304話 一回戦が始まった
始めと、審判が試合開始を告げる。
セージとニアが互いの得物を振るって切り結ぶ姿に、観客は沸き立った。
「ねえ、大丈夫よね。セージは強いもんね」
第二貴賓室から見守るマギーが心配そうにそう言った。
「勝つだろ、あいつなら。なあ、ケイ」
「う、う~ん……」
カインの問いかけに、ケイは歯切れ悪く答えた。
「なんだよ、負けると思ってんのかよ」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
周囲を気にするケイに、見ていられないと言った様子でマリアが口を挟む。
「マージネル家に気を遣うぐらいならブースに戻りなさい」
「……ええ、嫌ぁ」
ブレイドホーム家と違って、マージネル家は歴史ある名家であり、その歴史の中で他の名家との縁を育んできた。
そんなマージネル家に戻れば、ぜひご解説をなどという建前で交流の機会を作ろうとするお偉いさんの相手をしなければならない。
そしてさらに言えばアルバートの大胆な告白は社交界に知れ渡っており、その事についても突っ込まれることが想像に容易い。
しかしこのブレイドホーム家ならば伝手のある家は守護都市にしかなく、スナイク家やシャルマー家はライバルだから気安く話しかけてこないし、他の名家もそんな事を頼んでこない。
つまり面倒な社交をせずに素直に試合観戦を楽しむにはうってつけの場所だった。
そう、ケイは思っていた。
「邪魔をするぞ。おい、椅子を持ってこい」
「あ、ホモ」
「えっ? なんで?」
やって来たラウドを見て、マリアとケイが言った。
「ホモじゃない。いい加減にしろよ」
「ではそういう事にしておきましょう。あなたもこちらで観戦を」
「ああ」
ラウドはそう言ってケイの隣に席を用意させ、座った。
「私の席も、良いですか? いえ、マリア。そこを譲ってください」
「えっ、アリーシャも?」
「仕方がありませんね。どうぞ」
新たに現れたのはアリーシアで、マリアを立たせてケイの逆隣りに座った。
ケイは何が何だかわからないと頭を捻った。
「お嬢様のわがままのせいですよ」
「えっ?」
ケイの頭に浮かんだ疑問符は、その言葉で数を増やした。
「あなたも少しは政治を学びなさい。新人戦より、あなたはこの家と親しくしすぎています。
エルシール家を紹介したことも含め、ブレイドホーム家はマージネル家の傘下であると、誤解を招きかねません」
「……」
「……」
アリーシアの解説にケイは無言で首をひねり、ラウドは神妙な顔で沈黙を保った。二人とも聞き耳はしっかりとアリーシアに向けていた。
しかし補足の説明はアリーシアではなく、アベルの口から語られる。
「僕たちはマージネル家の下ではなく、三大名家と対等な付き合いをしている家だっていうアピールだよ」
近年、勢いをつけてきたブレイドホーム家がどこの勢力下にあるかは他の名家にとって大きな関心事であった。
セージやジオはスナイク家が管轄するギルドのメンバーである。
マージネル家と良好な縁を築いていることは学園都市の名家が発信したことで広く知られている。
シャルマー家がセージやジオの名前を活用して、浮浪者の社会復帰を他の都市に押し付けたことも同様だ。
ある意味でバランスはとれていたのだが、ここでマージネル家の皇剣だけがブレイドホーム家のブースで試合観戦をすることは、そのバランスを崩す行為であった。
このままでは他の都市の名家や、これから守護都市に上がろうとする前途有望な新人たちに望まない誤解を与えてしまう。
特にスナイク家はジオが全盛期以上の力を持っている事を、シャルマー家はセージが皇剣を超える力を持っている事を、それぞれ身に染みて理解している。
今回の皇剣武闘祭の主役は間違いなくこの二人になると理解していた。
ブレイドホーム家の小さな道場に入りたがる新人は多いだろう。零れ落ちる彼らを受け入れるのはどこの道場か。
ブレイドホーム家と縁を結びたい名家は多いだろう。未だ狭く小さな窓口しかない彼らと結びつけるのはどこの名家か。
二人の皇剣はそれをアピールするために来ていたし、アベルとしてもブレイドホーム家の格を上げるのに都合がよく、二人を受け入れた。
「そっか」
「……」
下に見られるのは嫌だもんねと、わかっているのかいないのか曖昧な返事をケイはして、ラウドは行儀よく黙っていた。
「ところでラウド、貴方はどう見ますか」
「セージか? 奴の試合を見たのは一度きりだが、あれが本気ならば十年修行してもニアには及ばんだろう」
話題が変わって、ラウドは饒舌にそう語った。
ラウドの言う試合とは、ケイが喧嘩に負けた後にお願いしたリベンジマッチの事であり、それはセージが一方的にぼろ負けしたものだった。
「では私はニアにも劣ると、そう言いたいのですか」
アリーシアが愉快気にそう言った。
「ふん、お前もわかっているだろう。あれは気分屋だ。
本当の本気など、追い詰められなければ見せないだろう」
「よく見てんね、おっさん」
「ケイ、俺はおっさんじゃない。お前はどう思う」
ケイは改めて問われ、口にしていいかを悩む。
彼女はマージネル家の騎士であり、ニアは同門の先輩であり、その上で嘘を吐くのが嫌いな性格だった。
マリアがため息をついて、そんなケイの背中をグイっと押す。
「正直に言いなさい。それが許される状況ですよ」
「セージが勝つよ。負ける要素ないし」
ケイはきっぱりと言って、周囲で聞き耳を立てていた偉い人たちは、それをしっかりと聞き届けた。
試合はそしてその通りになって、マージネル家の代表のニアは弱いんだという風評が流れることになった。
そんな訳でケイは帰った後に、もうちょっと言い方考えろと祖父母から叱られることとなったのだが、完全に余談である。
******
その日、セージはニアに危なげなく勝利をした。
上級同士の戦闘を、一般人が理解することは難しい。
だからこそその試合が終わっても、八百長だ、勝ちを譲られたのだという声は幾分小さくはなったものの、まだ完全には消え去りはしなかった。
しかし逆に言えば守護都市中級以上の実力を持つものならば、ニアが本気で戦ったことも、セージが実力で勝ったことも理解できることだった。
「……」
そして守護都市でも最高峰の上級上位の戦士、ライム・スーザーにも、わからないはずもなかった。
******
一回戦が順調に進み、最後の試合が始まる。
「さあ始まります本日最後の試合はこの人、竜殺しの英雄ジオレイン・ベルーガーと、ションセ・マケー。
ジオレイン卿はかつて皇剣武闘祭三連覇という偉業を成し遂げながらもその座に就くことを良しとせず武の道を邁進し、その身一つで竜すらも討ち取った大英雄。
その彼が竜の呪いにも打ち勝って、再びこの皇剣武闘祭に舞い戻って来ました。
歳を経て新たな極地に至った彼がどのような試合を見せるのか、目が離せません。
対するはションセ・マケー選手。ギルドの戦士です。頑張って欲しいですね。ぜひとも頑張って欲しいです」
実況の煽り文句にションセが糞がっ、と漏らす。
「構えて」
審判がコールし、ションセは剣を抜き、ジオは拳をわずかに握りこんだ。
「ジオレイン、構えて」
「構えている、始めろ」
「……なめやがって」
腰元の刀に手もかけないジオに、ションセは憤りをあらわにする。
第二貴賓室からそれを見下ろすラウドが、一言を漏らす。
「ワンパンだな」
ケイが同調するように静かに頷き、アリーシアは小さく舌打ちをした。
ラウドのセリフが聞こえていたわけではないが、舞台脇で見守るセージも、同じことを呟いた。
そして審判が試合開始を宣言し、その通りになった。
ションセは開始一秒持たず一撃で昏倒し、審判はジオの勝利を宣言した。
今期の皇剣武闘祭には、珍しく名家の見えざる手がほとんど働いていない。
強いて言うならばジオとセージが別の山に入ったことと、セージの初戦の相手がニアになったことぐらいだ。
そんな中を勝ち上がって決勝大会出場を決めたションセが、弱いわけがない。
開始と同時にションセは動いていた。
それをはっきり上回る速度でジオは動いた。
そして防ぐことも避けることも許さず、たった一撃でションセの意識を刈り取った。
「……どうやって勝てと」
セージは静かにため息をついた。
お空を見上げれば日はまだ高く、気持ちの良い青空だった。
同じ空を同じ時間に、アルバートとライムも眺めていた。
ケイに言わせれば順当に優勝候補のニアを下したセージだが、セージからすれば先読みと俯瞰の異能と竜角刀の切れ味を利用して、相手の持ち味を殺しながらの搦手による勝利だ。
冷静に落ち着いて相手を嵌めているので実力で勝っていると誤認されてしまうが、決して地力でニアに勝っていたわけではなく、身体能力、魔力量、剣技のどれもが劣っていたのは間違いない。
手の内を知られていないニアであったために、初見殺しが通用した形なのだ。
そんなセージの優位性は、手の内を知り尽くされているジオには発揮しない。
そしてジオはニアと同等の実力者を、その圧倒的な魔力量とそれに支えられた肉体で一撃で沈めた。
無策で挑めば、セージもまた同じ敗北は避けられないのだ。
「やっぱり飛翔剣しかないよな」
セージはそう呟いた。
たとえ卑怯だと蔑まれ罵られたとしても、勝利を目指すと決意を固めて。
「しかし、カグツチさん遅いな」
名工カグツチ(セージは知らないが、名前はエドワード)は、未だに政庁都市に姿を現していなかった。
産業都市と政庁都市をつなぐ国道では土砂崩れが発生し、現在復旧作業中で通行止めになっているのだが、セージがそれを知るのはもう少し先の話である。




