310話 最強の在り処
強い。
わかってはいた。
だが改めて感じる。
強い、と。
ミケルは迎え撃つ形で〈剣舞〉を使ったが、ジオは攻める形で〈拳舞〉を使う。
アルを中心に円を描くようにステップを踏む。
それは呼吸を読ませない変幻自在のリズムで、追いかけるアルの大剣を悠々と躱し、その体に拳を叩きこんでいく。
一撃入れては避けるヒット&アウェイで、アルは一方的に殴り続けられた。
「強い強い強い。
さすがは英雄。アルバート選手を一方的に打ち付ける」
「ほっほ。楽しそうじゃのう」
実況と解説の声が闘技場に響く。
「なによ。一発入れたらもう勝てるじゃない。なんでそのまま畳みかけないのよ」
真剣勝負に手を抜くのが許せなくて、ケイが怒りをにじませてそう言った。
「……落ち着け、ケイ。
分からないか」
「何よ」
ラウドはふんと、鼻を鳴らした。
「そうか。お前は見ていなかったな」
「だから何よ」
「なに。アリーシアは歯ぎしりをしているだろうと、そういう事だ」
ラウドがそう言ったように、シャルマー家では歯ぎしりはしていなかったものの、アリーシアが鬼のような形相で試合を睨んでいた。
「あ、アリーシア叔母……」
同席しているピーターが、それを怖がりつつも心配して声をかける。
そんな甥っ子が殴られないよう、当主クラーラははっきりとアリーシアに命令をする。
「解説なさい」
「はっ。
魔人が行っているのは私と天使の試合、その模倣です。
あの足捌きであれば私の征天円舞を完封できると、そう示しているのです」
怒りを滲ませつつも、アリーシアは正直に解説をした。
「負けるの?」
冷たい目でクラーラは問いかけた。
「征天円舞に頼れば、負けます」
「そう。
……カナンはいなくなる。それはわかっているわね」
「ええ。もう負けません。
魔人にも、天使にも」
「なら、いいわ」
アリーシアやラウドが見抜いたことを、アルバートははっきり体感していた。
息子に出来たことは、己にも出来ると、そう誇示しているつもりか。
だがそれならそれで構わない。
ジオの聖域は常時発動されている。
その体の重さにもやっと慣れてきた。
手を抜いて勝負を決めなかったことを後悔させてやる。
セージも、そしてかつてのケイも、その身に宿る魔力の差を覆して勝ち上がって来たのだ。
同じ事が出来なくて何が最強かと、アルは己を鼓舞して大剣を振るう。
思い切り力を入れて振るったそれは、唐突に解除された聖域のせいで、思い切り振れ過ぎた。
「なっ‼」
身体が流れてしまったアルに、ジオの拳が直撃する。
アルは闘技台の外まで勢いよく吹き飛んで、観客席を保護する結界に足から着地し、闘技台に飛んで戻ってきた。
「……厄介な技だな」
「守りに入るなら、終わらせる。
さっさと攻めてこい」
ジオはかかって来いと、指で招く。
アルは大剣に全力で魔力を込める。
闘魔術〈滅破疾駆〉。
それは破壊と殺戮の魔力で蹂躙する、アルの持つ最大最高の一撃だ。
アルとジオの視界を埋め尽くすほどの巨大な衝裂斬が奔る。
闘技台は二つに切り裂かれ、勢いは衰えることなく場外の土を耕し結界にぶち当たって霧散する。
目の前まで迫ってきたそれに観客は悲鳴を上げた。
技を出したアルは油断なく周囲を探る。
当たったという確信はない。
直撃したとしても殺せたとは到底思えない。
その警戒は正しく、しかし結果には結びつかない。
ジオはアルの頭上にいた。
正確に言えば、上空から降りてきて、アルの頭の上に乗った。
「目を鍛えることだな」
ジオはそう言ってアルの頭を蹴り落とす。
アルは何も出来ずに闘技台に頭をうずめた。
すぐに埋まった頭を引っこ抜いて大剣を振るうが、ジオはもう距離をとっていた。
「さて、次だ」
「おおおぉぉぉぉぉおおおおおっ‼」
アルは雄たけびを上げてジオに襲い掛かる。
セージは確かに魔力量の差を覆してアリーシアに、ニアに、そしてライムに勝ってきた。
ただセージには仮神の加護とそれによって鍛えた技巧の数々がある。
アルの戦技も決して低いものではない。
ライムは魔力を鍛えることに専念し、それが頭打ちになったことで成長も止まった。
しかしアルは格下のはずのケイや同格であるはずのデイトに負けたことで、魔力操作技術や戦闘技巧も鍛えてきた。
それは決して低い水準ではない。
ただジオに勝るものではない。
それだけのことだった。
そんな試合を見て、ケイは怒りで目つきを険しくさせていた。
「まだ分からないのか」
「なによ。
遊んでるんでしょ。
わかるわよ。勝ちを決める機会は何度もあるのに、わざと見送ってるのは」
「ああ、だがそうじゃない」
ラウドの言葉が理解できないケイに、マリアが助け舟を出す。
「あなたも道場で同じように転がされたでしょう。
よく見なさい。
アルバートは本当に、屈辱を感じていますか?」
そう言われて、ケイは気が付いた。
アルは確かに怒っている。
怒っているが、しかし我を忘れているわけではなく、恥に耐えているわけでもない。
そして怒っているだけではなく――
「――楽しんでいる」
ジオの聖域の中で、アルバートは大剣を振るう。
丁寧に、無駄な力を入れない洗練された形で。
それは試合が始まった時よりも、きれいな剣筋だった。
倒れても倒れても立ち上がり、ジオに向かうアルの姿に観客が惜しみない声援を向ける。
「これは試合前には想像できなかった一方的な展開。
しかし不屈の根性で戦うアルバート選手に惜しみない声援が送られます」
実況は声援と口にしたが、観客の上げる声の中には罵倒じみたものも含まれていた。
それはアルに向けられたものではなく、ジオへと向けた、刀を抜けという声だった。
勝負を決めろと、中級の戦士がそう罵声を飛ばしていた。
「ほっほ。試合というよりは手ほどきになってしまっておるのう。
しかして良いもんじゃのう。若いもんの成長というのは」
ジオの拳に魔力が宿り、繰り出された右ストレートをアルはかろうじて躱し、躱した先で右の上段回し蹴りに襲われる。
アルは蹴られる瞬間に顔を捻って、少しでも衝撃を逃す。
それでも首がもげそうになるほどの衝撃で、アルは膝から崩れ落ちる。
ジオは回し蹴りの勢いそのままに回転し、その剛腕をアルに向けて振るう。
アルは咄嗟に後ろに飛び、ジオの拳からは逃れるものの拳から放たれた衝裂波に吹き飛ばされて足が浮く。
踏み込んでくるジオに咄嗟に大剣を振るうが、そこには満足に力を乗せられていない。
ジオは大剣の腹を手の甲で弾き、アルの体勢を追加で崩す。
無防備な腹にジオの拳は深々と突き刺さった。
苦痛と胃液を吐き出し、アルは膝をついた。
「立て」
ジオは見下し、短くそう言った。
アルは何も言わず、大剣を支えに立ち上がる。
手加減をしているとはいえ、何度となく痛めつけられ回復して、体力は大きく失われている。
さらには聖域に対抗するため身体活性は常時最大限に高め魔力も湯水のように消費している。
誰の目から見ても勝敗は明らかで、しかしアルだけは勝ちを諦めずに立ち上がった。
そうして大剣を振りかぶる。
アルの頭の中にあるのは基本の型だ。
その場しのぎの小手先の技は簡単に崩されて、より不利な形に追い込まれる。
己にはセージのような器用さはない。
ケイのような特別な何かもない。
だから基本に立ち返れ。
目の前の男に迫れたのは、ただ基本の技を、基本通りに出せた時だけだった。
持ち得るものの全てが劣っているのだ。
ならば持ち得る最高のものを出さねばならない。
アルは雄たけびを上げて、大剣を振るう。
振るう大剣は躱される。
そうだ。
躱されるのだ。
だから小さく振るう。
必殺の意志だけを込めて、小さく丁寧に振るう。
それでもジオは躱す。
わかっている。
大剣というリーチを潜り抜けて、ジオはその拳を打ち込んでくる。
そうなるのはわかっている。
最高のものを出したとしても、相手はそれ以上のものを持っているのだから。
アルは歯を噛み、前へと足を踏み出す。
間合いの内に入られたのだから距離を取らなければならない。
踏み込んで、入れ違う。
ジオは無理にそれを阻まず、アルよりも早く振り返ってその背中に襲い掛かる。
そのタイミングで、アルは後ろに当て身を放つ。
虚を突かれたジオはそれを受けて、僅かにのけぞる。
聖域のせいで二人のランク差は二つ分。
アルの渾身の当て身は、子供が大人に体当たりをした程度の威力しかなかった。
それでもいい。
そんな事はわかっていた。
万が一にも一撃を与えられたとしても、それは逆転には繋がらない。
圧倒的な魔力差とは、本来そういうものだ。
アルは大剣を振るう。
背を見せた姿から遠心力を乗せた横薙ぎの一撃は、アルが出せる最高の一撃。
ジオはそれを、躱さなかった。
ジオは踏み込み、その腹に大剣は埋まった。
しかし大剣の根元だ。
威力は十分に乗っていない。
薄皮一枚だけを斬って、ジオの筋肉に跳ね返された。
そしてアルはジオに殴り飛ばされ、仰向けに倒れ頭を地に打ち付ける。
「勝者、ジオレイン」
これ以上は無理だと判断した審判が、ジオの勝利を宣言した。
アルバートは拳を握りこんで悔しさに耐える。
ジオはそんなアルバートに手を差し伸べた。
アルは一瞬、その手を叩きはらおうと考え、しかし僅かな躊躇ってからその手を取って立ち上がった。
「珍しい真似をするな、魔人」
「お前は息子の友人だろう」
気恥ずかしさから悪態をついたアルに、ジオは何の気なしにそう答えた。
アルはいっそう顔を赤くした。
より正しく表現すると、頬をとても赤く染めた。
「違うっ」
「む。そうだったか」
「俺はあいつのライバルだ」
その声は拡声されていたので、聞き届けたケイはアルの好感度をいくらか下げた。
ジオは特に何の感想も浮かばなかったので、ただ相槌を打った。
「そうか」
「そうだ」
ジオはアルを支え、二人は闘技台を歩いて降りる。
救護スタッフがそれを迎えて、アルを引き取った。
アルの健闘と、経過はどうあれジオの紳士的な振る舞いに、観客は惜しみない拍手を送った。
こうして皇剣武闘祭準決勝は終わり、決勝戦はジオレイン・ベルーガーとセイジェンド・ブレイドホームの親子対決となった。




