311話 決勝前夜
日の落ちた暗闇の山道を、一台の馬車が懸命に走っていた。
名工カグツチを冠するドワーフ、エドワードが自身の作品と共に乗る馬車だった。
彼の馬車と共に政庁都市を目指していた馬車は他にも数台いたが、それらは闇の中に消えている。
襲撃者の目当てはカグツチの一台であることから別の道に逃げた馬車は見逃され、一緒に走った馬車は車輪を壊され遠く離れている。
車輪を壊された馬車の乗客たちと共に戦うという選択肢はあったが、乗客の多くは一般人で、護衛も臨時雇いのハンターで頼りない。
カグツチは襲撃者の狙いが自身とその作品であることを知っていた。だから互いのために自身の馬車を走らせることを選んだ。
カグツチの狙い通り、襲撃者たちは車輪を壊した馬車に執着せず彼だけを追ってきた。
カグツチの馬車にも護衛は乗っていた。
そもそもが共和国からのVIPであり、貴重な鍛冶技術を持つカグツチだ。彼の護衛には産業都市が推薦する立派な騎士が付けられた。
そんな身元もしっかりしているご立派な騎士の一人が襲撃者たちを手引きしたのだから、カグツチとしては笑えない話である。
裏切り者の騎士は山間に設置されている無人の休憩所で仕掛けてきた。
他の護衛に毒を盛って無力化し、カグツチに剣を突き付けてきた。
そして抵抗せず積み荷を渡し、その技術を自分たちのために振るえと、そう言った。
カグツチは騎士の頭をかち割る事で返事とした。
だが遠くから見ていたであろう裏切り者の仲間たちに矢を射られ、這う這うの体で逃げ出すことになった。
「まったく、物騒な国じゃのう」
カグツチははらわたが煮えくり返った思いでそう言って、馬車を走らせる。
この国に来て、そしてお役目も後進に譲ったことで鍛冶場に籠るようになったため大分衰えているが、もともとカグツチは荒野を超えられるだけの実力者だ。
魔力量で言えば、上級下位相当。
並大抵の人間が束になってかかったところで相手にもならない。
それでも逃げの一手を選ぶのは、襲撃者がカグツチを従える、或いは殺すだけの手段を準備してきているはずだからだ。
そうでなければ襲って来るはずが無い。
だから逃げている。
しかし逃げてもどうにもならないという事も理解はしていた。
産業都市と政庁都市を往復したことは何度もあるが、その時は綺麗に整備された国道を使った。
山間部を通る都市道(※県道のようなものとお考え下さい)を使うのは今回が初めてであり、さらに今はその都市道からもそれている。
カグツチが馬車を走らせたその都市道は、木が倒され塞がれていた。
他にも道はあったが、馬車が通れるだけの道は一つしか無かった。その道には標識も無く、カグツチはあてもなく山の中を走っている状況だった。
どこに逃げればいいかは分からないし、このままでは政庁都市に荷物を送り届けることも出来ない。
エルフと同じ妖精種とはいえ、ドワーフであるカグツチは彼らと違って約束や時間におおらかだ。
もっとはっきり言えば、約束を破ってもそんなに気にすることはない。
しかしカグツチとしてもあの二人の親子対決は楽しみにしていたし、犯罪者のせいでその場に約束した武器を届けられないなど屈辱でしかない。
だからカグツチは馬車を走らせる。
どこか適当な所で馬車から降り、山の闇に溶け込めば彼は簡単に逃げる事が出来た。
時間をかければ襲撃者たちを返り討ちにすることも出来たかもしれない。
だが馬車を乗り捨てれば荷台の武器は漁られ、全てとは言わずとも多くが手の届かぬところに行ってしまうだろう。
そしてその武器はきっと誰かを殺す。
魔物や犯罪者ではなく、善良な一般人や、彼らを守って生きている戦士や騎士を殺す。
それはカグツチに取って見過ごせないことだった。
だから彼は、そうなると分かっていて馬車を走らせ続けた。
カグツチの走る馬車は開けた広場にたどり着いた。
カグツチは即座に馬を停止させた。
黒く塗った逆茂木が道を阻んでおり、そのまま突っ込んでいれば馬が串刺しになっていた。
カグツチが広場に入るとすぐに、入って来た道にバリケードが作られ完全に包囲される。
暗い夜の茂みに潜んでいるため正確な数は把握できないが、十人は確実に超えている。だが二十人はいないだろう。
僅かに漏れている魔力から、誰もが守護都市中級相当の実力者だと察する事が出来た。
包囲の中から、一人の男が姿を現した
「初めまして、エドワード様」
「死ねいっ」
カグツチは手に持った斧を投げた。
残念ながらそれは紙一重で躱され、男の命を奪うには至らなかった。
「糞がっ」
「落ち着いていただけましたか」
男は声が裏返らないよう細心の注意を払いながら、再びカグツチに話しかけた。
カグツチは仲間を殺され、さらに今なお殺意を向けられても話を続けようとする男の態度に、一応の敬意を払う事にした。
もっともそれは今すぐには暴れないという程度の敬意だったが。
「――いいじゃろう。
お主等、何ものじゃ」
「真実への解放戦線。
あなたには、共生派と名乗った方がわかりやすいでしょうか。
私たちの意志、共和国代表であった貴方であればご理解いただけると思うのですが」
カグツチは目を細めた。
「わかるかいそんなもん」
「……この国の無法、やはり共和国が糸を引いていると受け取って構わないのですか?」
「訳の分からんことを言いおる。
お主は人間じゃろう。それもこの国で生まれ育った。
帝国の魔族にでもなったつもりか」
男は少し黙って考え込み、答えを返す。
「そうかもしれませんね。
この国にはほとほと愛想が尽きました。
富める者が義務を果たさず、その特権を守るために無辜の民を犠牲にしている。
こんな国は一度滅びて、一から作り直した方が良い。そう思いますよ。
そしてそのためなら、魔族になったって良い。
知っていますか。
始まりの魔王は神剣の力で他種族を奴隷にしていた人間たちに反旗を翻した時、こう言ったそうです。
お前たちが正義なら、俺は悪でいいと。
悪の王として、誰もが幸せに暮らせる国を作ると」
まるで演劇のように謳う男に、カグツチは冷めた目で言葉を返す。
「知っておるよ。
お主こそ知っておるか?
わしの故郷は、人間の王国にも魔族の帝国にも居場所がなかった者たちの、寄せ集めの国じゃと」
「ですが王国という共通の敵を持ち、国交を結んでいる。
長い歴史の中で多くの交流もあったのでしょう。
内戦時には難民を受け入れ、飢饉の際には食糧支援もあったと聞き及んでいますよ」
「ああ、確かにの。
しかしお主は耳触りの良い事しか聞かされておらんのか?
であるならば、お主も使い捨ての駒という事かの」
男は表情を少しむっとさせたが、それを言葉に表すことはなかった。
「そうかもしれませんね。
では本題に戻りましょう。
私たちはこの国に革命を起こします。
エドワード様。貴方のお力、その技巧、どうかこの国と、そして世界の未来のためにお役立てください」
男の誘い文句に、カグツチは鼻を鳴らした。
「お断りじゃボケが。
お主等みたいな悪党に誰が協力するか」
「……死ぬことになりますよ」
「だからなんじゃい。
お主等は気に入らん。
女子供も関係なく殺して正義の味方面しおる。
名家に媚を売って弱者を虐げる連中と何が違う。
お主等の作る国に期待なんぞ出来るか」
その啖呵が合図となって、茂みに潜む襲撃者たちが姿を現す。
彼らは黒い衣装に身を包み、武器もまた黒い。
月明りにわずかに反射する光沢から、液体を――おそらくは毒を塗っているのだと察した。
カグツチはふんと、鼻を鳴らした。
状況は多勢に無勢。
武器も投げてしまったせいで手元にはない。
馬車の中にはあるが、丁寧に梱包してあるため簡単には取り出せない。
悠長に取り出している時間は無いだろう。
死を覚悟し、一人でも道づれにしてやると意気込むカグツチはその時、馬車の中に魔力が奔るのを感じ取った。
それを感じ取れたのは、それがカグツチの作った武具に向けられたものだったからだ。
そうでなければ感じ取ることは出来なかっただろう。
それほどに精緻な魔力だった。
「運が悪かったの、お主等」
「……何?」
「天使が来たぞ」
馬車の中から15の武器が飛び出し、空を翔る。
月明りを浴びた白刃はその軌跡で優美に闇夜を切り裂いた。
姿を現していた襲撃者も、未だ身を隠して不測の事態に備えていた襲撃者も、悉くがその白刃に貫かれ、大地にその身を縫い付けられた。
無事なのはカグツチと、彼と話していた男だけだった。
男は無傷だが、飛翔剣を避けられたわけではない。
それどころか反応も出来ていない。
飛翔剣が彼の目の前で止まったから、無事で済んだ。
「どうも、良い夜ですね」
男は天使のように美しい少年から涼やかな挨拶を受け、恐怖と共にこう思った。
自分はここで死ぬ定めだと。




