合もせずに3位か。
母親そっくりの卑怯者だな。
そんな心無い罵声も浴びせられた。
アリーシアのしてきたことも、息子が手加減をされて負けたことも、どちらも真実だった。
だが大した力もない弱者が声高にそう息子を非難するのは憤懣やるかたないものがあった。
それでもその批判を一身に浴びて坐する息子を思って、それに耐えた。
彼女の静かに抑え込まれたその怒りが、第二貴賓室を満たしていた。
魔力が抑え込まれていても、それは誰もが察せるほどに強い感情だった。
そんな彼女の心情を察し、しかし察したからこそ慰めの言葉をかけられる人間はいない。
ただしかし、別の形で声を上げるものがいた。
「なあケイ、斧貸してくれよ」
カインが立ち上がってそう言った。
第二貴賓室に武器を持ち込めるのは限られた人間だけだ。一介のギルドメンバーでしかないカインはそうではなく、皇剣のケイがそうだった。
ケイはその言葉が意味するところを理解して、驚いた顔でカインを見返した。
「……なんだよ。いいだろ。俺は新人戦の優勝者だぞ。ちょっと早いけど、あいつぶっ倒してくる」
誰よりも実力差を理解しているカインは虚勢を張ってそう言って、ケイはその表情を笑みに変えた。
「あんたの出番は四年後でしょ」
ケイは笑顔でそう言うと、立ち上がってガラスの壁を蹴破った。
パラパラと微塵に砕けて落ちる破片にラウドが魔力を送り、ケイが闘技台へと飛び立ったあとにそのガラスを瞬時に修復する。
ケイは空を駆けて、闘技台に降り立った。
「闘ろうか、アル」
アルは驚きながらも、すぐにその表情を笑みに変えた。
「ああ」
******
「カイン、でしたね」
「あん?」
「ありがとうございます」
アリーシアはカインに礼を言った。
「ケイの立場を考えれば、軽はずみに試合をすることは出来ないはずでした。
彼女がその気になったのはあなたのおかげです」
「……べつに、俺が戦いたかっただけだ。んな畏まったこと言わなくていい。背中がかゆくなる」
照れ臭そうにするカインに、アリーシアは笑みを深めた。
アリーシアがセージに負けた際、それはセージを決勝大会に進出させるための陰謀だという噂が流れ、シャルマー家当主のクラーラはそれに全力で便乗する事で、アリーシアの名誉と皇剣の格を守った。
セージの実力が認められた今ではその陰謀は不確かさを増しているが、すでに終わった話をわざわざ思い返す人間は少ない。
だが国中の耳目が集まるこんな状況で、もしもケイがアルに負ければ、どうなるか。
もともとケイの皇剣としての資質を問う声は存在している。
ケイは実績は多いものでは無いが、しかし必勝を求められる皇剣はそもそも戦場に出る回数が少ない。他の皇剣と比べてその実績が少ないという事は無い。
むしろ皇剣の座を得て早々、竜の襲撃を防ぎ、被害をゼロに抑えたというのは過去にも例がないほどの偉業であった。
それでもケイが皇剣に相応しくないとひそかに囁かれるのは、比較される人物が皇剣以外にいるからだ。
いち早く竜を見つけたその少年こそが、被害をゼロに抑えた本当の功労者なのだと称えられている。
安全な後方に控えることなく、その少年はこの四年間で多くの魔物を狩ってきた。
その討伐数もさることながら、魔物の脅威度も加味した貢献度は国内でもトップクラスであり、個人戦績に関してははっきりとトップに立っている。
さらには都市防衛戦への積極的な参加や、ゴブリン・ロードやワイバーン討伐などの国を揺るがす凶悪なテロを防いだ実績もある。
これまではセージの戦績は過剰に脚色されたものだと勘違いされていたこともあり、ケイを本気で非難する声は抑制されていた。
だが騎士を剣で圧倒し、魔法使いを魔法で圧倒し、卑劣な戦士を真っ向から力でねじ伏せて、セージの評価は正当なものへと変わっていった。
偽りの天才、本当の新世代には及ばない、名前負けした張りぼての魔人。
セージと比較して、ケイをそう論じる知ったかぶりも現れ始めている。
もしもかつて勝利したアルに皇剣の力を手にした今、負けることがあれば。
知ったかぶりたちの声は大きく広がっていくことになるだろう。
それはケイにとっても、マージネル家にとっても、そして皇剣の威信を国防の要としているこの国にとっても避けたい事態だった。
「何を心配しているのですか」
アリーシアのそんな心配を察して、マリアが声をかけた。
アリーシアは沈痛な顔をしていた。
恋人である息子のために(※アリーシアは少し思い込みが激しいところがあります)、ケイはその名誉を地に落としかねない賭けに出ている。
なにしろ息子は天才なのだ。
ジオには敗れたものの、それはジオの聖域によるところも大きい。
もしも皇剣となってそれを跳ね除ける力を得ていれば、精霊様からの恩恵でジオと同等の魔力を手にしていれば、結果は違っていたかもしれない。
いいや違っていたに違いない(※アリーシアは少しだけかなり思い込みが激しいところがあります)。
四年前からは考えられないほどに地力を増し、もしかすればもう皇剣である自分すら超えているかもしれない。
ケイもまた強くなり、さらには精霊様からの魔力供給で高い魔力を発揮するだろうが、ジオとの試合を経た息子にとってそれが大きな差になるとは思えなかった。
試合は互角か、あるいは息子に有利なものとなるだろう。
アリーシアはそう思っていた。
「……マリア」
「何ですかその哀れみの目は。
そこのホモ、得意の解説をしなさい。
バカ息子がお嬢様に勝てると思いあがったこの年増に現実を教えてあげなさい」
「俺はホモじゃない。
もう始まるんだ。見ていればわかることだ」
睨み合う二人の保護者たちに、ラウドはすました顔でそう言った。
ただ彼は心の中で、互角なんじゃないかなと思っていた。
もっともマリアが何を言い出すかわからなくて怖いので、それを口に出すことはなかったが。
******
「急遽始まります3位決定戦代理試合。
エキシビジョンマッチとなるこの組み合わせは四年前の再現。
かつての勝者は皇剣として。
かつての敗者は挑戦者として。
この四年間で二人の実力はどう変わったのか。
楽しみな試合ですね、カナン様」
「まったくまったく。
いやはやこんな楽しい試合が組まれるなら、寝込んだライムと寝込ませたセージに礼を言うべきじゃろうな」
ライムが寝込んだというのは、前日の怪我のため試合に出れないという表向きの理由を念押しした形だ。
ただしその表向きの理由が発表されたのは、エキシビジョンマッチに至宝の君の許可が下り、正式に開催されることが決まってからだった。
「まさか、こんな機会に恵まれるとはな」
「あんたのことだから、皇剣になってれば手合わせの一つくらい申し込んできたでしょ」
アルが言って、ケイが返した。
そしてアルは苦笑した。
四年前に負けてから、もう一度試合をしたいという思いはあった。
だがそれはケイに見合う男になってからという誓いを、アルは立てていた。
その誓いは果たせていない。
しかしこの場に出てきてくれたケイの好意と、アルの考えをケイが理解してくれていること、そして何よりまたケイと試合できること。
色んな嬉しい事が混じり合い、それを表に出すのが恥ずかしくて、誤魔化すようにアルは苦笑していた。
そんな浮ついたアルを見据えるケイの眼差しは、ただただ冷たい。
戦う者としてのスイッチが入っている。
ただただ倒すべき敵としてアルを見定める、その冷徹で力強いケイの眼差しがとても好きだった。
シャルマー家のブースではホルストが睨まれるの好きなのわかると頷いていたが、彼の嗜好とは違うのだとアルのために明記しておく。
ともあれそんなケイの眼差しを見据えて、アルも気持ちをしっかりと入れる。
「構えて」
審判がそう言ってケイは腰の片手斧を抜き、しばしそこで思案顔になり、その片手斧を放り捨てた。
片手斧はクルクルと回転し、放物線を描いで闘技台場外の土に刺さった。
ケイは素手でファイティングポーズをとる。
審判は少し呆れた顔で、ケイに問いかける。
「よろしいので?」
「うん」
アルはそう来たかと、笑って大剣を放り投げる。
こちらも同じく闘技台場外の土に刺さった。
「いいの?」
「さすがにハンデを貰い過ぎだ」
アルに言われて、ケイは不思議そうに片眉を上げた。
「精霊様の魔力供給を使う気はないんだろう」
アルがそう言うと、ケイの表情が普段の少女のものに変わった。
何でわかったのと、その顔には正直に書いてあった。
「見ていればわかる、お前のことは」
ケイは顔を赤くし、色々とうわさ話に興味津々な観客からは黄色い悲鳴が上がった。
ケイはすぐに気を取り直して、スイッチを入れなおす。
「……手加減はしない。あんたも全力でこい」
「そのつもりだ。
俺に勝てるといったあの時の言葉。証明してもらう」
「ああ、そして教えてあげる。
セージのライバルは、私だ」
二人の魔力が戦意を漲らせ、試合開始の合図が告げられる。




