307話 準決勝第一試合
ライム・スーザーは上級上位の選ばれた戦士だ。
才能有る戦士が集う守護都市の中でもほんの一握りだけが至れるその領域に至った彼に、何故強くなったかと聞けば答えは単純なものが返ってくる。
強くなりたいからだと。
そして重ねて何故強くなりたいのだと問えば、やはり単純な答えが返ってくる。
強い奴に勝ちたいからだと。
ライムは強い敵を倒すのが好きだった。
もっといえば自分は強いと思っている相手を叩きのめして、虚仮にするのがたまらなく好きだった。
そしてだからこそ、負けるという事がとても嫌いだった。
特に自分より弱い奴が、周りにおだてられて粋がって、己を下に見てくることがたまらなく嫌いだった。
そんな相手に万が一にも負けるのは、どうしたって我慢が出来ない。
だからこそ四年前に己を負かした当時上級下位の小僧を決勝で殺すため、ライムは万全の支度をしていた。
しかしその準備は、主人であるスノウの理不尽な命令で台無しになった。
引退したかつての英雄にシード権は奪われ、予選からのやり直しを強いられた。
それだけならばまだしも、まぐれ勝ちをした小僧はライムを見下し、十歳の子供をライバル視していた。
その子供は、英雄の子供だった。
初めて会った時から、ライムはその子供が気に入らなかった。
丁寧で愛想の良い態度は貧弱な一般人のようで、しかし彼らとは違ってライムを恐れていなかった。
しかしその子供は態度の軟弱さとは違って、本物の実力を持っていた。
自分と同等の実力を持つニアに終始危なげなく優位に立ちまわる姿を見て、その事に気が付いた。
そしてロートルと侮っていたジオが、未だ現役の実力を持っている事にも気づく事が出来た。
それはライムにとって幸運だった。
四年前のように格下と侮って遊び、まぐれ勝ちを許す失態をせずに済んだのだから。
勝つための策を弄する時間を作る事が出来たのだから。
ライムはジオの引退とほぼ同時に守護都市に上がり、すぐに上級まで上がって、四年前の時点で皇剣有力候補にまでなった。
そのせいで両者と直接かかわる機会がなく、ジオについては昔は強かった老害、セージは下からよちよちと上がって来ているひよっこぐらいに思っていた。
試合を見てその考えを改めた上でも、セージには勝てるとライムは判断していた。
だがジオに勝てるかどうかは怪しい。
試合では武器すら抜かずに一撃で勝利、いくらなんでも実力が推し量れるはずもない。
対して自分の情報は前回大会に最終予選と、多くの耳目に晒されてきたため、筒抜けになっている可能性が高い。
英雄は足しげく大会を見て回って、下調べをしていたという情報も耳に入っていた。
アルバートが勝ち上がってくればいいが、そうならなかった場合、状況はライムに不利だ。
よって決勝戦に備え、少しでも消耗を避けるのは当然の判断だった。
決勝で優位に戦えるように工作することも。
セージには勝てる。
当然だ。
相手は十歳の、弱気で臆病な子供なのだから。
負けるはずが無い。
そうだと言うのに、その子供はライムを嘲笑った。
怖いのなら、ハンデを上げようと。
そう嘲笑った。
毒を盛っても英雄には勝てないと、子供の自分が証明して見せようと、嘲笑った。
ライムは強いと思っている奴を叩きのめし、嘲笑うのが大好きだ。
そしてそれをされるのが、大嫌いだ。
「……殺してやるよ、セイジェンド」
******
「こんなところに呼び出して、どういうつもりかな監査官殿」
守護都市ギルドの理事長にして三大名家の当主スノウ・スナイクは、敵意のない笑顔を監査官シエスタ・トートに向けた。
「用件はわかっているでしょう。セージさんの事です。
彼に盛られた毒は、貴方が用意したものですね」
「まさか。そんな怖い事はしないよ。
何故だかスナイク家とライムがセージ君に毒を盛ったなんて噂が流れているけどね、困ったものだよ」
人の気配がしない暗がりで、二人は笑顔を交し合う。
二人は男と女で秘め事の空気を放っていたが、しかしそれは色気づいたものではなく、血の匂いが感じられそうな緊迫したものだった。
「よく言いますね。その噂を流したのはあなたでしょう」
「何故そう思うのかな」
「状況がそれを教えてくれます。
セージさんは毒を盛られたなどと口にしていない。
察することのできる人間もいましたが、おしなべて口の堅い立場ある人たちです。
上流階級だけに噂が広まっているのならばまだしも、市井にまで浸透しているのは情報の伝わり方からして絶対におかしい」
だから意図的に噂を流布した人間がいると、シエスタはそう言った。
「そうだね。でもそういう事ならば、その情報を流したのは僕じゃなくて君たちなんじゃないかな」
スノウの言うとおりだった。
毒を盛ったライムに制裁を加えることは、御前試合を汚したことを突いていけば、シエスタにとってそう難しい事ではなかった。
しかしそれにはどうしても時間がかかる。
試合までの一晩では無理だし、出来たとしても試合を中断させることしかできない。
そしてセージはハンデを負った状態で戦おうとしていた。
セージを信奉するシエスタに、その邪魔は出来ない。
ライムへの制裁は時間をかけてしっかりと行う。
ただ当面やるべきなのは、毒を盛られたという事実を利用することだった。
真実を広めて観客を味方につけ、ひいては世論を味方につける。
民衆の意志が味方をしてくれればライムへの制裁もやりやすくなるし、何よりそんな中で勝利を勝ち取るであろうセージの評価は、今よりももっともっと高くなる。
シエスタはファンクラブを使って情報を発信しようとしたが、しかしその時点ですでに噂は広まっていた。
「ええ、あなたが先だって動いていなければ、私はそうしたでしょうね。
だからこそ聞きたいのです。
貴方は何が望みなのですか。
マージネル家との一件でも裏方に徹し、利権を取りに行く様子を見せなかった。
今回もまた裏で手を回しながら、自分の首を絞めかねない真似をする」
シエスタが状況を把握したのは、セージが毒を盛られた――正確には、自分で飲んだ――直後だ。
それより早く動き出せる人間など未来を見通している超人か、あるいは最初からその絵を描いている策士気取りの悪党だけだろう。
その悪党が誰かは簡単にわかる。目の前の悪党だ。
だがこの悪党の思い描く絵の完成形が、シエスタには想像が出来なかった。
「予想はしているんでしょう。それで正解だよ」
答えを教えるつもりはない。
知りたければまず自分の考えを披露しろ。
スノウがそう言っているのだと理解して、シエスタは不機嫌に口を開く。
「……目的は部下のガス抜き。
家を襲われ一方的にシード権を奪われて何もしないのならば、分家やギルドの戦士たちに侮られる。
だから報復としてやった。
同時に毒を盛ったことを知らしめることでライム氏への悪感情を煽り、試合に負けた際には批判の矛先を彼に逸らす事が出来る。
ライム氏の暴走だからセージさんたちとの関係悪化も最小限に抑えられる。
もしもライム氏が勝てば部下たちの留飲も下げられるし、ライム氏がその後ジオさんに敗れればやはり関係悪化は深刻にはならない。
風評の悪化による被害は確定であっても、大きな損はしない、そんな思惑でしょうか」
「お見事その通り。100点だよ」
「馬鹿にしていますね。50点でしょう」
「いいや、200点満点なだけさ」
おどけて見せるスノウに、シエスタは冷たい目を向ける。
「本当にこれだけが目的であるのならば、毒を盛ったことを広める必要はないでしょう。身内にだけ教えればいい。
そうしなかったことで、市民感情はセージさんに同情的になっています。私たちが情報を広めるよりも、確実に。
あなたは市民感情を煽り、名家という悪を演出することに何を見出しているのですか」
スノウは優しく微笑んだ。
「英雄を作りたいからさ」
「それは嘘ですね。間違いなく嘘です」
シエスタはスノウの言葉を即座に否定した。
「そうだね、嘘だよ。でも本心でもある。
……うん。君はやっぱり竜だな。
武闘祭が終われば、話せることも少しは増える。
アベル君と一緒に来なよ。
君たちは二人には、伝えてもよさそうだ」
「……」
警戒心を隠さないシエスタに、スノウは困った様子で笑った。
「ところで一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんでしょう」
「産業都市と繋がる国道が大規模な自然災害で通行止めになっている。
そのせいで本来こちらに到着しているはずの荷馬車が迂回を余儀なくされていてね。
それの救援に、セージ君に行って欲しいんだよ」
シエスタは目を細めた。
「明日は決勝ですよ。セージさんにそんな事を頼むわけが無いでしょう。それとも、セージさんが負けるとでも?」
「いいや。勝つだろうね。だから言ってるのさ。
君も知っているだろうけど、産業都市からの荷馬車には名工カグツチの作品が山積みだ。
英雄が使ったそれを欲しがる好事家は犯罪に手を染めてでもと思うかもしれないし、あるいは強力な武器を欲しがるテロリストにしてもそれは涎が止まらない獲物だよ。
災害もきっと、自然に見せかけた人災だろうね」
「そこまで考えが及んでいて、あなたはなぜ人を動かしていないのですか」
スノウは肩をすくめた。
そして一瞬だけ誰もいないはずの廊下の暗がりに目線を逸らして、シエスタに笑顔を向ける。それはとても胡散臭い笑顔だった。
「あくまで個人の推測だからね。軍を動かす言い分としては弱いんだよ。さらに僕が動かせる戦力は外縁都市防衛で出払ってるからね。
政庁都市には掛け合ったし騎士は出てくれるんだけどさ、きっと間に合わないだろうなって思って。
でも特別な目を持つセージ君なら間に合うよ、試合が終わった後でもね」
「ふざけないでください。
彼にこれ以上の負担をかけるつもりはありません」
シエスタは鋭い眼光でスノウを睨みつける。
元々はジオが無理を通したのがスナイク家との諍いの原因ではある。
だがそれに関してはセージが自ら毒を飲んだことで手打ちとなったと、シエスタは考えている。
蛮行に及んだのがジオであるというのにセージが苦しい思いをしているのだ。それだけでも憤懣やるかたないというのに、これ以上の責め苦を負わせるつもりはなかった。
だからこそ、妥協はしない。
無理難題は引き受けさせない。
強い怒りと確固たる意志が、シエスタの眼光には宿っていた。
「その結果、名工カグツチ、エドワード殿の命が失われても? セージ君なら、教えて欲しかったと言うんじゃないかな」
「負担をかけないと言ったでしょう。
彼だけがこの国に起こる不幸の全てを解決しなければならない訳ではありません。
犯罪から市民を守るのは騎士の務めでしょう」
スノウは笑った。
「そうだね、その通りだ。馬鹿な事を頼んだね。忘れてくれ」
「……本当に、騎士の派遣はされているんですね」
「ああ。マージネル家も出るから、確認すると良い。向こうでもセージ君に気苦労をかけたくないと、迅速に動いているはずだよ。
さて、それじゃあ僕は行くよ。君もこれから応援で汗を流すんでしょう。頑張ってね」
シエスタは鼻で笑って不快感を表した。
「応援など、出来るわけが無いでしょう。私はこれから軍の詰め所なんですから」
お前のせいでねと、恨みを隠しもせずにシエスタは言って、足早にその場を去った。
「さて、彼女はああ言ったけど、君はどうするのかな」
スノウは暗がりにいる、自分だけが分かるように気配を漏らした少年に向けて、そう言った。
少年は何の問題もないと言いたげに一度だけ手を振って見せて、暗がりの中へと消えた。
******
「さあ始まります皇剣武闘祭準決勝第一試合。
もはやその実力を疑う人はいないでしょう。
剣を振るえば騎士に勝り、魔法を使えば魔法使いを圧倒する。
英雄の子にして約束された次世代の英雄。
精霊様に愛された奇跡の天使、セイジェンド・ブレイドホーム。
彼は父より先に決勝に名乗りを上げるのでしょうか」
実況のアナウンスが会場中に響き渡り、歓声が沸き上がる。
「対するは今大会の優勝候補の一角。
前回大会では見事3位という輝かしい結果を勝ち取り、今大会では優勝の座を見据えてその実力を高めてきたベテラン戦士、ライム・スーザー。
同じく優勝候補だったニア選手を破ったセイジェンド選手に、一体どのような戦いを見せるのか」
ライムの紹介に合わせて、観客がブーイングを発する。
「よかったな。観客は味方だぜ。助けてはくれないだろうがよ」
「そういうのはもういいので、早く始めましょう」
「あ゛?」
睨みつけるライムに、セージは涼しい顔で笑顔を向けた。
「三下の三文台詞に付き合う気はないと、言ったのですよ。
一撃で決めます」
セージの言葉に観客が沸き立ち、ライムの血管がぶち切れる。
「おおっとセイジェンド選手余裕の瞬殺宣言だ。
この発言、どうとらえますかカナン様?」
「ここまで礼儀正しく振舞っておったから珍しく映るかもしれんが、セージの小僧は性格が悪いからの。
ようやく本性を現したと、言ったところじゃて」
おい止めろとセージは思ったが、空気を読んで黙っていた。
そして第二貴賓室ではケイとカインが揃って頷き、マギーとアリーシアに窘められ、ルヴィアが心の中であの子は優しい子だから貴方は全然わかってないからとカナンに向けて説教をしていた。
「それでは皆様もう待ちきれないようですね」
実況がそう言い、審判が構えてと選手二人に告げた。
セージは納刀したまま居合の構えをとり、ライムは剣を抜いて斜めに構える。
「準決勝第一試合。
セイジェンド・ブレイドホーム対ライム・スーザー。
試合開始です」
実況の宣言に合わせて、審判がはじめと大きな声で宣言する。
それと同時に、セージは飛び出した。




