308話 アフターケアって大事だよね
暴力描写、残酷な表現があります。
苦手な方はご注意ください。
準決勝第一試合が始まる少し前、第二貴賓室のブレイドホーム家のブースは暗い雰囲気が漂っていた。
「ねえ、どうかな」
「万全ならセージが勝つんだけどね」
「……毒、か」
心配そうなマギーにケイが答え、カインが静かに懸念となっているそれを口にする。
「それだけでもないだろう。
雑念が混じっていないか?」
「私にもそう見えますね。毒を盛られた過程で、何かあったのでしょうか」
ラウドとアリーシアがそう言った。
アリーシアは第二試合になればシャルマー家のブースに戻るが、それまではここで応援させてもらうとアベルたちに告げていた。
ラウドはスナイク家のライムがこれから戦うというのに戻る素振りは見せず、周りも何となく言い出しづらかったので、そのまま観戦を続けていた。
「本当かどうかは知らんが、毒は自分から飲んだと俺は聞いたぞ」
ラウドは事実かと、静かな声でアベルに問いかけた。
事前に教えられていたアベルは、渋々と頷いた。
「ええ。ライムが可哀想だからハンデを上げると、そう言っていました。でもたぶん本心じゃあないでしょうね」
聞いていなかった家族やケイたちは驚き、声を上げた。
「え? あいつ自分で飲んだの? 馬鹿じゃないの?」
「馬鹿だよ、あいつは。父さんの息子だからね」
声を潜めて確認するケイに、二重の意味を込めてアベルが答えた。
「しかし、そうか。くくっ。愉快だな」
「なにがよ、おっさん」
「俺はおっさんじゃない。
セージに雑念があるとは言ったが、ライムにもそれはある。
奴が腹を立てている理由はそれではっきり分かったな」
ラウドの言葉に、ケイが不快さをあらわにする。
「何よ。毒なんてせこい真似しておいて、余裕見せられて腹を立ててるの?
下衆なうえに小さいね」
「そうだな。その通りだ」
「……私は、少しだけ彼の気持ちもわかりますけどね。
もちろん、庇うつもりはありませんが」
どういう事と、ケイが尋ねる。
「彼もまた強者です。だからこそ簡単には受け止められないのでしょう。
自分では及びもしない圧倒的な才能というものを。
だから自分は強いのだと虚勢を張って、それを否定されるのを恐れる」
自分もそうだったと、アリーシアは静かに言った。
******
ブレイドホーム家から少し離れたエルシール家のブースでは、ルヴィアが落ち着いた様子で試合会場を見下ろしていた。
「ねえ叔母様、セージ様は勝つかしら」
「ええ、きっと勝つわ。エメラが応援しているのだから」
「ふふっ、そうよね」
天真爛漫に笑うエメラと並んで、同じく無垢な笑顔を見せながらルヴィアはそう答える。
だがそのそばに座るダイアンの顔はひどく不機嫌で、ピリピリとした空気が生まれていた。
それを気にしていないのはルヴィアと、その空気に気づいていないエメラだけだった。
「あなた、どうしたの」
「何でもない」
妻に言われても、ダイアンは端的にそう返すだけだった。
ダイアンの意識はセージとライムに注がれている。
ダイアンは人を見る目に長けた経営者だが、しかし戦士を見抜く目はもっていない。
セージの状態がどの程度なのかは把握できず、しかしライムが心の内で燃やす殺意に関してははっきりと見抜いていた。
ダイアンは他の家族に気づかれぬように、ルヴィアに目配せをした。
お前も分かっているだろうと。
ダイアンが見抜く通り、ルヴィアもそれに気づいていた。
同時にこうも考えていた。
ダイアンはセージのために、ルヴィアが泣いて助けを求めてくるのを目論んでいる。
毒を盛られたと言っても、試合に出てくるのならばそれほど容体は悪くないだろう。
次世代の英雄を取り込みたいのなら、そこまで酷い事はしないだろう。
そう考えたせいで、ルヴィアは未だに真実を打ち明けられていない。
そのせいで、もうダイアンにも試合を止められないところまで話が進んでしまっていた。
そして対峙する二人を見て、ルヴィアは後悔をしている。
ライムはセージを殺そうとしている。
セージは焦りと怒りを押し殺し、そして苦しみに耐えている。
ダイアンが見抜けなかったセージの内側を、ルヴィアははっきりと感じ取っていた。
******
馬鹿な子供が馬鹿な事を言い出す。
別に構わない。
もう殺す。
もう殺すと決めた。
なら口では好きに言わせてやる。
セージの実力はもうわかっている。
特殊な目を持ち、技や魔法の先読みをして、魔法のコピーができる。
魔力の制御技術が高い。
だが魔力量は上級の下位だ。
それをどれだけうまく使ったとしても、ライムとのランク二つの差は大きい。
強さとはつまるところ魔力なのだ。
ライムはその事をよく知っている。
だからこそ人間を超えた最高の魔力を求めて、皇剣の座を欲している。
同じ皇剣となれば、かつて自分を見下ろした傲慢なラウドの膝も折らせる事が出来る。
同等の魔力さえあれば、飛翔剣などというおもちゃに頼る老害を超えるのは容易い。
そのためにも油断などしない。
セージは確実にぶち殺して、決勝に進む。
ライムはそう誓った。
そして、試合開始が宣言される。
セージは居合の構えから真っすぐに突っ込んでくる。
宣言通りに初撃で終わらせるつもりなのが見て取れる、全力の突進だった。
馬鹿めと、ライムは嘲笑った。
速度も力も重さも劣る格下の突進など、どうとでも出来る。
ライムはセージの首を撥ねるべく剣を振り、しかし直前でセージの口がわずかに動くのを見とがめた。
何かを言ったわけではない。
何も聞こえはしない。
だが不吉な何かを感じ取った。
そしてセージは、爆発的にその速度を高めた。
見切ったはずの所から一段階速度が上がり、ライムは虚を突かれた。
まだわずかに速度はライムが勝っていたが、しかし動き出しのタイミングが完全に遅れたために首は獲れない。
ライムは打ち合いに剣筋を変えてその場を凌ごうとする。
首を狙いに来たセージの刀をライムの剣は確かに捉え、そしてセージの刀は霧散した。
闘魔術〈無刀斬り改〉。
デイトは魔力だけでジオすらも騙したが、より高度な魔力操作技術とマルチタスク能力を持つセージは、より念入りに幻影すらも交えて相手を騙す。
本物のセージの刀は踏み込んだライムの右足を斬り飛ばした。
「くっ」
ライムは咄嗟に爆裂の魔法を放つ。
自身も巻き込むその爆風を利用して大きく後ろに飛び、セージの追撃を警戒しながら片足で着地し、血に命じて斬られた足に戻って来いと命令する。
足はしかし、戻ってこない。
戻って来たのは血と潰れた肉片だけだった。
爆風が明けると、そこにはライムの足を踏みつぶし、見下した目でライムを睨むセージの姿があった。
爆裂の直撃を受けたというのに、セージは無傷で立っていて、意に介した様子もない。
僅かながらに魔法使用の痕跡を感じ取る。何かしらの防護魔法を使ったのだろう。
ライムは頭を切り替えて足を再生させる。
「これで勝ったつもりかよ、セージ。
テメエにも初見殺しの技があったのは驚かされたが、今のが最初で最後の勝機だ。
余裕見せてないでかかって来いよ」
ライムはそう言ってセージを挑発する。
しかし本音は治療のための時間稼ぎだ。
口の達者な子供は、何かを言い返してくるだろう。
そんな短い時間だけでも欲しい。
だがセージはしかし、何も言い返すことはなくゆっくりと刀を振りかぶった。
余裕を見せているつもりか。
構え通りに真っすぐに投擲された竜角刀を、ライムは剣で払う。
払ってそして、その腕は上から襲い掛かってきた稲妻に両断された。
ライムは〈迅雷奈落〉で腕を斬り飛ばされ、体を焼かれ、何もわからぬままに足を払われ転がされて、再生させた足も踏みつぶされた。
ライムは残った腕と足で黒焦げの芋虫のように這って逃げる。
ライムの身体に魔力はまだ十分に残っている。
冷静にそれを扱えば肉体の再生は可能だが、訳も分からないまま全身を焼かれたライムは混乱し、生存本能に突き動かされてがむしゃらに逃げようとしていた。
「……反応も出来ないのか。
どうします?
続けるなら首を撥ねますが」
セージはそんな彼を見下しながらそう言った。
感情のこもらない淡々としたそれは拡声され、観客の心を恐怖で冷たく震わせる。
混乱しているライムは答えられず、代わって審判が決着を宣言をする。
「勝者、セイジェンド」
勝ちが決まり、しかし喝采が上がる事はなかった。
セージはため息をついて、ライムに歩み寄る。
「く、来るな。来るなぁっ」
「うるさい黙れ」
セージはそう言ってライムに治癒魔法を施した。
斬り飛ばされた腕と足、そして火傷を負った皮膚が即座に治っていく。
いくらセージが治癒魔法に長けているとはいえ、常人なら肉体疲労で死んでしまうような大規模治療だ。
しかも雑にやっているためにフィードバックも強い。
ライムはあまりの痛みに悲鳴を上げた。
観客が思わず耳を覆ったその悲痛な叫びは長く続かず、小さくなって途絶えるのとほぼ同じぐらいに、ライムの治療は終わった。
ライムの失われた手と足はきれいに治り、煤にまみれた全身も所々で生え変わった綺麗な皮膚が表れる。
それを見届けた観客からぽつぽつと拍手が生まれ、それはすぐに広がり大きくなって歓声が響き渡り、セージの勝利は祝福された。
セージはこうして、決勝への進出を決めた。
******
ライムは担架で運ばれ、セージは自分の足で闘技台を降りる。
試合が終わればすぐに次の試合が始まる、という事はない。
迅雷奈落は闘技台にクレーターを作っているし、爆裂の魔法も使われた。
さらに小さいもので言えばセージの最初の踏み込みも闘技台をわずかに破損させている。
そんな訳で闘技台は修繕が必要であり、その時間をチアダンスや実況のMCで、場の興奮が冷めないよう繋げていた。
セージは選手入場口から試合を見守っていたジオの下まで駆け寄り、声をかける。
「勝ったよ」
「ああ、見ていた」
「勝ったからな」
「ああ、よくやったな」
「私が勝ったんだからな」
「念を押さなくても分かっている」
よしと、セージは言った。
「じゃああとは宜しくね。私は出かけてくるから」
「は? 今からか?」
「うん。遅くても明日の試合までには戻ってくるから、心配しないで」
セージの言葉に、ジオは怪訝な顔になった。
「……どこに行くつもりだ、お前は」
「宅配便の受け取り。
本当に、ちゃんと見ておいてよ。たぶん大丈夫だと思うけどさ」
「そうか? 言っておくが、セルビアたちに手を出すようなら話は別だぞ」
ジオの言葉に、セージは頷いた。
「うん。そこまで妥協してなんて言うつもりはないよ。ただ、大丈夫だと思うよ。
それじゃあ明日、決勝で」
「ああ」
セージは入場口の中に走って入っていき、ジオはやる事もないのでその場に座り込んで、目を閉じた。
しばらくしてぽつりと、
「そういう事か」
そう、呟いた。
******
「お疲れ。決勝進出おめでとう」
セージは国立闘技場から出たあたりで、スノウと出くわした。
「どうも。何か御用ですか?」
「とりあえずこれを」
スノウはそう言ってセージに液体の入った小瓶を手渡した。
「見覚えのある小瓶ですね」
「そう? 偶然だね。
中身はアーレイからもらったエルフの霊薬だよ。
毒や良くないものの反動を癒してくれるだろうね」
セージは特にためらう事もなくその小瓶の封を開け、一息に中身をあおった。
「あ、甘い」
「健康な時に飲むとものすごく苦いらしいけどね。
それじゃあ気を付けて」
「どうも」
セージは笑顔でそう言って走り去った。
途中のゴミ箱に小瓶を捨て曲がり角で姿を消すまで見送ったスノウは、
「怖いね」
笑顔でそう言い、闘技場の中に入っていく。
彼の目当ての人物はすぐに見つかった。
そう動くだろうなと予想が出来ていた。
「……スノウ」
「やあライム。寝てないとだめじゃないか。そんな体でどこに行くんだい」
「お前には関係ないだろう」
ライムは見た目だけなら怪我一つない体になっている。
だが強い治癒魔法を受けたことで体力と魔力がごっそりと失われていた。
そんなライムに、スノウは肩をすくめて見せる。
「姿を隠し、折を見て報復する。
標的は戦う力のないシエスタ女史や、幼く未熟なセルビア君たち、かな」
「なんで、それを……」
ライムはそう口にして、しまったと顔をゆがめた。
「そうだね。鎌をかけただけだよ。
でも超えちゃあいけない一線っていうものがあるだろう。
戻りなよ。そうすれば気づかなかったことに出来るからさ」
「ふざけるなよ。虚仮にされて、このまま終われるかよ」
ライムの言葉に、スノウはクスリと笑った。
「何がおかしい、スノウ」
「馬鹿にしたから馬鹿にする。
彼のやったことはわかりやすい事だろう。
君は負けたんだ。それを認めなよ」
それは到底認められないことだった。
十歳の子供に馬鹿にされ、ハンデを与えられた上で一方的にやられた。
そんな屈辱は認めない。
そんな事を認めてしまえば、これまで築き上げてきたプライドが全て崩れ落ちる。
ライム・スーザーという男の人生がゴミになる。
ライム・スーザーは常に勝利者でなければならないのだから。
「負けてねえ。俺は生きてる。
まだ負けてなんてねえ」
スノウはため息をついた。
「アルバートに負けた時も同じことを言っていたね、君は。
僕は期待をしていたんだけどね」
スノウのその言葉に、ライムはカチンときた。
思えばこの男も嫌いだった。
ラウドの力に寄生するだけの頭でっかちが、自分のような本物の戦士の上で大きな顔をしているのだから。
ライムは注意深く周囲を探る。
スノウは護衛を連れていない。
厄介なラウドの位置も把握できている。
試合前で通路に人の気配はない。
即座に黙らせて姿を隠せば、どうとでもなる。
「残念だよ」
「超えちゃあいけない一線って、言ったな。
手前も超えちまったぜ」
ライムはそう言ってスノウに襲い掛かる。
いかに消耗していようと、ライムは上級上位の、この国で最高峰の戦士だ。
ご立派な立場でふんぞり返っているだけの男を殺すのに支障はない。
そう考えるライムの拳がスノウに届くよりも早く、彼の背中は貫かれた。
「いいや、一線を超えないためだよこれは。
君は怖くないからね。
それでも君を放置すると、僕は超えてしまうんだ。
その一線をね」
スノウの声は耳に入らない。
胸から剣の切っ先が生えている。
何がと、ライムは振り返る。
彼の視界には、飛翔し迫ってくる無数の剣が映った。
万全な状況であればまだ何かできただろう。
だがライムは何も出来ず、その身で無数の剣を受けることになった。
「ひしょう、けん……」
ラウドの位置は把握している。
彼の魔力の反応も注意深く捉えている。
いつか殺すはずの男の飛翔剣を扱うときの兆候は良く知っているはずだった。
それなのに、それをまるで感じなかった。
「その疑問の答えを知る必要はないよ。さようなら」
ライム・スーザーはその日、姿を消した。
プライドの高い彼はセージに負けた屈辱に耐えられず、そして御前試合を汚した罪に問われることを恐れて、姿を隠したのだと噂された。
その後の彼はどこかの名家に切り札として雇われていると、犯罪者に身をやつしたと、あるいは精霊様直属の処刑人となったと、様々な形で噂された。
しかしそんな噂があがる事はあっても、彼が表舞台に姿を現すことは二度となかった。




